第18話「秘密と奇声」




「はいレモネードだよ。

 よかったらこれ飲んで」 

 

「ありがとうございます。

 ご迷惑おかけしました」


そのあと私は、エリオット君を何とか落ち着かせることに成功した。


彼をガゼボの椅子に座らせレモネードを飲ませ、彼の隣の席に座った。


あれだけ怒って騒いでいたのだ。彼も喉が渇いたことだろう。そう思い彼に冷たい飲み物を勧めた。


エリオット君はレモネードを一気に飲み干し、空になったグラスをテーブルの上に置いた。


「あの時のエリオット君は、口から火でも吐きそうな雰囲気だったよ」


冗談ではなく少し前までの彼は、本当にそのぐらいキレていた。


「俺そんなに取り乱してましたか?」

 

「うん、かなりね」


エリオット君は、私の言葉に頬を染めた。


「アメリー様は感情に身を任せて怒る俺を見て、子供っぽいって思いました?」


「少しね」


「そうですか……」


彼は肩を落とし、しょんぼりしてしまった。


ストレートに伝えすぎてしまったかな?


背伸びしたい年頃の彼に、子供っぽいは禁句だったかな?


私は君の子供っぽいところが、可愛いって思うんだけどな。


でも今、可愛いなんて言ったら逆効果だよね。


「エリオット君はまだ十六歳だもん。

 頭に血が上って大声を出したくなることもあるよね。

 若いときはみんなそうだよ」


うまく慰めることができたかな?


「それじゃあダメなんです……!

 俺はあなたに相応しい大人の男になりたい……!」


うーんと今の言葉を訳すると、「公爵家の当主代理が、すぐに頭に血が上って冷静さを欠くようではダメなんだ」ってことかな?


彼にも公爵家の当主代理として、プライドがあるのだろう。


頑張り過ぎてムチャしないといいけど。


「エリオット君ならきっと、そんな大人になれるよ」


私は彼の柔らかな髪をよしよしと撫でた。


今、私凄くいいお姉さんしてる?!


私はそんな自己満足に浸っていた。


エリオット君は、不意に彼の頭を撫でていた私の手を掴んだ。


「俺がどんな時でも冷静にいられる頼りになる男になったら……。

 その時はアメリー様、俺と……」


彼のアメシストのように輝く瞳で真っ直ぐに見つめられると、胸がドキドキしてしまう。


いやいや、彼は私の弟より年下なのだから恋愛対象かそういうのは……。


だけど彼に掴まれたけど振りほどけない。


「俺と……その」


せっかくかっこよかったのに、彼はその後の言葉に詰まっていた。


話したいことがあるのなら、先に決めてから喋って欲しいな。


「セッ……は早すぎる、ハグは今日もしたし……、となるとキ……ス!」


そしてまたいつもの独り言が始まった。


小声でボソボソとしゃべるのは彼の悪い癖だと思う。


「アメリー様!

 俺がどんな時でも冷静にいられる頼りになる男になったら、俺と……キキキキキキ、キキキキキ…………」


今度は「キ」を連呼したまま固まってしまった。


思春期の男子の考えてることはよくわからない。


彼が固まってる間に夕飯の時間になってしまったので、続きは夕飯の後に聞くことにした。


今日の夕食はタラのほっぺた部分の肉(キス)を使った料理だった。


バターやレモン汁や白ワインやニンニクで作ったソースを、オーブンで焼いた魚に絡めて食べると絶品だった。


エリオット君は魚料理を見て頬を染め、ため息をついていた。

 

昼間長い間外にいたから、熱中症になったのかな?


料理を見てため息をついたのは、お菓子を食べ過ぎたせいかな?


今度からお菓子を作る時は量を考えて作ろう。





◇◇◇◇◇




「アメリー様、俺はやっぱりあなたの家族を許せません。

 いえあなたはあの家を切ったので、正確には元家族なのですが」


夕食後、私は彼に説得されていた。


いつも通り絵本の読み聞かせをするために、彼の部屋に来ただけなのに、こんな事になるとは思わなかった。


「彼らには自分たちがどれだけ酷いことをしてきたのか、わからせるべきです!

 その上で彼らが自分が作ったと言い張っていた刺繍も、お菓子も、詩も、絵も全部アメリー様が作ったものだと、皆に知らしめるべきです!」


エリオット君は熱いなあ。


これも若さかなぁ。


「でもそうしたらあの詩を作ったのが、私だってばれちゃうし……」


私だって、あいつらに吠え面をかかせてやりたいという気持ちはある。


あるんだけど……。


思春期に書いた黒歴史とも呼べる詩集を、イザベラに物質にとられてるんだよね。


「素晴らしい詩じゃないですか!

 何を恥ずかしがあることがあるんですか!」


「嫌だよ〜〜!

 エリオット君は人ごとだからそんなことが言えるんだよ〜〜!

 あの詩を私が作ったもんだとバレたら、恥ずかしくて外を歩けないよ〜〜!」


思春期とは恐ろしい……。


あんな恥ずかしい詩を書いてしまうのだから。


しかも名作だと思い込み、大事にしまっておいたのだから。


そんな物を書いたことすらすっかり忘れた頃、妹に詩集を発掘されて、妹の名前で発表されることになるとは夢にも思わなかった。


思春期全開の詩を、自分の名前で発表できるイザベラの心臓には、毛が生えているに違いない。


「とにかくあれは私の黒歴史なの!

 あれを自分の作品だと認めるなんて絶対に嫌なの!」


「そこをなんとか!」


「嫌ったら、嫌!

 超絶イケメンで、エリートで、成績優秀で、完璧超人のエリオット君には、こんな気持ちわかんないよ!」


「えっ? イケメン!

 アメリー様は俺のことを、そんな風に思っていてくださったのですか?」


エリオット君がボッと顔を赤く染めた。


なぜそこで照れる?


百人が見たら、百人全員が、エリオット君のことイケメンって判断するよ。


今までも絶対、美少年だの、美形だの、人形のように美しいだの、褒め言葉を散々言われてきただろうに、なぜ今更私にイケメンと言われたぐらいで照れるのか?


「とにかくあんな黒歴史の詩を、私の名前で発表されたら、恥ずかしくて死んじゃう……!

 あれを私が書いたものだと言うぐらいなら、功績を奪われたままでもいいよ」


「い、今まで黙ってましたが……俺の尻には、ハ、ハートのあざがあります……」


えっ? 何? いきなり??


エリオット君、何でそんな恥ずかしい秘密をカミングアウトしてるの??


しかも耳まで真っ赤に染めて。


だめだよ! 美少年がパジャマ姿でそんな顔しちゃ!


お姉さん的なポジションにいる私だから良かったようなものの、他の女の子の前でそんな顔したら襲われちゃうよ!


エリオット君は可愛いんだから、もっと身の危険を感じようよ!


「な、七歳までおねしょしてました! 子供の頃リスに噛まれたことがあって、それ以来リスが苦手です!

 ほ、他にはえっ……と」


エリオット君の顔からは、プシューと音を立てて、湯気が上がっていた。


「エリオット君、落ち着こう!

 どうしたのいきなり!?」


エリオット君の目はグルグルと渦を巻いていて、今にも倒れてしまいそうだった。


「アメリー様があの詩を黒歴史だ、自分が作ったものだと言うのが恥ずかしいとおっしゃるなら、俺も一緒に自分の黒歴史を発表します!

 た、だから……」


エリオット君は大きな瞳いっぱいに涙をためていた。


誰だ! 美少年にこんな顔をさせているのは……って私か!?


泣くほど辛いのに、エリオット君は恥ずかしい秘密をカミングアウトしてくれたんだね。


その上、私の為に皆にも恥ずかしい秘密を話そうとしている。


私は今にも泣き出してしまいそうな彼を抱き寄せて、彼の背中をポンポンと叩いた。


「ありがとうエリオット君。

 弱気なこと言ってごめんね」


いつまでも自分の過去から逃げてはいられない。


妹たちや弟をこのまま放置もできない


彼らをこのまま放置したら、いつまた 自分のために作品を作れと言ってくるかわからない。


それだどお世話になってるベルフォート公爵家の人に、迷惑をかけてしまう。


「あの詩は自分の書いたものだって認めるよ。

 その上で妹から返してもらう。

 ううん、詩だけじゃない、刺繍や、お菓子や、絵も私が作ったものだって伝えるね。

 世間に信じてもらえるかわかんないけどね」


体を少し離して、エリオット君の目を見て伝えた。


エリオット君の顔はまだ赤いままだった。


彼は先ほど、かなり恥ずかしい秘密を暴露していた。


彼の頬のほてりがなかなか収まらなくても仕方ない。






「アメリー様に抱き寄せられてしまった……!

 いや昼間は俺の方から彼女を抱き寄せたんだけど……。

 その時はお互いちゃんと服を着てたし、でも今はお互いパジャマ姿で……。

 アメリー様は多分お風呂上がりで、彼女の髪はまだすこし湿っていて、彼女の髪からはシャンプーのいい香りがして……。

 彼女がドレスを着ていた時には分からなかったけど、パジャマ越しだとあれやこれや色々と…………。 

 うわぁぁぁぁーーーー!!!!」


エリオット君はいつもの独り言をボソボソと話していて、その後急に奇声をあげて倒れてしまった。


自身の恥ずかしい秘密を暴露したことに、耐えられなくなったのかもしれない。


そういうダメージって後から来るんだよね。


私は倒れた彼を膝枕して、彼が目を覚ますのを待った。


彼をこのままソファーで寝かせたら、風邪をひいてしまう。


でも私の力では彼をお姫様抱っこして、ベッドまで運ぶことは不可能だ。


だから膝枕をして、彼が起きるのを待っていたのだ。


しばらくして目を覚ました彼は、私に膝枕をされてると分かると、また倒れてしまった。


私に膝枕されるのが気を失うほど嫌だったのかな?


それはちょっとショックだな。




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