第15話「手作りのプレゼント」




「そうだせっかく作ったんだからお菓子食べて、エリオット君は甘いもの嫌いじゃないよね?」


先ほどのことは一旦リセットして、とりあえずエリオット君にはお菓子を食べてもらわないと、私は彼を席に座らせた。


「大好きです!」


エリオット君、今お菓子じゃなくて私を見て「好き」って言わなかった?


いやいや気のせいだよね。


ちょっと彼のことを意識しすぎだ。


「そっか良かった。

 家令さんからエリオット君の好きなお菓子を聞いて作ったんだ」


どうせなら相手の好物を作りたい。


「マカロン、カヌレ・ド・ボルドー、オランジェット、フォンダン・オ・ショコラ、タルト・タタン、シャルロット・オ・フリュイ……!

 全部俺の好物です!

 ありがとうございます!

 アメリー様がお礼のために作ってくれたお菓子、もったいなくて食べられません!

 食べずに冷凍室にしまっておきたいです!」


「いやいや、食べてくれないと困るよ」


いくら冷凍室があったってそんなに長く保存できない。


「ですが本当にもったいなくて……!」


うーん、これはなかなか食べてくれそうにないな。


これ以上遅くなると夕飯に差し支えてしまう。


夕飯を残すことになったら、いつも美味しい料理を作ってくれるシェフに申し訳ない。


「いいから食べる、ほら口を開けてあーん」


妹や弟が小さい頃、ご飯を食べたくないと言われたら、こうやって無理に口開けて放り込んでいたのだ。


「えっ……と、あーん」


エリオット君は恥ずかしそうに口を開けた。女子か! 


私はタルト・タタンを一口大に切って、エリオット君の口に放り込んだ。


タルト・タタンは、砂糖とバターとキャラメルでコーティングしたリンゴを使ったパイだ。


「美味しい?」


「はい。りんごのシャキシャキとした食感がたまりません」


「よしよし。他のも食べなさい」


私は他のお菓子も一口大に切って、エリオット君の口に放りこんだ。

 

何だろうこれ?


介護かな?


それとも子供をあやしてるのかな?


甥っ子たちにお菓子を食わせる感覚に似ている。


「はいあーん」なんてやって食べさせるのは、熱々のカップルがすることだと思っていた。


だけどここにはそんな甘いムードは存在しない。


やっぱりさっきエリオット君に抱きしめられた時に感じたドキドキは、ただの勘違いだったのかな?


「エリオット君、お腹いっぱいになった?」


「はい」


「エリオット君ってば、口にクリームはついてる」


私は彼の唇についたクリームをハンカチで拭った。


その時私は、誤って彼の唇に触れてしまった。


指を先で触れたエリオット君の唇は柔らかくて……彼とキスしたらこんな感触 からするんだろうかと、不覚にも考えてしまった。


いやいやいやいや……!


エリオット君はそういう対象じゃない!


年上の私にそんな風に見られていると知ったら、彼にドン引きされてしまう。


「ごめんねエリオット君!

 手が滑っちゃって決して故意では……!」


「いえ……大丈夫ですから」


エリオット君は顔を赤く染めてうつむいてしまった。だから女子か!


彼の反応がいちいち乙女なので、こちらが動揺してしまう。


「あーそうだ忘れた!

 他にもプレゼントがあるんだ!」


私はテープの下から箱を二つ取り出した。


「お菓子を作っていただいただけでも光栄なのに、まだ他にも何かくださるんですか?」


「今までありがとう君にプレゼントしてもらった方に比べたら、些細なものなんだけど、もらいっぱなしでは悪いから何かお返ししたくて」


どう考えても高級なドレス、靴、帽子、アクセサリー、花束……などなど。


エリオット君からもらったものは数えきれない。


「そんなこと、俺が好きでしてることですから、気にすることなかったのに」


「まあまあそう言わずに受け取ってよ」

 

私はプレゼントで入った箱を前に置いた。


「開けるのは楽しみです」


エリオット君は少年のように目をキラキラとさせ、箱に手を伸ばした。


今の表情いいなぁ。 絵に描いて残しておきたい。


「これは薔薇の刺繍入りのハンカチですね。

 もしかしてこれもアメリー様が手作りしてくださったんですか?」


「うん、仕事の合間にパパッと作ったからあまりこったデザインじゃないけどね」


エリオット君には赤い薔薇の刺繍の施したハンカチを送った。


モチーフは何にしようかな と悩んでいた時、ちょうどエリオット君にもらった薔薇の花が目に入った。


それで薔薇の花の刺繍にしたんだよね。


準備期間があまりなかったから、三輪しか刺繍できなかったけど。


妹のヘレナにハンカチに刺繍しろと言われた時は大変だった。


あの子は竜が滝登りをしてるところを刺繍にしろだの、ハンカチいっぱいにバラを刺繍しろだの、鳳凰が飛び立つところを刺繍しろだの無理難題を言ってきやがった。


「ありがとうございます!

 このハンカチは当家の家宝にします!」


エリオット君が瞳をうるうるさせていた。


「そこまでしなくていいよ。普通に使って」


この子は いちいち反応がオーバーだな。 そんなに家族からの愛情に飢えたのかな?


「こっちの箱開けていいでしょうか」


「どうぞ」


エリオット君は瞳を月のように輝かせ箱を開けた。


「これはしおりですね。

 ピンクの胡蝶蘭の絵が描いてある。

 もしかしてこれもアメリー様が描いたんですか?」


「うん、そうだよ」


こちらは記憶を頼りに適当に描いた。


弟のカシウスに花の絵を描いてと頼まれて、何度か描いたことがあるので、実物を見なくても描けるようになってしまった。


「赤い薔薇の花言葉は『あなたを愛しています』

 薔薇の花三本の花言葉は『愛しています』と『告白』

 ピンクの胡蝶蘭の花言葉は『あなたを愛しています』

 アメリー様もしかして刺繍や絵を通じて俺に告白を……」


エリオット君がボソボソと何か喋っている。


彼は意外と独り言が多い。


「そんなはずは……でも確認するだけなら……」


「エリオット君さっきから、何をぶつぶつと言ってるの?」


「あのアメリー様!

 赤い薔薇の花言葉と、ピンクの胡蝶蘭の花言葉をご存知ですか?」


エリオット君が頬を赤く染め、目を輝かせて訪ねてきた。


「花言葉? 何それ美味しいの?」


先ほどとは打って変わり、彼は一気に脱力した。


「分かってました……!

 あなたがそういう人と分かってました……!」


彼の瞳には涙が浮かんでいた。


また彼を泣かしてしまった。


私はまた、彼に悪いことを言ってしまったのだろうか?





◇◇◇◇◇






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