第5話「テラスでのお茶会」
案内されたテラスにはティーセットとケーキスタンドが用意されていた。
美味しそう。
そう言えば家を出てから何も食べていなかった。
お腹は凄く空いてる。
でも、エリオット君より先に食べるのは悪い気がする。
私はエリオット君が来てから、お茶をいただくことにした。
数分後、テラスにやって来たエリオット君はにこにこした顔をしていた。
「いい物が買えて満足」とかなんとか呟いていた。
彼が私の向かいの席に座ると、メイドさんが私達にお茶を出してくれた。
「えっ? 婚約者が弟に惚れたから婚約解消されたんですか?」
スコーンにクロテッドクリームを塗り、アップルティーで流し込む。
公爵家のスコーンは絶品だった。
学園に通っていた頃、ロクサーヌに公爵家のお茶会に招待されたことがある。
あのとき食べたスコーンも絶品だった。
「そうなんだよ。
それで両家の関係の為にも愛人としてグッズー男爵家に嫁いで、弟の代わりに子供を生めって言うんだよ。
頭に来たから家を飛び出してきちゃった」
お茶とお菓子があまりにも絶品だったせいか、気が緩んだせいか、気がつけば私は、ペラペラと余計なことを話してしまっていた。
「それでは今アメリー様は……」
「無職、家なし、独身、行き遅れ、ニートだよ。
ごめんね。
服がクリーニングから帰ってきたら、すぐに出ていくからさ」
十六歳の幼気ない美少年の耳を、やさぐれた行き遅れ女の愚痴で汚してしまった。
「お仕事の宛はあるんですか?」
「ないよ」
実家の領地経営をしていたとはいえ、世間的には私は家事手伝いにすぎない。
そんな私を雇ってくれるところがあるのか? 不安は尽きない。
「住み込みで働くよ。
メイドでも、食堂の皿洗いでも、寄宿舎の洗濯係でも何でもするつもり」
あっ、このサンドイッチ美味しい。
こんな美味しい物を食べられるのも、今日が最後かもしれない。
しっかり味わって食べないと勿体ない。
「住み込みで働くなんてなんて不用心な!
あなたの美しさにムラムラした男が、夜中に襲ってきたらどうするつもりですか!!」
うわ〜〜、エリオット君もそういうことを想像する年になっちゃったかぁ。
何も知らなかったあどけない少年はもういないんだね。
寂しいなぁ。
「それはないって、私がそんなに魅力的だったら、四回も婚約破棄されてないから」
自分で口にしたことだけど、改めて現実を直視すると凹むなぁ。
そっかぁ私、四回も婚約破棄されたんだぁ。
しかも四回とも身内に婚約者を奪われたのかぁ。
やばい、泣きそう。
でも、親友の弟の前で泣くなんてそんなみっともないことはできない。
さっきドレスアップして貰った時は、自分が綺麗に見えて驚いた。でもそれはエステとかドレスとかアクセサリーの力だ。
また地味な服を着て仕事に忙殺されれば、直ぐに元の冴えない自分に戻れる。
「生きていく為だからね。
多少条件が厳しくてもやるしかないよ。
法に触れること以外なら何でもするつもりだよ」
実家を出ても安月給でこき使われる現実は変わらないのね。
それでも、愛人として男爵家に行って
、弟の代わりに子供を産めという両親の元に帰る気はないけど。
「今、なんでもっていいましたね?」
一瞬、エリオット君の瞳がギラリと光ったように見えた。
「うん、まあ犯罪以外ならね」
「三食昼寝とおやつとエステとドレスとふかふかのベッドとメイド付きの仕事があるんですが、やってみませんか?」
「えっ?! そんな好条件の仕事があるの?!」
流石、公爵家!
エリオット君には、職務経験ゼロの行き遅れの独身女を好条件で雇ってくれる職場へのツテがあるらしい。
「そんな仕事があるなら是非お願いするよ!
……でも、私に出来るかな?」
そんなに高待遇なら、選考基準が厳しいんじゃ?
もしくはやばい仕事とか?
「あなたにしかできないことです!
安全性は俺が保証します!」
エリオット君の紫の瞳が、真っ直ぐに私を見据えている。
彼の紹介だもん。悪い仕事な訳がないよね。
どっちみち仕事をしなくちゃいけないんだ!
それなら好条件の仕事の方がいいに決まってる!!
「お願いするわ!」
「ではここで少し待っていてください!
今書類を用意してきますから!
俺が戻るまで絶対にどこにもいかないでくださいよ!!」
「はい」
エリオット君はそう言うと、慌てた様子でテラスを後にした。
どんなに急いでいても、メイドに紅茶とお菓子のお代わりを用意させる気遣いも忘れていなかった。
エリオット君、本当に出来る男に成長したなぁ。
彼も数年後には結婚するのかぁ。
彼のような美少年を女の子は放っておかないだろうし、学校でもモテモテなんだろうな。
成長して今よりかっこよくなったエリオット君が、どこぞの貴婦人と並んでいる姿を想像した。
その横にいるのが私である可能性は限りなくゼロに近くて、胸がチクンと痛んだ。
ん? なんだ今の胸の痛みは?? お菓子を食べすぎたせいかな?
もう若くないから、食生活には気を付けよう。
◇◇◇◇◇◇◇
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