第24話「謝罪」ざまぁ
私は高速で針を動かし、ハンカチに刺繍を施した。
五分ほどで薔薇と竜をモチーフにした刺繍を完成させた。
私の作品を見た会場内の客からどよめきが起こる。
「すごい! これほど見事な刺繍は見たことがない!」
「あの素晴らしい刺繍をたった五分で!」
「彼女は天才だ!」
エリオット君は私が称賛されているのを、自分のことのように喜んでくれている。
彼はそんなところも可愛い。
いやいや、これは序の口。
まだ絵と詩とお菓子の実演が残っているのだ。
私は筆を高速で振るい、十分ほどで胡蝶蘭や薔薇やチューリップをモチーフにした絵を完成させた。
「何という高速の筆使い!」
「高速で動かしてるのに、繊細なタッチ! 彼女の技術は神がかっている!」
「お金ならいくらでも出します! この絵を売ってください!」
また会場からどよめきが起こった。
いやいや、本番はこれからだ。
次は、とても、とても、とても、嫌だ が……詩を発表しなくてはならない。
「星の海、風の声…………」
私は思春期の心を呼び戻し、とってもとっても青臭い詩をその場で作って発表した。
「なんて美しい詩なんだ!」
「百年前詩の天才と言われたマルーマルーの再来ではないのか!」
「感動で涙が止まらない!」
この詩だけは、あまり評価されたくなかったな。
だってまた作ってと言われたら嫌だもん。
エリオット君を見ると彼も目に涙を浮かべていた。
感動するほど良い詩だったかな?
でもありがとう。
エリオットが七歳までおねしょしていた秘密を暴露してくれたから、私もみんなの前でこの恥ずかしい詩を発表する決心がついたんだよ。
最後はお菓子作りだ。
とはいえお菓子を最初から作ると時間がかかる。
私はスポンジと生クリームと苺を用意して貰い、デコレーションの技術を披露することにした。
生クリームを泡立ててケーキを飾っていく。
最後に苺を乗せ、五分ほどでデコレーションは完成した。
「素晴らしい出来だ!
是非私の娘のウェディングケーキも作っていただきたい!」
「冷凍して保存しておきたいぐらい美しい出来栄えだ!」
「流れるような手さばきだった!
凄い技術だ!」
ケーキのデコレーションのパフォーマンスも、みんなに喜んでいただけたようだ。
「さあ 私は実力を証明しました。
あなた方が私に盗作されたというのなら、ここであなた方の実力を証明してください」
私は妹達を見据え、そう伝えた。
妹達はプルプルと体を震わせるだけで何も話さなかった。
「妻は萎縮して動けないようです。
どうかご容赦を……」
メンクーイ侯爵家がヘレナを庇った。
彼はこの件を有耶無耶にするつもりらしい。
「貴公の妻はベルフォート公爵夫人である俺の妻に盗作の濡れ衣を着せ、名誉を傷つけました。
当家に喧嘩を売っておいて、そんな言い訳が通用すると本気でお思いですか?」
だが、エリオット君はそれを許さなかった。
「そうだね。
メンクーイ侯爵夫人、フシアナ伯爵夫人、ミエハリ子爵夫人、ハリボーテ伯爵令息は、王太子である僕を嘘つき呼ばわりした」
「そっ、そんなつもりは決して……!」
メンクーイ侯爵は額に脂汗を浮かべ、必死に弁明している。
「これは王家に対する不敬だ。
できるできないんじゃなくて、やるんだよ。
家名に傷をつけたくないのなら、自分の言葉が正しかったと、実力で証明するしかない。
ベルフォート公爵夫人以上の作品を作り、盗作していなかったことを証明するしかない」
「つ、妻は本当に……萎縮して体が動かず……!」
「今体が動かないなら時間を与えよう」
殿下の言葉に妹達がホッと息をついた。
妹達の顔を見て私はピンときた。
彼女たちは腕の良い職人を捕まえて、自分の代わりに作品を作らせ提出する気だ。
「ああ、勘違いしないように。
僕が時間を与えると言ったのは、君たちを思ってのことではない。
作品を作るまでここから出さないという意味だ。
覚悟するといい。
この屋敷から出たかったら、君たちは自らの言葉が正しかったと証明するしかない。
ベルフォート公爵夫人以上の作品を作るまで、この屋敷から一歩も出さないから覚悟して」
殿下はにこにこと笑いながら恐ろしい事を言った。
彼の言葉を聞いた妹達はヒュッと息を飲んだ。
ヘレナは針で指を刺すのが嫌で、裁縫を一度もしたことがない。
クラリッサは料理をすると手が荒れると言って、ホットケーキ一つ作ったことがない。
イザベラは他人の詩集を読んで、勉強したことがない。自分で詩を作ったことはないし、そんな発想すらしたことがない。
カシウスの描いた絵は五歳児の描いた絵より酷い。
彼らが自らにかけられた盗作の疑惑を晴らすのは、死んでも無理だろう。
彼女達は、一生このお屋敷から出ることが叶わないだろう。
「もちろん、皆の前で己の罪を認め、ベルフォート公爵夫人に謝罪するなら、今すぐ帰して上げてもいいけどね
どうする?」
妹達は観念したようで、自分たちの罪を白状した。
「私、ヘレナ・メンクーイは、姉であるベルフォート公爵夫人の刺繍を盗み、自分が作ったと偽って、夫やその友人にプレゼントしておりました。
謝罪いたしますので、お許しください」
「私、クラリッサ・フシアナは、姉であるベルフォート公爵夫人のお菓子のレシピを盗み、自分が考えたと偽って、発表しておりました。
すみませんでした」
「あなたの罪はそれだけではないでしょう?」
私はクラリッサを睨めつけた。
「それから……パーティーの度に姉を当家に呼び付け、お菓子を作らせていました。
私は姉の作ったお菓子を『自分で作った』と嘘をついて、招待客に振る舞っておりました。
申し訳ありませんでした。
どうかお許しください」
そうそう、犯した罪は全て認めて貰わないとね。
「私、イザベラ・ミエハリは、姉であるベルフォート公爵夫人の詩を盗み、自分が作ったと偽って、コンテストに応募しました。
謝罪いたします」
「あなたがしたのは? それだけだったかしら?」
「くっ……!」
私に罪を追求され、イサベラは悔しそうに唇を噛んだ。
「姉は自分の作った詩を黒歴史と言い、自分の名前で発表するのを嫌がっていました。
それを知った私は『本当の事を知られたくなかったら、私の言う事を聞きなさい』と言って姉を脅していました。
申し訳ないことをしたと思っています」
初めから素直にそう言えばいいのよ。
私はイザベラに対して一番怒っている。
この子が兄弟の中で一番最初に盗作をしたというのもあるが、封印しておいた黒歴史を発掘し公表したというのが一番の理由だ。
「カシウス・ハリボーテは、姉であるベルフォート公爵夫人の絵を盗み、自分の名前でコンテストに送りました。
反省してます」
「お前の罪はそれだけじゃないだろ?
己の欲の為に、アメリー様をグッズー男爵令息の愛人にしようとした。
お前が俺の妻に『グッズー男爵家の愛人になり、自分の代わりに子供を産め』と言ったこと、俺は一生許さないからな!」
エリオット様が人を殺せるんじゃないかってくらい、冷たい目でカシウスとグッズー男爵令息を睨んだ。
エリオット君は彼らに相当腹を立てているようだ。
「………!
お許しください!
そのような考えを抱いた俺が愚かでした!」
カシウスはその場で土下座をし、床に頭をこすりつけた。
「ど、どうかお許しを……!」
グッズー男爵令息も、その隣で土下座した。
「公衆の面前で盗作の濡れ衣を着せられ、妻の名誉を著しく傷つけられました。
ベルフォート公爵家の当主として、あなた方を許すことはできません。
よって、メンクーイ侯爵家、フシアナ伯爵家、ミエハリ子爵家、ハリボーテ伯爵家には慰謝料を請求します」
エリオット君の言葉を聞いた各家の当主は、元々青ざめていた顔を紫色にしていた。
いったい彼らは、慰謝料としていくら請求されるのだろうか?
エリオット君と離婚した時、公爵家から独立する費用として頂いておこう。
「妻を愛人にしようと画策したハリボーテ伯爵令息とグッズー男爵のことを、俺は絶対に許しません。
双方の家は、今後当家との取引がなくなるものと思ってください」
「そんな……!
俺は姉がベルフォート家に嫁いでいるとは知らなかったのです!
知っていたらそんなこと言わなかった!」
「どうかお考え直しください!
僕がそのような画策をしていたのは、アメリーが……いえ、ベルフォート公爵夫人があなたと結婚する前です!」
カシウスとグッズー男爵令息が、青白い顔でエリオット君にすがりついた。
だがエリオット君は彼らに、取り付く島を与えなかった。
「ちなみに、四人が僕を嘘つき呼ばわりしたこと、僕も一生忘れないからね。
僕こう見えてねちっこい性格だから」
殿下が心臓が凍りつくような言葉を吐いた。
穏やかな笑みを浮かべて恐ろしい事を言う人だ。
それを聞いた妹達とその夫や婚約者は、全身が真っ白になっていた。
こうして私の盗作疑惑は晴れ、私の名誉は回復した。
当然だが、妹たちの評判は地に落ちた。
ちなみにエリオット君はメンクーイ侯爵から、私が作った刺繍入りのハンカチを回収していた。
「その刺繍入りのハンカチはメンクーイ侯爵夫人が妻から奪っていったもの!
いわば貴公が持っているのは盗品! 今すぐ返してもらおう!」
ほとんど難癖みたいな感じになっていたが、殿下の目もあるので、メンクーイ侯爵は懐からハンカチを取り出し、エリオット君に渡していた。
エリオット君曰く「アメリー様が作った刺繍入りのハンカチ、特に赤い薔薇の刺繍入りハンカチを他の男が持ってるのは耐えられない!」とのこと。
薔薇に何か意味があるのかな?
そう言えば以前エリオット君が、花言葉がどうとかいってたような?
今度調べてみようかな?
◇◇◇◇◇
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