第30話「バルコニーと三人の令嬢」




その後はロクサーヌから辺境伯領での暮らし振りを聞いた。


牧場で牛が双子の赤ちゃんを産んだとか、領地に見世物小屋が来たので辺境伯と二人で見に行ったとか、下の子が「ぱっぱ」と初めて言ったのを聞いて辺境伯がデレデレになったとか、そんな話だ。


あまり長く、パーティーを抜けるわけにもいかないので、私とロクサーヌは会場に戻った。


「ん?」


「どうしたのアメリー?」


「ううん、なんでもない。

 今ちょっと視線を感じたような気がしただけ」


会場に戻ったとき、射抜かれるような視線を感じたのだが気の所為だったようだ。


「それじゃあまた後でお話しましょう」


「ええ、また」


会場内に戻ったのだから敬語で話さなくてはいけないことに気づき、私は慌てて言葉遣いを直した。


今のロクサーヌとの会話は誰にも聞かれてないよね?


エリオット君、心配してるだろうな。


エリオット君が飲み物を持って、うろうろしてるところを想像すると、申し訳ない気持ちになった。


自分の気持ちを自覚したら急に彼を意識してしまって、次に会ったらどんな顔をすればいいんだろうと考えてしまう。


私は今どんな顔をしてるだろう?


耳まで赤くなってないよね?


確認の為に耳に手を当てると、イヤリングは片方なくなっていた。


落としたのかな?


バルコニーに行くまではついていたはずだから、落とした とすればあそこ だ。


今日の主役の妻である私が、片方のイヤリングをしてないというのはどうにも格好がつかない。


それにあれは公爵家に行った日に、エリオット君に買って貰った大事なものだ。


エリオット君には一人でバルコニーに行かないように言われたけど、イヤリングを拾って帰るだけだから大丈夫だよね?


私はイヤリングを探しにバルコニー へと戻った。


そこは相変わらずひんやりとしていて静かだった。


バルコニーの端っこに、アメジストのついたイヤリングの片方が落ちていた。


良かった、ここにあったんだ。


ホッと息をつき、イヤリングを拾って帰ろうとした時……。


「ベルフォート公爵夫人ですね!」


バルコニーの入口の方から声をかけられた。


ナンパ男なら投げ飛ばしてやろうと身構えたが……、よく見ると声をかけてきたのは女の子だった。


しかも一人ではなく三人いる。


先ほど少しだけ会場に戻ったとき、感じた視線の正体はこの子達からのものだったようだ。


それに三人ともまだ若い。


少女たちの年齢は十五、六歳ぐらいだった。


今日のパーティーのために、招待客全員の顔と名前を覚えた。


各家の当主はもちろん、夫人や令息や令嬢の名前まで全て覚えた。


エリオット君をサポートするために覚えたんだけど、彼は私以上に物覚えが良くて、全く覚えた知識を活かす機会がなかった。


しかし、ようやくここで活かせそうだ。


「単刀直入に言います!

 エリオット様と別れてください!」


「いくつ年が離れてると思ってるんですか?

 あなたはエリオット様にふさわしくありません!」


手前にいるつり目で意地悪そうな顔の少女二人が、そう言って私に突っかかってきた。


向かって左にいるのがオリビア・ストラトス男爵令嬢で、右にいるのがサビーナ・プリムローズ子爵令嬢だ。


奥にいる気弱そうな少女が、ルチアナ・イリオス侯爵令嬢だ。


イリオス侯爵令嬢は、ストラトス男爵令嬢とプリムローズ子爵令嬢の話を、ハラハラした様子で聞いていた。


一見無害そうに見えるイリオス侯爵令嬢だが、私は彼女こそがこの件の主犯だと睨んでいる。


なぜなら格上の侯爵令嬢である彼女は、二人を止めることができるからだ。


私はこの構図を見たことがある。


妹たちがよく使っていた手だ。


まず下位貴族の中で悪役顔の少女を捕まえてきて、友人兼自分の取り巻きにする。


そして都合の悪いことは全て彼女たちに言わせ、旗色が悪くなったら「彼女達が勝手にやったことです。私は関係ありません」と言って逃げるのだ。


純粋で世間知らずな男子学生は騙せても、酸いも甘いも噛みしめたお姉さんに、そんな手は通じないよ。


それからここは学園ではない。一言間違えれば揚げ足を取られる、社交の場なのだ。


学生だからわかりませんとか、未成年だから許してとか、そういった言い訳は通用しない。


自らが発した言葉には責任を取らなくてはいけない。


本人はもちろん家族も責任を取らされることになるだろう。


娘を社交の場に連れてくるとはそういうことなのだ。


娘をしっかり教育するから連れてくるか、娘から目を離さないかの二択だ。


「ルチアナ様は幼い時からずっとエリオット様のことを思い続けてきました!」


「ここにいるルチアナ様こそ、身分、家柄、才能、容姿、全てにおいて エリオット様にふさわしいんです!

 どうやってたぶらかしたのか知りませんが、あなたはエリオット様にふさわしくありません!

 今すぐ別れてください!」


さっきから思ってたけど、彼女たちは誰の許可を得てエリオット君の名前を呼んでいるのだろうか?


あのエリオット君が、彼女たちに名前を呼ぶことを許可したとは思えない。


この子達を放置したら、家が取り潰されるほどの大問題を起こすかもしれない。


ここは大人として、社交界がどういうところか、きっちり教えてあげよう。


それが今の私にできることだ。


「言いたいことはそれだけですか?

 オリビア・ストラトス男爵令嬢、サビーナ・プリムローズ子爵令嬢」


私は社交的な笑みを浮かべ、彼女たちに問いかけた。


「なぜ私達の名前を……」


自分の名前を言われただけで、彼女たちは顔を青くしていた。


自分から名乗らなければ正体がバレないとでも思ってるのだろうか?


そういうところも青い。


仮に私が彼女たちの名前を知らなかったとしても、彼女たちの髪型やドレスから、彼女たちの素性を洗うことだってできる。


「招待したお客様のお名前は全て記憶しております。

 主催者として当然のマナーです。

 もちろんお二人の後ろにいる方の名前も存じておりますよ。

 あなたの名前はルチアナ・イリオス侯爵令嬢ですよね」


私に名前を呼ばれたイリオス侯爵令嬢は少しハッとした様子だったが、前にいる二人ほど動揺しなかった。


それもそうか、イリオス侯爵令嬢は、先ほどから取り巻きに何度も名前を呼ばせていたからね。


彼女は侯爵家の令嬢。故に自分の名前がバレても痛くも痒くもないのだろう。


いざとなったら親に泣きついて、権力で相手を叩き潰せばいい。


同世代の少女の間では、それで通ってきたのかもしれない。


だけどここは学校や子供の遊び場とは違う。


足の引っ張り合いをする貴族の社交場なのだ。


「私は知りません」と言って泣けば、逃げられると思わないことだ。


「エリオットと別れろというのは、あなた方三人のご意見ですか?」


三人のと強調したのは、イリオス侯爵令嬢に言い逃れさせないためだ。


「私、私は何も……。

 オリビア様とサビーナ様が勝手に……」


はいはい、あなたならそう言って逃げると思ってました。


お姉さんはそこまで織り込み済みですよ。


ストラトス男爵令嬢、プリムローズ子爵令嬢は、自分たちが切り捨てられるとは思っていなかったのか、ショックを受けていた。


イリオス侯爵令嬢に優しくされて、おだてられて、自分たちは彼女の友達だとでも思い込んでいたのかな?


いざとなったら、侯爵令嬢が守ってくれるから大丈夫だとでも持っていたんだろうか?


残念だけどそれは違うよ。


君たちは都合が悪くなったらいつでも切り捨てられる、イリオス侯爵令嬢にとって都合の良い存在でしかないのだ。


「イリオス侯爵令嬢、そんなこと言ったらお友達はかわいそうですよ」


「別に彼女たちとは友達では……。

 ここにも彼女たちに無理に連れてこられただけで……」


イリオス侯爵令嬢は取り巻きを切り捨て、保身に走った。


侯爵令嬢に切り捨てられた少女たちは、 呆然と佇んでいた。


可哀想に、彼女たちも愚か者なりに身分の差は理解しているだろう。


侯爵令嬢の後ろ盾があったから、公爵夫人である私に突撃してきたのだ。


それがこうもあっさり切り捨てられるとは思っても見なかったのだろう。


かわいそうなお嬢さんたち。お姉さんが助けてあげてもいいよ。


「そうおっしゃってますけど実際はどうなのですか?

 ストラトス男爵令嬢? プリムローズ子爵令嬢?」


二人に問いかけたが、彼女たちは何も話さなかった。


イリオス侯爵令嬢の余計なことは話すな、という無言の圧力が出ているせいだろう。


「そうですか、あなたたちが自分の意思でしたことであれば、責任を取っていただかなくてはなりません。

 ここは学校ではなく社交の場、ついうっかり言ってしまったでは済まされませんからね。

 ストラトス男爵とプリムローズ子爵家には、当家から厳しく抗議しておきます」


「い、家に知らせるのですか?」


「当然です。

 場合によっては精神的な苦痛に対する慰謝料も請求しなくてはなりません。

 それだけではなくストラトス男爵家とプリムローズ子爵家との付き合いは、今後は考え直さなくてはいけません。

 例えば取引の停止とか、両家にはパーティーの招待状を二度と送らないとか」


男爵家と子爵家が、公爵家に睨まれたら生きていくのは難しいだろう。


そのくらい彼女たちも分かっているはずだ。


ストラトス男爵令嬢とプリムローズ子爵令嬢は、真っ青な顔で震えていた。


「あなたたちは未成年。

  当家から請求された慰謝料を払うことはできないでしょう?

 当家としても慰謝料を踏み倒されたくはありません。

 だから当主である、お二人のお父様にお話しするのです。

 未婚の令嬢であれば婚姻の為の費用ぐらい貯めているでしょう。

 あなた方の結婚の為の費用を、当家の慰謝料に当てれば済むと思います。

 それでも足りない時は、鉱山で働いていただくことになりますね」


私は優雅に微笑んでそう伝えた。


すると青い顔で震えていたストラトス男爵令嬢が口を開いた。


「公爵夫人にエリオット様と別れるように言ったのは、わ、私の意思ではありません!

 イリオス侯爵令嬢にそう言ってほしいと頼まれたのです!」


「私もです!

 イリオス侯爵令嬢に『エリオット様と結婚したいから協力してほしい』と言われたんです!

 侯爵令嬢に言われたら、逆らえなくて……それで」


プリムローズ子爵令嬢もあとに続いた。


二人が裏切るとは思っていなかったのか、イリオス侯爵令嬢は口をパクパクとさせていた。


取り巻きを大事にしないから裏切られるのですよ。


信頼していたイリオス侯爵令嬢に裏切られたところに、彼女より身分が上の私から優しく声をかけられたら、ホイホイとついてきてしまうのは仕方ない。


「私達は本当は嫌だったんです!

 だから御慈悲を!」


「慰謝料の請求だけは勘弁してください!」


そうだね。寝返った子たちは大事に使ってあげないとね。


「いいですよ。

 あなた方が今の話を法廷で証言してくださるなら、許して差し上げましょう」


ストラトス男爵令嬢と、プリムローズ子爵令嬢が、ヒュッと息を飲む音が聞こえた。


イリオス侯爵家につくか、当家につくか、今決めてもらわないとね。


「当家に着くなら少なくとも、鉱山で労働することはなりませんよ」


「付きます!

 公爵夫人に付きます!」


「私も法廷で証明します!」


これで証人二人ゲットです。


「ストラトス男爵令嬢、プリムローズ子爵令嬢!

 お友達だと思っていたのに私を裏切るなんて酷いです!

 私、このことお父様に言い付けますわ!」


イリオス侯爵令嬢は瞳に涙を浮かべ、叫んでいた。


嘘泣きだと分かってるので私は動じない。


そうやって泣きながら「お父様に言いつけます」って言えば、今まで思い通りになってきたんだろうけど、今回はそうはいかない。


「それはやめた方がよろしいですよ。

 涙を浮かべてお父様に泣きつけば、周りの人間があなたの味方をすると思ったら大間違いですよ。

 ストラトス男爵令嬢とプリムローズ子爵令嬢が、今日のことを法廷で証言したら恥をかくのはあなたですよ」


「………っ!」


「今ここであなたが誠心誠意に謝罪するなら、今回の件は私の胸一つにとどめておきます。

 その方があなたにとっても都合がいいのではありませんか?」


先ほどは、ストラトス男爵令嬢とプリムローズ子爵令嬢に法廷で証言するようにお願いしたが、本当のこと言うとそこまでするつもりはない。


ただちょっとこの子たちにお灸をすえたかったのだ。


「何よ!

 したり顔でそんなこと言って!

 あなたなんか四度も婚約破棄された 行き遅れの傷物のくせに!

 どうしてあなたが公爵夫人になんてなってるのよ!

 ありえないわ!

 私の方がエリオット様にふさわしいんだから!

 私の方があなたなんかよりずっとずっとずっと前からエリオット様のことを愛してたんだから!!」


イリオス侯爵令嬢が、涙をボロボロ流しながら叫んでいる。


友達の後ろに隠れて何も言えないか弱い少女の姿は演技で、こちらが彼女の本性のようだ。


「あなたなんか大嫌い!

 あなたなんかエリオット様に振られちゃえばいいのよ!!」


イリオス侯爵令嬢の暴言はエスカレートしていく。


「残念だけどそんなことにはならないよ」


バルコニーの入口に人影が見えた。


この声には聞き覚えがある。


私が大好きな人。


「旦那様!」


みんなの前で、ついうっかり「エリオット君」と呼ばなかったことを褒めてもらいたい。


助けに来てくれたのが嬉しくて、うっかり素が出そうになっていた。


「エリオット様、どうしてここに!?」


イリオス侯爵令嬢が真っ青な顔で叫んだ。


思い人のエリオット君に、本性を見られてしまったのだ。


彼女にとっては今すぐここから逃げ出したいぐらい、恥ずかしいだろう。


「探しましたよアメリー。

  危ないから、一人でバルコニーには出てはいけないと言ったでしょ」


エリオット君はイリオス侯爵令嬢の言葉を無視して私の元にやってきた。


彼は上着を脱いで、私の肩にそっとかけてくれた。


あったかい。


「最初にバルコニーに来た時は一人ではなかったんですよ。

 ロクサーヌと一緒でした。

 その後会場に戻った時、イヤリングが片方ないことに気づいたのです。

 そうしたら彼女たちに声をかけられたのです」


「だから一人になるのは危険だって言ったでしょう」


エリオット君はちょっと怒ってるみたいだった。


「申し訳ありません。旦那様」


ここは素直に謝っておこう。


エリオット君の言う通り、一人にならなければ、彼女たちに絡まれることはなかった。


「許します。

 でも今後は気をつけてくださいね」


イリオス侯爵令嬢には、私とエリオット君が二人だけの世界にいるように見えたのだろう。


彼女が凄い目で睨んできた。


「エリオット様どうして私を無視なさるのですか!?

 どうしてそんな女を構うのですか?

 私の方が彼女より、気品があるし、若いし、美しいのに!

 どうして私を見てくださらないの!」



「イリオス侯爵令嬢、俺は君に名前を呼ぶ許可を出した覚えはないよ」 


エリオット君は、凍てつくような冷たい目で彼女を睨みつけた。


イリオス侯爵令嬢は彼に睨まれて、ヒッと短く息を呑んだ。


おそらく彼女は、こんなに冷たい目でエリオット君に見られたことがないのだろう。


「イリオス侯爵令嬢、俺は君に対して怒っている。

 公爵夫人にあれだけ暴言を吐いて、ただで済むとは思っていないだろ?

 イリオス侯爵家に対し、正式に抗議させてもらう」


エリオット君は冷たい声でそう言い放った。


「旦那様、学生がしたことですし、そこまですることはありませんよ?」


「アメリー、甘いことを言ってはいけませんよ。

 今日彼女を許したら、今後あなたに暴言を吐いた全員を許さなくてはいけません。

 あなたの名誉を守るためにも、最初の一人をきっちりと処罰しなくてはいけません」

 

私は一応公爵夫人だ。私が舐められるということは、ベルフォート公爵が舐められるということだ。


私としてはそこまで厳しい処分を求めるつもりはなかったのだが、エリオット君に知られてしまった以上そうはいかないようだ。


イリオス侯爵令嬢みたいなのがまた出てきても困るから、ここできっちりケリをつけとくのも悪くないかもね。


「旦那様。

 ストラトス男爵令嬢とプリムローズ子爵令嬢は、イリオス侯爵令嬢に従っただけのようです。

 どうかご慈悲を」


「五歳の子供ならその言い訳も通用しますが、彼女たちは十六歳。

 そんな言い訳は通用しません。

  当家から抗議させていただきます」


「ですが彼女達を守ると約束してしまいました」


「心配しないでください。

 慰謝料までは請求しませんから。

 ストラトス男爵令嬢とプリムローズ子爵令嬢は謹慎になる程度でしょう」


「それを聞いて安心しました」


ストラトス男爵令嬢と、プリムローズ子爵令嬢を見ると、二人とも胸を撫で下ろしていた。


彼女たちを庇ってしまったのは、妹の学生時代の取り巻きの姿を重ねてしまったからかもしれない。


彼女達には妹が散々迷惑をかけた。だけど当時の私は何もできなかったから、そのときの償いかもしれない。


「なぜなのエリオット様!

 私はこんなにあなたを思っているのに!

 なぜ私にこんなに冷たくなさるの!」


イリオス侯爵令嬢が金切り声を上げる。


「相手を思っていれば何をしてもいいわけではない。

 イリオス侯爵令嬢、あなたは私の大切な人を傷つけた。

 俺はあなたを一生ゆるさない。

 迷惑だ。

 二度と俺の前に姿を見せるな」


エリオット君は氷のように冷たい声でそう伝えた。


「酷いわ!

 私はあなたを愛していただけなのに!」


イリオス侯爵令嬢は、泣きながらバルコニーから出ていった。


最後まで騒がしい子だったな。


ストラトス男爵令嬢、プリムローズ子爵令嬢が呆然と彼女を見送っていた。


「ストラトス男爵令嬢、プリムローズ子爵令嬢、あなたたちも帰っていいですよ。

 今後二度とああいう子には従わないように、今後は考えてから行動するように、この場で約束してください」


「はい、もうこのような事は決していたしません!」


「約束いたします!」


「今後彼女に脅されるようなことがあったら、私に言いなさい」


「はい、ありがとうございます!

 ベルフォート公爵夫人!」


「この御恩は生涯忘れません!」


ストラトス男爵令嬢と、プリムローズ子爵令嬢は深々と頭を下げて、帰って行った。







ふう〜〜、まさかこの年になって学生に絡まれるとは思ってなかった。


「アメリー様は甘すぎます」


二人きりになった途端、エリオット君が私を様付け仕出した。


「ごめんねエリオット君。

 私の側についたらイリオス侯爵令嬢から守ると、約束してしまったんだよ。

 約束はまもらないとね」


「あなたはちょっと目を離すとファンを増やしているんだから……本当に困ります」


私もエリオット君と二人きりになったことでつい気が緩み、普段の言葉遣いに戻ってしまった。


「勝手にいなくならないでください!

 すごく心配したんですから!

 あなたがバルコニーで令嬢たちに囲まれてるとわかった時の、俺の心境は分かりますか?」


エリオット君に正面から抱きしめられてしまった。


「ごめんね。

 次からは気をつけるね。

 それから助けに来てくれてありがとう。

 さっきのエリオット君、本当にかっこよかったよ」


彼は私を抱きしめている腕の力を強めた。


「二人きりのときにそんなこと言って、どうなってもしりませんからね」


彼に強く抱きしめられたことで、私の顔がエリオット君の胸に当たる。


「エリオット君。

 そんなに強く抱きしめると、君の服に私の口紅やおしろいがついちゃうよ?」


「あなたの口紅ならついても構いません!」


そっか、私の口紅ならついても構わないんだ。


私はエリオット君の背中に、自分の腕を回した。


「ア、アメリー様……?」


彼は私に抱きしめられるとは思っていなかったのだろう。


彼の声は上ずっていた。


「攻めるのには慣れてきたけど、攻められるのにはまだ慣れてない感じ?」


「そそそ、そんなことは……あ、ありません……!」


口ではそんな強がりを言っているが、彼が動揺しているのは、明らかだった。


すぐ動揺するエリオット君も可愛いな。


「嬉しかったから、つい抱きしめて返しちゃった」


「可愛い声でそんなこと言わないでください……!

 俺の中で理性と煩悩が戦ってるんですから?」


思春期の男子は大変だな。


「あのね、エリオット君。

 パーティーが終わったら君に伝えたいことがあるんだ」


「えっ?

 今じゃだめなんですか?」


「うん、あとで伝えるね」


「気になります!

 今、教えてください!

 せめて、良い話か悪い話かだけでも!」


「ナイショ」


パーティーが終わったら、エリオット君に大好きって伝えよう。


彼はどんな顔をするかな?


それから口にキスしてあげよう。


だからパーティーのあとじゃないとだめ。


今彼に気持ちを伝えたら、きっとチュッチュッしすぎて、お化粧が崩れちゃうから。


◇◇◇◇◇






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