第3話「美少年との再会」
家を飛び出したのはいいけど、これからどうしよう?
トボトボと歩いていたら雨が降ってきた。
雨は地面に水たまりを作り、私の事を追い越して行った馬車に泥をかけられた。
「こら御者! 逃げるな! クリーニング代払えーー!!」
やけっぱちになっていた私は、走り去る馬車に向かって怒鳴っていた。
すると馬車が止まり、中から人が降りてきた。
やっば、本当に止まるとは思わなかった。
あの馬車は貴族の馬車だ。
しかも、
おそらくあの馬車は侯爵家や公爵家の持ち物だろう。
荒んでいたとはいえ、大変な人に難癖付けてしまった。
私、捕まってムチで打たれてしまうのかしら?
「申し訳ありませんでした!
本気でクリーニング代を請求するつもりは……」
馬車から降りてきた人に頭をさげると、
「もしかしてアメリー様ですか?」
頭上から鈴のように美しい男の子の声が聞こえた。
「えっ……?」
顔を上げると銀色の髪に紫の瞳の美少年がいた。
年の頃はおそらく十五、六歳。端正な顔立ちの中にまだあどけなさが残っている。
家の弟や妹も美形だったけど、目の前の少年の美しさは彼らとは格が違っていた。
少年は、ぱっちりとした二重、きらきらと輝く大きな瞳、綺麗に通った鼻筋、美しく弧を描く唇をしていた。
「神様に愛されて造形された」という言葉は彼の為にあると言っても過言ではないだろう。
「えっと……どちら様でしたでしょうか?」
こんな美少年の知り合いなんかいたかな?
「酷いな、お忘れですか?
ベルフォート公爵家のエリオットですよ!
ロクサーヌの弟の!」
ロクサーヌとは、私の学園時代の友人である。
確か彼女には年の離れた弟が一人いた。
私が彼女の家に遊びに行ったとき、ニ、三回顔を合わせた程度だったので忘れていた。
確かあの頃の彼は、まだ十一、二歳だったな。
「エリオット君なの?」
私に名前を呼ばれたエリオット君は、嬉しそうに目を細めた。
眩しい! 美形の笑顔が眩しい!!
あの幼かった少年が、目もくらむような輝きを放つ美少年に成長するとは!
「そうです! エリオットです! 思い出してくれましたか!」
「ええ」
こんな美少年を忘れていたなんて、ここ数年色々あったから疲れていたんだろうな。
「急いでいたとはいえ、アメリー様の衣服に泥を付けてしまったことを、心からお詫びいたします」
「気にしないで、大した服ではないから」
親友の弟が乗っている馬車とは知らず、「クリーニング代を払え!」と怒鳴ってしまった。
恥ずかしい、黒歴史だわ。
「そう言う訳には参りません。
貴族の子女の服に泥をかけてしまったのですから、きちんと償いをさせてください」
「いや、でも」
大した服ではないが家出した私にとっては一張羅。
クリーニング代とはいかなくても、洗濯して貰えると。
「姉の友人を泥だらけの格好で放置できません。馬車に乗ってください」
「えっ、でも馬車の中が汚れるんじゃあ?」
あんな高級な馬車を汚したら、逆に馬車の清掃代を請求されてしまう。
「そんなこと、気にしなくていいですから」
「でも……」
「さっ、お手をどうぞ」
エリオット君が手を差し出してくる。
雨は今もなお降り続いている。
親友の弟を雨の中に立たせて、風邪を引かせる訳にはいかない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
私は彼の手を借り、馬車に乗った。
公爵家の馬車には椅子を始めとした内装に高級な素材が使われていて、泥のついた服で座るのがためらわれた。
しかし、馬車の中で立っている訳にもいかない。
「ごめんなさい。馬車を汚してしまって」
馬車の座席はふかふかだった。
この椅子だけで、伯爵家の食費何日分が賄えるのだろう? と思わず考えてしまう。
「気にしないでください。大したことではありませんから」
エリオット君がそう言ってにこやかに笑う。
向かいの席に座ると思っていたエリオット君は、何故か私の隣に座ってきた。
しかも距離が近い。
エリオット君にとって私は、お姉さんみたいなものだから距離感がバグっているのかな?
だから意識せずに私との距離を詰められるのかな?
「公爵家に着いたら、服をクリーニングに出しましょう。
服がクリーニングから戻って来るまで姉のドレスを着ていてください」
ロクサーヌは、数年前にスパダーリ辺境伯家に嫁いだ。
彼女の結婚式以来会ってないけど、元気にしてるだろうか?
彼女は出るところは出ていて、ウエストはキュッとしまっていた。
ロクサーヌのドレスを私が直さずに着れるとは思えない。
「いえいえ、私の服なんてメイド服で十分だから」
公爵家のメイド服は、もしかしたら私の普段着より上等な布地が使われているかもしれない。
私にはメイド服すらもったいない。
「そうおっしゃらず、どうか姉のドレスを着てください」
「気持ちは嬉しいんだけど、そのロクサーヌの服だとサイズが……」
私の胸はぺたんこだから、彼女の服を着たら胸の部分の布地が余ってしまう。
そんなの惨めだ。
「姉は長身でしたからね。
姉の服は小柄なアメリー様には少し大きいかもしれませんね。
それなら家の者にドレスのサイズを直させましょう」
エリオット君は、サイズが合わないのは身長のせいだと思ってくれたみたいだ。
「そうだ!
どうせならデザイナーを呼んで新しくドレスを作らせましょう!」
「いやいや、そこまでしてもらわなくても、ドレスを作るのには何日もかかるし……」
「でしたら採寸だけして、ドレスは後日アメリー様のご実家の伯爵家にお届けします」
その伯爵家を追い出されてきた身なんだけどね。
「今日は市販のドレスを着ていただきましょう。
姉が行きつけの店に使いを送ります。
店にあるありったけのドレスを持ってこさせます」
いやいやいやいや、なんでそうなるの??
「私なんて本当にメイド服でいいから」
「…………アメリー様のメイド服姿、エモいな……」
「ン? 今何か言ったかしらエリオット君?」
「いえ、なにも!」
気のせいだったのかな??
「商人がドレスを持ってくる間、アメリー様はお風呂に入ったり、エステを受けたりして、寛いでいてください」
そんないたれりつくせりの歓迎を受ける理由がないよ。
「エステなんて贅沢だよ。
ちょっと着替えとタオルだけ貸して貰えればいいから……」
「それではアメリー様が風邪を引いてしまいます。
姉の友人に風邪を引かれたら、俺が姉に怒られます」
エリオット君、昔は一人称が「僕」だったけど、今は「俺」なんだね。
年月の経過を感じるなぁ。
「それともアメリー様はこのあと何かご予定があるんですか?
それで当家で過ごせないと……?」
「それは……ないです」
家出中、無職なので暇です。
いや、暇ではないか?
ギルドに登録して、仕事を紹介して貰わないといけない。
保証人なしの私でも出来る仕事があるかな?
住み込みで出来る仕事なら、多少辛くてもやっていける自信はある。
「ならいいではありませんか、ゆっくりしていってください」
美少年の満面の笑顔やばい。癒やしだ。
そんな顔されたら断り難いよ。
◇◇◇◇◇◇◇
読んで下さりありがとうございます。
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