第8話「若奥様って誰のこと!? 〜美味しい朝食を美少年と共に〜」



食堂の扉を開けると、家令さんを筆頭に執事さんやメイドさんが勢ぞろいしており、二列に別れてズラっと並んでいた。


家令が「おはようございます、若奥様」と言うと、

「「「おはようございます、若奥様」」」使用人の皆がそれに続いた。


へっ? 若奥様って誰のこと??


後ろを振り返るが、そこには誰もいなかった。


えっ?? 若奥様って……もしかして私のこと?!


ないないない!


あり得ない!


若奥様ってエリオット君のお嫁さんのことだよね?


公爵家の跡継ぎであるエリオット君と、伯爵家を勘当された私じゃあ、身分も年も釣り合わないよ。


「えっと、どなたかとお間違えでは?」


エリオット君の奥さんが着るハズのドレスを、間違って私が着ちゃったとか、そういうことかな?


ということはエリオット君の奥さんは、茶髪に黒い目ってこと?


エリオット君、あの若さで結婚してたんだ。

 

エリオット君の奥さんだもん、さぞ良いところのお嬢様なんだろうな。


私とは大違い。


あれ……? 胸がモヤモヤするな。なんでだろう??


空腹のせいかな??


「間違えてはいませんよ。

 アメリー様。

 皆はあなたの事を『若奥様』と呼んでいるんですよ」


背後から声をかけられ、振り返るとエリオット君がいた。


学生服が眩しい。


制服は昨年まで弟も着ていたけど、弟とエリオット君では、放つオーラが違う。


エリオット君のオーラはなんというか、洗練されているのだ。


それに彼の着ている学生服はきっとオートクチュールだろう。


既製品を着ていた弟とは、やはり優雅さが違う。


「どういう事、エリオット君! 説明して」


「その前に食事にしませんか? 朝食が冷めてしまいます」


「今は食事している場合じゃ……」ぐーきゅるるるる……!


そう言おうとしたとき、私のお腹が盛大になった。


昨日、あれだけ高価なものをご馳走になったのに……お腹を鳴らすなんて恥ずかしすぎる!


エリオット君が口元を手で覆っている。


きっと笑いをこらえているのだろう。


「そ……そうだね。

 料理とシェフに罪はないもんね。

 温かいうちに食べてあげないと悪いよね」


「そうしていただけると、シェフも喜びます」


エリオット君にエスコートされ、席についた。


現状がどうなっているかわからない。でもどんな時も食事は大事だ。


公爵家の食事は朝食もとても美味しそうだった。


ふかふかの丸いパンに、焼き立てのベーコンとスクランブルエッグ、湯気を立てるオニオンスープに、色とりどりと歯ごたえの良いレタスのサラダに、搾りたてのオレンジジュース。


「お口に合いましたか?」


「とっても美味しいよ!」


見た目だけでなく、味も絶品だった。


昨日食べたロブスターにキャビアにサーモンにローストビーフに牡蠣も美味しかったけど、こういう素朴なメニューも良い。


スクランブルエッグは口の中でとろけるし、ベーコンはカリカリだし、パンはふわふわだし、オニオンスープはあっさりとしていてそれでいてコクがあった。


サラダにかけるドレッシングまで絶品だ。


エリオット君は私が料理を口に入れるのを、楽しそうににこにこしながら眺めている。


がっついているように見えて、おかしかったのかな?


いけない、いけない。


歳上として、また淑女として、はしたない姿は見せられない。


私はなるべく優雅に見えるように食事を進めた。


こんな風に誰かとゆっくり朝食を取るなんていつ以来だろう?


朝は固くなったパンと出がらしの紅茶を流し込んで、執務に取り掛かっていた。


本来領地経営するはずの、父と兄は脳筋。


領地経営を手伝うはずの母は社交にしか興味がなく、義姉は妊娠と出産を理由に執務室にすら近づかない。


それでも祖父母が生きていた頃はなんとかなっていたし、昨年までは家令が手伝ってくれていた。


家令が加齢を理由に退職してから、新しい家令が見つかっていない。


見つかったとしても、母の浪費や、甥っ子の教育費や、妹達が結婚する時にかかった費用などで、家計が苦しく、家令を雇うお金がない。


なので私は一人で家の仕事をこなしていた。


その他にも、仕事の合間をぬって、母や義姉のドレスの直し、甥っ子たちのおやつ作りなどに追われた。


ドレスの直しや、お菓子作りぐらい、メイドにも出来そうな気がするが、私が作ったものと、彼女達の作ったものには大きな差があったらしい。


それなのに甥っ子達と来たら、感謝をするどころか「叔母様は一生結婚出来ないと思うでちゅ。僕が当主になったら、叔母様をメイドとして雇ってやっても良いでちゅ」とぬかしやがった。


「行かず後家」「売れ残り」「オールドミス」……などなどなどなど、甥っ子達に言われた悪口は数えきれない。


幼い彼らを叱っても、兄や義姉が「行き遅れの妹を家においてやってるんだ。それぐらい我慢しろ。それに嫡男の俺の子供である、息子達の方がお前なんかより立場は上だ」と言って、甥っ子達に私の悪口を吹き込むのだからどうしょうもない。


そして極めつけは、何故か嫁いだ後も実家に戻ってきて、

「旦那様に刺繍入のハンカチをプレゼントするの! お姉様作っておいて!」、

「こんど嫁ぎ先でパーティーがあるの! お姉様新しいお菓子を考えて!」、

私を家政婦のようにこき使う次女と三女。


彼女達には婚約者を取られた恨みがあるので、彼女達の要望を私が聞き入れる義理はない。


しかし妹達を溺愛している両親は、

「それぐらいの要求も聞けないのか! 心の狭い娘だ!」

と言って私を罵った。


妹達の願いを聞き入れなければご飯を貰えないので、仕方なく仕事の合間をぬって、ハンカチに刺繍をし、新作のお菓子のレシピを考えて、彼女達に渡した。


お菓子に至っては、パーティーの当日にクラリッサの嫁ぎ先まで行って、メイドに混じってお菓子作りまでさせられた。


思い返すと、ブラックな労働環境過ぎて泣きたくなってきた。


辛気臭いことを考えるのはやめよう。


せっかくシェフが美味しいお料理を作ってくれたんだ。


笑顔で食べなければバチが当たってしまう。



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