第31話 バビュンと辺境!

「私の愛馬は賢く従順、とても勇敢で、綺麗で可愛いんです。シリルに似てるんですよ」

 メルビンが嬉しそうに言うから、もしや白馬では、と咄嗟に思った。かっこいいメルビンが白馬に乗ったら、それはそれは王子様だ。僕の方が王子様だけどね、血筋的に。

 ワクワクしてメルビンの愛馬と対面した。

 全身まんべんなく綺麗な、見事なごま塩ちゃんだった。芦毛っていうんだっけ? 灰色に見えるお馬さん。

 人懐っこく可愛いのは本当だった。撫でさせてくれた。真っ白なマントを羽織りメルビンが颯爽と乗ると、王子様に見える。

 元王子様は、ツヤツヤな栗毛の馬に乗ってきた。こっちも絵になります。二人ともかっこいい。


「シリル、本当に大丈夫なのか?」

 ルーファスが心配そうに訊ねてきた。

「許可は貰ってるよ」

「普通、無茶だと止めるんだが……」

「実績はバッチリなんで」

 自信たっぷりに胸を張る。

 ルーファスが信用してくれないのも無理もない。実績があるといっても、王宮内だけで長旅は初めてなんだ。ほんと、何で許可が出たのか。

「シリルなら大丈夫ですよ。誰よりも規格外なので」

「奇想天外であるのは認める。迷子になるなよ」

「じゃじゃーん。ここにあるのは、方角を示す魔法道具!」

「ただのコンパスだな」

「ただのコンパスなんですか?」

「ただのコンパスだよ」

 上着の内側から一枚の紙を取り出す。

「そして地図!」

「無地の紙?」

「これは一般に出回っている、辺境伯の城塞の位置くらいしか書いていないものだけど、地図は軍事資料でもあるので、念のため僕だけしか見られない魔法と、落としても僕の手元に戻ってくる魔法、濡れたり破れたりボロボロにならない保護魔法を掛けてあります」

「配慮が流石です」

「濡れたり落としたりする可能性を予め想定している。不安でしかない」

「旅はしてみるものですよ。シリルには結界魔法があるので平気でしょう」

「辺境伯の城に入るまで解くなよ」

「言われなくてもわかってるし」

「城塞についたら、関所の門番に父上――辺境伯からの手紙を見せてください。迎えが待機しているそうなので」

「承知しました!」


 ここでこうしていても旅立ちが遅くなるだけなので、不安だ、心配だと渋るルーファスの尻を叩き、馬に乗っていくメルビンとルーファスの二人を見送る。


 さて、と。

 大きな木箱……鶏小屋くらいありそうな木箱に魔力を込め、フワッと浮かせる。中身は僕の荷物。着替えとお金、お弁当に、ランブロウ公爵領産フルーツをぎっしり。辺境伯閣下へのお土産と、王宮魔法士団辺境支部へのお土産だよ。

 空中分解しないよう木箱に結界魔法を張る。中には予め空気のワタを詰めてあるので、揺さぶらても中身がグチャグチャにならない。自分自身にも卵型に結界魔法を張った。身体を包み込むように空気のワタを作って。フッカフカ、体感ほほ無重力なんで、これで長距移動も身体が楽。木箱を魔力で風船のように繋いで一緒に上空に浮き上がる。王都が一望でき、胸がすく光景た。

 メルビンたちに先に出てもらったのは他でもない、僕は馬移動じゃないからだ。身体一つで飛んで行く。生身のプライベートジェット。王宮の結界魔法耐久実験で一日何度も何度も体当たりしていた実績がある。毎日繰り返し、打ち上がるスピードにもすっかり慣れた。あのスピード感がスリル満点スッキリ爽快。

 生き物を運んだことがなくて何が起こるかわからないので、メルビンたちは運べない。初めての旅がぼっち旅。


 ヒュゥン! と王都の上空を一瞬にして飛び去り、ランブロウ領地も眼下に流れて行った。

 草原に川に森に村が現れては去っていく。

 早い! 早い! あっという間に景色が変わる!

初めて王都から広い世界に飛び出した、楽しい! と思っていたのは最初の内で、見知らぬ土地に一人ぼっち、不安になってきた。何度も地図とコンパスで方角確認。迷子になってない? こっちで合ってる? 無事に辿り着けるかな……。

 長く飛んでいると景色にも慣れ、緊張と不安感は無くならないものの、それも落ち着いてきた。余裕が出来てきて、余計な考えが顔を覗かせる。頭を巡るのはメルビンとルーファスの関係。今、二人きりで旅をしているんだよね。これから片道六日、二人で……。

 この旅が終わって、王都へ帰る頃にはメルビンと婚約解消されるかもしれない。ルーファス、辺境を直接見てから決断したいって言ってたのはそういうことなんじゃないかな。

 僕には王宮魔法士団という場所がある、王都で国の為に働きたい、といえば納得させられるだけの実績は積んだ。後は決断するだけ。メルビンから解消を持ち掛けてくるとなると、辺境伯に傷がつく。僕から言い出す方が穏便に解消できるのでは。

 僕から……。

 優しいメルビンの笑顔を思い出し、泣きそうになった。彼を大切に思うなら、そうするべき。離れていくメルビンのことを考えると悲しくて、胸の奥が痛いくらい寒くなる。

 空を飛びながら、グスっと鼻をすすった。結界魔法の中には風も入ってこなくて温度調整してるから快適なはずなのに、身体が冷えてくる。


 ふと思い出した。

 ルーファスのメルビンへの想いを知ってショックで余裕がなくて忘れてたけど、小説のシリルが死ぬ時期が過ぎているんじゃない?

 確か、夏休み前に、学園で魔力を暴走させたんだっけ。今の僕に、自ら暴走させる気が少しもないから警戒していなかった。

 自暴自棄になった引き金は、ルーファスとメルビンの関係を目の当たりしちゃったからなんだ。シリルは自分が嫌いで、一人ぼっちで。たった一人の世界に、ルーファスだけが関わってくれた。

 ルーファスに対して好きでもなく、離れていくのは仕方ないと思っていたくせに、学園の中庭でルーファスとメルビンが二人きりで居るところを目撃し、ルーファスが自分の前からいなくなると実感した。婚約者が離れていくとなると理解者が一人もいない、世界から見捨てられる絶望感で自暴自棄になって、こんな世界なんか滅べばいいと自らの意思で暴走した。

 身勝手だよね。

 ルーファスは婚約者としての礼を尽くしてくれていたのに、シリルはルーファスに対して何もしていない。自ら一人を選んで人を避けていた。気のない奴をいつまでも相手にしてくれるはずないのに。なのに、いざとなると癇癪を起して。迷惑でしかない。自分が自分で嫌になる。


 今の僕はどうだろう。

 メルビンは僕の世界を広げてくれた。賑やかな世界に連れ出して、人と関わる勇気をくれた。そんな彼に、思いを寄せるようになってしまった。

 本当はわかっていたんだ。メルビンのことが好きだって。でも、小説ではメルビンはルーファスといい仲になって僕から離れていくってわかっていたから、その思いをいちファンとしての好きだと思い込もうとしていた。

 小説のメルビンと今のメルビン、すっかり変って别人のようになってしまったけれど。

 别人……。

 そうか、小説のメルビンじゃないんだ。今のメルビンは、誰を思っているんだろう。

 僕にハグしてくれて、キスしてくれたメルビンの、今の気持ちはどこにあるのか。


 ルーファスは自分の気持ちに真っ直ぐ進んでいる。

 僕だって、このまま別れるのは嫌だ。ちゃんと気持ちを伝えたい。その上で、メルビンがルーファスを好きでルーファスがメルビンを好きなら……一生引きずるかもしれないけど、まだ諦めがつく。

 サンドラ嬢も、叶わない恋をしてこんなにつらい思いをしていたのかな。

 一人の空の旅は、自分の気持ちに向き合ういい機会となった。

 そうこうしているうちに、町をぐるっと囲う高い堅牢な壁が見えてくる。あれが、辺境の城塞だ。

 旅の途中、休憩するのを想定してお弁当や水筒も持ってきていたんだけど。空を見上げると、太陽の位置はまだ午前中だった。

 え、早くね? そんな早く着くの?

 前世で考えたら、徒歩旅で江戸から京へ行くのに日数を要するけど、プライベートジェットなら二時間も掛からない的な? そうなの? チート過ぎる。


 本当に辺境の城塞なの? 恐る恐る門番さんに聞いたら、本当に辺境の城塞だった。違う辺境じゃない、ちゃんとウィンブレード辺境伯領。あんまり到着が早すぎるから、門番さんバタバタしちゃってた。お仕事増やしてごめんね。お詫びに、ランブロウ公爵領産の甘くて柔らかい桃を差し入れた。夏は暑いので、水分補給してください。


 辺境伯家が用意した馬車に乗る。僕の荷物――鳥小屋大の木箱は、馬車の屋根の上にフワフワ浮いているので、重量の心配もなくお城まで運んだ。

 辺境のお城は王宮と違い、きらびやかさは無いけど、無骨なのがまたかっこいい。

 出迎えてくれたブラッドフォード・ウィンブレード辺境伯閣下は久しぶりに会うのに相変わらず男も惚れる男前だった。猛禽類に似た金色の瞳も全く色褪せていない。どっしりした存在感、顔も体格も全く似てないのに、なんだかメルビンに似てる。不思議。

 僕があんまり早く到着したから、驚いていた。

「今、息子たちは王都を出たばかりだろうと話していたばかりだ」

「僕だけ魔法で飛んで来たので、早く着いてしまいましたけど。メルビンたちは馬で今朝王都を出発したので、六日ほどで到着すると思います」

「そうか。メルビンならもう少し早く帰ってくるやもしれん」

「そうなんですか?」

「あいつは近道を知っているからな」

「あと、お土産持ってきました。ランブロウ公爵領産のフルーツです。今朝採れのものを詰めて持ってきたので」

「気遣い感謝する。ランブロウ公爵領はフルーツが特産だと聞いているから、楽しみだ」

 本来は何日も掛かる旅路、あり得ない会話に使用人さんは戸惑っていたけど、事実なので。その、あり得ない会話に普通に対応している辺境伯閣下も閣下だ。この人の魔力も規格外って聞いているからなぁ。

「私はシリル殿のように王都と辺境を飛んで行き来する魔力はないから羨ましいな」

 ジッと顔を見ていたら、察してそう言ってきた。僕、魔王とよば辺境伯閣下より規格外らしいです。


「昼食はどうする?」

「途中で食べるつもりでお弁当を持ってきてしまっているので。王宮魔法士団辺境支部に行きたいです。フルーツのお土産も渡したいので」

「先に部屋に案内させよう。少し休んでから行かれるといい」

「ありがとうございます」

 フカフカな空気のワタに埋もれて旅していたから疲れていないけど、荷物は解いておこう。

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