第35話 悪役令息
【sida:メルビン】
森の中の近道を馬で駆けているときでした。今年は魔物が少ないはずなのに、遭遇する魔物の数が多い。
倒しても倒しても、減るどころか増えてきます。
「メルビン、魔物が少ない年じゃなかったのか」
「そのはずです」
彼にとっては初めてとなる旅、一晩中駆けるという、私が少し強行して進んだせいで、顔が大分疲れています。その上、魔物の襲撃ですから、王都で生まれ育った者にはキツイでしょう。
「きりがありません」
「クソ、魔力が尽きた」
「魔法ばかりに頼るからです。馬に強化魔法は」
「尽きたって言っているだろう」
「私が貴方の馬にも強化魔法を掛けるので、振り切りましょう」
「『お前の』ではなく、『シリルの』だろう」
「大切なシリルの魔力です」
馬に強化魔法を掛け、速度を上げる。襲いくる魔物を剣で打ち払い、魔法攻撃は最小限に留めた。
「おい、囲まれてないか?」
「無駄口叩いてると舌を噛みますよ」
進行方向を邪魔する魔物を、炎の攻撃魔法で焼いた。それでも魔物の襲撃は収まらない。
もう少しで城塞に着くのに、シリルに会えるのに。ギリリと奥歯を噛み締めたそのとき、ふと空気が冷たくなって鋭い氷の塊が大量に振り、魔物を貫きました。
駆ける馬の上で空を見上げる。そこに、ずっと会いたかったシリルの姿が浮かんでいて、歓喜しました。でも、何か様子がおかしい。フラフラと危なげで、なんとか浮遊しているような。
「アイツ、魔力切れを起こしている」
「魔力切れで魔法を使っているんですか!? 無茶な!」
魔力が空っぽになるまで魔法を使ったら死んでしまうのではないか。
私の心配をよそに、魔物の群れに氷の魔法が降り注いだ。
「シリル、やめてください! 死んでしまう!」
「駄目だ、聞こえていない。兎に角、森を出てコイツらを振り切ろう。お前が安全だとわかれば、シリルが魔法を使う理由もなくなる」
馬の速度を上げ、森を抜ける。けれど、思惑通りに魔物を振り切ることはできませんでした。強化魔法を掛けた馬に追いすがるなんて。
シリルはとうとう地面にペシャリと倒れてしまいました。なのに、私たちを追う魔物に向かい攻撃魔法をやめません。
「もういいんです! 私は平気なので!」
馬をシリル目掛けて走らせます。
足元まで追いついてきた魔物を、シリルの氷の魔法が貫いた。それを最後に動かなくなったシリルを見て、血の気が引く。
ギリギリまで駆けさせ、馬が止まる間を待つのも惜しいと飛び降りシリルの側に寄り、抱き上げました。ひやりと冷たい肌の感触に、息を呑んだ。
「シリル! シリル!」
青白い顔で瞼を閉じ、開く気配がない。そんな、せっかくやり直せたのに、また目の前で死なせてしまうなんて、あんまりだ!
また、私のせいでシリルを死なせてしまう。
目の前が真っ暗になった。
私は……シリルを一度、殺してしまった。
それは、前回のこと。私は、学園生活が始まるもっと前、子供の頃からランブロウ公爵家のシリルという子に興味があった。
最初は、公爵家、強い魔力を待つ者への興味だった。だけど、会うことはかなわなかった。どんな人物かわからないのに、一目見るのもかなわない公爵家三男が一体どういう子なのかと、思いだけを募らせた。
ようやく姿を見られたのは、彼が学園に入学してから。シリルは思ったより小さく、可憐で大人しい、という印象でした。俯き加減で憂いを帯びた大きな瞳に、長いまつ毛が影を落とす、真っ白な肌、壊れてしまいそうなくらい繊細で儚げ。
その強い魔力を恐れられて、彼は常に一人でいました。
男子生徒が落とした一枚の紙が、ヒラリと舞ってシリルの足元に落ちる。彼は躊躇いなくそれを拾い、男子生徒に返しました。しかし男子生徒は彼を怖がり、一目散に逃げていきます。残されたシリルは悲しそうでした。
シリルは魔力が強いだけで、根はいい子なのではないか。そう思うと、可憐で可愛らしい彼に恋をしてしまったのです。
ですが、シリルにはルーファスという、この国の第四王子の婚約者がいました。なので、私はルーファスに近づきました。
ルーファスとは同じ選択授業、剣術上級クラスです。選択授業は、一年、二年、合同でやるので難しくはありませんでした。
ルーファスから婚約者――シリルをどう思っているのか聞き出しました。
「あの強み魔力は国で監視しなければならない。それで俺が死ぬことになっても。この国の王子に生まれた義務だ」
ああ、コイツはシリルを愛していないのだな、と感じました。シリルが魅力的だから、彼を幸せにしたい、でもなく、強い魔力が持つ者を監視したい、なんて冷たい言葉でしょう。
シリルが幸せになるのなら、私は諦めた恋でしたのに。このルーファスとシリルが結婚して、シリルが幸せでしょうかなることはない。
どうにかしてルーファスからシリルを引き離す、婚約解消させるか、そればかり考えて、必死で、周りが見えなくなっていました。
清廉潔白、誠実が取り柄のルーファスが不貞を働いたとなれば、罪悪感を感じシリルと婚約解消するのかもしれません。ルーファスとの仲が疑われるような行動をいくつかしました。近い距離で話す、そっと身体に触れる、手を握る、耳元でささやく、二人で学園内を歩く――肩についていたゴミを取るふりをする、剣の握り方を聞いてソラで実践、剣術の稽古をしないかと耳元で誘い、二人で練習場へ向かう。同じ剣術の上級クラスであることを最大限使って。
たとえシリルが私を選んでくれなくとも彼が幸せならそれで構わないと、当時の私は身勝手な考えで暴走していました。
ルーファスに叶わない片思いをしていたサンドラ嬢を焚きつけ「彼が本当に誠実な男ならたとえ媚薬を盛られたとしても婚約者を裏切らないでしょう」と言っておき、薬草学を勉強していた私は自分で媚薬を作り、そっと彼女の鞄に忍ばせたのです。
媚薬の材料は、お茶の葉だったり、学園内に生えている草だったり、スパイスだったり、筆記用具の軸の素材、動物の角で出来た飾りボタンだったり。薬となっていない原材料をさり気なく持ち込むのは造作もありません。私は優等生だったので、疑われる理由もない。
サンドラ嬢は彼を信じたいあまり、誰が鞄に入れたのかわからない媚薬をルーファスの食事に盛りました。
それでも、シリルの婚約が解消されることはありませんでした。
サンドラ嬢は学園を追放となり、今となっては彼女には悪い事をしたと反省しております。しかし、当時はシリルに恋をしていて、盲目になっていた私は、ルーファスの不貞の噂を広めようとしました。
それがいけなかった。
シリルに幸せを掴んでもらいたかったのに、逆に追い詰めてしまった。
シリルは自暴自棄になり己の命を燃やし、魔力を解放してこの世界からいなくなろうとしていた。私は、彼の魔力を受けることしかできなかった。目の前で命が尽きた彼を前にして、ようやく気づいた。私のした全てが間違いだったんだと。
シリルの強大な魔力は、取り込んで霧散させ無効化させてしまう体質でも、霧散させるのに時間が掛かり私の中にそれは強く渦巻いていた。その、神様のような強大な魔力で、私はめちゃくちゃな魔法を使った。魔力が少なく魔法を使うことがない私は、何かの足しになるかもとひたすら勉強した知識だけはある。誰も使えない古代魔法の知識で、時間魔法、空間魔法、転移魔法、思いつくかぎりのものを組んで。
なんでもいい、誰でもいい、どうかシリルをやり直させて欲しい。できることなら、私がシリルを幸せにしたい。最初からそうすればよかった。シリルに好きだと想いを告げ、貴方は一人ではないんだと、私と一緒にいて欲しいと、真っ直ぐに行動していればよかった。
気づけば、私は見知らぬ世界に転生していた。そこは魔法がなく、科学が発展していて、自動車が走り、飛行機が空を飛ぶ。地球という惑星の、日本という国。
シリルはどうなったのか、どうして私は転生したのか、何もわからない。メルビンだった記憶を頭の片隅に抱えて育ち、社会人となってもメルビンだった頃の記憶が薄れることはありませんでした。
いつか忘れてしまうのが嫌で、自戒も兼ねてこの記憶を小説にしました。小説なので、エンターテインメント性も考慮し、脚色はしました。例えば、メルビンは媚薬を盛られたルーファスを部屋に送っていくと、そこで襲われただとか。真実は、手伝っただけで身体の関係はないし、ルーファスは私に恋などしていない。一つ上の先輩、友人としてしか接していない。
国王が、シリルとルーファスの婚約についてどういう思いがあり、思惑があるかなんて、私が知る由もありません。
小説は所詮、作り物。
小説の主人公はメルビンですが、本当は婚約者の居る相手に恋をして破局させようとした悪役令息なんです。
それらしいタイトルを付け、『桜庭ヤイバ』というペンネームで登録した小説サイトに投稿。丁度、コンテストをやっていたので何となしに応募しました。それが新人賞をとり、出版されてしまうとは。
私はシリルが生きた証を消したくなかった。私の罪を無かったことにしたくなかった。
自戒の小説を完結させてからというもの、抜け殻になってしまった私は、無気力で食事も摂らなくなり、いつの間にか日本での生を終えていた。
罪を侵したメルビンだった私、桜庭ヤイバというペンネームを得て出版し日本で生きた私、その記憶を思い出したのは、学園でルーファスが階段から落ちそうになっていたところを助け、かわりに私が落ちて頭を打ったときでした。
全てを思い出した直後は混乱していましたが、私が願った通り、シリルがシリルとして、私がメルビンとしてやり直せている事実に歓喜し、同時に不安にもなりました。
だって、今回もシリルの側にルーファスがいるのですから。
法律上、血がつながっていなくとも兄弟は結婚出来ないのだけれど、前回とは違い、シリルとルーファスは仲がよくて、私は焦りました。どうにかしてシリルに私を見てほしかった。ただの嫉妬心です。今は婚約者は私で、彼を離す気などなく、この手で幸せにしたいとずっと願っていた相手です。
しかし、前回メルビンだった記憶がなくともシリルに恋をしていたのは、自分でも少し笑ってしまいます。どれほど好きなんでしょう。
転生しても思い続けるほどの相手とあと数年で結ばれるというのに。
どうしてシリルは私の手の中からこぼれ落ちていってしまうのか。
魔物の群れを倒すため、魔力を使い果たし、横たわるシリル。
前回のように神様のような強い魔力が私の中にあるはずもなく、もう二度とやり直せない。
真っ白な頬に触れる。シリル、どうして……。
シリルが私の為に作ってくれた指輪が目に入った。私には金が似合うと選んでくれた。ここにはまる魔法石には、シリルの……そうか。
一か八か、私は拳を岩に叩きつけ、魔法石を覆っていたガラス膜を割った。
剥き出しになった魔法石を、色をなくしたシリルの唇にあてる。
個の魔法石にはシリルの魔力が籠もっている。込められるのなら、持ち主に魔力を戻せないか。
シリルの唇に、呼吸が戻ってきた。
「ルーファス、シリルが生きてます!」
「まだ魔物が居るかもしれん。急いで辺境伯の城へ運ぼう」
「ここからだと、王宮魔法士団辺境支部の方が近いです」
シリルをそっと抱き、愛馬に乗って魔法舎へ向かった。
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