第5話 思い出してみよう。BL小説『辺境伯の嫡男は恋がしたい』
キッチンの、冷気の魔法石を使ったクローゼットみたいな冷蔵庫を覗けば、銀の器に綺麗にカットされたものが数種類が乗っている豪華なフルーツの盛り合わせがあった。野菜とターキー、ベーコン、玉子焼き、具材盛り盛りのクラブハウスサンドの軽食も入っていたけれど……もう軽食じゃないな、食事の量。フルーツも六歳児の一人前としては多いけれど、病み上がりだし、さっぱりしたフルーツ盛り合わせを食堂に持ってきてモグモグ食べながら、BL小説『辺境伯の嫡男は恋がしたい』の内容を思い出す。
異世界転生して悪役になったライトノベルのテンプレートは、本人が知らないうちに攻略対象の好感度上げまくって相愛されなんだけど、それはゲームが舞台の話。これは小説が舞台なので攻略対象なんて居ない。居るのは、主人公メルビン・ウィンブレードと、そのお相手、ルーファス・ルッキンダム第四王子殿下。
国王の弟である僕の父、レナルド・ランブロウと姓が違うのは、父が王位継承権を放棄して臣下に下ったとき、爵位と共に王家ルッキンダムから抜けた。王の側近として、城で働いている。
BL小説は、王立ホートスロン学園を舞台にしていた。
登下校時の移動中に襲われるリスクから、厳重な警備と結界魔法でガチガチに護られた王立学園の方が安全性が高く、全寮制。
メルビンはルーファスの一つ歳上で、ルーファスはシリルと同い年だ。
BL小説の主人公の多くが『受け』なので、メルビンもご多分に漏れず。食堂で夕食を食べたそれに媚薬を盛られたルーファスが、自室に籠もってやり過ごそうとフラフラになりながら急いで向かう。苦しそうにしている彼に、ばったり出会ってしまったのが主人公メルビン。
正義感の強い彼は放っておけず、肩を貸して部屋まで送るも、媚薬の効果に思考を奪われたルーファスに襲われて。
その頃、ルーファスにはシリル――つまり僕という婚約者があり、メルビンに謝罪、黙っていて欲しいと懇願。メルビンは怒るどころか、事故だから仕方ない、通り掛かったのが男の僕でよかったと許した。それから、二人は意識し始めるも、婚約者が居るのだから想いを告げられない、両片想いのモダモダ作品。ドロドロ愛憎劇にもなりそうなのに、甘酸っぱく切ない恋模様。
ルーファスと僕が婚約したのは、十三歳で学園入学の一年前。今は六歳だから、婚約まで猶予がある。
僕はこの作品が好きで、作者――桜庭ヤイバの作品を求めてネット検索したのだけれど、作者の訃報記事を見つけてしまい、咽び泣いた。デビュー作が遺作になってしまった不運の人である。
僕がシリルになったからには、両思いになっていただきたい。主人公と王子のラブラブを浴びて砂を吐くモブになりたい。
推しカプを眺め見守る壁になりたい腐男子である。
王子が男の僕と婚約関係を結べる通り、この国は同性婚が可能。むしろ、無用な跡目争いをしないよう王侯貴族の嫡子以外は同性婚が推奨されている。
大きな魔力を持つということは、周りの国々への抑止力になる。シリルという強大な魔力の持ち主が、外国へ出ていかないようにするために結ばれる婚約だ。要は、兵器と同じ。攻め込んできたら、お前の国なんて我が国のつよつよ兵器で焼け野原にしちゃうからな! 攻めて来んなよ! ってことだ。
小説の中で一、二行でサラッと書き流されていたけれど、もし第四王子がシリルの魔力暴走に巻き込まれて亡くなっても、その罪で幽閉して有事の際に使ってやろうという魂胆があっての婚約だった。
いや、国王様、ルーファス可哀想だろ。最悪死んでもいいなんて。
まあ、身内を戦地に送り込むくらいの覚悟がなきゃ国のトップなんて務まらないんだけど。
作中のメルビンは、ちょっと腹黒さが見えるくらいの賢いキャラだった。主人公らしい一面もあって、義理堅く辺境伯に助けられた恩を返そうと、魔力が殆どなく、辺境伯に比べたら華奢な体格のせいで剣術も向いていないにも関わらず、努力を辞めない。逆境にも自暴自棄にならず、頭がいいわりに体が即動く行動派で猪突猛進な危なっかしいところなんか、主人公っぽい。
見た目は、可愛い系の少年。シリルみたいにチビのショタっ子ではなく、少年漫画の正統派主人公、十代後半の精力みなぎる若者って感じ。自分には直接戦う力がないからと知識を求め、兵法、魔物の知識、薬草学、辺境伯やその周りの貴族が持つ領地と中央の保有戦力、兵士の実態、補給路、等、使えそうなものは積極的に調べ、同時に物怖じしない性格もあって幅広い人脈を作り、十代から既に辺境伯閣下の右手として精力的に働いていた。
そんな一生懸命な姿は、辺境伯の保有する兵士たちも知っていて、どんな逆境も彼に任せればなんとかなると思われるくらい、信頼を勝ち得ていた。自ら前衛に出られない代わりに采配を振るう、辺境の兵士の守護者。兵士を守護するなんて、四大天使の一人かな? オタク、そういったもの好きで、なんの役にも立たない無駄知識がある人種――僕。
ともかく。
努力家の彼はもはやそれが才能なんだけど、実は他にも特殊能力があった。
メルビンは魔力を吸うのだ。
吸って使えるというものでも何かになるというものでもなく、ただ魔法を吸って無効化する。彼が二歳の頃、メルビンが居た集落が壊滅し一人生き残ったのは、魔法が効かないからだった。作中では、子供の頃から回復魔法が効かない体質だった、なんて一行未満で回想されてたけど。能力を自覚したのはいつなのか分からない。
彼だけなぜそんな特殊能力があるのか。魔物が侵略してくる辺境の人間たちが長いこと脅威に晒され続け、突発的に発生した突然変異なんじゃないかと、作中では適当に書かれていた。たまたまそれが発現した、それを持っていたのが生き残りやすかった、生き物の進化なんてそんなものだ。最初は、たまたま偶然の産物。たまたま偶然がメルビンだった。
子供会で魔力暴走の兆候が出たとき、僕は魔力を吸う主人公の能力を当てにした。結果は……あの通り。ちゃんと魔力を吸って貰って事なきを得た。
本来、小説での展開はメルビンとシリルは学園に入学する十四歳まで出会わない。
人の居ない場所を求めて池のある広い庭園の方へ走ったシリルは庭園を吹きとばし、凶悪な魔力を持つ何かが居ると、メルビンに得体の知れない悪役の存在を意識させ、第四王子と出会うイベントだった。
大人たちのお茶会に出ていたメルビンは、王宮側が事態を把握し警備の都合上一つのところに居てくれた方がいいと、親たちと一緒に子供会が開かれている応接間へ向かう。そこで、ルーファスと初めて出会う。大人たちが緊張を見せ、暴力的な魔力を感じる非常事態に怯える六歳のルーファス。彼を慰めたのが、非常事態には多少慣れている辺境伯の息子メルビンだった。
僕が短絡的なせいで、最初の出会いの機会をぽっきり折ってしまったのだけれど。まあ、そんなに大事っぽくなかったし。なんとなく、昔そんな事もあったよなぁ、みたいに物語を飾る装飾の役割でしかないエピソードだったし、大丈夫だろう。たぶん。
物語でも、王宮で魔力暴走したあとの僕はやっぱり熱が出て一日寝込んで。公爵家の三男と交友をと考えていたメルビンだったけど、またいつ暴走するかわからないと、学園入学まで出会わないのだけれど。
僕、彼を目的に走って出会ってしまった。
物語に影響してくるのかなぁ。どうだろ。
数々の悪役転生ものライトノベルに習い、将来自分を害するキャラクターに会わないよう努力するべきだったかな。でもさ、どんなに避けようとしても主要キャラと出会ってしまうのが悪役転生もののテンプレートじゃない。
全身全霊を掛けた無害アピールでモブになる努力をすれば、殺されずに済むかなぁ……。
一つの目的として、第四王子との婚約を阻止し、推しカップルの幸せを推していきたい。
僕が国から出ていかない保証があれば良いのだし、それなら婚約者はルーファスでなくてもいい訳だ。
つまり?
十三歳までに他の婚約者を探すことになるのかな?
『悪役公爵令息の三男は恋がしたい』
作品タイトル変わっちゃったじゃん。
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