第6話 ピンク襲来
だけどさ。テンプレ、テンプレっていってるけど、悪役転生ものの主人公って、悪役と主人公がひっくり返った悪役だったりしない? 主人公も前世の記憶があって同じ世界から転生してきていて、悪役令息に出会った瞬間「悪役令息だ!」って指差して避難してきて悪役と決めつけて制裁しようとしてくるの。まだ正義感溢れるメルビンで、シリルを悪役と認識していなかったけれど。僕がそうだったように、何かのきっかけで突然前世の記憶を思い出すかもしれない。
……嫌だな。
聡明で素敵な主人公が、意地悪になって周りに迷惑行為を繰り返し擦れていくのは解釈違いです! メルビンは辺境のヒーローで悪役じゃない! そもそも、魔力暴走に苦しむ僕を救ってくれた恩人じゃないか。
ライトノベルの読み過ぎだよ、前世の僕。
考えながら無言でひたすらフルーツを口に運んでモグモグしていたら、いつの間にやら空になっていた。結構な量があったんだけど、魔力のせいで沢山エネルギーを使うせいかな。
「瑞々しく濃厚な甘さで大変美味しゅうございました。生産者の方、用意してくださった使用人の方、ありがとございました」
手を合わせて届くはずもない礼を口にする。ぼっちだと、話す相手もいない寂しさからか、つい独り言が多くなってしまう。
「……お粗末さまでした。お口に合ってようございました」
「ほぁっ!?」
一人だと思っていたのに、返事があり、椅子から数センチ飛び上がった。振り向けば、いつの間にか本邸から来た従僕の青年が、ドアの側に静かに佇んでいた。空っぽの皿に頭を下げている様子を見られた、恥ずかしい。
びっくりしたついでに魔力が漏れ、食堂が汗も吹き出る夏の陽気に。本邸から離れに来るのは魔力耐性がある者を厳選して寄越されるのだけれど、彼の顔が引きつっている。現在、外は凍てつく冬の季節だけど、暖炉いらずだねっ。……火が出なくてよかったよ、うん。
若者よ、眉間にシワが寄ってるよ。二十歳前後かな? よく見たらイケメン。赤銅色の髪に茜色の瞳。色こそ赤くて派手だが、タレ目気味で顔立ちは素朴。お顔は左右対称、整っている。親しみやすくて気づきにくいけどよく見たらイケメンでした系で損してるタイプ。
しかし、誰も居ない空間にボソボソお礼を言っていた、頭が残念な子供を見てるみたいな哀れんだ目をしないで貰いたい。
名前、聞いてもいいかな。変に警戒されない? 僕、魔力は高いけど中身は無害な良い子だよ! という刷り込みをしておきたい。脱、ぼっち。
「あ、あの……」
「目が覚めたのなら、ベルを鳴らして呼んでください」
「あ、はい。すみません」
モジモジしてたら先に注意されてしまった。
もしかして、僕なんかとお話ししたくない? だから、話をされる前にわざと妨害した? 考え過ぎかな……。
「着替えをしませんと、お体を冷やされて、また熱がぶり返してしまいます」
「はい。よ、よろしくお願いします……」
「仕事ですので」
ツンと素気ない態度に、意気消沈と従僕について行って寝室へ戻る。
周りに怖がられ過ぎて、すっかり引っ込み思案になってしまった。
いや、こんなんじゃ駄目だ。僕がどういう人間かわかって貰わないと。誰とも交流がなく得体が知れないことも怖がられている要因なんだ。知らないものは怖い。魔力は高くても、中身はいたいけな子様だと大人たちにアピールしなくては。
トライ・アンド・エラー! 何度でもチャレンジ! 主人公メルビンを見習おう。
服を着せ替えられながら、決意する。緊張しつつ口を開いた。
「な、名前を聞いてもいい?」
「私が至らなかったのなら申し訳ございません」
「違う!」
思わず大きな声を出たら、ビクッと怯えさせてしまった。
「咎めてるんじゃなくて、その……お話し、出来たらなって……ごめんなさい……」
自信がなくて最後の方は小さく尻窄みに謝ってしまった。
そもそも仕事をしている人に六歳児がお話ししたいって、とんだわがままだ。邪魔でしかない。
考えか至らなくて口走ってしまったことに後悔し、魔力が漏れてヒョォォっと冷たい風が吹いて部屋の中に粉雪が舞った。
「しがない使用人の一人です。高貴な方のお相手は務まりません」
丁寧に断られてしまった……!
いや、ここで諦めたら一生引っ込み思案のぼっちな気がする。
仕事の邪魔をしたいんじゃなくて、ただ名前を聞ければいい。『辺境伯の嫡男は恋がしたい』の主人公だったら、上手く説得できる。メルビンだったら――
「僕の世話をしてくれる使用人のお名前を知っていて置きたいだけなので。あの、ほら、知らない人にお世話されるのは不安なので……」
「失礼しました。ご挨拶申し上げます、従僕を勤めているセブラン・イロビィと申します。卑しい出ですので、坊ちゃまに覚えて頂く必要はありません。ただの召使いの一人です」
貴族に対して『卑しい出』だと謙遜するのだから平民だろう。目をつけられたくないから、なるべくなら名乗りたくなかったのかも。前世、日本の一般市民だった僕は自分が貴族という感覚がいまいちだけれど、社畜だった身として使われる側の思いの方に共感してしまう。
「僕は平民だとか気にしないよ。話してくれてありがとう」
「……いえ」
これからよろしくと言ったら『社長の息子に目をつけられた! 面倒!』って思われかねないし、いつもありがとうございますって言ったら『仕事ですから』と返されそうだったので、慎重に言葉を選んだのだけれど。なんか、なんともいえない妙な顔をされた。
離れから一歩も出ない日ばかりなのに、無駄に贅沢な服を着せられた。袖にレースがついたインナーに、レースのクラバット、金の刺繍がされたベストに膝の出る短パン。フォーマルではない軽い衣装だけど普段着じゃないよね、これ。
「お客さん来てる?」
「左様でございます。本邸から呼ばれたときにすぐに出られるようにと」
なるほど? でも、お客様の前に出る可能性なんてほぼないんじゃないかな。魔力が安定しないと危ないし、それに関して僕自身も不安。
身支度を整え終えたとき、ドアノッカーが玄関扉を叩く音が聞こえてきた。誰か来たようだ。
「確認してまいります」
「お客様かもしれないので、応接間で待ってます」
一礼をしてセブランが出ていく。
ドアノッカーを叩いて離れを訪問してくる者なんて珍しい。生まれてから、一度もなかったんじゃないか。
応接間で待っていると、入ってきたのは薄いピンク色。目にした途端、石化したみたいに固まってしまった。
違う。展開が違う。
――なんで君が居るのさ。僕の魔力が危ないから警戒されて今は出会わないんじゃなかったの? シナリオどこ行った!?
無表情で固まる僕。ニコニコするピンクの天使。
暫し見つめ合う。
まさか、前世の記憶を思い出し、悪役令息が第四王子と婚約する前に断罪しに……!?
早い! 早いよ。行動が早い!
まだ何もしてないのに。六歳にして殺される危機! 短すぎる人生! 心の準備がぁぁぁ。
予期せぬピンク襲来に、表面上は無表情でありながら、頭の中ではあうあうと喘いで回し車の中のハムスターみたいに走り回る、大混乱に陥った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます