第7話 主人公の積極性が怖い

 キャー! 主人公が悪役令息を暗殺しに乗り込んで来た! キャー!


 顔は無表情で外面にはちっとも出ないのだけれど、心の中で叫んで頭の中が大混乱。

 体からブワリと魔力が漏れる。風が巻き起こり、小さな雷がバチバチ発生し始めた。前世で見た、静電気発生装置さながら。金属じみた灰色で丸っこい頭なのでそっくりじゃない?


 髪の毛が綿毛よろしく逆立つ。

 凶暴な魔力に臆する事なく、メルビンが側に来た。

 何故。

 普通、危ないから逃げるだろ。この子、ちょっとおかしい。

「メルビン様! 下がってください!」

 メルビンを案内してきたセブランが慌てて叫ぶ。青い顔をしているセブランが正しい反応なんだ。


 半歩下がろうとする僕の手をキュッと握ってきた。

 あぁぁ、魔力が吸われる~、吸われていく~……。


 渦巻いていた風も魔力も収まって静かになった。

「落ち着きました?」

「……うん」


 何もなかったみたいにニコニコしているピンクの天使、その後ろで目を見開いて固まる従僕。

「やっぱり。僕、魔力吸ってますよね?」

「そうだね? 確認で来たの?」

「それもあります」

「危ないから、無茶したら駄目だよ?」

「ふふふ……」

 笑って誤魔化された。笑顔が似合う。可愛い。


「どうやら、僕は魔法を魔力として吸って無効化してしまうみたいなので、この子と二人きりでも大丈夫ですよ」

 大丈夫なのか、また暴走するのではと警戒していたセブランが一礼し、応接間を出た。案外、あっさり出ていったな。

 しかし、メルビンのその言い方だと、魔力を吸う能力があると知ったのは王宮での僕の魔力暴走のときか。


「万が一があるかも」

「父上に手伝って貰って何度も実践したので」

 え、小説でも魔王級と書かれていたウィンブレード辺境伯の魔法で実践? 息子が自分に向けて魔法を放ってくれと頼んだ、と? よく付き合ってくれたな。

 しかし、自分の能力を理解していない段階で即実践なんて、怖。能力発動条件も何もわかっていないし、発動にばらつきがあったら怪我するよ? この親子、発想と行動力が怖い。


「もしかして、それをウチの父に言って説得した?」

「はい。最初は半信半疑でしたが、父上に頼んで実践してお見せしましたら、会う機会をくださいました。申し遅れました。僕は、メルビン・ウィンブレード、ウィンブレード辺境伯家の長男です」

 英雄とうたわれる辺境伯閣下が、目の前で息子を魔法で攻撃する実践……。

 父に同情して、若干引いてる僕にお構いなく挨拶してきたので、遠い目をして返す。

「あ、僕は、えと、シリル・ランブロウ、ウィンブレード公爵家の三男。よ、よろしくお願いします……?」

「はい。よろしくお願いします」


 いつ豹変するのかとビクビクする僕にも嫌悪感を示さない。メルビンは確か孤児院の子供たちと定期的に交流していた、と小説に書いてあったから人見知りする子との接し方をわかってるのだろう。一つしか違わないのに、出来たお子様だ。さすが、主人公。


「甘いものはお好きですか?」

「うん」

「王宮のお茶会で出たお菓子のレシピを教わったのです。ウチの料理人が作ったお菓子を手土産に持ってきたので、後でお召し上がりください」

「うん」

「シリル様はお好きなものはございますか?」

「……おやつ?」

「どんなおやつが好きですか?」

「……ううーん?」

 お土産にお菓子持ってきてくれた話からつい、おやつだと口走っていた。緊張して要領を得ない僕に、見切りをつけることなく根気強く会話してくれる。歳上お兄さん力高くね? 一歳しか違わないんだよ?


 無表情で「うん」しか言わない子を相手にしても何も楽しくないだろうに、見捨てずに嫌な顔一つしない。ニコニコ笑顔で付き合ってくれるし、魔力が暴走しないよう手を繋いでいてくれているメルビンの保父さん並の包容力、マジ天使。

 三十歳で死んだ男の記憶があるのに、精神年齢も実年齢の六歳の僕。情けなくて泣けてくる。


「ソファーに座りましょうか」

「あ、危ないからメルビン……様? は本邸に行った方が」

「辺境伯家より公爵家の方が階級が上ですので、様はいりません。メルビンとお呼びください」

「め、メルビン……僕の方も様は……」

「それはいけません」

 呼び捨てにしてもらおうと思ったら断られた。解せぬ。いや、わかるけど。階級が上ってのはわかるけど、お子様同士だし。三男だし。


「魔力で傷つけないかご心配されているのなら、こうして手を握っていれば大丈夫です」

 キュッと小さな手で優しく握ってくる。

 確かに。……じゃないんだよ。

 僕の命が危ないかもしれないんだよ。

 納得しかけた自分に、胸中で突っ込みを入れた。


 魔力の枯渇は命に直結する。普通は、死ぬまで魔力を使う前にぶっ倒れる。小説のシリルは自暴自棄になり自身の命を無視して魔力を全て使い、メルビンは周りに被害が及ばないよう、仕方なく魔力を吸い、シリルは吸いつくされて死んだ。いわば自殺のようなものでメルビンは悪くないし、むしろ、シリルが悪い。他人を使って自殺なんていい迷惑だ。人を殺したという、一生消えない傷をメルビンに与えてるんじゃない。


 とはいえ。溢れ出る魔力や魔法として放ったものは吸収できると実践してわかっているが、メルビンが本人の意思で他人から魔力が吸えるかどうかは未知。こうして手を握っていたら、突発的に吸われてしまうかも、という考えが頭から拭えない。今のところ吸われている感覚は無いけど、恐怖心はある。


「ソファーに行きましょう」

「でも……」

「シリル様とお話ししてみたかったんです。なので、父上に無理を言って連れてきて貰いました」

「そう、なんだ……」

 ずっと孤独だったせいで、自分に興味を持ってくれる、優しくされるのが嬉しく、断れなかった。


 隣り合ってソファーに腰掛ける。メルビンに手を握られたまま。これだけ人が側に居て体温を感じたのも初めてかもしれない。

「応接間で待っていてくれたんですね」

「玄関ドアノックするの、お客様しかいないなし……」

 家族が僕を訪ねて離れに来た過去はない。使用人は使用人用裏口から入る。ノックが聞こえたのも、お客様の来訪もこれが初めてだ。それもあって、緊張する。粗相をしてない? ……したな。魔力で攻撃しかけた。せっかく講師から習っているマナーも何もかもグダグダだ。これは貴族としてよろしくない、もっと頑張ります。


「お茶会をお持ちしました」

 セブランがテーブルにお茶を並べる。恐怖の色はなく、使用人の顔だ。もしかして、事前にメルビンが魔力を吸収すると聞いていたから、あっさり出ていったんだな。


「このお菓子、お土産で持って来たものなので」

 可愛らしい、まぁるいピンク色のマカロンだ。一つ貰えば、華やかな薔薇の香り。

「うまぁ」

 あんまり香りがいいもので、つい本音が出た。

「気に入って頂けてよかった。食用のエッセンスを使っているんですよ」

「ほぇ~」

 サクッと、ぬちっと、シュワッと、あっという間に口の中で溶ける。紅茶との相性がいい。


「シリル様は魔法の勉強はされていますか?」

「うん。早く魔力を制御できるように」


 魔法は十歳超えた辺りから習い始めるのが通例だ。幼すぎると、魔力の加減が分からず、命の危険性がある。シリルの場合、よっぽどでなければ枯渇しない膨大な魔力を持っている。魔力枯渇よりも、魔力制御が一番の課題。早め早めに魔力、魔法の扱い方を家庭教師に習っているのだが……さっきの通り。全然、魔力を扱えていない。


「王宮でのお茶会のときシリル様の魔力暴走の場に居合わせ、ちょっと思うところがあるのですが」

「何?」

「僕がシリル様の側にいれば、魔力が暴走してしまう事態も起こりません」

「そうだけど……ずっと一緒は無理だと思う」

「そう。四六時中一緒なのは、現実的ではありません。それに、魔力暴走は魔力に耐えうるための体の成長には欠かせません」

 例え、メルビンが常に側に居て魔力吸収が可能だとしても、将来的に僕の体が魔力に耐えられなくなってしまう。魔力に耐えられない脆い体は強大な魔力でボロボロになり、穴の空いたバケツ状態になってしまう。絶えず流れ出て、魔力の枯渇とともに命が尽きてしまう。体を丈夫にするため、必要なのだ。


「それで思ったのですが、結界魔法をシリル様ご自身で張ったらどうでしょうか?」

「天才!」

 思わず叫んだ。

 そうだ。

 結界魔法を覚えて自分を繭みたいに包んでしまえば周りを傷つけずに済むじゃないか!

 今まで、強すぎる魔力からか魔法というものを忌諱して消極的だった。

 オタクだった前世を思い出した今、魔法に嫌悪感はない。せっかく魔法があるファンタジー世界、堪能しなくてどうする。

 なんか、ワクワクしてきた。

 メルビンの一言で、希望が見えた。

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