第28話 様子がおかしい……?

 授業を終え、メルビンと一緒に購買通り巡りをしようと約束をしていた。迎えに来るというので待っていると、知った先輩に呼び出された。メルビンのお茶会に居た、メルビンと同じ年の男子。名前は――リゴーだったかな。アクタヴィア子爵の子。なにやら、息を切らせて慌てて来た様子だった。

「リゴー先輩、どうしたんですか?」

「ああ、居てよかった。ちょっと来てくれませんか」

「ごめんなさい、メルビンと約束してて」

「そのメルビン殿が階段から落ちたんだ」

「えっ?」

 メルビンが階段から落ちたって、どういうこと? だって、運動神経いいよね、僕じゃないんだからそんなドジしないと思うけど。

「け、怪我は?」

「手首を捻挫して、頭を打っている」

「えぇっ!? だ、大丈夫なの? どうしよう、だって、メルビンは……」

 回復魔法が効かないし、魔法薬も効きにくい。魔法のない世界なら普通だけど、魔法のあるこの世界では人よりも怪我が治りにくい。大事になったら大変だ!


「落ち着いて、シリル様。命に別状はないそうなので」

「よかった……」

「でも、気を失って目を覚まさないんだ。一緒に来て欲しい」

 頭を打って目を覚まさないって、本当に大丈夫なの? 脳しんとう起こしてない? メルビン、無事で居て!


 リゴー先輩と一緒に急いで医務室へ向かうと、ベッドの側にルーファスが居た。

「シリル、ごめん。俺のせいだ」

 子供の頃は“私”だったのが、いつの間にか“俺”に一人称がワイルドチェンジしてるルーファス。今は、そのことじゃなくて。

「何があったの?」

「ロガンの奴が俺に突っかかってきた。バルストル家は有能な王太子をよく思ってない。俺が子供の頃、俺を王太子にしようと画策していた。なのに、王族から出たもんだから、連中、逃げただの何だのと未だに根に持っていて」

「うわぁ、面倒くさっ。何年前の話だよ」

 つい、本音が漏れた。

「だろ。無視しようとしたら、階段から突き落とされそうになって。そこにメルビンが偶然通りかかって、俺を助けた代わりにメルビンが……」

 そっか。約束していたから一年の教室に来る途中に遭遇したんだろう。メルビンなら咄嗟に助けちゃうよね。


 医務室のベッドで眠るメルビンの頭と手首に包帯が巻かれ、痛々しい。整った顔に汗が滲み、眉間にシワが寄ってる。痛みがあるんだろうか。治療魔法が使えるのに、痛みをとってやることもできない。もどかしい。

 気休めにしかならないけど、持っていたハンカチでそっと汗を拭ってあげた。

「メルビンの手首は大丈夫? 治ったら、また剣が持てる?」

「心配ない」

「よかった」

 せっかく剣術を頑張っているのに剣を持てなくなったらメルビンもだけど、ルーファスも責任を感じて自分を責めてしまうだろうから。


「う……ぁ……」

 顔を歪め、うめき声を上げるメルビン。

「な……で……しな……」

 悪夢に苛まれているようで、うなされ始めた。

「……いやだ、なん……し……る、シ、リル」

「メルビン! 僕はここに居るよ! 戻ってきて!」

 うなされ目尻から涙が溢れるメルビンに名前を呼ばれ、必死にメルビンを呼んだ。


「先生、呼んでくる!」

 リゴー先輩が医務室と飛び出して行く。

「メルビン!」

 今一度大きな声で呼んで、怪我に負響かないよう軽く肩を叩く。すると、濡れた蜂蜜色の瞳が見え、僕も顔が映った。

「大丈夫? うなされてたけど」

「シリル様!」

「わっ……」

 ガバッと勢いよく抱きつかれ、ギュウギュウ締められた。力、強……

「め、メルビン……しまってる、しまってる」

「シリル様が生きて……」

「死ぬぅ……」

 口から何やら出かけて意識が遠のき始めたとき、腕の力が緩んだ。ハグは解放されなかったけど。

「も、申しわけございません、混乱してて。大丈夫ですか、死なないで」

「生きてるから、譲らないで……口から出ちゃう」

 両肩を掴まれユサユサされて、ちょっと酔った。


「重ね重ね、申しわけございません」

「メルビン強いんだからね? 優しくして?」

 優しく抱きしめられる腕の中、見上げてコテンと首を傾げて瞳を覗き込む。メルビンの顔を赤く染まって背けられた。

「や、優しくしますので、よろしくお願いします」

「俺も居るのだが」

 側に居たルーファスが半眼で僕たちの寸劇を見ていた。

 そういえば居たね。メルビンを助けたくて必死になっててすっかり存在を忘れてたよ、ごめん。

「ここは、気を利かせて出ていくべきでしょう」

 低い声を出し睨む、剣呑な雰囲気を醸し出す彼に驚いた。

「メルビン、すまなかった。俺のせいで怪我を……」

「目の前で階段から落ちそうになっていたら、貴方出なくても助けます」

「お前なそうだろう。だが助けられたのは俺で、俺がお前に詫びるのは当然だ」

「お詫びというのならものシリル様と二人きりにして欲しいのですが」

「俺が出て行っても、アクタヴィアが医務員を呼びに行っている。直に人が来る。メルビン、お前、何か変だぞ」


 僕も感じていた。さっきから時どき出てくる僕の敬称と敬語。『様』の敬称呼びは僕がしないでって言ったときから付けてなかったんだよ。それに、ルーファスへの態度が棘がある。これまで、そんなことなかったのに。

「……シリルさ……シリルのこと、どう思っているのですか」

「? 弟だが?」

「歳上だよ、僕」

「小さくて、体力があまりないくせ、一人でどこまでも歩いて行って迷子になるような、目を離すと何をするかわからない。弟のようなものだ」

「兄だよー、お兄ちゃんですよー」

「弟としてしか見ていないと?」

「そうだ」

 そうだ、じゃないんですよ、ルーファス。僕を無視して会話しないで、二人とも。

 メルビンの怪我は後遺症も跡もなく綺麗でしょうか治ったんだけど。階段から落ちた日から、いっそう僕と一緒に居たがったし、ルーファスに対して当たりがきついような……。


 朝と放課後の送り迎え、昼休みは常に一緒にいる。移動教室への移動のとき、メルビンと会う回数が増えたのは気のせいじゃないのかもしれない。

「そういえば、シリルは選択授業なにをとったんですか?」

「馬術と剣術だよ。どっちも初級クラスだけど」

「魔法系じゃないんですか」

「家を出る前「魔法以外を選びなさい」ってお母さまに言われた。あと、「体力をつけた方がいい」ってお兄さまたちからも」

 初級クラスだから本格的な打ち合いがなくて、体力作りが主なんだ。向いていない剣術の授業を選んだ思惑がある。

「身体強化魔法を覚えたい」

「なるほど。シリルが身体強化魔法を覚えたら、最強の剣士になれますね」

「それは無理じゃ……。でも身体強化魔法を覚えたら、ルーファスのお世話にならなくて済むかなって」

 体力が尽きて帰りつけなくて迷子になる事態は避けたい。

 この学園の馬もね、優しいんだよ。身体強化魔法を掛けられる訓練をしているお馬さんだから、僕の魔力にもびっくりしない。ちっこい僕がフワッと飛んで背中に乗っても、大人しく乗せてくれる。お馬に乗っているというより、優しいお馬さまにお乗せしてもらっている状態なんだけど。人間なんて、お馬さまの後ろ蹴り一発で死んじゃうから。お馬さまが人間拒否して振り落としたら僕たち死んじゃう、か弱い生き物です。


「迷子になったら、私がシリルを見つけますので、ルーファスに頼らなくても……。でも、苦手を克服しようと頑張るシリルは素敵だと思うので、応援しています」

「うん、ありがとう。そろそろ授業行った方がいいね。メルビンは、薬草学だっけ?」

 回復魔法が効かない体質だから、薬草学を学んでいざというときの知識をつけておきたいと考えて選んだんだ。ここは小説と同じだね。

「はい。では、お昼休みにいつもの中庭のテラスで」

「ルーファスも呼んでいい? 桃が出てきたからさ。バニラアイスととろける桃の乗ったパフェ、美味しかったんだよね」

 柔らかい果肉のフルーツを輸送可能になってから、柔らかい桃も出てくるようになった。硬い桃とはまた違った美味しさだ。


「ルーファスって……シリルはルーファスが好きなんですか」

「うん、好きだよ」

 可愛い弟だからね。セルジュお兄さまはちょっと意地悪だし、マチアスお兄さまはイチゴ狂いだけど個性様々で面白い、大好きな兄弟たちだもん。

 ピクッと肩を揺らしたメルビンが顔色を悪くして固まる。

「そう、ですか……」

「大丈夫? 調子悪い?」

「……平気です。でも、お昼は二人きりがいいので」

「わかった。ルーファスもクラスのお友達と一緒の方がいいかもしれないしね」

「シリルよりクラスの子の方がいいなんてことは……いや、そうですね。これからは、私と……」

「メルビンのお友達も呼んでいいよ? 僕もレイモンくんとゲイリーくんも呼ぶから」

 ゲイリーくんは、昔メルビンがお茶に呼んで紹介してくれたお友達だ。メルビンのお茶で出会ったお友達ばかりで、学園で知り合ったお友達は居ない。自分で友達を作れていない。

 でも、前回よりは全然いい。前は、強い自分の魔力が嫌いで、魔法が嫌い、なにより自分自身が大嫌いだった。周りから恐れられ、嫌われていた。知り合いが誰も居ない、自分の暗い世界で膝を抱えて蹲っているだけ。周りを見ようともしない。


 あの頃、顔を上げる勇気があったら、みんなそれぞれ頑張っているんだって気づいていたんじゃないかな。

 『貴族は貴族たれ』という教えがある。この学園は貴族学校だからそれは常に言われる。

 人の上に立つ者として常に気品、礼儀を重んじ、国民を導き、国民の為になれ、という教えだ。子供でも貴族の血を引くのだから、物心つく前からそうあるよう厳しくマナーを教えられている。みんな同じ、思惑が色々あって対立はするけど、みんなこの国を支える貴族であろうと勉強をしているんだ。中には、まあ、アレな子も居るけど。


「会食は親しいお友達と賑やかなのが楽しいよね」

「……そうですね。シリルが楽しいなら……」

 授業へ向かうメルビンの背中が力なく丸まっている。いつもビシッと背筋を伸ばしているのに。本当に調悪いんじゃないかと心配になったけど本人が大丈夫って言っていたし……。自分も遅刻しないよう授業へと向かった。

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