第29話 媚薬を盛られる事件の年になった

 教室で語学の授業を受けているときだった。

 ドォンと学園の林の方に火柱が上がった。少し教室がざわついたけど、普通に授業は進行される。なにしろ、魔法のある世界なので。誰かが魔法に失敗したのかな、なんて特に気にしなかった。

 暫くして、なぜだか僕が呼び出され、授業中にも関わらず連れて行かれたのは、焼けた林。焦げた臭いと燻る煙。そこにはメルビンが居た。

「シリル、君がメルビンの魔法道具に魔力を込めたんだね」

「はい」

 魔法道具に直接触れないよう黒い手袋をした中指に、僕が作った魔法道具――魔法が使えるようになる、業火の魔法石があしらわれた金の指輪が輝いている。魔法石はガラスコーティングしてあるから、メルビンが直接触っでも魔力が吸い出されたりしないよ。やっぱり金でよかった。よく似合うもん。

「連帯責任です。この林を元に戻しなさい」

 先生は他の生徒を誘導し、僕たち二人を残して行ってしまった。


「すみません、私のせいでシリルにまで迷惑を」

「失敗は誰にでもあるよ。僕なんかしょっちゅうやらかしてるし。でも、珍しいね」

 優等生の彼がやらかすなんて。何かあったのか。

「……ルーファスに負けたくなかったので」

 人差し指で頬をかきながら俯く。ちょっと可愛いな。

 それで力んで必要以上の魔力が出ちゃったのか。魔法石に入るだけ魔力詰めたのは僕だから、僕にも責任はある。

「消火はメルビンが?」

「いいえ、先生がやってくれました」

「炎の精霊は空気の精霊でキュッと締めるといいよ。炎の精霊は空気の精霊に逆らえないからね」

 魔法の実践授業をしていたのなら、事故防止に結界魔法を張るから大事にはならないんだけど、自分ですぐさま対応出来た方がもっと被害が少なくて済む。今回は、特に上の方、林の木の葉が全部焼けて無くなってしまっていた。

 木の肌に手を当て確かめる。水分を十分含んだ生木だ、枯死した感じはない。葉っぱと細い枝が燃えただけだね。

「この木、死んでない。まだ生きてるから、生命力を上げて活動を活発にしてあげるだけで元に戻る」

 魔力を燃え立つ林全体に巡らせ、植物の生命の精霊魔法をかける。

「本当にすみません」

「メルビンはずっと魔法が使えなくて慣れていないだろうから仕方ないよ」

「気をつけます」

 ギュッとハグされた。

 メルビンの役に立てて嬉しいなって、思ってたらちょっと魔法を多く掛けすぎて、林だったところ、樹齢うん千年の雰囲気を醸し出す体術ひしめく太古の森になってしまった。調子に乗りました、すみません。


 そこに、先生が戻ってきて一瞬ポカンと森を見上げる。

「やり過ぎです」

「すみません、元に戻します」

「いいえ。貴方は何もしないで。良いですか、くれぐれも手を出さないように」

「はい」

 メルビンと一瞬に怒られちゃった。

 先生たちでなんとかするのかなって思ってたけど、この太古の森はずっと太古の森のまま。学生たちや職員の散策の場として人気スポットと化していた。緑の生命溢れる森だから、森林浴効果が高いらしい。元々あった林の敷地と変わらないから、いい……の、かな?


 メルビンが僕は部屋を見たいというから、放課後来てもらった。

「綺麗にしているんですね。使用人に手伝ってもらっているのですか」

「うんん、自分でやってるよ」

「シリルが?」

 僕の可愛い見た目は、掃除出来なそうだもん、わかるよ。でも、三十歳独身一人暮らしだったのが記憶があるんだ。前世はそれなりにちゃんとやってた。グッズコレクションに埃が溜まらないよう、グッズコレクションたちを眺める綺麗な状態の部屋をキープして。


「掃除と洗濯は得意なんだ。見る?」

「えっと、じゃあ、はい。見ます」

 掃除してるところを見せる、なんて言われても普通は戸惑う。でも、僕の掃除の仕方は普通じゃない。

「わぁ……!」

 部屋にある家具全てがフワッと浮いたのを見て、メルビンから感嘆の声が聞こえた。

「まだまだだよ」

 風魔法で塵や埃を集め、ボッと一瞬だけ炎が見えてゴミを焼き払う。浄化魔法で空気ごと綺麗にして家具は元の場所へ。洗濯だって魔法で扇状、乾燥、クローゼットへインするまでやってしまうからね。魔法って便利! チート魔力バンザイ!

「すごい!」

「でしょうー」

 得意げになって胸を張る。

 ドアがノックされ、「シリル、居るか」とルーファスの声が聞こえた。

「居るよ。入ってきて」

 ガチャッとドアを開けて入ってくる。兄弟だからと了承も得ずに入って来ることがないのは、真面目で誠実なルーファスらしい。

「メルビン、居たのか」

「居て悪いですか」

「悪いなんて言っていないだろう。シリル、この間お前が言ってた語学のノートだ」

「ありがとう。ちょっと待って……。はい、魔法史のノートね」

「おう」

 クラスが違っても学年が同じだから、それぞれの得意分野を活かしてノートの貸し借りをしてるんだ。

「……二人は部屋を行き来しているんですか」

「行き来というか、お隣さんだし」

 ルーファスと僕の部屋は隣同士。兄弟が側にいてくれて、寂しくなることはない。

「メルビンはともかく。シリル、テスト勉強はいいのか」

 もうすぐ前のテストが始まる。そろそろテスト勉強を始める時期だった。

「夕食後にちゃんとやってるもん」

「赤点だけはとるなよ」

「大丈夫だよ。ランブロウ家の家族が泣かないよう頑張ってるもん。こう見えて、家族大好きなんだからね」

「なら、いい」

 ルーファスが出ていくと、メルビンもスッとドアへ足を向けた。

「すみません、せっかく招待してもらったのに。私もテスト勉強しなくては」

「そうだね。僕の部屋はいつでも来ていいから、頑張って」

「っ! はい、頑張ります! ルーファスなんかに負けません。私だけがシリルに応援されたので!」

「大袈裟な」

 学年が違うし競い合いようがないと思う。

 でも、そっか。

 ルーファスはメルビンのライバルなんだね。そういえば、子供の頃からそうだった。何かと競って来た二人だ。

 そしてテストが終わり、魔法系は他の追随を許さず最年少王宮魔法士として申し分なく満点、他の教科も……赤点は免れた。ランブロウ公爵家三男としてのメンツは保たれた。


 夏休みに入ると、それぞれの家へ帰省――といってもタウンハウスなんだけど。

 僕も社交界が始まり、婚約者と一緒にパーティーに出る。緊張して付いていくだけで精一杯なのに、メルビンは堂々と対応しつつ、僕を気遣いエスコートしてくれて本当にかっこいいんだ。惚れ惚れしちゃう。

 まだ結婚前なのに、漂う「仲がいい夫夫ですね」の僕たちを見守る空気感。シドロモドロになってしまう僕を、時々怖い顔で睨むお母さま。危なっかしくてすみません……。

 ルーファスはなんと、サンドラ嬢をエスコートしていた。サンドラ嬢、おしとやかに見えて学園じゃ剣術を選択授業にしているんだ。しかも、ルーファスやメルビンと同じ上級クラス。ルーファスを追いかけて無理やり入ったんじゃなくて、これが本当に強い。初級クラスの勉強として上級クラスを見学したんだけど、圧倒的に女子が少ないのに、男子たちをバッタバッタと切り捨てていく。女子から黄色い声が上がるかっこよさ。魔法より剣術に才能を見出していた。


 スタンダードプードルこと、レイモンくんは魔法系、それも、攻撃系の実戦魔法ではなく、座学の方――魔法陣が得意なんだ。暗記力が高くて、精霊記号の組み合わせで作る魔法陣との相性がいいみたい。「レイモンくん凄い! 魔法陣の才能あるね!」って褒めたら、返ってきた僕の答案用紙をチラッと見て「チクショー!」って叫んで膝から崩れ落ちていた。喜び方が独特。


 僕、中等部二年になりました。メルビンは高等部一年。身長百八十センチを超えています。僕は……聞かないで。悲しくなるなら。

 メルビン高等部一年――十六歳、といえば、小説でルーファスに媚薬盛られて介護したら襲われる事件発生の年だ。サンドラ嬢も含め、注意深く観察。とはいっても、クラスは別々だからあんまり監視できないんだけど。

 ルーファスと一緒だと渋るメルビンを説得して、みんなでご飯を一緒に食べるくらいはしてる。ルーファスの食事に混入されていたからね、念のためこっそり浄化魔法を掛けているんだ。

 サンドラ嬢に不審な点もなく、むしろはっきり物を言う面倒見のいい姉御なご令嬢で、男女問わず人気者。


 そのおかげか、何も起こらない。起こらないけれど、ルーファスとメルビンが二人でどこかへ行っている。

「メルビン、放課後空いてない? ノートを買いに購買通りに行こうかなって思ってるんだけど」

「すみません、今日はルーファスと約束があるので」

 最近、ルーファスと会うという理由で断られるのが多くなった。

 二人きりで何しているのかな。

 媚薬事件は起こらなかったけれど、やっぱり惹かれ合う運命だったんだ。

 いつか僕からメルビンが離れて行くのはわかっていた。前世で読んだ小説から決まっていたんだ。

 離れて行くってわかっていたはずなのに、胸がキュッと痛んで苦しくなる。

「仕方ないね。レイモンくんかゲイリーくんを誘うよ」


 そんなことが何度もあった。

「……シリル様、大丈夫ですか?」

 購買通りのカフェテラスで、レイモンくんとゲイリーくん、三人一緒にお茶をしていた。オススメされて注文した、手元のピンク色をしたイチゴのロールケーキにじっと視線を落としていると、レイモンくんが心配そうに見てきた。

「ごめん、ぼーっとしていた」

「無理なさらないでくださいね」

「うん、ありがとう。……僕って、やっぱり嫌われているのかな」

「そんなことありません」

「だって……」

 視線を感じる方へバッと振り返る。

 キャッと悲鳴が聞こえ、何人かが隠れた。怖いなら、見なければいいのに。ほっといて欲しい。

「あいつら……」

 ゲイリーくんが席を立ち上がって、そこへ向かっていく。

「お前ら、何見ている! 散れ! 散れ! 観察するなら、もっと目立たないようわきまえろ!」

 手を振って追い払ってくれた。

「ごめんね、お茶の時間に嫌な思いさせて」

「シリル様のせいじゃありません。アレは、小さな野生動物を遠巻きに観察している連中みたいなものです」

「うん? 中等部二年生にあるまじき小ささなのは自覚してる」

 って、言わせないで! 余計、落ち込むから!

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