第27話 『メルビン今世のすがた』です
ゴトゴト馬車に揺れる。
ルーファスは王宮の両陛下に挨拶をしてから学園に向かうので、馬車の中は僕一人。抱えたピンクのポニーちゃんをムギュッと抱きしめた。
王都の端にある学園までは距離がある。王立ホートスロン学園は、かなり広く、ちょっとした集落がすっぽり収まる程だ。前世でいうところの、某有名テーマパークくらいある。
様々な訓練や実践が出来るよう、整備された林や池、畑や牧場、体力育成等の運動ができる競技場、剣の修練場、弓の稽古場、魔法の練習場、馬術の稽古場、魔法薬等の実験棟、図書館、温室と、全て塀の中にある。
購買部なんか、もう購買部じゃなくて“購買通り”だからね。それも、高級品を扱う区画と、お手頃価格の店が並んでいる区画があって、学生生活で必要なものから、テラス席でお茶が出来る広場、本屋に、雑貨屋、お菓子に、軽食、職人さんまで居て宝飾品やドレスなんかも作ってくれる。学園の予備知識としてお兄さたちやまお義姉さまが学生生活を話してくれたけど、宝飾品等の職人さんに頼めば仕事の様子も見せてくれて、そこから興味を持ってそっちの方向に進路を決める学生も居るんだって。
学園内に持ち込まれる商品は、もちろん検閲されて浄化魔法まで掛けれているから安全性に気を配られている。
マップで見ると、上位貴族と下位貴族の学生寮は分けられているんだけど、数の多い下級貴族の寮棟なんか、集合住宅地みたいになってた。
外へ出なくても学園内で全てが完結する仕様。
前回入学したときは、自室から殆ど出ない引きこもりだったし、学園内にも殆ど出歩かなかった。勿体ないことをした。
入学当初だって、人が大勢いる学園なんて不安でしかなかった。でも今回は、不安よりも楽しみが勝る。同い年のルーファスも居るし、お友達になったサンドラ嬢やレイモンくんが居る。なにより、メルビンが待っていてくれている。
貴族だから、移動手段が限られているし、先触れを出して許可を貰って……思い立ったらふらっと出掛けて会いに行ける環境じゃない。でも、学園では気兼ねなくみんなと会えるんだ。不安と期待でワクワク、ドキドキ。
そして、初めて親元を離れての生活。
学園寮では、基本的に自分で家事をする。家を継ぐ嫡子以外の子が、将来困らないようにとのこと。なるべく全て自分の力で生活する、大人への第一歩。
学生寮には学園付きの使用人が荷物検査も含めて部屋まで運んでくれた。
僕は公爵――王家の血筋なので、専用一人部屋。ルーファスもだね。上位貴族は二人部屋なのにさぁ……ちょっと寂しい。下位貴族だと四人部屋だったりするんだよ、賑やかで羨ましい。そういうのって、学生でしか体験できないじゃん。家に帰ったら一人部屋なんだから、お一人様体験はこの先いつでもできる。まだ見ぬ同室の子と夜更かしして、テスト前は一緒に勉強会、なんて青春をしてみたかった。
同じ学年として学園生活を送りたいというメルビンの願いを叶えるなら、僕が飛び級制度を利用すればいいんだけどね。
ねぇ、知ってる? 学生のお勉強って魔法だけじゃないんだよ。
ここ、魔法学校じゃないしさ。
まあ、その……魔法以外は普通のお子様なので。
入学式、初等部の在学生と新入生の挨拶が済んで、次は中等部。
メルビン、学園入学前の冬に学年上位を目指すと息巻いていたけど、本当に頑張ってた。首席だった。中等部の在学生代表で新入生への挨拶のとき、メルビンが呼ばれてびっくりした。
そして、また身長伸びたね。去年から十センチほど伸びてない? 百八十センチに届きそうなんだけど。
僕は去年から一センチ伸びました。一センチ伸びたんだよ、成長期! 成長期! ……僕の成長期はこれからさ、きっと、多分。
まだ十五歳でありながら堂々とした立ち居振る舞いは、辺境伯跡取りとして片鱗を見せている。スラッとした細身の体つきなのに、安定感があってかっこいい。
小説では“受け”だったんだけどな……。立ち居振る舞いがどっしりしていて男らしいというか、雄っぽいというか……腐男子センサーが「あ、こいつ“攻め”だな」っていっている。小説のキャラクターとはもはや別人。
新入生のご令嬢たちが、メルビンにキラキラした視線を送っている。
かっこいい先輩だよね、憧れるよね。
そこに立っているのは、剣も勉強も身長も全部諦めないで努力を重ねた『メルビン今世のすがた』です。努力MAX全振りに変えたら、別の姿に分岐進化した、強キャラなんです。
剣士らしく邪魔にならない短い髪型で、綺麗なご尊顔がよく映えて、思わず見入っていたら目が合ってニッコリ穂々恵み小さく手を振ってきた。嬉しくなって小さく手を振り返したら、胸を抑えて天を仰いでいた。お祈りのポーズですか、絵になります。
中等部の新入生代表はルーファス。元とはいえ王子様なので。こちらももう、現王子ではなくなってるし小説設定無視してますが。
ルーファスが居てよかったよ。居なかったら僕が全員の視線が集まるあの壇上に立って挨拶しなきゃならなかった。ムリムリ、絶対無理。緊張して吐くだけならまだマシ、漏れた魔力で会場が凍って吹雪くかもしれない。結界魔法を被って壇上に立つ羽目になるよ、
高等部代表で生徒会長が挨拶をして、滞りなく入学式を済ませた。
レイモンくんとは同じクラスになったんだ。レイモンくん、トイプードルだと思っていたのにスタンダードプードルになっていた。僕がチワワなだけかもしれないけど。
サンドラ嬢にも会った。こちらは麗しのエルフ様になってたよ。イリーネお義姉さまとは違うタイプの美女。
ルーファスとサンドラ嬢は同じクラスになったって、頬を染めて嬉しそうに……あ。思い出した。
サンドラ・ホイットリー伯爵令嬢って、小説の中で片思いしていた第四王子ルーファスに媚薬を盛った犯人の名前だ。媚薬を盛ったことがバレて退学処分になり、ホイットリー家から追放、騎士爵になって辺境送りにされる。作中で登場するのはそこだけですぐ退場してしまったから、犯人まで明確に覚えてなかった。
小説の中の舞台に立ち、忘れていたピースが不意に出てきた。
サンドラ嬢、なんで媚薬なんか……。既成事実を作って婚約解消させるにも、異性同士の不貞は魔法の契約書にサインした時点で魔法の力が働いて不可能。
ルーファスが不貞を働く事実があれば、同性でもよかった?
いや、同性同士は緩いというか、浄化魔法があるこの世界で、閉鎖的な学園内で年頃の男子が協力して発散させるのは黙認されているんだよな。でも、真面目なルーファスなら後ろめたさを感じて自ら婚約者の僕から身を引く可能性も……? 媚薬を盛るだけのリスクを背負うメリットがわからない。
そもそも、媚薬はどこで手に入れたんだろう。
根はお転婆さんなのに一生懸命淑女になろうとしているサンドラ嬢が、片思い相手に媚薬を盛るなんて信じがたい。
現在、僕とルーファスは婚約していないし、ルーファスに婚約者も恋人も居ない。サンドラ嬢がルーファスに恋をしても構わないんだ、そんな事件が起こるとは思えない。
もし彼女が本当に媚薬を盛るのなら、友達として破滅は阻止しよう。一緒に卒業したいじゃん。
あ、でも、ルーファスとメルビンが意識し合うきっかけがソレだったんだよなぁ。二人が急接近するには、既成事実が必要なんだろうか。ここはやっぱり、正攻法を煽ってみよう。
サンドラ嬢は要観察!
次の日から授業はすぐに始まった。最初の授業はオリエンテーション、先生が自己紹介して簡単な学習内容の説明をするだけ。
授業の間の休み時間、僕はマメに出歩き校内散策をした。ダンジョンは一通り全部屋見ておきたいじゃん? レアなアイテムが落ちてるかも。
柔らかな日差しが溢れ、花壇に色とりどり春の花々が咲き乱て、ほんわりフローラル香る中庭を見ながら、渡り廊下をふんふんと行く。なんだか、懐かしいな。初めて来たはずなのに、初めての気がしない。
荷物を抱えた男子生徒が目の前を通り過ぎ、風が吹いて紙が一枚舞った。僕の足元にヒラリと落ちてきた。おもむろに拾い上げる。
「はい、落としたよ」
「ひぃっ! すみません、すみません!」
紙を受け取り、怯えて去っていく男子生徒。残された僕は、ポカンと立ち尽くす。
そうだった。僕の強い魔力の気配で、学園では生徒たちに怖がらているんだった。今まで、周りが変態魔法士さんとすっかり慣れた兄弟たちに、メルビンが厳選した強い魔力にも平気な子たちばかりだったから、失念していた。
この学園では、嫌われちゃうのかな。悪役令息だもんね。しょんぼり肩を落とす。
「シリル、ここに居たんですね。元気がないようですが、どうかしましたか?」
「メルビン。僕の魔力、やっぱり怖がられるみたいで。苛められちゃうのかなぁ」
「王家に繋がる公爵家の男子を苛める愚か者は居ないと思いますが。怖がっているのはまだシリルのいいところを知らないだけでしょう。こんなに可愛いのに、怖がる気持ちがわかりません」
よしよしと頭を撫でられ慰められた。
「小さくても、蛇は蛇だよ。怖いのはどうにもならない」
「怖いからといって、シリルが虐げられる道理はありません。この学園で、貴方の恩恵を受けなかった子は居ませんよ?」
「どうして?」
「ランチ、ご一緒しませんか」
「それとこれと、どういう関係……」
「この学園のフルーツサンドが絶品なんです。フルーツ、お好きでしょう」
「うん、好きだよ」
「食堂で出しているフルーツサンドは、パンがとろけるようにフワフワで、クリームはしつこくない甘さなのにミルキー、そこにジューシーなランブロウ公爵領産のイチゴが挟まっていて、人気なんです。早く行かないと無くなってしまいますので、授業が終わったら現地集合でお願いしますね」
ウチのイチゴ! 王都に安定的に卸せるようになったのは、空気のワタがイチゴの柔らかい果肉を守ってくれるようになったからだ。
あっ、そうか。輸送に使われているのか、僕が開発した空気のワタ。
しかし、マチアスお兄さま、学園と取り引きするなんてやり手だね。学食に出すとなると、大量に必要だし、定番になれば安定して買って貰える。学生たちにその味を知ってもらい、評判を広めるきっかけになる。ここでも、マチアスお兄さまのイチゴ愛が侵略していた。
兄弟たちを思い出して安心したら、ぐぅー、とお腹が鳴った。お昼までまだ授業が残っているのに。
「そうだ。ルーファスも誘っていい? あとレイモンくんも」
ウチのイチゴならルーファスも好きだからね。
「構いませんよ」
「メルビン、励ましてくれてありがとう」
お礼を告げると、ニコッと微笑んでメルビンが不意に髪へキスを落としてきた。
「なっ、なっ……」
「あんまり可愛らしかったので」
「もー、そういうのみんな見てるところじゃダメ」
「誰にも見られていなかったらいいのですか?」
よくない。恥ずかしい。
返事に困っていたら、額にチュッと柔らかい感触とリップ音。
「もー、揶揄わないで!」
「じゃあ、お昼に」
ヒラヒラと手を振って、ご機嫌で行ってしまった。
コソコソと遠巻きに見ている生徒たちも、メルビンのおかげであんまり気にならなかった……というか、気にする余裕がなかった。……恥ずかしい……。
ルーファスの教室に寄り、昼休みは食堂に現地集合で誘った。
授業終わりに一目散に食堂へ行き、今世、初めて列に並ぶという体験をして手に入れたイチゴのフルーツサンドは、並んだかいもあって本当に絶品だった。これは、イチゴお兄さまに感謝しなきゃ。
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