第32話 僕の心は春爛漫

「ジーン先生、お久しぶりです!」

「シリル様、お久しぶりです。お変わりないようで」

 元気そうでよかった、という意味の挨拶だよ。身長がお変わりないようで、って意味じゃないよ。うん、知ってる。

「ジーン先生も元気そうだね。むしろ、王都にいた頃より若返ったんじゃないですか?」

 なんか、生き生きツヤツヤしてる。好きなことに没頭できる環境だからかな。

「お土産持ってきたから、みんなで食べてください」

「ありがとうございます。支部の魔法舎の中を見学されるでしょう? ご案内します」

「お願いします!」

 久しぶりにジーン先生に会えて、嬉しくてテンション高く返事をした。初めて来た魔法舎だけど、ここの空気感落ち着くんだよね。

 みんな大体魔法オタク、魔法オタクの巣窟です。同じ穴のムジナ。

 研究室も見せて貰い、説明をふんふんと聞く。王都は魔法陣の開発、研究が主だったけど、辺境は魔物素材の研究が多い。


「魔法石の研究?」

「魔物から出る魔法石と採掘される魔法石の違いを調べています」

 そういえば、違いってなんだろう。あんまり気にして使ってなかったな。

「採掘場って近くにあるの?」

「城塞を出て、西の荒れ山の中腹に採掘場があります。見学されますか」

「行きたい!」

 魔法石を扱う身として、それがどうやって採れるのか是非見ておきたい。

「今日は遅いので、明日ご案内します。ご予定は?」

「大丈夫だと思うけど、辺境伯閣下に言ってみる」


 名残惜しいけど、暗くなる前に辺境伯のお城へ帰った。

 辺境伯閣下とはディナーをご一緒したよ。そこで採掘場見学の話をした。最初、顔色が芳しくなかったけど「魔法が堪能なシリル殿なら、まあいいだろう」って許可してくれた。

 学園でのメルビンの様子を聞きたがる閣下に、彼がいかに頑張っているか語ってしまった。つい熱が入る僕のそれを、「息子から聞いていたが、本当に仲がいい」と惚気話を生ぬるく見守るみたいな目をされてしまい、ちょっぴり罪悪感。まだメルビンの気持ちを聞いていない。返答次第で僕たちは……って、駄目だ。暗い方に考えに行きそうになる。


 夜、あてがわれた部屋で一人になると、不安感が襲ってくる。メルビン、今ごろどこに居るんだろう。早く来ないかな。

 持ってきた抱き枕――ピンクのポニーちゃんをギュッと抱きしめて眠った。


 ジーン先生と一緒に山登り。荒れ山と呼ばれているとおり、植物が少なく岩山に近い。体力の心配があったので、飛んでいく了承を得て騎馬で移動するジーン先生たちの上をフワフワ浮遊。「妖精さんみたいですね」って言われちゃった。僕、可愛いからね。


 採掘場に着いて、ジーン先生から簡単に説明してもらう。辺境伯閣下が渋い顔をされた理由がわかった。ここ、犯罪者が強制労働の為に送られてくるところだった。そういうのは最初に言ってよ。というか、普通、気軽に誘うところなの? やっぱりジーン先生はジーン先生だなぁ。


「お前! ランブロウ公爵家のチビ……!」

 筋肉隆々のおじさんが驚いた顔をして指差してきた。初対面だと思うんだけど……。

「チビもやらかして強制労働送りか!」

「違いますー、見学ですー。どなたですか?」

「王都でお前を誘拐しようとしたギヨムだ」

「僕を誘拐しようとした誘拐未遂犯さん、沢山捕まえた時期があったっけ……」

 セルジュお兄さまに王宮へ送り迎えされていた頃の話だ。なんだか懐かしくなって、おじさんをよく見る。強制労働者の割に、健康体だった。


「お元気そうでよかったです」

「よくねぇよ!」

「なに言ってんだ。三食飯にオヤツ、昼寝つきで、少ないが給料も出て、部屋はシャワーつき。王都で失業して路頭に迷っていた頃より充実してるって、獄卒監視員になったくらい気に入ってるくせに」

「うるせぇ。仕事が無いよりマシってだけだ」

 同僚とも仲が良かそう。

 あの頃、僕が捕まえちゃったら酷い目に合わされるんじゃないかと、ちょっと罪悪感があったから本当によかった。


「魔法石にはお世話になっています。あなた方のおかげで、僕は魔法陣の研究ができています。ありがとうございます。本日は採掘場の見学にお邪魔させていただきます、よろしくお願いします」

「チッ、ムカつくガキだな。これだから呑気なお貴族様は嫌いなんだ」

 日頃の感謝と挨拶を告げたら舌打ちされた。

 坑道の中は広く深い。勝手に入ったら迷子になるので監視員のギヨムさんに案内してもらう。トロッコに乗って移動する。

「なんかこう、ピリッと寒い……?」

 坑道の中の独特な空気で身震いした。

「瘴気計は反応していないので、魔法石の魔力を感じているのかもしれませんね」ジーン先生は手に持った丸い計器を見ていた。

 心配はないんだろうけど、閉鎖的な空間だからか不安感がある。坑道の向こうは真っ暗でその先が見えない。ちょっと怖い。

「ビビってんなら、帰るか?」

「ビビってないもん、見学するもん」

 坑道内で採掘している現場を見せて貰った。どういう地層から出やすいだとか説明を受け、掘りたての魔法石を見せてもらう。魔法が使えない平民が働いているから肉体労働、大変な仕事だ。


 昼食は労働者の皆さんと一緒に食べた。ちっちぇえ、ちいせぇ、と僕を揶揄ってたけど、小さいのは事実です。皆さん、体格が良くて羨ましい。

 食事をしながら、もう少し下に掘るだとか、トロッコのレールを伸ばして欲しいだとか、話し合っていた。


 午後は再び支部の魔法舎を見学させてもらい、辺境のお城へ帰った。

 ディナーは辺境伯閣下とおしゃべりしながら頂きます。デザートにイチゴが出てきた。

 一つ口に運んで、気づいた。いつものイチゴじゃない。なんていうか、果肉が固め? 味が薄い?

「ランブロウ公爵領産と比べ物にならないだろう」

「辺境伯領で作っているんですか?」

「なんだ、息子から聞いていないのか。シリル殿はフルーツが好きだから、こっちへ嫁がれたときも食べられるようにと、シリル殿の専属従者――セブランや、兄君に商業化しない契約までしてフルーツの苗を少しずつ分けてもらっている」

 なにそれ、全然聞いてない。

メルビン、内緒でフルーツ栽培までしてくれてるの? 僕の為に? どうしよう、めちゃくちゃ嬉しいんだけど。

 魔力が漏れて、ホカホカ春の空気。こんにちは、春。僕の心はお花が咲き乱れる春爛漫。

 って、駄目駄目。そのフルーツ苗を交渉したのは、ルーファスと恋をする前の話かもしれないし。そうだったら、落ち込んじゃう。

「空気が変わったな。暖かくなったと思ったら、冬のようになった」

「すみません、つい魔力が漏れてしまって」

「これくらい、平気だ。私も若い頃は感情で魔力が漏れやすかった。シリル殿に食べて貰うために育てているフルーツだが、味までは再現できていなくてな。育て方が違うのか、同じ品種でも味が違ってしまっている。この間貰ったフルーツは本当に美味かった。やはり、あの味は公爵領の技術の高さの賜物だ」

「ありがとうございます。褒めてくださって、嬉しいです」

「シリル殿の従者はフルーツ農家出身だそうじゃないか。メルビンが結婚したあかつきには引き続き君の専属従者として来てもらい、シリル殿専用フルーツ畑の監修をしてもらいたい、と交渉したとも言っていた。シリル殿さえよければ、もう既に来てもらえることになっている」

 それも初耳です。

 セブラン、僕がよければ辺境まで来る約束してるの? いいの?


 メルビンに早く会いたい。告白もそうだけど、僕の為に沢山考えてくれたお礼も言いたい。今、彼の心がどこにあろうとも、してくれたものは変わらない。

 ソワソワしながら、辺境伯のお城で四日を過ぎた朝。食堂の空気にほんのり緊張感が漂っていた。


「おはようございます。何かあったんですか?」

 朝食を一緒に摂る閣下に訊ねた。

「国境付近の魔物の活動が活発になっている」

 国境付近というと、魔物が湧く瘴気が生まれる土地と隣接している。

「メルビンは、今年は比較的魔物が少ない年だと言っていましたけど」

「魔物は数年周期で大量発生するのは知っているか?」

「知っています」

 僕だって少しは魔物の勉強をしている。

 辺境では、定期的に魔物の大量発生が起こる。次の年は前年の残党が、その次の年が魔物の出現が少なくなる年だ。メルビンは、その少ない年が今年だから僕たちを誘ってくれた。大量発生が起こってから次の大量発生が起こるまで年数が経っていないはず。


「僕に出来ることはありますか? これでも王宮魔法士団の一人です」

「現場を見てみないかぎり何とも言えないが、万が一があるかもしれん。王宮魔法士団に有事に備えておいてくれと伝えてもらいたい。それから、シリル殿は王宮魔法士団の所へ居た方が動きやすいだろう。しばらくそちらで待機していてくれ」

「わかりました。閣下、お気をつけて」

「心遣い感謝する」

 食事を終え、武装して出て行く辺境伯閣下を見送り、僕も王宮魔法士団辺境支部へ急いだ。

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