第33話 集大成です!
王宮魔法士団辺境支部へ行き、ジーン先生やみんなに魔物が活発になっていることを伝えた。さっそく、会議が始まる。
「この辺境の主要な村には結界魔法が張れるようになっていますが、小さい集落には行き届いていないので、魔法士に携帯用結界魔法魔道具を持たせて見回りに行ってもらうのはどうでしょうか」
「有事に備えて結界魔法道具は多く保持しています、見回りに行かせてもいいと思います。どうでしょうか、辺境支部団長」
「万が一襲われれば戦力の分散になってしまう。団員が散らばった状態では情報の共有が遅くなり、初動の遅さに繋がりかねない」
「しかし、集落が襲われてから動いては遅いのでは。それに、国境の向こうから魔物がやってくるとわかっているのだから――」
「あの!」
大人たちの会議に、僕は勇気を出して手を挙げる。緊張するだとか怖いだとか言っていられない、辺境に住む人たちの命が掛かっているかもしれないのだから、
「あっちの方……荒れ山の方、なんか、こう、ソワソワ、ゾワゾワします。魔力が汚染されてるみたいな? 嫌な感じ」
坑道の中で感じた悪寒が何故か山の方角からする。見学に行ったときはそこまででもなかったんだけど、今は鳥肌が立つくらい嫌な気配だ。
魔法士たちがざわついた。
「今朝、具合が悪いって休んでいる魔法士が何人か居ます」
「そう言われれば。休んだ魔法士は魔力に敏感な者ばかりだ。瘴気計は?」
「反応していません」
「何かの兆候か……? 荒れ山の麓に集落がある。至急、結界魔法道具を持たせた魔法士を行かせよう。その近くの集落にも――」
ドン! と大地が衝き上げる振動で、会議が中断された。
慌てて外へ飛び出し、浮遊魔法を使ってフワッと屋根に乗った。
荒れ山の方角に目を向け、唖然とする。荒れ山から黒々とした瘴気が吹き出していた。発生元に目を凝らしてよく見ると、頂上ではなく中腹……あの場所って……
「ジーン先生、魔法石採掘場じゃないですか?」
「瘴気を掘り出してしまったようですね。団長、領民の避難誘導を」
「僕、光の浄化魔法を学園で習得済みです。僕の魔力なら、広範囲いけると思います」
支部団長が頷く。
「三班、近くの住民を魔法舎へ誘導。研究施設は閉じておけ。二班は荒れ山の麓の集落、その近くの集落に結界魔法道具で結界の展開、シリルと一班は魔法石採掘場で瘴気の浄化、および、鉱員の救護。全員、結界魔法道具は持っていけ。シリル、使い方はわかるか」
「わかります」
王宮の魔法オタクさんたちから余計な知識を色々と吹き込まれ……必要な知識を沢山教えられているし、実際に目の前でいじらせて貰ったから使い方はわかる。
結界魔法道具を受け取り、一班に加わる。
「先に行っていいですか。飛んで行った方が早いので」
「頼む。でも、無理するな」
「わかりました!」
山の中腹から立ち上る瘴気を睨み、できる限りの速さで飛ぶ。途中、麓の集落が瘴気に飲み込まれていたから、光の浄化魔法を展開した。集落の中で何人も人が倒れている。瘴気は人体に毒だ、侵され続ければ死に至る。瘴気が吹き出してから時間は経っていない、すぐに瘴気をとり祓ったから平気だろう。
「大丈夫ですか? 僕は王宮魔法士です! 集落の外に出てる人は居ませんか?」
「ひ、人が飛んで……は、畑の方に……」
驚かれているけど、気にしている時間はない。だだっ広くて見晴らしがいいから、倒れている人を何人か見つかった。魔法で瘴気を祓い、ものを浮かせる魔法で集落の中へ運ぶ。
「全員居ますか? これから結界魔法を展開します。結界魔法は瘴気や魔物を中に入れませんが、展開している間、人も外へ出られないし中へ入ることも出来ないので」
「みんな、居る?」
「リリちゃんは?」
「居るよ! ヘンリ爺ちゃん居る?」
「居るぞ」
小さな集落だからあっという間に点呼が終わり、結界魔法道具で範囲設定、中に閉じ込められないよう範囲の外に出て結界魔法を展開した。展開している間、魔法道具はそこに置くことになるから、一つ一区画だ。
これでここは暫く大丈夫。急ぎ採掘場へ飛んだ。
黒いモヤモヤした角の生えた四足の何かがいたから、氷魔法で氷柱を突き刺す。黒いモヤモヤは霧散し、ひび割れて艶のない魔法石の出来損ないを落として消えた。瘴気が魔物を産み始めている。急がないと、鉱員さんたちが死んじゃう!
空気を汚染する瘴気を浄化し、魔物のなりかけを倒しながら飛ぶ。坑道の入口は濃い黒い霧のような瘴気に包まれていた。より強く魔力を込めて、辺りを浄化する。視界がクリアになり、倒れている屈強な男たちが見えた。怪我はない、魔物に襲われてはいないようだ。
倒れている中に、見学のときにお世話になったおじさん――ギヨムさんが居た。
「ギヨムさん起きて! 生きてる? ギヨムおじさん!」
「……オジサンじゃねぇ……まだ三十だ……」
十五歳の僕から見たらおじさんですけど、三十歳独身の気持ちはわかります……じゃなくて。生きててよかった。
「ギヨムさん、発掘した魔法石どこに保管してますか?」
「そっちの保管庫にあるが、鍵が掛かって――」
言い終わる前に、魔法で作った氷の氷柱を思いっきり飛ばして突き刺し、鍵を壊した。保管庫から魔法石の入った麻袋を見つけた。
「あった!」
「可愛いなりして……怖ぇな……」
「怖くないです、僕、可愛いので、怖くないですよ。鉱員さんの命が掛かっているから時間が惜しいだけです」
「……いや……今はいいか。魔法石をどうするんだ」
「一部を粉にし、残った魔法石は僕の魔力を詰めて魔力タンクにして、休憩所の小屋に常時浄化魔法発動の魔法陣を描きます。定着剤……糊かインク……うんん、小麦粉と水がいいかな。ありますか?」
食料倉庫に使っている常時発動浄化魔法陣の応用、光の浄化魔法バージョンを即席で作る。魔法石の粉だけで専用インクがないのは魔力の効率――効果が劣る。けど、そこは魔力量でカバーする。大丈夫、これまでやってきたんだ、僕には出来る!
「小麦粉と水なら休憩所の中のキッチンにある」
「それを混ぜて、火に掛けてトロトロの糊を作ってください。指につけて、床に描けるくらいの。魔法石の粉の定着剤――特殊な塗料を作るので。あと、入れ物をください、桶か何か」
「こう見えて、料理は得意なんだ。要するに、シチューより粘度の高いトロトロにすりゃあいいんだろ。桶なら共同浴場のがあるから使え」
入口からとめどなく吹き出てくる瘴気を魔法で浄化しつつ、魔法石に魔力を込める。込めすぎると、魔法石は割れて使いものにならなくなる。さらに込め続けると粉になる。本当は、魔力タンクとして寿命を迎えた魔法石が粉になって、それを魔法陣に魔力を伝達させる媒体として使うのだけれど。こうして砕いた魔法石でも効果があるんだ。
熱々トロトロになった小麦粉を魔法で冷やし、魔法石の粉を混ぜて塗料を作る。
作業をしていると、野太い悲鳴が上がった。黒いモヤモヤした魔物のなりかけが鉱夫を襲おうとしていた。氷魔法で撃ち抜く。なりかけなだけに、弱い。
「その黒い変な生き物は、魔物のなりかけです。氷は実態を伴うもので、それが刺さるということは物理攻撃が効きます。そんなへっぽこは、ツルハシの錆にしてやってください。鉱員のみなさんの筋肉を見せてやって!」
鉱員たちの目の色が変わった。
得体のしれない化け物は、見掛け倒しの倒せる化け物だとわかったからだ。知らないのは怖いけど、大したことないって知っちゃったからね。血の気の多い鉱員さんたちに次々狩られていった。
その間に、休憩小屋を浄化魔法が常に発動する安全地帯を作る。塗料に手を突っ込み、ドロドロのそれで床をぐるっと一周するよう描いていく。早く、丁寧に、素早く、集中! そして、魔力を込めた魔法石を並べて。
「出来た! 塗料を踏まないよう、中に入ってください。魔法陣の中は、瘴気を浄化します。王宮魔法士団辺境支部の応援が到着するまで、ここで凌いでください」
「チビはこれからどうするんだ?」
「ここを救護拠点にして、坑道の中に入ります。まだ中に人が居るでしょうし。それで、僕一人では迷子になりに行くようなものなので、ギヨムさんに案内をお願いしたいです」
「チビが坑道にか? 死にに行くようなもんだろ」
「それでも行かなきゃ。僕は貴族なので、貴族には国民を――みなさんを守る義務があります」
「フン、チビスケがいっちょ前に……。ちんちくりんお貴族様より、俺たち平民の方がよっぽど役に立つってもんだ。仕方ねぇから、お貴族様より役に立つ俺様が案内してやる」
「ありがとうございます! ギヨムさん、頼りになる! かっこいい!」
「そうだろう、そうだろう。俺は真面目な監視員だ、誰がどこに潜っているか把握してる」
「流石、ギヨムさん! 僕一人じゃ人を助けるどころか死にに行くだけです」
「しょーがねぇなぁ。ついてこい」
武器であるツルハシを担ぎ、ご機嫌に前をゆくギヨムさんを追いかけて坑道へ入った。
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