第11話 悪役令息は悪役を返上したい
最近セブランがよく派遣されてくる。僕の身の回りの世話、離れの掃除で本邸から日に何度か派遣されてくる使用人たちは、今まで交代交代順番に回っていたのだけれど。どうしてか、赤銅色の髪が彼がやって来る頻度が高くなった。赤くて目立つから覚えやすい。
そして、彼が来ると冷蔵庫の中のフルーツが充実してる……気がする。
「セブラン、よく来るようになった?」
「ご迷惑でしょうか」
「何で? いつも助かってるよ。セブランの仕事は、こう、プロって感じがする」
「お褒め頂き光栄です」
素っ気なくお辞儀するセブラン。
彼 の仕事ぷりは迅速、丁寧で、出張らず、過不足ない。ちょっと愛想がないけど懐かない飼い猫みたいで、不快ではない。使用人って、サービス業の最上位だよなぁ。
「でも、ほら……イジメられたりしてない?」
王族の血筋である公爵家の使用人は、貴族の子が多い。平民というだけで差別されたりいじめられたりしていないだろうか。僕が色々魔法でやらかした事件は記憶に新しい。無理矢理、魔力暴走する危険な僕のところに押し付けられているのでは。
「ご心配には及びません。本当に嫌になったら、辞めさせて頂きます。ですが、今のところその予定はございません」
いじめられていない、とは答えないんだなぁ。まあ、平民と貴族が同じ職場で同じ仕事をしていたら何もないってことはないだろうけど。セブラン、辛そうなところが一つもない、涼しい顔をしてるから大丈夫そうだけど。
「嫌になったら、遠慮なく相談してね。もしも辞める気になっちゃったら、次の仕事先を僕からもお父さまに相談してみるから」
セブランの目がスッと細くなった。
「辞めるつもりはありません」
「うん、これからもよろしく」
「もしそうなっても、実家に戻ればいいだけですので」
「実家って? 帰って大丈夫なの?」
話を聞きながら、本日のおやつをモシャッと食べる。串切りオレンジなのだけれど、皮が鳥の翼みたいな細工がしてあった。僕しか見ないのに凝ってる。口の中いっぱいにジュワッと広がる果汁、酸味が少なく爽やかで濃厚なオレンジの甘さ。いかにも高級品フルーツのお味。
「オレンジうまぁ」
「ありがとうございます」
「いつもお世話になってるからさ。セブランがここを辞めたとき、肩身の狭い思いをさせるのは忍びない」
六歳らしからぬ言葉遣いと気遣いダッタかなぁなんて思ったけれど、貴族の子は親の真似をしたりマナーを学んでたりと市井の子より大人びているからか、セブランはサラッと流した。
「手伝いは居て困るものではないので」
「手伝い? 商人?」
貴族に転生したライトノベルだと、平民でも不幸な身の上の人を拾って使用人として雇う、っていう展開はよくあるじゃん? 実家に戻っても歓迎されるくらい手伝いが必要な稼業という話だから、平民でも貧困層じゃない。ここを辞めることになったら実家に戻るのも厭わない環境……となったら、稼いでいる商人の家系なんじゃ。豪商の嫡子以下が家を出て、貴族の使用人になる……ラノベあるある。と、推理してたら違った。
「商家ではありません」
「違うの?」
「シリル様もご存じです」
「僕、あんまり離れから出ないからなぁ」
「ご存じなのは味ですね」
「料理人?」
「今、目の前に」
目の前に視線を落とす。あるのは、皿の中の高級オレンジ。
「オレンジ?」
「主に、王都の貴族の方にご愛願頂いているフルーツを作っているのが実家です」
「豪農……!」
「豪農というわけではありませんが、そこそこです」
見るからに贈答用の高級フルーツの生産者の家系だった。収穫期なんか忙しいだろう、人手があって余ることはない。
「因みに、ランブロウ家の領地内にございます」
ウチの産業だ。全く関係ないものじゃなかった、僕の勉強不足。まさか、この綺麗な飾り切りもセブランの仕業では……?
「いつも美味しゅうございます。飾り切りもとても美しく食べるのが勿体ないくらい」
「食べない方が勿体ないので食べてください」
「あ、はい」
セブランが豪農の息子だと知った次の日。「シリル様専属となりました」と告げられ、それからというもの、なんだかやたら気合いが入ったフルーツがいつも冷蔵庫に入れられるようになっていた。セブラン、スンっとして付かず離れず、何でもないような態度。嫌嫌仕事しているようには見えない。家族によく思われていない僕でいいの? 大丈夫?
というか、飾り切りが日に日にグレードアップしてない? なにこの、フルーツの白鳥は。結婚式のデザートに乗ってるヤツかな。来賓は僕、主役も僕。一人寂しく白鳥に盛られたフルーツを食べる。こんなに綺麗なのに僕しか見ないのは勿体ない。
実家のフルーツの味だとか見た目だとか褒めたから、こんな豪華だったりする? ん? 実は喜んでた? セブラン、ツンデレ属性?
マナーの先生がやって来て、お茶会のマナーを勉強。その夕方、タイミングよく本邸に僕をお茶会に誘っていいかとメルビンからの打診があり、その夜には僕の元に招待状が届いた。
行き帰りの馬車もメルビンが送り迎えをしてくれる。まだ結界魔法に自身がない、彼と一緒なら安心だ。
と、思っていたんだけど。
「えっ、他の子も来るんだ」
馬車の中で他にも何人か招待したと聞き、不安になってしまった。てっきりメルビンと個人的に二人きりでお茶会をすると思っていた。
王宮での子供会のとき、最初から子供たちに遠巻きにされていた。子供同士のお茶会だ、子供会の延長なようなもので最初は行儀よくしていても、そのうち遊びの時間となる。怖がられて子供たちの和に入れないならまだいい、せっかく招待してもらったメルビンのお茶会を台無しにしないか心配だ。
「大丈夫です。私の父上に怖がらなかった子を中心に選びました」
偉大な辺境伯閣下をふるいにするんじゃありません。しれっと父を使うお子様、肝が座ってるというかなんというか。
「父上も魔力が強くて子供たちに怖がられるんですよね。シリル様に格好いいと言われたとき、父は凄く喜んでいました」
「そう? 思ったことがそのまま口に出ちゃって、恥ずかしいんだけど」
「シリル様の正直な気持ちが嬉しかったんでしょう」
「あの、メルビン」
「なんですか?」
ゴトゴト揺れる馬車の椅子に座り直し、隣のメルビンに体ごと向き直る。甘い蜂蜜色の瞳が真っ直ぐ見返してきた。
「やっぱり、『様』っていう敬称辞めない? その、僕が呼び捨てにしてるのにメルビンが僕に敬称を付けるのは……婚約者としてよく思われないんじゃ」
ランブロウ家が王家の血筋だからそれなりの礼儀を、というのはわかる。けど、婚約者となった今、いずれ伴侶となる……かもしれない僕が婚約者であるメルビンをぞんざいに扱っているとか、命令しているとか、将来の伴侶が偉そうとか、思われるんじゃないか。婚約者なら、対等に呼ぶべきでは。
「言葉遣いもできるなら普通に話して欲しいけど」
「私は誰に対しても丁寧に話すよう心がけているので無理ですね」
「それはわかってる。だからせめて、敬語じゃなくて丁寧語で、僕のことは呼び捨てにするか、僕がメルビン様って呼ぶか」
「……わかりました。これから、シリルと呼びます」
敬称付けは嫌なんだな。今まで呼び捨てにされていたのに、急に『様』付けなんて距離感を感じるからね。
悪役令息は主人公(婚約者)からの呼び捨てされる権利を手に入れた!
お茶会前に陰口の種を一つ潰せてよかった。今世は主人公の恋愛を邪魔する悪役を返上してモブになりたい。
メンタお豆腐なので悪者になるのは耐えられる気がしない。穏便に婚約破棄しつつ、ピンク髪の可愛い天使、メルビンの幸せを応援したい。
楽しいお茶会になるといいですね、と微笑んでくるメルビンを見ていたら、この顔は将来第四王子だけのものになるのか……なんて頭を過り、ほんの少し荒涼な風が胸を吹き抜けた。
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