第10話 魔法のお勉強

 ランブロウ公爵の本邸は王都から馬車で一時間ほど掛かる、領地内にある。王都から直通、整備された道があるから馬車移動も比較的楽。乗馬ならもっと早い。タウンハウスも一応あるけれど、そっちは父の仕事の都合で使っていて、家族は本邸に居ることが多い。


 メルビンはウィンブレード家のタウンハウスからちょくちょくランブロウ邸にやって来る。そして、定期的にお呼ばれする子供同士のお茶会の話をし、情報を置いていく抜かりなさは本当に七歳なんだろうか。

 冬は社交界のシーズンオフ、領地で仕事をする親に連れられて各領地へ帰った子もいるが、王宮に勤めている貴族の子は王都にいるし、領地持ちの貴族の子でもまだ仕事の戦力にならないし、それなら他の子供たちとの交流を目標に王都に置かれていたり、帰って行った子は領地についての勉強も兼ねていたり。思惑それぞれ、貴族としての子育て戦略があるようだ。

 社交界シーズンオフでも、子供たちはそこそこ交流する。


「シリル様がつらいとき、この子を私だと思って側に置いてください」

 そう言ってメルビンにプレゼントされたのは、寝そべるポニーのぬいぐるみ。僕より大きいぬいぐるみは、ぬいぐるみというよりクッションのような抱きまくらのような。優しいピンク色はメルビンの髪の色。

 メルビンの一人称がいつの間にか『僕』から『私』に変わっていた。今はまだ、子供が大人の真似をして背延びしてるような、ちぐはぐさがあってなんともいえない可愛さがある。推しの成長を側で見られる役得に、ほくほくしてしまった。


 そんな大人の階段を一歩ずつ上っている途中で貰ったぬいぐるみ。魔力暴走時に抱きしめて耐えていたら、溢れ出す凶悪な魔力で切り裂かれ、焦げ跡があったりと可哀想なことになってしまい、泣いた。

「メルビンから貰った大事なぬいぐるみが……」

 ショックを受けて魔法の練習に身が入らないでいる僕を見かねたジーン先生が「大丈夫、大丈夫」と柔和に微笑み、修復魔法を掛けてくれて、あっという間に新品同様。


「魔法みたい……!」

「魔法ですよ」

 感動のあまり思わず呟いてしまい、クスッと笑われた。修復魔法だから魔法なのは当たり前、恥ずかしい。

 ジーン先生の魔法は凄い。王宮魔法士団の一人なのだから、当たり前かもしれないけど。切り裂いた枕が布の袋になるくらい、魔法の練習をしたあと、天井にびっしりくっついた羽毛を魔法で枕に戻して、切り裂いた部分も直してしまう。余計な魔力が籠もっていない、鮮やかに魔法を難なくこなす。


 魔力が強いだけじゃ駄目なんだなと改めて思う。先生を目標に魔力コントロールに性を出す、と同士進行で結界魔法を教えて貰った。部屋の中だと何が起こるかわからないので、最初は庭で。


 本日訪ねてきたメルビンに「見ていても構いませんか?」と訊かれ、先生の了承を得て一緒に出てきた。

「盾を作ってみてください」

 早速、実践訓練開始。

 ジーン先生の指示通り、やってみたけれど。出現したのは約二メートル四方の透明な四角いブロック。無駄にデカい、分厚い。なにこれ、盾か?


「うーん、構築が弱いですね」

 ジーン先生が手をかざし、ブロックの上に一本の氷の矢を出現させて突き刺した。呆気なく貫通しバラバラに割れて散る。

 六歳児に容赦ない。ちょっと引く。


「魔力で水や土を出現させる物質の魔法に似ていますけど、根本的に全く違うのはわかりますか?」

「はい。結界魔法は魔力を硬質化させるもので、物質の魔法は魔力で土なら土を、水なら水を作るので全然違うものです。どっちも手で触れる、物質のように存在するから混同しやすい」

「シリル様は結界魔法と物質の魔法の違いをよく理解しておられますね。証拠に、先の結界魔法には土や水など余計なものが混ざっていませんでした。純粋に魔力の塊で出来ていましたね、最初からそれが出来るとは素晴らしい。あとは、密度ですね」

「ありがとうございます。頑張ります」


 ジーン先生はよく褒めてくれるからやる気が出る。結界魔法なんて六歳児には難しいらしいのだけれど、――座学で結界魔法構築論を読まされたときは僕もわけわらかなかった――僕には三十歳で死んだオタクの記憶がある。ファンタジー、魔法、大好物。

 でもって。

 オタク――僕は好きなもののために何でも頑張れる。

 推しのぬいぐるみが売られていない? よろしい、自作しよう。推しのフィギュアがない? わかった、作ろう。コスプレの為なら、裁縫なんか義務教育以来やったことなくても衣装だって根性で作り上げる。料理は家庭科でやったくらいしか記憶になくても、推しの誕生日にケーキだって焼いちゃう。愛さえあれば難しい事柄も超えていける。

 魔法、大好き。

 最近、ジーン先生のおかげか魔法が楽しい。

 結界魔法の練習を夢中でやった。


「楽しそうですね」

 と、メルビン。ちょっと拗ねてる?

「ごめん、つまらないよね?」

「魔法の練習をしているところを見るのは楽しいですよ。私は魔法の練習が出来るほど魔力がないので」

「でも、メルビン不機嫌」

「邪魔をしてはいけないのはわかっているのですが……あんまり放っておかれると寂しいです」

 側によってきて、きゅうっと抱きついてくる。

 なにこの子、可愛い。

 大人びた七歳だと思っていたら、構われなくて拗ねてる、可愛い。

 メルビンをきゅっと抱き返した。


「休憩にしましょうか。しばらく遊んできていいですよ。休憩が終わりましたら、お茶を飲みながら座学です」

 先生の計らいで自由時間となった。

 なにして遊ぶ? と聞く間もなく。

「私がシリル様を捕まえます!」

 メルビンが追いかけてきたから、わぁっと声を上げて逃げ回る。ひと通り走って息が切れて足が重くなる。ガバっと両手で抱きつかれて捕まった。

「馬に乗れたら、シリル様と会える時間が増えるのに。私の背がもっと高かったら……」

「あのね。沢山運動して骨に適度な刺激を与えて、バランスよくごはんを食べて夜はちゃんと寝ると背が伸びるかもしれないよ?」

 前世の知識だ。当たり前のようだけど大事。僕、前世も残念身長だったので悪あがきに身長を伸ばす知識を調べた。悪あがきで終わったけど。


「じゃあシリル様、逃げてください。捕まえます!」

 何度やっても、僕を捕獲したいらしい。


 喉が渇いて部屋に戻った。

 お茶とおやつで休憩。ジーン先生は座学の準備に資料を鞄から取り出したとき、一冊の本がバサリと床に落ちた。

 開かれた頁を僕は見てしまった。

「魔法陣……!」

 オタク大好き魔法陣。

 魔法陣柄の丸いラグマットの真ん中に猫チャンが座っている画像をSNSで見かけては、猫チャン召喚! なんてテンションが上がった。

 相変わらず表情筋は死んでるけど、本物の魔法陣に興味津々だ。


「シリル様は魔法陣に興味がおありですか?」

「はい! いつか学びたいです!」

 意気込んで返事をすると、ジーン先生がニコニコと微笑む。

「なら、お教えしましょうか」

「いいんですか?」

「はい」

 六歳児にはまだ早い、難しい、と止めたりしない。ジーン先生が魔法の先生になってくれて本当によかった!


「シリル様、嬉しそうですね」

「表情筋動かないけどね」

「目が生き生きしてます」

 ちょっと膨れてるメルビンに指摘された。

「メルビン、不機嫌?」

「焼きもちです」

「や……!? 魔法陣に?」

「私が遊びに来たときよりも嬉しそうなので」

「メルビンが遊びに来てくれると嬉しいよ」

 無言でクッキーを目の前に差し出され、パクっと食べた。ん、バターの香りが濃厚で美味しい。


 僕たちに温かい視線を送ってくるジーン先生が「座学はもう少し後にしましょうか」と小さく呟いたのが聞こえた。

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