第9話 夢男子じゃないんです! 解釈違いです!

 喜んでる僕たちと、僕以外のランブロウ家との温度差が凄い。今までほとんど顔を合わせていなかった兄さまたちは猛獣が檻から出されて『大丈夫なの?』と言いたげに戸惑っているし、お母さまは二人を守って僕を警戒しているし、お父さまは品定めする視線を向けてくる。

 家族の態度に喜びも冷えて、スンっと冷静になった。


「シリル」

「はい、お父さま」

 呼ばれてビクッとなった。叱られる? 貴族らしくないはしゃぎっぷりをお客様に見せてしまったから、叱られる?

「本日、ウィンブレード辺境伯とその子息に来ていただいたのは、お前のことだ。ランブロウ公爵家は、ウィンブレード辺境伯の子息メルビンをシリルの婚約者とする」

「へっ?」

 素っ頓狂な声が出た。

 婚約? 僕が? 誰と? メルビンと?

 んん??


 違う、違う。


 シリルと婚約するのは第四王子ルーファス殿下では。

 何故。どうしてこうなった。


 僕がやったことといえば、王宮の庭園に駆け込まず、温室へ行っただけ。ルーファスとメルビンの最初の出会いをないものにした、よりも、あの場では出会わなかったはずの僕たちが出会ってしまったから?

 それだけで? シナリオ、変わり過ぎじゃね。


 バッと隣に顔を向ける。ニコニコ笑顔のピンク色天使が居た。うん、いい笑顔、可愛い。……じゃない。

「メルビンはいいの?」

「僕から父上に頼みました」

 目が点になった。

 七歳児が、自分で婚約者を見つけて、お願いした? おませな子も居るし、子供が将来あの子と結婚すると言い出すのはわからなくもない。けど、親御さん、子供が言い出したそれを真に受けて七歳児を婚約させますか?

 ウィンブレード辺境伯を見上げる。ほんのり目元が優しくなって微笑まれた。似てないし、メルビンのようなニコニコとも違うのに、表情は何処となく似ている親子。

 マジですか、息子の暴走を止めなかったのですか。


 さっき、離れの食堂で美味しいフルーツ食べながら、ルーファスとの婚約前に別の婚約者を探さなきゃな、なんて考えてたけど。

 お前じゃない!


 メルビンは良い子だし推しである。だからこそ幸せになってもらいたいし、メルビンとルーファスのいちゃラブを遠くから見守っていたいだけの腐男子なんだ。自分が推しといちゃラブする様子を妄想する夢男子じゃない。

 僕が推しと婚約? 解釈違いです!


 悪役令息、主人公に捕獲されました。

 なんで?!


 ルーファスとの婚約フラグは折れたけど。主人公と婚約してどうする。小説の僕、転生者の今の僕、どっちに転んでも二人の恋愛の邪魔をする悪役令息じゃん。


 お父さまの顔を見たら、何が不満だ、みたいに睨まれて視線を逸らす。

 メルビン、嫡子なのに男同士で結婚して世継ぎはどうするのか、とも一瞬頭をよぎったけど、メルビンが養子だった。血筋にはこだわらない、辺境伯の前例がこの子自身。

 持て余している魔力を使いこなせるようになれば、魔物に対抗する戦力になる。王都は長らく平和なので、ここに居ても諸外国への牽制くらいで、ただ居るだけ。実戦的に使う事態は今のところ予定はなく、飼い殺しになるだけ。だったら、国の安全の為に使った方がいい。

 尚且つ、メルビンは魔力を吸う特殊能力があり僕の魔力暴走を抑えられる。

 貴族の結婚なんて、婚約してからお互いの気持ちを高めていくやり方が主流で、恋愛結婚は稀。

 あれ? 辺境にとっても、僕にとっても、この婚約は最善では……?


 な、納得しちゃった。


 家族の視線が刺さっていたたまれないので、暇を告げすごすごと離れに退散。ついてきたメルビンと、二人でお茶会となり、突然の婚約に戸惑いつつも会話をして、頃合いに帰って行った。なんだかんだ、楽しかったよ。メルビン、こっちのペースに合わせてくれるんだ。会話が楽しいって思えるのは、相手が上手く回してくれる頭のいい人だから、みたいな情報を前世で見た。気遣いができる、頭のいいメルビン。七歳児にしてスパダリ属性。

 こじらせぼっち、会話のキャッチボールの楽しさを思い出した。


 翌日、昼食のあと新しい家庭教師が離れにやって来た。昨日の今日で、早速お父さまが探してきてくれた結界魔法の先生。

 色褪せた青い髪に、青い目に眼鏡を掛けた柔和な男性。歳の頃はお父さまと同じくらい?

「初めまして、シリル様。王宮魔法士団からお父上の頼みで、貴方の魔法の師として派遣されました、ジーン・ワイアットと申します。よろしくお願い致します」

「よろしくお願いします。ジーン先生はお父さまとは学友だったのですか?」


 年齢的に同じくらいだから、学生時代に接点があり、そこから家庭教師の依頼をしたんじゃないかと思って聞いてみた。

 すると、ジーン先生の目が優しくなる。

「それは、お父さまには言わない方がいいですよ」

「仲が良くなかったのですか?」

「私とランブロウ公爵は十歳違います」

「ほぁっ!?」


 じゅ、十歳違い!? びっくりした。

 お父さまが四十歳なので、ジーン先生は五十歳。先生、若い……いや、お父さまが老けてるのか。いつも疲れた顔してる渋い紳士なので。確かに、本人に言ったら駄目だ。


「私が若い頃、王立ホートスロン学園の非常勤講師をしておりました。ランブロウ公爵はその頃の教え子です。王宮魔法士団にお誘いしたのですが、兄の力になりたいと振られてしまいましたよ」

「お、恩師……!」

 学生時代お世話になった先生に息子の家庭教師を頼んだのか。


「魔法のお勉強を始める前に、シリル様が今までどのようなことを学んで来たのか教えて頂けますか」

「わかりました」

 教えて貰っても成功した試しがなくて恥ずかしいんだけど、現状を知ってもらう為に正直に話す。

 人を傷つけることのない安全な魔法を選んで教えて貰っていた。

 庭から拾ってきた小石を使い、物を浮かせる魔法。掛けた途端、バビュンと打ち上がり天井を突き破って屋根を突き抜け結界に穴を開けた。当時の魔法の先生唖然。僕も唖然。

 あるときは、小さな明かりをつける魔法を実践し、ぺかー! と小さな太陽が如く光り、療養を余儀なくされた先生。失明しなくてよかったよ。

 またあるときは、どんな魔法を使いたいか聞かれて、疲れたお父さまを癒やす魔法がいいと伝えたら、良い香りで癒やすのはどうだろうと提案され、強烈な匂いが発生、先生が風魔法で外に匂いを追いやったら、公爵邸全体がむせ返る匂いに包まれ、あまりの匂いに気絶するお母さま、嘔吐する長男。公爵邸の使用人たちが風魔法を使って外に追い出したら、ご近所異臭騒ぎ。

 他にもまだまだある、やらかし事件。


 数々の失敗談を語り終えたら、ジーン先生が大笑いした。

「あっはっはは! 凄いねぇ。少しはランブロウ公爵に聞いていたけれど。いやぁ、本来無害な魔法が攻撃魔法に……あははは! 面白いねぇ」

 本人にとっては笑いごとじゃない。何一つまともに成功していないのだから。

「ごめんなさい。王宮に仕える魔法士いう優秀な先生に教えて頂いても僕、劣等生かも……」

「劣等生なんてとんでもない。シリル様は優秀だ」

「ちゃんと魔法使えてないですよ?」

 公爵家の子供に気を使ってもらっても、皮肉にしか聞こえない。


 しょんぼりする僕に、ジーン先生は首を横に振る。

「いいや。魔法は正しく使えているよ。ただ、魔力が強大過ぎて本来の効果がかなり誇張されているだけだね。理解不足だと、発動もしないし、何も起こらない。ちゃんと魔法の仕組みを理解してここまで使える子は、シリル様くらいだ。とてもいい優秀なんだよ、誇っていい」

「そうなんですか……?」

 無害な魔法なのに、攻撃力を発揮しちゃっているんじゃ、本来の目的では使えないのでは。でも、優秀なんて初めまして言われて、嬉しいやら擽ったいやら。


「魔力の加減さえ覚えてたら、他の魔法もあっという間に使えるようになる。早速、やってみようか。物を浮かせる魔法」

 そう言ってジーン先生が出してきたのは、先生が持参した枕。……枕を浮かせるの?

 先生はナイフを取り出すと、何を思ったか僕の目の前で枕を裂いて、ギョッとした。子供の前でそれは教育によろしくないのでは。この先生もちょっと変わってる。


 枕からフワフワの羽毛を一つ取り出す。

「これなら、天井を突き破らないからね」

 小さな綿毛状の柔らかい羽毛にどれだけ勢いがついても天井は破れない。なるほど、最初は小石だったら弾丸発射レベルの凶器になったのか。

 羽毛に魔力を決めようと、ふんす、と意気込んだら鼻息で飛んでった。

「力まないで。落ち着いて、ゆっくり、そうっと」


 羽毛に手をかざし、そっと魔力を込める……。

 ヒュンっと勢いよく飛んで、ペタッと天井にくっついた。

「大丈夫、まだまだあるからね」

 枕から羽毛を一つ出す先生。

 え、もしかして。枕空っぽになるまでやるの?


「目標は、羽毛を目の前の高さで固定する」

 お手本を見せてくれるジーン先生の魔力は、羽毛を目の前でピタッと止めた。

 こんな初級魔法もまともに出来ない子供に、宮廷魔法士の先生は贅沢すぎる。

「ごめんなさい。先生みたいな優秀な人、子供の家庭教師なんて役不足で……」

「いや、楽しいです」

「た、楽しい?」

「うん。普通なら何の変哲もない普通の魔法が、規格外の魔力で思い掛けない効果を発揮する、新しい発見です」


 楽しい? まともに扱えてない魔法を見るのが?

 五十歳頃の男性がキラキラさせているその目は、研究者の目だった。やっぱり、変った先生だ。


 天井が真っ白く羽毛で覆われるくらい魔法の練習をしたが、嫌な顔もされず見守ってくれた。別れ際に「慌てず二人でやっていきましょう」と言われたのは、こんな出来損ないでも見捨てられない、これからも付き合ってくれるとわかって、安堵したと同時、ほんわり胸が温かくなった。

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