第18話 ジーン先生(オタク)の英才教育(布教)の賜物です
「うまぁ」
「病み上がりでよく食うな」
夏風邪が治り、メロンも桃もモシャモシャ食べていたらルーファスにジト目で見られた。今は十歳のお子様だからいいけど、流し目王子様みたいな顔は他の人に見せたら駄目だからね、ただでさえ乙女たちの初恋泥棒なんだから。
「製作に必要なのは、愛と根性と金と健康な身体」
「製作?」
「魔法陣刺繍入り防具」
「まあ、製作に限ってじゃないと思うが」
魔法も魔法陣も難しいけれど、作ると決めた以上投げ出す気は毛頭ない。
魔法って、他の勉学と違って目に見えて効果がわかるから、出来るようになると面白いんだ。何度も練習を重ね、成功したときの達成感よ。
辺境伯閣下には、メルビンの防具について相談の手紙を何度か送ってやり取りしている。息子の為なら出来る限り協力する、と既に了承も得た。魔物の素材の確保は目処が立った。ジーン先生に聞きながら、使えそうな魔法陣を中心に勉強も怠らない。魔法は一日してならず、日々努力。
「成長して体格が変わっても着られるように、成人男性サイズに作って、子供の大きさに合うよう縮める魔法陣を使えばサイズ調整可能でいつまで着られる。マントそのものを保護する魔方陣もね。メルビンには魔法が効かないけど、身につけているものはどうかわからないし、名誉のために一応魔防もつけて。大きさ変えられるならジャケットでもいいかなって思ったけど、ジャケットだと流行りがあるし、何年も前の流行りを着て、これだから辺境の田舎者は、なんて言われてほしくないし、実用的なマントなら流行りはあまりなくてどちらかといえば伝統的だし。物理防御は必須だけど、身体強化も欲しいし、温度調節完備で、体力消耗を抑えられる魔法陣も入れて。フクトゥの糸と染める用の魔法石とヲーナーの粉とジェンシェのアンダーコートで作った毛織物って素材だけで王都に屋敷が三つ建つくらいの金額になるなぁ。辺境伯閣下が魔物の素材なら余ってるからタダでくれるって手紙に書いてあったけど」
「屋敷三軒分を纏うのか、高価過ぎる。重い」
「ガチガチに刺繍いっぱいしたらやっぱり重いか。重量軽減の魔法陣もつけよう。直接触れないよう魔法陣を刺繍した布を挟むかたちで三枚重ねになっちゃうから、マントの柔軟性は期待できないけど……」
「そうじゃない。高価なものを惜しげもなく使う、思いが重い」
「僕の愛と情熱の結晶になるんだからね」
魔法に掛ける情熱は誰にも止められないよ。
「愛さえあれば乗り越えられるさ、この試練」
理想を詰め込み、暴走機関車が如く止まれない。オタクは愛と情熱を胸に今日を生きぬくのさ。ジーン先生の英才教育おかげで、魔法オタクの道を突き進んでいる。最強防具をこの手で作り出す夢想をして、独り言が延々と続く。
「恋は盲目ってやつか……」
十歳で悟った思春期みたいな呟きを漏らし、遠い目をしたルーファスにそっとため息をつかれた。オタクの妄想語りなんて聞かせてごめんね。
皿に盛られたコリコリの桃の一切れを頬張る。この甘さに、種の周りはほんの少しの酸味があり、味に飽きが来ない。食感がたまらなく癖になって気づいたらなくなっていた。
夏の美味しいフルーツを堪能しつつ妄想に耽る時間、最高の贅沢。
「おかわり!」
「食べ過ぎですよ。昼食が入らなくなるので駄目です」
セブランに窘められた。しょんもり。
「夏のフルーツ、メルビンにも食べさせたいな。アレルギーとかないよね? 食べたら痒くなったり蕁麻疹が出たり、呼吸がおかしくなったり、しないかな?」
「あれるぎー? が、何かわからないが。こっちに来たとき、色んな流行り物の菓子を試してるようだが、体調がおかしくなったとは聞いたことないな。あの野生児はそんな繊細じゃないだろう」
ピンク色の天使を捕まえて野生児なんて。聡明で、丁寧な喋り方でマナーもしっかりしてて、所作が綺麗で、礼儀正しく、社交的で誰にでも好かれるのに、大胆不敵で行動力があって王都の子より身体能力が高くて狩猟民族……。うん、品行方正で知的な野生児だったわ。
それにしても、アレルギーは身体が丈夫云々関係ないよ。でも、お菓子にも色んなフルーツが使われている、それらが大丈夫なら食べられるだろう。
けど、問題は輸送だよね。
辺境伯領地は離れているから、長持ちするフルーツじゃないと。硬い桃や熟す前に収穫したフルーツなら届けられる? でも、この公爵領地と違って舗装された道がずっと続いているのではないし、でこぼこ道で揺られて衝撃を受けたフルーツはその傷から傷んでしまう。
揺れない荷馬車……。サスペンションの仕組みは詳しくない。魔法のある世界なんだから、魔法でどうにか出来ないか。
「いっそのこと、荷馬車を浮かせる? 軽くするとバランスがとれなくてひっくり返るか。衝撃吸収……結界魔法の一種でありそう」
僕がブツブツ一人の世界ひ入って思案していると、ルーファスがおもむろに従僕を呼びつけた。
「セブラン、モーズリーを呼んでくれ」
「ルーファス様の従者ですね、かしこまりました」
夢中になってしまった僕は、気にせず思案に耽る。
「だったら、道を魔法で整備しちゃうのが早いよね。勝手にやったら怒られるから駄目か。衝撃吸収材で包むのは? プチプチ梱包? 空気の層で? 夏は気温が高いから、冷蔵保存必須。氷の魔法石じゃ高価になっちゃうね」
「お呼びでしょうか」
「城に先触れを。ジーン・ワイアットと騎士団長に会う。それと、馬車を用意してくれ」
「荷馬車を幌馬車にして天蓋の魔方陣で外気を遮断し馬車ごと冷やすクール便は? 腐敗しなければいいんだから」
「いや、父……国王陛下にお会いしよう」
「かしこまりました」
「菌を浄化魔法で殺菌したらどうだろう。浄化魔法って「服に付いた土は綺麗に消してくれるけど、花壇に浄化魔法掛けても土が消えないのは使う人がそれを汚れと判断するかの認識によります」ってジーン先生が言ってたから、浄化の魔法陣を刺繍するさいに、雑菌がものを腐らせてるんだって認識してもらう必須があるな。でも、腐敗は防げても熟成は酵素だからどうにもならないし、酸化するし、時間が経つと水分も抜けちゃうよね。生のフルーツは無理でも、ドライフルーツならカビを防止できるかな。ベリー系ってカビやすいんだよね……」
微生物の活動による人体に有害なものを生成するが腐敗で、有益なものが発酵。どっちも、微生物の活動には変わりないんだけど、作り出すだすものが違う。腐敗と発酵の違いを知ったのは前世の漫画から。漫画やアニメって、ときどき知識の宝庫だよね。漫画じゃなかったら、腐敗と発酵の違いなんて考えもしなかった。
魔法があるこの世界では、微生物が活動して腐敗を引き起こす、なんて考えもしない。
菌っていう概念はある。チーズやヨーグルトといった発酵食品があるからね。この菌を入れれば、ヨーグルトになるという知識はあるんだけど、どうしてその菌を入れるとヨーグルトになるのか考えもしない。それを入れるとヨーグルトになる、時間が経つと食べ物は腐る、そういうもの、それが当たり前。
冷蔵保存すると食べ物が長持ちするけど、菌の活動を鈍くして腐敗を遅くしている、なんてわかってない。冷蔵保存すると日持ちする、という現象だけはわかっている。
突き詰めると、魔力がどうしてあるのか、魔力が何なのか、魔力がどういう作用をして魔法を起こしているのか、本当のところはわかってない。でも、魔力を使うと魔力が起こるのは知っている。魔力で魔法という奇跡を起こす、そういうものだ、という概念が根付いていて科学が発展しない、魔法がある弊害なんだ。生活や必要な算術や建築に必要な程度の数学はあっても、実用生活の中で実感のない高度なものには発展しない。
この世界、コンピューターなんて永遠に発明されないかも。
「シリル、ちょっと来い」
ルーファスに腕を引かれ、思考の世界から現実に戻された。わけもわからないまま引っ張られ、外へ連れ出されると、何故か馬車に乗せられる。
「どこへ行くの?」
「行けばわかる」
説明してくれる気はないらしい。
馬車に揺られて約一時間で王都に入り、街中を走って更に一時間強、合計ニ時間以上。王家の血筋である公爵家のいい馬車で舗装された道を走って来たとしても、座りっぱなしでずっと揺られるのはつらい。毎年、遠い辺境から来ているメルビンはもっと大変なんだろうな。最近はメルビンも背が伸びて一人で馬に乗れるようになり、騎馬で旅をしているんだけど。
やっぱり、この揺れの衝撃吸収の道具として空気をクッションにする魔法道具を作るか、もしくは、浮遊魔法を覚えるか。僕のお尻の為に。
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