第17話 あとには引けない気がするんですけど

 次の年。七歳になった冬に、ウィンブレード辺境伯家のタウンハウスで、メルビンの辺境伯嫡男としてのお披露目と僕たちの婚約発表を兼ねてパーティーを催した。

 公爵家三男の婚約発表パーティーだ、上位貴族の品評会みたいな会場で『あのー、婚約破棄したいんですけど』なんて言えるものじゃない。

 婚約って両家の契約だからね、そんな簡単に破棄出来ない。パーティー会場のお客さんの前でそんなことを言い出したら、辺境伯、公爵、両家の顔に泥を塗ることになる。

 それに加えて、これが僕たちの婚約を世間に知らしめるパーティーの筈なのに、招待客のほとんどが、知ってますけど改めてお祝い申し上げます、の空気。

 無理。言えない、言えない。


 緊張と戸惑いでぷるぷる震えながら「ありがとうございます……」と答える僕の横で、堂々としているメルビンは終始晴れやか笑顔。

 七歳の頃はまだ幼児っぽさが残っていたけど、八歳になって一年ぶりに見たその顔は幼いながらも少年の顔へと成長していた。

 対する僕、一年前とそんなに変わってない。相変わらず、幼児のお人形さんである。


 あれ? これ、あとには引けない感じ?


 意地悪をしてわがまま放題の悪役令息を演じメルビンに愛想をつかせて貰って婚約破棄を、なんて度胸もない。断罪、怖い。メルビンにも嫌われたくない。七歳の僕ではどうにもならない。


 でも、メルビンのお茶会のメンバーに会えたのは嬉しかった。サンドラ嬢は美少女に磨きがかかって益々エルフに近づいているし、レイモンくんは相変わらずトイプードルだった。レイモンくん、多分、幼児期にある癖毛じゃなくて、成長してもずっと癖毛なタイプだね。

 サンドラ嬢はルーファスに夢見るような視線を送っていた。ルーファス、第四王子じゃなくなっても見た目はまんまキラキラ王子様だから、女の子は憧れるよね。そんなルーファスは、メルビンよりもほんのちょこっと背が高くなっていて、自慢げにふんぞり返っていたのはやっぱり七歳児だ。メルビン、悔しそうにしてた。二人は色々と競い合ういいライバルだ、順調に友愛を育んでいる。


 僕は相変わらず行動力の塊であるメルビンに連れられ、子供会にも何度か参加できるようになった。おかげで、同じ年頃の子と接するのはそこそこ慣れた。引っ込み思案も良くなったと思う。メルビンの積極性には到底及ばないけれど。


 ルーファスは少しずつ魔法の勉強を始めている。ついでだからと、四兄弟一緒にジーン先生に指導を受けているんだけど。七歳の子に見せる教材じゃない本を渡すから、ルーファスはなにかを悟った遠い目をしていた。

 それはそうだよ。僕は前世の記憶――三十歳まで生きていた大人の記憶があったし、二次元作品大好き魔法の無い世界で魔法のある世界に憧れていたオタクの精神があったから、根性と執念でなんとかやってこれただけで。自分で思うのもなんだけど、僕が異常なんだ。ランブロウ家の魔法学習を僕基準で考えてはいけませんよ、ジーン先生。まずは基礎からです。


 なので、先生の隣で僕がルーファスにわかりやすく噛み砕いて魔法の基礎を手解きした。復習にもなるので、僕としてもいい勉強になる。基礎は大事。

 ルーファスに教えている間、ジーン先生はお兄さまたちの勉強を見ていた。

 怒った顔を見たことないくらい穏やかで優しい好々爺前としたジーン先生の出す課題は、全く優しくない。容赦ない。鬼である。

「こんなの理解できるか!」

「無理、無理……」

 どっさり出された課題に頭を抱えて悶絶する二人のお兄さまたち。頑張れ、弟も通った道です。

 なんだかんだ真面目にこなすお兄さまたちだから、ランブロウ家の魔法の成績は他の家の子より良いみたい。

 六つ歳上のマチアスお兄さまが学園に入学し、夏の長期休みに帰ってきたとき自慢していた。鬼のような魔法のお勉強を乗り切った甲斐があって良かったね。


 僕の金属じみたグレーのツルンとまぁるいキノコヘアーも髪が伸び、サラサラ長髪になりつつある。目指すはフワフワ可愛い系。ほら、怖くないよ、僕、無害。素材が可愛いんだからね。クリっとしたお目々とストレートな長髪、可愛いでしょ。相変わらず表情筋死んでるけど。

 伸びた髪をポニーテールにして、レースのついたピンク色のスカーフをリボンがわりに結ぶ。このスカーフはメルビンがくれた。「いつでもシリルの側に居たいので」って、直接手渡し。パステルカラーで可愛らしいので、美少年のシリルは似合っちゃう。


 メルビンとは冬しか会えないけれど、手紙のやり取りはずっとしている。

 子供の書く文章なんて『家族みんなでピクニックに行きました、楽しかったです』みたいに、やった事実の羅列と『楽しかった』を添えて、絵と共に綴るみたいなものだと思うじゃない?


 違ったよ。企画外が通常運転のメルビンだもんね。


 メルビンの書く手紙は読める。読めちゃう。

 読みやすい字もさることながら、起承転結がしっかりあって読ませてくる文章力よ。辺境でどう過ごしているか綴ってあったのだけれど、これが手紙というより、もう作品。ノンフィクション? エッセイ? 売ってたら買います。

 保護魔法をジーン先生に習い、紐で綴じて魔法を掛け、大事に保管。同人イベントで無料配布している短編をコレクションする気持ちで届くのを楽しみにウキウキとファイリングしていく。


 どうやら、剣の稽古を頑張っているみたい。小説の中のメルビンは、辺境伯閣下の強さに自分は到底届かないと早々に諦めて別の戦い方を模索して足掻いていたけど、この世界のメルビンは剣を諦めていない。頑張ってるなぁ。

 ふんふんと、手紙を読んでいく。

 ん? 初めて魔物討伐に同行した……?


「大変だ! メルビンが死んじゃう!」

「どうした!?」

 大きな声を出してガタッと椅子から立ち上がったら、ジーン先生から出された課題を一緒にやっていたルーファスが目を白黒させた。

「だってメルビン、回復魔法も結界魔法も消しちゃうんだよ」

 敵が撃ってくる魔法が効かないとはいえ、魔物の牙やつめ、角等の物理攻撃を受けたら怪我をする。防御系や身体強化の魔法もメルビンは無効化してしまうのだから、生身で恐ろしい魔物と対峙することになるんだ。野生動物より凶暴な魔物と、剣一本で戦うなんて。しかも、回復魔法が効かないから怪我一つで致命傷になりうる。

 下手をしたら、死んじゃう! そんな無茶を繰り返してたら、いつか命取りになる! 小説と違って、剣を諦めていないのは何故!?

 死んじゃったら、恋を謳歌する推しの幸せどころの話じゃない!


「落ち着け」

 きゃー! っと心の中で叫び、あわあわする僕にルーファスが冷静な声を掛けて宥めてくれる。

 そうだよね、僕が慌てても何にもならないよね。

「何か、こう……メルビンを助けられるもの、ない? そうだ、防具を作るのはどうかな。触れさえしなければ、魔法は無効化されないから……甲冑はまだ無理だし……。防御系魔方陣を刺繍したジャケット? 夏は暑いかな。温度調節してくれる魔方陣も組み込んで、あ、サイズがわからないか。マントは? マントならフリーサイズで作れる? 魔方陣には直接触れないよう布を重ねて……」

「そんなこと出来るのか」

「出来るかどうかじゃないよ、やるんだよ。今の知識じゃ無理だけど、もっと勉強する!」

 出来る出来ないなんて言ってたら、同人誌は完成しないよ。やるんだよ、とにかく、やり始めてから考える。あとは根性で間に合わせる。それが創作系オタクの心得なんだから。


 フンス、と鼻息荒く決意を新たにする。

 まだ騎士団の皆さんに同行しただけだからいいけど、近い未来、辺境伯の嫡男として初陣を飾るその日に、メルビンの身を守ってくれるものを用意しなきゃ。

 魔方陣やマントに合った素材はやっぱり魔物から獲れた素材がいいかな。素材の希少性やどれくらいお金が掛かるか。魔物の素材なら、メルビンのためと頼めば辺境伯閣下がなんとか融通してくださるかも。魔方陣の勉強と同時進行で見積もりも立てないとね。


 今まで以上に魔法に熱意を傾ける毎日。特になんの進展もなく、健やかな子供時代を満喫する九歳の夏。


 夏といっても、この辺りは前世の酷暑には程遠い。例えるなら、ゴールデンウィーク辺りに急に暑くなったなぁ、と感じる日本の初夏辺りの、三十度いくかいかないかの暑さ。とはいえ、暑いものは暑い。

「しんどい……」

 ベッドの上で汗をびっしょり掻き、布団に包まる。魔力暴走……ではない。只今、夏風邪っぴき真っ最中。

 魔力暴走の後遺症みたいなものだった。歳を重ねて周りを傷つけるような魔力暴走はしなくなった。インフルエンザで熱を出したしんどさに加え、真冬と真夏が交互にやってくる温度変化を自分の周りに起こしちゃうだけで。

 温度差で風邪引いちゃった。


「普通、五、六歳くらいで魔力暴走は治まるんだけどな」と、セルジュお兄さま。

 いつまでも幼児だって? 魔力量が普通じゃないので。僕も成長したいんです、ニョキッと身長が伸びて欲しいんです、一体この身体はどうなっているんでしょう。


「メロン食べるか?」

「桃でしょう、桃」

 夏のフルーツはメロン派の九歳のルーファスと、桃派の十五歳のマチアスお兄さまがそれぞれの推しを押し付けてくる。

 言わずもがな、ほぼジュースの甘熟メロンは最高。

 この土地で穫れる桃は輸送の関係から硬いのだけど、濃厚な甘さと香り、カリッとコリコリの歯ごたえ。

「食欲ないー、どっちも食べるぅー」


「先に着替えだろ」

 汗だくな僕に、セルジュお兄さまが冷静な突っ込みを入れた。

 三年前は生意気な少年だった次男はしっかり者に育った。一番、堅実かも。

 離れの僕の部屋に兄弟勢揃いでお見舞い。みんな優しい。

「シリル様の着替えもフルーツの用意もいたしますので、ご兄弟の皆さまはお風邪がうつる前にご退室ください」

 僕以外の兄弟たちは全員、有無を言わせずセブランに追い出されていった。

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