第16話 フルーツの誘惑

「何故、第四王子がウチの弟になるのですか?」

 長男、マチアスお兄さまがみんなが思っている疑問をお父さまに言ってくれた。

「王位継承権の放棄と混乱を避けるため。子供たちにはまだ早いが、マチアスはもう十二歳、ウチの領地がどういう経緯でランブロウ領となったか勉強はしているな?」

「はい。ランブロウ領は元々、王族の保養地です。父上が臣籍降下するさいに賜り、貴族としては新しい家柄です」

 

 僕も従僕のセブランから領地のことはちょこっと教えて貰っているから、少しはわかる。この地で育てている農作物は、元々王室で消費するために作られていた。セブランの実家が作っているフルーツも、王宮で消費されていたもの。僕のお父さまがこの地を賜ってからは、生産量を増やし、王宮以外にも売るようになった。

 王宮に薔薇の温室があったよね。あの技術がフルーツ栽培に使われているんだって。今でも王宮に献上している、本物の高級品だ。


 それで、なんで王子様がウチに?

 王太子の地位を盤石にするため、対策を練るのはわかる。

 王位継承権の放棄だけじや駄目なの?

 貴族の、家を継ぐ長子以外は他家や他国に嫁いだり、上位貴族や王家の使用人になったり側近となったり、王宮で働いたり、騎士団、魔法士団に所属したりと身を立てなければならない。でも、家に残る者も居て、当主を支える側近となって一生を独身で終えるのも珍しくないそう。この前のメルビンのお茶会で、メルビンと同い年のおませな男の子が話してたんだ。彼も長子じゃないから、将来は自分で決めなきゃならないってね。まだ七歳なのに、しっかりしてるよ。三男の僕、魔法のことだけでいっぱいいっぱい。


 王族が使用人になることはないけど、それ以外なら貴族の長子以外の者たちと行く末はさして変わらない。

 ルーファス殿下が王宮に残ったままだと不都合があるのかな。


「マチアス、よく勉強をしている」

「跡取りとして当然です」

 って言ってるけど、どこか誇らしげに見えた。

「ランブロウ公爵家は、ゆくゆくは王族を出た者の受け皿となると期待され作られたのだ。王位継承権を放棄しても、王族として残っていると諦めの悪い煩い連中が居るのでな」

 絶対に王様になりません! って宣言して正式に放棄しても、そんなこと言ったって王様の子じゃん? 復帰しようねぇ、みたいに言ってくる連中が居るのか。面倒くさい。

 その対策として、王族から席を抜いてランブロウ家の子になる、と。そうやって、ルーファス殿下がランブロウ家の子になったのね。

 マジか。六歳で両親と離れになって平気なの?


「あの、父上。ランブロウ家の跡取りはどうなるのでしょうか」

 マチアスお兄さまは不安げだ。

 もう第四王子じゃなくてウチの子なんだろうけど現役王様の子が来ちゃったからね、忖度されてルーファス殿下改め、ルーファスがランブロウ家直系の長男を押し退けて、跡取りにされる可能性もあるんじゃないかと感じているんだと思う。

「ランブロウ家の跡取りは今後も直系であるお前たちが優先される。引き続き、マチアスが跡取りとして最優先候補だ」

 それを聞き、マチアスお兄さまはホッと胸を撫で下ろしていた。


「ルーファスでん……ルーファスはお父さまとお母さまと離れて寂しくない?」

「私が頼んだんだ。メルビンとシリルと友達になりたいと」

 恥ずかしそうに視線を逸らされた。

 あれか。メルビンのお茶会での会話が発端か。

 息子の口から辺境伯の跡取り息子の名前が出てきて、両陛下は察したんだろうな。


 一斉に向けられた家族からの視線が刺さる。

 僕のせいじゃないです、ルーファスと王族の決断です。

「ルーファスは、三日間はウチで過ごし、五日間王宮に泊まる。ランブロウ家の子になったとはいえまだ六歳だ、実の親との交流は今まで通りにさせる」

「父上、ルーファスが末の弟になるのですか?」

「そうだ」

「シリルよりも下?」

 次男、セルジュお兄さまが首を傾げる。

 何気に失礼だけど、最もですね。僕、ちっこいので。


「ルーファスはシリルと同じ六歳だが、シリルよりも後の生まれだ」

 だから、みんなで一斉にこっち見ないで。ルーファスの発育がいいだけだから。なんたって、一つ上のメルビンと体格が変わらないんだからね。

 僕もびっくりだよ、自分より背の高い弟が出来るなんて。


 こうして、小説では僕の婚約者だった王族の四男は王族の四男で無くなり、公爵家の四男の弟になりました。

 シリルの婚約者というフラグが折れたら、弟って。どういうこと?

 ラノベで乙女ゲームに転生したものにありがちな謎の強制力ってやつ?

 あ、そうか。ランブロウ家四男なら、辺境伯跡取りのメルビンとの結婚も出来るのか。恋の邪魔をする婚約者――悪役令息さえどうにかなれば。

 どうやって穏便に婚約破棄するかだよなぁ。婚約破棄しても、メルビンとはいいお友だちで居たい。……お友だちか。寂しくないってのは嘘だけど、推しの幸せが僕の幸せだから。


 この冬、彗星の如く現れたメルビンは冬が終わる前にと領地へ帰って行った。別れのとき、「連れて帰りたい」とぎゅうぎゅう抱きしめられ、ほんとに馬車へ引きずり込まれそうになったのを、ウィンブレード家の使用人が止めてくれて諦めてくれたけど。危うく攫われるところだった。


 怒涛の冬だった。


 悪役令息に転生したラノベだと、未来に来る断罪イベントを回避するために努力するじゃない?


 僕、ほぼ何もしてない。


 寧ろ、メルビンが中心となって引っ掻き回されたんじゃないかな。シリルを婚約者に選んだのも、魔力暴走をどうにかするために結界魔法という助言を貰い魔法の勉強が出来ているのも、初めてお茶会に出て同年代の子たちと遊べたのも、ルーファスが弟になったのも、全部メルビンがきっかけだ。これが、主人公補正……いや、メルビンやルーファスの行動力が高いだけか。


 暖かくなってきた、春のこの頃。


 僕はついに繭のように自分を覆う結界魔法を完成させた。

 それをいいことに、ルーファスは離れにやって来る。稽古用の木の剣を手にして。

「少しは運動しなきゃ駄目だ」

 ジーン先生から貰った本をウンウン唸りながら何とか読んでいたら、手を引かれて外へ出された。

「剣術は貴族の嗜みだぞ」

「はい、先生」

 王宮に仕える騎士団から直々に手解きを受けているルーファスが、すっかり僕の剣の先生だ。

 最初のうちは抵抗してたよ? 引っ張り出されるから、早々に諦めた。

 難しい魔法の本ばかり読んでいても脳ミソ膿みそうなので、いい気晴らしだ。腕前の方は別として。


「脳に新鮮な酸素! 脳に新鮮な酸素!」

 掛け声とともに子供用の短い木の剣を振る。

「なんだその変な掛け声は」

「脳を活性化させるために新鮮な酸素を送ってるんだ。有酸素運動だよ」

「シリルは……よくわからないときがままある」

 痛い子を見守るような優しい眼差しが向けられる。

 異世界の知識だからよくわからないのは仕方ないよね。


 しっかり汗をかいて疲れたけど、頭はすっきりした。

「最初の頃よりはマシになった」

「ほんとに!?」

「最初の頃よりは」

 強調されて言われた。最初の頃はどれだけ酷かったのか。

 僕が兄のはずなんだけど、すっかり弟分になってしまった。


「休憩しよう」

 ポカポカ陽気のいい天気だ、外にテーブルと椅子が出されおやつが準備されていた。

 疲れた、やっと休憩出来る! と駆け寄ろうとしたとき、コツンと音がして振り返った。


「バケモノ! お前なんか怖くない!」

 次男、セルジュお兄さまが振りかぶって投げた小石がコツンと結界魔法に当たる。

「セルジュ兄上、人に向けて石を投げてはいけません」

 ルーファスが四歳歳上のお兄さまに果敢に抗議をしているけど。

 結界魔法を挟んでるからねぇ……。前世で観た動画の、柵を挟んで相手の攻撃が届かない安全圏から吠えて威嚇している犬と重ねてしまった。


「セブラン、今日のおやつなに?」

「私の実家から送られてきた苺の品種食べ比べセットでございます」

 なにそれ、生産農家でしか味わえないような贅沢は。

「少し貰ってもいい?」

「沢山あるので構いません」

 銀のボウルを一つ貰う。白い苺、ピンク色の苺、黒っぽい苺、真っ赤で小粒な苺、大粒苺……ってどれだけの品種を生産してるんだろうな。他のフルーツも多種育ててるし、絶対、豪農でしょ。

 色々な苺が盛られたボウルを抱え、トコトコと歩いていき、ルーファスの前に出てセルジュお兄さまと対面した。

 僕を前に怯むお兄さまに、スッと苺山盛りボウルを差し出す。


「これは、セブランのご実家で栽培している苺です。ランブロウ領の特産、高級フルーツです。高級フルーツは、味と香りだけじゃなくて、色や形にもこだわっているから、形が整っていて宝石みたいに綺麗ですね。作るのに、とても手間暇の掛かる、食べる芸術品なんです」

 ぽかんとする、セルジュお兄さまとルーファス。なんですか、その薄い反応は。見てわかるでしょう、この香り高くツヤツヤで瑞々しい美味しそうな苺を。僕は事実を言ったまでです。


「セルジュ、何をやっている。危ないから離れに近づいては駄目だと母上に言われてるだろう」

 マチアスお兄さまもやって来た。丁度いいや。

「セルジュお兄さまもマチアスお兄さまもルーファスも、みんなで一緒に食べませんか?」

「……えっと、じゃあ頂こうか」

 結界魔法を展開する魔導具が使えるセブランが二人を中へ招き入れる。

 戸惑っていたセルジュお兄さまもマチアスお兄さまに釣られてついてきた。四人揃っての初めてのおやつタイム。

 これがきっかけで、二人のお兄さまたちも頻繁に離れに来るようになった。美味しい魅惑のフルーツには抗えないよね。


 悪役令息は、二人のお兄さまたちの餌付けに成功した!

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