第15話 ごめんなさいします

 メルビンがしゃがんで花に触れた途端、消滅してそこだけ元のベージュ色の枯れた芝生に戻った。

「魔法で作った花だから……?」

「そのようです」

 魔法を魔力として吸収し、吸収した魔力を体内で霧散させ消してしまう体質のメルビンは残念そうに眉尻を下げる。

 髪はどうなんだろうと、さっき摘んだ花をピンク色の髪に乗せてみれば、砕けて魔力の粒となり消えてしまった。

「靴や服が触れているところは吸収されてないから、直接触ると駄目なんだね。手袋をしたら触れるかな」

「防寒用の手袋を持っています」

 ポケットから出した黒い皮の手袋をして、壊れ物のようにそうっと花に触れている。触れた魔法の花は消えず、一輪のピンク色のデイジーがメルビンの手で摘まれた。

「これ、私が直接手で触れなければずっと残るんですかね」

「うーん、どうだろ。花を出したのも初めてだし……やっぱり時間が経ったら消えちゃうんじゃないかな。土魔法で作った土も一定の時間が経つと消えちゃうから」


 土魔法の攻撃で土塊を飛ばす魔法、ジーン先生が見せてくれたけど、ベチャッと地面に落ちた土塊も一定時間で消えちゃったんだよね。結界魔法も魔力を補充して維持しないと消えてしまうのだし、込めた魔力は具現化を保つため時間とともに消費され、魔力が持つまでしか存在出来ないのだろう。でも、水だとか消えないのもあるんだよね。もしかしたら、仕組みが違うのかも。水は元素を召喚して作ってるとか? まだまだ魔法の仕組みは知らないことだらけだ。


「魔法の先生も居ないのに、魔法を使ったら駄目なんですよ!」

 季節外れの春爛漫の庭園を、レイモンくんの声が響いた。

 ハッとした。

 そうだ、先生が居ないところで魔法を使ったら駄目だと言ったばかりの僕が、魔法を使ってしまった。何かあったら魔法を魔力として吸収してくれるメルビンが居るから魔法を使ってもいい、なんてことはない。僕の魔法を見た子供たちが真似をして、習ってもいないのに見様見真似で魔法を使い、事故を起こしたら目も当てられない。魔法での事故は危ないんだって、身を持って知っているはずなのに。

 雪が降ったら喜ぶかな、なんて安易な考えだった。興味本位でやってはいけなかったんだ。


 それまではしゃいでいた子供たちは水をさされてレイモンくんを一斉に振り返る。

「シリル様はわたくしたちを喜ばせようとして魔法を使ってくださったのですよ」

「待って! サンドラ様、庇ってくれてありがとう。でも、僕が悪いんだ。レイモンくんの言うとおり、魔法の先生が居ないところで魔法を使うのは危ないから駄目だった。レイモンくんが正しい。ごめんなさい」


 お茶会に従者として同行してきたセブランが側に来た。

「シリル様、このことは旦那様と奥様、ワイアット先生にもご報告いたします。ちゃんと叱って貰いましょう」

「はい」

 今回のことは、一人でやらかしたのとは違う。友達になれたかもしれない子たちを巻き込んでしまうものだ、本当によくなかった。

 ちゃんと叱って貰う、か。叱ってくれる前に、会ってもらえるかな。二人とも、僕の魔力を本能的に怖がっているところがあるから……って考えてしまったら寂しくなった。僕、両親に嫌われてるの……?


 考え過ぎたら不安で泣きそうになって、冷たい魔力が漏れた。メルビンが隣に並んで手を握ってくれる。

「シリルを止めるどころか、賛成した私も悪いんです。だから、一緒に怒られてもいいですか」

 セブランに向かってそんなことを言い出した。

「メルビン、僕を甘やかし過ぎだよ」

「シリル様の言う通りです。と、言いたいところですが、メルビン様がご一緒なら、奥様もお会いしてくださるかと。シリル様、泣いて周りを氷漬けにしない自身はおありですか?」

「……メルビン、一緒に来てくれる?」

「はい」


 子供たちだけでの初めてのお茶会は、楽しい思い出と一緒に苦い経験にもなった。

 ランブロウ邸へ帰って、本邸のお母さまの前に連れて行かれた僕たち。二人の兄さまたちも居た。

 セブランが洗いざらい報告すると、頭を抱えるお母さま。

「辺境伯家の庭園を花畑にしてしまうなんて……」

「ごめんなさい」

「あなたは、いつもそう、周りを危険に晒して! 子供が魔法を使うのがどれほど危険なことかわかっているの!」


 甲高い声で怒鳴られ、キュッとメルビンの手を握る。お母さまに叱られ、涙が溢れた。

「泣いたら許されるとでも?」

「ごめんなさい……ふぇ……ごめんなさい……」

 ごめんなさい、しか出てこない。せっかくメルビンが招待してくれたのに、いい気になって魔法を使い、危うくお茶会を台無しにするところだったとか、子供たちを危険に晒してしまっただとか、反省点はいくつもあるのに、口から出るのは同じ謝罪の言葉だけ。上手く言葉に出来ないのも歯がゆくて、涙が止まらなかった。


「ランブロウ夫人、止めなかった私も悪かったです」

「あの、母上。怪我をされた子が居ないようなので……」

 あんまり泣く僕を見ていた、長男のマチアスお兄さまが、怖ず怖ずと口を挟んた。

「怪我がなかったから良かった、なんてことはありません」

 ピシャリとお母さまに言われ、口をつぐむ。次男のセルジュは見て見ぬふりをしてるけど、お母さまが大きな声を出すと自分が叱られているみたいに縮こまっていた。

「いいですか、学園に入るまでは先生の居ないところで魔法を使ってはいけません」

「ぐすっ……はい……」

「しばらく魔法は禁止、離れで謹慎していなさい。ジーン先生にも叱って貰いますからね」

「はい……」

「わかったのなら、行きなさい。メルビンもお帰ください。セブラン、シリルを連れて行って」

「かしこまりました」

「離れまで送っていきます」

 メルビンと手をつなぎ、セブランと三人で離れへ向かう。

 メルビンが帰ったあと、自室のベッドで丸くなり、しくしく泣いて、いつの間にか寝てしまった。


 それからというもの、僕には外出禁止令が出された。外出禁止、とはいっても上位貴族の子が自由に町へ繰り出すなんて普段からしないのだから、お茶会や子供会への参加が禁止になった。

 せっかくお友だちになれそうだったのに、ぼっちに逆戻り。メルビンは婚約者なので、定期的に交流を持つのは許されているけれど、以前のように毎日のように会うのは禁止された。


 ジーン先生には、「奥様の命令なので仕方ないですね。そのかわり、ご本を沢山お持ちしました。全て差し上げますので、お受けとりください」と言ってにこやかに渡してきたそれらは、『ご本』なんて可愛らしいものじゃない。どこぞの権威ある先生が書いた魔法の教本? 教授先生の論文なの? という、六歳児に読ませる内容ではない本ばかり。六歳っていったら、やっと書けるようになった平仮名でたまに鏡文字に書いちゃったり、文字を書くだけで一生懸命な年齢だったんだよ、日本では。やっぱりこの先生、頭おかしいんじゃないかと、今さらながら思う。

 窓からぶん投げたくなるよ、難しすぎる。

 それを一生懸命読もうとしている僕も僕だけどねっ。


「ルーファス殿下が、シリル様から聞いたと報告された防犯ハンカチのアイデアですが、実用化されそうですよ。悪用されて衛兵の警備を乱し犯罪に使われるのではないか、という話もあったので、今のところは持ち主本人の魔力でしか作動しないよう登録制にし、王侯貴族のみが持つことになるのですが」

 そっか。衛兵をおびき出す為の道具として犯罪者に使われる可能性もあるのか。みんなが持てると警備が混乱するから、本人登録制で身元が確かな王侯貴族からってところかな。

「先生、なんで知ってるんですか」

「王宮魔法士団は魔力の開発、研究もしています。開発を担当している同僚から色々聞けるのです」

 ジーン先生、本業は王宮の魔法士団の魔法士だった。六歳児の許容範囲を超えた勉強をさせるただの変人家庭教師じゃなかったね。


「シリル様のアイデアのおかげで救われる人が居ますよ。魔法禁止令も早く解けるかもしれません」

 魔法禁止令が解かれるのは嬉しいな。早く結界魔法を完成させたいし。


 そう思っていたら、本邸へ呼び出された。

 僕、怒られるようなことしたっけ?

 魔法禁止令はちゃんと守ってる。

 セブランが僕の世話をしてくれるようになってから、一人だからってパジャマでうろつくはしたない行為もしてない。

 外のお馬さんの像をこっそり拝むのも辞めた。……いつも結界魔法をハッテ守ってくれてるから感謝の気持ちを伝えようとした。手を合わせて拝むと僕の魔力がお馬さんに補填されて――補填されすぎて、結界魔法の魔導具がミシッてちょっとだけ鳴ったから、それから怖くてやってない。ジーン先生に見てもらったから、大丈夫、壊れてないし正常に結界魔法はできてる。

 ……やっぱり怒られるのかなぁ。


 セブランに連れられ、粛々と本邸の談話室に入る。家族全員勢揃いのところに、何故かルーファス殿下の姿が。

 なんで? どうして?

 疑問に思っているのは僕だけじゃないようで、お兄さまたちも戸惑っていた。


 お父さまがおもむろに口を開く。

「今日から、ランブロウ家の四男となるルーファスだ。皆、仲良くするように」

「父上、母上、兄上方、よろしくお願いします」


 固まる僕ら兄弟。

 徐々に頭の中に混乱が広がる。

 は?

 何? どういうこと?

 第四王子ルーファス殿下が四男……?

 第四王子だから四男ですけど、そうじゃなくて、ウチの四男って、どういうこと!?

 せ、説明求む!

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