第14話 きみは狩猟民族なんですか

 ガゼボ内で大人しくしているのも飽きた男子たちは、広い芝生の庭園で追いかけっこをした。最初は鬼に捕まった人が鬼になり、交代交代鬼役をやっていた。だけど、僕が鬼になると一向に捕まえられない。短い手足でちょこちょこと一生懸命追いかけても、他の子より小さい僕では追いつかない。

 走りっぱなしで疲れてくると、足がもつれて転びそうになった。

 そんな僕の前にメルビンが立ちはだかり、「シリルに捕まえられたいです!」って嬉々として両手を広げて待っていたので、遠慮なく抱きつく。どちらかといえば僕の方がメルビンに捕獲された構図。子供たちから生温かい視線が送られたけど、メルビンは嬉しそうだし、僕はようやく休めるんだから無視。


 その後のメルビンが凄かった。蜂蜜色の瞳がキランと肉食動物のように輝き、「私が全員捕まえてみせます!」と言い放ち、辺境伯嫡子による子供狩りが始まった。

 容赦なく次々捕まえていく。最後に残ったルーファス殿下はそこそこ粘ったけど、猫が獲物で遊んているみたいに獲物の体力が落ちたタイミングを狙い済ませてあっさり捕まえた。

 きみは狩猟民族なんですか。

 息切れしているルーファス殿下と、やりきった爽やか笑顔のメルビン。平和な中央の子と魔物の出る辺境の子の差なんだろうか。


 喉が渇いてお茶を飲みにガゼボに戻る。女の子たちは刺繍セットを手に、話に花を咲かせていた。

 前世のオタクの記憶が騒いだ。刺繍、懐かしいな。ゲームのキャラクターの衣装に刺繍ワッペンが付いていて、販売はしていないから手刺繍で作ったんだ。

「シリル様、刺繍に興味がおありですの?」

 見ていたのをサンドラ嬢に気づかれた。

「ハンカチに魔法陣を刺繍したら、どうだろうなって。誰かを傷つけるような危ないのは駄目だけど、誘拐犯に襲われたときに怯ませるような大きな音が出るのとか」

 その場の思いつきだった。みんな貴族のだ、誘拐や暗殺の危険は常にあるから、防犯ブザーのようなものを携帯していてもいいんじゃないか。

「大きな音が出たら、護衛の人にもすぐ伝わるし。発動条件を決めて誤作動を起こさないようにしないと。持ち主が『助けて』って言ったら音が鳴る? でも声が出せない場合もあるし……あっ、魔力で念を飛ばすのはどうだろう。微量の魔力を乗せて『助けて』って念じたら発動する」


 この世界の人間はみんな大なり小なり魔力を持っている。魔法として使えるほどの魔力があるかどうかは人による。

 王都等、重要な町や施設等を守るため結界魔法が張られていて、それらを維持するために、貴族が強い魔力を持っていることが望まれる。魔力量は遺伝するため、平民よりも貴族は魔力が強い傾向にあった。このお茶会に集まった子たちも、元々平民の子で魔力がちょっとしかないメルビン以外、熱を出して寝込むくらいの魔力暴走は経験している。

 だから、魔力で発動する防犯ブザーハンカチは子供でも難なく使えるだろう。

「微量の魔力で使えるなら、平民でも持てるといいよね。子供とか美人の人とか優秀な人とかを狙った人攫いもあるらしいし? それで衛兵さんに気づいて貰って助けられたらいいよね」


 大人も子供もピタッと固まった。

 なんか、みんなの視線が刺さるんだけど。僕、変なこと言った?

「それ、父上に話していいか」

「いいけど……」

 神妙な顔で聞かれたから頷いちゃったけど、ルーファスのお父さんって王様じゃん。あ、これ、ちょっと大事になっちゃうヤツかな。いつも疲れた顔をしているお父さまの顔が浮かんだ。ごめんなさいお父さま、と心の中で先に謝っておく。


「そんなカッコ悪いもの持ち歩くヤツ居ません。貴族の男子なら尚更でしょう」

 と、文句をつけてくるレイモンくん。

 同い年で先に魔法を教えて貰っているのが最初から面白くないって態度だ。

 素直でよろしい、と思っちゃうのは一人ぼっちを拗らせて、人に構われるのが嬉しいせいかな。

 貴族は体裁を大事にするから大騒ぎして醜聞を広げるのは恥ずかしいという気持ちも分からなくはない。

「でも、殺されるよりは良いよ」

「恥をかくくらいなら、死んだ方がマシです」

 わぁ、六歳でちゃんと貴族の矜持を持ってる、本物を見た。ちょっと感動した。


「死んだ方がマシなんてことはない」

 ルーファス殿下がポツリと呟いた。その顔がやけに真剣だったもので、レイモンくんも口をつぐむ。王子様、何か実感が籠もってそうで怖い。

「死んだら誰も守れない。まず自分が生きて、国民を守るのが王族や貴族の役目だろう」

 こっちもこの歳で覚悟を持ってる、本物の王子様だ。女の子たちも、ルーファス殿下に羨望の眼差しを向けている。わかる、カッコいいもんね。

 小説の中のルーファス殿下は魔法騎士になりたいと日々精進してきた。剣も魔法も両方長けていなければならない、狭き門。なれるのはエリート中のエリート、目指すのも大変なんだ。


「だから、メルビン。今日は負けたけど、必ず勝ってみせる」

「殿下相手でも負けるつもりはありません」

 おお、ライバル宣言! 熱いねっ。特別な相手から愛情へと変化して発展していくのか、なんて目で見てしまった腐男子脳の僕だった。


 お茶と軽食でお腹もいっぱい、のんびり過ごす。何だかんだ言ってもお子様だ、レイモンくんもルーファス殿下も走り疲れたのかソファーでうつらうつらしている。ガゼボ内は温かいし、ブランケットも用意されていたから、ここで寝ても風邪をひく心配はない。男子、お昼寝の時間。


「どうせなら雪でも降ったらいいですのに」

 ソファーに座りメルビンの横で船を漕いでいた僕の耳に、サンドラ嬢の声が届いた。

 本日は曇天、冬特有の空模様。

 王都の冬場は日差しが少ないけれど、雪も滅多に降らない。降らないこともないが、風花が舞う程度。薄っすら積もるかどうかで、雪遊びを知っているのは地方の子供くらいだ。

 雪が降ったら、みんな喜ぶだろうな。

「ねぇ、メルビン。ちょっといい?」


 メルビンの手を引き、ガゼボを出る。冬の冷たい風に晒され、目が覚める。ベージュ色の芝生の真ん中まで来た。

「シリル、なんですか」

「あのね、僕なら雪が降らせられないかなって思って。何かあったら、メルビンなら止められるし」

 無駄に多いだけで、今のところなんの役に立っていない魔力。これでみんなを喜ばせられないだろうか。

「名案ですね。ハンカチの魔法陣のこともそうだけど、シリルはよくみんなのことを考えいてそういうところが好ましく思います」

 雪よ触れー! と思いながら空に手をかざして魔力を込める。あんまり強く込めすぎても、氷の塊が降りそうなので慎重に……、

 集中、集中、と魔力を放出師ていると、唐突にムニッと温かく柔らかいものが頬に触れた。

「へっ?」

 ニコニコしているメルビンを見る。近い近い、顔が近い。

 顔が、近い……? い、今の柔らかいのは……?

 え? 今の、キス? キスされた?

 ほっぺにチューされた?

 天使にチューされた!!


 時間差で理解した。

「ほわぁぁぁ……!!」

 奇声を上げて熱が集まった頬を両手でおさえる。辺りはホワホワと春の陽気、僕の足元を中心に新緑が芽吹いてブワッと花畑が広がった。

 冬の殺風景な庭園に、一足早く春が到来した。


 雪を降らせようとして、春。

 大人も子供も唖然。

 やってしまった。


「凄ぉい!」

 サンドラ嬢が令嬢としての礼儀も忘れて、年相応にはしゃいだ声を上げる。

 ガゼボで半分寝ていた男子も女子も、みんな飛び出してきた。

 雪じゃないけど、みんな楽しそうだ。


「摘んでもよろしくて?」

「ちょっと待って」

 尋ねられて不安になり、一輪だけプチッと摘む。魔法で出来た花だけど、ちゃんと普通の花だ、変な効果はないし千切っても叫ばないし襲ってくるモンスターフラワーでもない。

「大丈夫だよ」

「ありがとう」

 一緒に花を摘みに女の子たちの元へ駆けて行く。お茶会だから気取っていたけれど、本来はお転婆らしい。お花畑を走る、エルフ似の少女、可愛いな。

 走ったら危ない――って言おうとした瞬間躓き、彼女の側にたまたま居たルーファス殿下が支えた。


「も、申し訳ありません」

「いや。それより、走ると危ない」

 ポッとサンドラ嬢の頬が染まる。

 ほっぺにチューされたときの僕もああなっていたんだと思うと、また頬が熱くなった。僕を中心に優しい春風が巻き起こり、フローラルな香りと舞い散るフラワーシャワー。

 やめてー! 魔力鎮まれー! 感情が全部駄々漏れてて恥ずかしい!


「ふふふ、ほっぺが赤くなってますよ」

 モチモチすべすべお子様ほっぺを両手でモニモニ揉んでると、いい笑顔でメルビンに言われた。きみのせいなんだけどねっ!

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