第13話 七歳で恥じらいを捨てないでぇー
「二年か三年に一度、辺境伯の当主が登城して国へ忠誠を誓うことは出来ますが、王様と王太子殿下どちらか一方に――まして王太子殿下に忠誠を誓うのは出来ないと思います。ウチは中立の立場ですし。万が一、王と王太子が対立された場合、王太子に忠誠を誓っていたら王太子側につかなければならなくなるので」
また七歳らしからぬ考え方を……という突っ込みは置いといて。
王様と王太子殿下が何かのきっかけで今後対立しないとも限らない。
ウィンブレード辺境伯閣下――メルビンのお父さまが当主として王太子殿下に忠誠を誓えば、いくら嫡子が第四王子と仲が良くても辺境伯が王太子に誓いを立てているのだから、第四王子が王様になろうと企てしても、辺境伯は王太子殿下につくのは明白。僕たちが個人的に、ルーファス殿下と仲良くしてても辺境伯が第四王子につかないと分かれば、辺境伯がつくことを当てにして良からぬ企みをする連中も最初から湧かない。
けど、辺境伯の中立の立場上、王太子殿下個人に忠誠を誓うことは出来ない、まして王を差し置いて王太子に忠誠を誓うなんて余計に角が立つ、という話だ。
お子様同士、個人的にお友だちになりたくても、難しいのかなぁ。
「ランブロウ公爵領の名産品をお茶会のお菓子に使うなんて、メルビン様はシリル様を本当に愛していらっしゃるのね」
しんみりし始めた僕たちの会話に、女の子が割って入ってきて、お菓子の話題に戻してくれた。空気を読んで切り替えてくれるご令嬢のコミュニケーション力よ、さすがメルビンのお友だち。
フワフワした緑髪の、うっとりとした表情を浮かべている美少女の年齢は、僕と同じく六歳。
将来旦那様を上手く転がしてくれそうな片鱗を見せてくれたこのお嬢様は、サンドラ・ホイットリー。ホイットリー伯爵家の次女で、彼女の四つ上のお姉さんがホイットリー家を継承予定。というのは、メルビンからの事前情報だ。
この国の人は髪色がカラフルなんだけど、サンドラ嬢の新緑の緑髪にちょっぴり強気なつり目で、妖精さんのように可愛らしい。エルフや獣人、幻獣、といった生き物の情報はないけれど、耳さえ尖っていたらエルフそのもの。この国の人たち、外見の偏差値順高くない? 貴族やその回りの使用人って、顔面採用なの?
サンドラ・ホイットリー……名前にどこか引っ掛かる。なんだったっけかなぁ……。
「サンドラ様、シリルは私が一目惚れをして婚約者にとお願いしたくらいですから愛していて当然ですよ」
「えぇ、何度もお聞きしましたわ」
何度も……? 一目惚れって、何。初耳なんだけど。
子供たちをざっと見回しても、驚いているのは僕だけ。皆さん承知なんですか、そうですか。
婚約パーティーもしてないのに、僕たちの婚約が短期間で周知されてる気がする。
「メルビン、お人形が好きなの?」
自分で思うのもなんだが、シリルは可愛い。けど、無表情で作り物じみた可愛さだから恋愛対象的なものとは違うと思う。人形を愛でる趣味があったんじゃないかと疑ってしまった。
「お人形は可愛いですけど、シリルとは違いますよ?」
「でも僕、無表情だし……気味が悪いっ思わない?」
「思いません。シリルは表情豊かですので」
「豊か……?」
コテンと頭を下げる。
ハムスターが回し車を勢いよく走ってゴーッと効果音が付きそうなくらい回しまくり、足がついていかなくて遠心力でぶん回されて籠の中を右往左往大騒ぎしながらあちこち齧ってケージを登って落っこちひっくり返ってはまた回し車に入るを繰り返しているくらい、脳内が騒がしいけど、表面には全く出ない。
表情筋死んでる僕が表情豊かとは何を言い出すんだ、この子。幻覚を見ているんじゃ。
「メルビン様が言った通り、シリル様は表情豊かですわね」
「サンドラ様も?」
「メルビン様は以前から仰っていたのよ。シリル様は感情で魔力が溢れてしまうからそれを抑える癖がついてしまっていて顔の表情が動かないけれど、瞳は表情が豊かなんですって」
さっきから、みんながジッと見てくると思ってたけど、僕の目を見ていたってこと? メルビンが一目惚れって言ったときビックリしたのも見られてた? ちょっと恥ずかしい。
そういえば、子どもたちの年齢は六歳と七歳で構成されている。精神が早熟気味で人脈作りに果敢に挑むメルビンなら、歳上の子とも交流を持ちたいんじゃないのかな。それに、王子様と仲良くするつもりはなかったのなら、ルーファス殿下をなんで呼んだんだろう。
もしかして、ほとんど離れから出ず子供会にも参加しない僕が、気後れさせないため? 子供の一年違いは結構な差になる。二年も違えば、体力や腕力、精神的にも知識も遊びも変わる。ルーファス殿下はいとこで同い年だから、僕と話しやすいんじゃないかって気を使った?
公爵領産のフルーツをお菓子に使い、いとこを呼んで、同年代との交流の場を設けて、全部僕のため……?
心尽くしを感じてキュンとしちゃった。
七歳の皮を被った紳士なの、どういうこと。優秀な執事が居るのは確かだけど、気遣い出来すぎでは。お子様相手にスパダリですか。
「シリル様と初めてお会いしたとき、連れて帰りたいと思ったくらいです。さすがに、公爵家の子息を誘拐できませんので」
公爵家の息子じゃなかったら誘拐してたの? 不穏だよメルビン。
「シリルはもう結界魔法を習っていると聞いた」
ルーファス殿下が視線を真っ直ぐ向けてくる。表情は相変わらずちょっと緊張した感じだけど、瞳は興味津々に輝いている。魔法関係のものを見たとき僕もこんな目をしてたのかな。
「結界魔法って学園に入ってから習うのですよね? シリル様はわたくしと同い年ですのに。魔法の天才なのですね」
「サンドラ様、天才じゃないです。必要だったから教えて貰っているだけで。それに、僕も最初は難しくてわけがわかりませんでした」
ほんと、結界魔法理論なんて六歳児に読ませる本じゃない。何を言っているのかサッパリだったんだから。わけがわからないまま何度も読んで、考える余裕が出てきたら言葉の意味を先生に聞いて、ひたすら繰り返し読んで読んで、ここはこういう仕組みですか? って答え合わせと修正をして……何十回読んでやっと理解した。好きなもののためなら努力と根性で乗り切るオタク。逆に、頭柔らかい時期のお子様で良かったかもしれない。
「シリル様、本当に出来るならやって見せてよ」
胡乱げな顔を向け、男の子が言ってきた。レイモン・クレール、クレール伯爵家の長男で、年齢は六歳。明るい茶色の髪色にグリーンの瞳をしていた。髪の毛が癖毛でクリクリしてて、ちょっとトイプードルっぽい。
「ごめんね。まだ習っている途中だし、先生が居ないところでは魔法を使っちゃ駄目なんだ」
「そうなんですか」
公爵家だから一応言葉ではこうけしてこないけど、ほらやっぱり出来ないじゃん、と言いたげな胡散臭いものを見る表情や態度が現れている。
そうだよね、そうなんだよ。まだ魔法を使うのも危ないからと禁じられている年齢なんだ。子供が調子に乗って魔法を使うと事故に繋がるから、ある程度分別がつく頃、子供個人の様子を見ながら魔法の扱い方を習う。僕は持て余している魔力の使い方を知らない方が危険だからと、物心ついた辺りから魔法は習ってるんだ。普通の子はそうじゃない。
僕の結界魔法、前世の記憶で喩えると水族館の大水槽のアクリルパネルくらいの厚さ――大体六十センチくらいの板にまでなった。ジーン先生の攻撃魔法に耐えられる盾というより縦横二メートルの壁。目標の繭の様に全身を包むまでには至らない。あっ、これ応用したら、水族館作れるかな。維持する仕組みを魔導具で……無理か。魔法石どれくらい使うかわからないし、掛かる費用と労力が現実的じゃない。
しかし、レイモンくん素直でいい。僕の回りの子たちが得体のしれない早熟さで恐怖心すら薄っすら覚えてたから、年相応なちょっぴり不遜な態度は見てて安心する。僕結界魔法魔法出来るんだ! ほんとかよ嘘くせー! みたいな脳内会話をしてしまった。立場上出来ないんだけど、もう少し気さくに接する関係になりたい。
「まだ魔力暴走の心配があるから、子供会に参加出来ないんだけど。メルビンが僕の魔力を抑えられるから、今日は来れたんだ。みんなに会えて良かった、ありがとうメルビン」
「メルビン様はシリル様の運命のお相手なのですね」
キラキラした憧れの眼差しを向けてくるサンドラ嬢。
みんな好きだよね、恋バナ。女子たちは生き生きしてるし、男子たちは気恥ずかしいのかお菓子を食べながら澄ました態度で空気になろうとしてるけど、聞き耳を立てているのはわかってるよ。
「そうなんです、シリルは私の運命の人なんです」
嬉しそうに堂々と言い切ったメルビン。
キャッと女の子たちから黄色い声。
やめてー、やめてー、本人の前で惚気話をしないでー、七歳で恥じらいを捨てないでぇー。
僕もそっちの男子たちと一緒に、もそもそとお菓子を食べながら黙って空気になった。
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