【BL】ちっこい悪役令息はピンク髪主人公に狙われてます

椎葉たき

第1話 悪役令息に転生していました

――苦しい、苦しい、苦しい。


 王宮の一室、中でもひときわ広くホールのような応接間。額に汗を浮かべ小さな体を更に小さくし、細かな草花模様の織物絨毯の上にうずくまる。

 齢、六歳の身で僕――シリル・ランブロウは前触れなく身を裂く強烈な痛みに襲われ、前世の記憶を断片的に思い出した。


 前世の名前は思い出せないけれど、三十歳の誕生日を一人寂しく迎えた日。節目だから何となく祝ってみようかという気になった。

 とはいえ、平日で仕事もある。

 仕事帰り、くたびれた心と体を引きずり近所のコンビニへ向かい、ショートケーキとステーキ弁当、粗挽き肉にこだわったと謳い文句のレトルトハンバーグ、あまり飲み慣れない酒を買って帰った。賃貸住宅五階、ベランダにテーブルと椅子を出し、夜風に当たりちょっぴりぜい沢な時間を過ごして。アニメ好きライトノベル好きな腐男子オタクだった為、スマートフォンでハマっていたアニメの主題歌を流し、酔っ払って気分よくなったところで、近所の祭の花火が丁度よく上がった。上階のベランダが屋根となってジャマイカだったので、花火をよく見ようとして身を乗り出し、あっと思った瞬間には手すりの外に身を投げ出していた。

 前世は恋人一人もなく独りぼっちで呆気なく死んだ。そんな寂しい人生だった。


 六歳の現在。全身を襲う痛みで、思い出した。シリル・ランブロウは、BLノベルの悪役令息の名前だ。作品のタイトルは、確か『辺境伯の嫡男は恋がしたい』作、桜庭ヤイバ。……ライトノベルらしく、タイトルで内容を語るBL小説。新人作家のデビュー作で、たまたま買ったのがハマって、同作者の作品を漁ってみたけれど、これ以外の小説は出ていなかった。


 強弱はあれど全ての人間に魔力があり、中世っぽいファンタジー。


 シリルの身にこれから起こることを、僕は知っている。

 魔力暴走。


 生まれつき多すぎる魔力に悩まされ、度々暴走を引き起こしていた。暴走をする度、家具は傷つき、カーテンは切り裂かれ、焼け焦げ、窓ガラスが割れて床が凍りつく。

 前世の記憶を思い出したからといって、シリルとして生まれ育った記憶がなくなってはいない。この魔力暴走、なにより体がきつい。ものすごく苦しくて痛い。やわいお子様な身と心、涙と鼻水必須。できることなら、魔力暴走なんて起こらない欲しい。魔法国家のこの国で、高い魔力は好まれるのだけれど、程度ってもんがある。普通でいいんだよ、普通で。


 それも今回は、今までの比ではないのを知っている。今はまだ前兆、本格的に魔力暴走が始まれば、痛みもきっとこんなもんじゃない。


 魔物の大群から国を守った英雄が国王に挨拶するため辺境からやって来て、その息子が冬の間だけ王都にあるタウンハウスへ滞在する。七歳になる息子――メルビンの友人作りの為だ。


 泣く子も黙る、ウィンブレード辺境伯。

 国境の守りの要、伯爵の地位ではあるが実力では国王の次に力があり、ウィンブレード家なくして国は無い。


 歳の近い貴族の子供たちが交流のため集まる子供会が、王宮の一室で定期的に行われる。中央政治に直接関わっている家柄ではないけれど、ウィンブレード家への注目度は高い。ランブロウ公爵家、三男であるシリルも辺境伯の息子と歳が近いからと、友人候補として呼ばれたのだ。


 このところ、魔力が落ち着いていたから大丈夫だと慢心していた。それが突然、牙を剥いた。寄りにもよって、王侯貴族のお子様たちが集うこの場所で。


 子供たちは僕の異変に気付き、逃げるように距離を取る。大人が関われない子供たちだけの場だ、対処できる者が側にない。幼い子供たちは皆、顔が青ざめ、ソファーの後ろや椅子の後ろに隠れる子、十二、三歳の頃の従者を連れている令息令嬢はシリルから護るように背中に隠された。


 困惑、警戒、恐怖、敵意。


 子供たちの純粋な恐れを含んだ視線が刺さって切ない。苦しむ幼いシリルを助けようと近づく無謀者は誰一人居ない。僕だって誰も傷つけたくはないのだから、自分から逃げてくれるのは望むところなのだけれど、自分の身を案じてくれる者が居ないのは、魔力で蝕まれる体とは違う痛みで、キュッと胸が締まって痛む。


――ここから逃げなきゃ。

 誰も巻き込みたくない。


 人攫い等の防犯、政治的な思惑から、平民のように自由に外へ遊びに行き、他者と交流を持つことのない王侯貴族の子息たち。友達との貴重な時間、ついさっきまで女の子たちはお喋りに花が咲き、男の子たちは追いかけっこをして無邪気にはしゃいでいたのに、自分のせいで楽しい時間を台無しにしてしまった。この部屋は一瞬にして恐怖で支配され、フルフルと震えだし涙を浮かべて見てくるのは、いたたまれない。

 なんせ、三十歳だった頃の記憶を思い出してしまったのだ、その年ならばシリルくらいの子供がいても不思議じゃない。まあ、僕なんて……生涯独身で死んだ悲しきオタク男の記憶を思って、ちょっと自虐的になりかけた。


 現実逃避している場合じゃない。


 子供たちを巻き込んではいけない。巻き込まれたら、みんな死んでしまう。幼い命を自分のせいで散らしてはならない。

 痛んで動きたくないと石のように重く怠い体を叱責し、部屋を飛び出した。


 作中のシリルも同じで、魔力暴走の兆候を受け、部屋を飛び出す。人の居ない池のある広い庭園へ逃げ込み、庭園を吹き飛ばしてしまった経緯から恐れられてしまう。これがシリルが厭われるきっかけとなる出来事だ。


 だけれど、今のシリルは違う。前世の記憶――『辺境伯の嫡男は恋がしたい』の記憶がある。あの子、辺境伯の嫡男、主人公が温室に居るはず。

 メルビンは辺境伯に連れられ、嫡男として挨拶をしに大人たちのお茶会が開かれているそこに居るのだ。

 嫌われ、誰からも愛されない悲しく寂しい最期はもう嫌だ。

 彼ならきっとなんとかしてくれるはず。

 だって、メルビンはシリルを殺す主人公なのだから。

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