第20話 このまま突き進めばいいらしい

 九歳児のただの思いつきが、あれよあれよいう間に大人たちの手で現実的になり、気がついたら話がまとまっていた。僕としては気軽に呟いていただけなのに、いいんだろうか……役に立つならいいのかもしれないけど、恐縮しちゃう。

「しかし、妖精の仕業なんてよくわかりましたね」

 ジーン先生が柔和に微笑みながら、鋭いところを突っ込んできた。

「ぼ、僕は人よりも魔力がある子供なので、た、たまたま、たまたま悪さをする妖精さんの気配がわかったのです」

 真っ赤な嘘である。けど、必要悪だよね? 挙動不審な言い訳も、緊張しから来たのだと流されたのか信じてくれた。前世の庶民感覚が残っていて同年代のお子様との交流しかない僕が、国王陛下も王太子殿下も居る偉い大人たちに囲まれて、緊張するなという方が無理だから。偉い大人たちに過去育った元第四王子様とは違うんだからね。


「シリル様の発想は面白いですねぇ。実用的かどうか頭に過ってしまう大人とは違う視点は、柔軟な子供ならではですね」

 前世を思い出したのが小さなお子様のときで良かったと心から思った。大人だったら、狂人扱いだったかもしれない。高貴な精神や振る舞いが求められる貴族の狂人なんて、人目に触れないよう屋敷の奥深くに監禁されるんだよ。一生、ぼっち。


「せっかくなので、他に何か思いついたら話してください」

「ただの思いつきを王様の前で話すのは……」

「構わない。面白そうだ」

 王様、子供の発想を面白がっちゃったよ。

「アイデアを貴族やお金持ちに聞かせて、研究資金を援助して貰い魔法を研究している魔法士も多いです」

 ジーン先生、九歳児にパトロン投資システムを吹き込まないでくれますか。


「えっと、じゃあ……魔力が少なくて魔法の使えないメルビンが、魔力の籠もった魔法石を身に着けたら魔法が使えるようになりますか?」

 途端、大人たちがざわついた。

「それは今、魔法士団で研究しています。ですが、魔法石から直接魔力を行使するとなると、魔力伝達が上手く行かないのです。魔法石と魔法を使う術者との相性があり、合致する魔法石を見つけるのも難しい」

「相性を調整するための魔道具、魔法陣の開発ですね」

「その通りです。繊細な調整が必要なので、複雑な魔法陣を描くとなるとどうしても大きな魔法陣になってしまう」

「大きさはある程度調整してくれる魔法陣がありますので、それを改良すればいいとして。魔法石の属性は術者の相性で固定して、細かい調整は魔法陣を描くときに使う魔法石の粉で補うのが理想ですか」

「そういうことになります」

「魔法陣もその術者個人毎に変えなければならない必要がありますね」

「そうですね」

「メルビンは比較的火の魔法が得意なので、火の魔法と相性がいいのかも。火の魔法石を使うとして、火炎精霊ヂェテの魔法陣で魔力伝達、調整用に空気精霊ウローの魔法陣を組み込んで」

「ウローは呪縛の性質が強いので血の気の多いヂェテを操るにはうってつけですね。しかし、伝達よりも強化、増幅の方に効果を発揮するのでは」

「あっ、そうか。伝達は別の精霊さんに……」

 火炎精霊ヂェテはイケイケドンドンな性質で何となくメルビンと相性良さげ。空気精霊ウローは保守的な性質でストッパー、酸素無くして鎮火させるイメージ。魔法陣は精霊たちの力を借りるための記号を組み合わせて作るんだ。それぞれの相性があって、反発し合うのも作用しないのも意図しない力を産み出すのもある。作りたいものがあって、目的に合わせてピースをはめていく、バズルを組んでいる感覚で楽しい。

 火炎精霊は増幅効果の方がいいかな、魔力伝達は火精霊? 陽光精霊? 雷精霊? いや、熱精霊があったな……。

「お待ちなさい。国王陛下の御前で魔法陣の研究に熱中するとは不敬ではなくて、二人とも?」

 ジーン先生の娘さんに睨まれた。しまった、国の重鎮たちそっちのけで考えに耽るところだった。

「よい。魔法士とはそういうものだろう?」

「そうですね……すみません」

 魔法士団長の渋い顔は、心当たりがあるようで気苦労が忍ばれます。


「シリル」

 眉間に皺を寄せ、険しい顔をしたお父さまに低い声で名前を呼ばれて姿勢を正す。

「魔法石を利用し魔力の少ない者が魔法を使う研究は国家機密、他言無用だ」

 思いつきがどんでもない領域に足を踏み入れてしまったらしい。

 考えてみれば、そうだよね、魔法石があれば誰でも魔法が使えるようになるとなると、魔法は武器――兵器にもなるんだから、国のパワーバランスが変わってきて戦争も起こりかねない。

「今のところは、だな」

 深刻な顔のお父さまと対照的に、国王陛下が穏やかに言った。

「思いつくことは、いつか何処かの誰かも同じ開発をする。だったら、国が先んじて開発し、法律を作り規制を設ける方がいい」

 国が認知していないところで開発されるよりも、目の届く場所で開発、管理した方が安全だね。研究と法律の改正、同時進行で出来る。


「しかし、シリルを辺境伯の息子の婚約者とするのは時期早々だったのでは」

 王太子殿下が呟かれた。

 それは、あれかな。危険な発想をしかねない僕を目の届く場所で保護、監視した方がいいのでは、という意味が含まれた発言なのかな。

「シリルの魔力を抑えられるメルビンなら適任だと判断した婚約だったのですが……」

 お父さまも悩み始めちゃった。

 あれ? これ、悪役令息監禁ルートなの? 

 いや、まあ、今も出歩いている訳じゃないし、周りが連れ出してくれなきゃ屋敷の離れに引き籠りきりだし、知り合いとの面会が許されるのなら苦ではないので、魔法の研究が出来るなら何処でも……出来るなら、設備のある所を所望。


「なるべくなら、魔法は素敵なことに使って欲しいな。オシャレしたい子がちょっとだけキラキラになれる魔法だったり、お気に入りのぬいぐるみと楽しくお喋りできたり」

 子供の頃に憧れた絵本の中の不思議な魔法は、ワクワクする夢をくれた。人を害したり詐欺紛いのそれじゃなくて、童話に出てくるような、幸せになれる、楽しくてワクワクする素敵な魔法、出来ればそんな魔法であってほしい。

「でも、キラキラになりたい、オシャレしたいって素敵な理由で作った魔法だとしても、お金持ちや権力者を魅了して詐欺を働いたり、喋るぬいぐるみを使ってその家の個人情報を暴くみたいな悪い使い方をする人が出て来ちゃうんだよね……」

「それは、犯罪に魔法を使う者が悪いのであって魔法自体が悪ではないのでは」

 しょんぼりしたら、ルーファスが冷静に突っ込んだ。全くその通りです。


 キランと魔法士団長の目が鋭く輝く。

「ランブロウ公、シリル様をウチに所属させられないかしら」

「監視目的か」

「それもありますが、この歳でウチの研究馬鹿連中よりも周りがよく見えている聡明さ、皆の良い刺激になるかと」

 団長に研究馬鹿といわれる王宮魔法士たちとは。実用性とか実現性とか危険性とか予算とか考えず、思いついたから完成させたい! って熱意だけで突っ走るタイプかな。研究者はそういうものというイメージは世界を越えてもあるらしい。


「確かに、彼のアイデアは目を見張るものがる。芽を摘むより、王宮魔法士として国に貢献してもらいたい」

 王太子殿下が頷かれた。

 将来的に魔法士として王宮で働けって流れ? 王宮に留まって、辺境に行くなって? もしかして、辺境伯の嫡子との婚約が破棄される?

 婚約破棄されたら、僕は魔法研究が出来るし、メルビンとルーファスの恋愛の障害が無くなる。心置きなく、二人の幸せを応援出来る! みんなハッピーでは!?

 みんなハッピーか……ハッピー……だよね……。

 遠く離れてしまうし、メルビンが辺境伯を継げば領地からあまり出られなくなる。冬の間だけだけど、これまでみたいに会えなくなるのは寂しい。でも、メルビンが幸せなら、きっと僕も幸せ。


 もう会えないかもと思ったら、胸がキュッとした。


 ちょっぴり切なくて、でも、魔法の研究がずっと出来るかもしれない期待。一人密かに盛り上がっていたそこに、ジーン先生が流れをぶった斬るようにのんびりと声を上げた。

「魔法の研究なら、辺境の方がいいですけどね。貴重な魔物素材や魔法石が手に入りやすいので。羨ましい限りです」

 あ。辺境伯閣下から魔物素材と魔法石を提供してもらう約束、バレているのでは……。

 ジーン先生の顔をチラッと見上げたら、ニッコリ微笑まれた。うん、バレている。頼まれても融通しないからね。メルビンの為だからって辺境伯閣下から頂くんだ、それ以外の研究は正規ルートで調達しなくちゃ。あんまり無理を言ったら閣下を困らせちゃう。


「辺境伯領に国の魔法研究施設を検討しよう」

 国王陛下はそう仰ったけど、僕は婚約破棄の光明を見た。

 国に有益な魔法や魔法陣、魔道具を産み出せば、王都に留まる理由が出来る。国に貢献する貴重な人材となって、穏便に婚約破棄に持ち込む。これが最善。

「想い合う二人を割くのも野暮ですから」

 ジーン先生がぽつりと呟いたけど、誰の事かな?


 こうして僕は、前代未聞の九歳という最年少で魔法士団の一員になった。

 領地からだと移動に時間が掛かる、とはいえまだまだお子様なので家族から離れて魔法士団の寮に入るにもいかず、ランブロウ公爵家のタウンハウスに拠点を移した。

 屋敷に使えているセブランともお別れか。ということは、美味しいフルーツとも暫しの別れよ、と悲しみに暮れていたら、セブランついて来たね。

 当たり前みたいに馬車に乗ってきたので、出かけた涙も引っ込んで思わず二度見。

「シリル様の従者ですので」

 ランブロウ公爵家本邸付き従僕だと思ってたよ。お父さまが僕につけた専属の従者だった。

「ルーファス様が旦那様に、シリル様は臆病だから知らない使用人に囲まれると怯えてしまうので、見知った私が側に仕えるのがいいと、進言されました。シリル様、引き続きよろしくお願いいたします」

 ルーファスの気遣いは、全部心当たりがある。知らない大人に囲まれるのは、使用人だとしてもちょっと怖い。

「うん、ありがとう。セブランが一緒で嬉しい。タウンハウスでもよろしく」

「精一杯お仕え致します」

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