第21話 ちょっとだけ大人になった、九歳の夏

 タウンハウスは王宮から近いところにあるため、移動時間が短く住む。お父さまが王様の側近だからね、有事の際には直ぐ駆けつけられる範囲。

 僕は騎馬で王宮内にある魔法士団へ通う。ちっこいのに一人で馬に乗り降りできるかって? 乗れないよ。一人で乗馬は無理なので、次男セルジュお兄さまに送り迎えされています。二人乗り。

 二人のお兄さま方とルーファスもタウンハウスについて来た。セブランの実家から送られてくるフルーツ目的で。美味しいものの誘拐には誰も逆らえない。公爵家跡取りも実家のフルーツで釣る、セブラン最強説浮上。本人はそんな目論みは微塵も無さそうだけどね。

 パッカパッカと小気味よい蹄の音を響かせ、石畳の道をゆっくり行く。

 馬車じゃないと警備の心配が、と思うじゃない? 僕たちこれでも王家の血筋なので、誘拐犯だとか王家に恨みを持つ者だとかが狙っていたりする。

 不意に、建物の物陰から馬を狙った矢が飛んできて、カツンと結界魔法に弾かれた。

「シリル、あっち」

「アイアイキャプテン!」

「天然ちびっこの不思議呪文……」

 ちびっこは事実なので悪口じゃないね。

 ボソっと呟いたセルジュお兄さまが指さした方向に人影発見。意識を集中して放つと、弓を持ったゴロツキ風のおじさんが透明カプセルで包まれた。結界魔法で捕獲成功。六歳から結界魔法は習っているから、犯人捕まえちゃうのもお手のもの。下手に警護されるよりも僕の結界魔法の方が安全。

「結界魔法、便利だね」

「それが出来るのはシリルだけだと思う」

 遠い目をしたセルジュお兄さまに突っ込まれた。

 普通、一人で結界魔法を作るとトレイ程度の大きさの盾なんだって。早く展開しようとすると、魔力硬化が甘くなって脆くなってしまう。長男マチアスお兄さまは大きなトレイくらいの円盾、セルジュお兄さまはもう少し小さいバックラーサイズで、クロスボウの矢を防ぐ程度の結界魔法は使えるよ。お父さまはもう少し大きくてタワーシールドくらいのが瞬時に展開出来て、矢の一斉掃射を防ぐくらい硬度も十分なんだけど。

「シリルの結界魔法は一人城壁」

 そんな、大袈裟な。何メートルもある分厚い城壁と窓ガラス程度の薄さにまで凝縮させた僕の結界魔法が同じなわけないでしょ。


 セルジュお兄さまがポケットから防犯ハンカチを取り出したので、慌てて止めた。

「待って。衛兵さん呼んだら大事になっちゃう」

 王家の者を害そうとしたのだから、あのおじさんがただでは済まない。僕たちは無傷なのに、重い刑罰を課せられるのは悪い気がする。

「いや、王都の街中で矢を放ったら普通に駄目だろ」

 正論。

 関係ない街の人に刺さったら危ないもんね。


「そうだけどさ……」

 言いたいことがわかったのか、セルジュお兄さまがため息をついた。

「王家に弓を引いてお咎めなしとはいかないんだ。見逃せば、王家に攻撃しても罪にならないと軽視されかねない。僕たちだけの問題じゃない。今はシリルが一緒だから怪我が無くて済んだけれど、次に攻撃されるのは僕か兄上かルーファスかもしれない。シリルの友達の貴族かもしれない」

 魔道具も無しに一人ですっぽり覆うだけの結界魔法が出来るのは、今のところ僕以外に聞いたことがない。エリートの魔法騎士でさえ数人の魔力を合せて作るんだ。辺境伯閣下くらいになれば余裕で出来そうだけれど。あの人も魔王っていわれるくらい規格外。

 僕が居ないところで兄弟たちに何かあったら悲しい。


「あの男が王家に対して言い分があるのなら、法廷で思う存分言えばいい」

 来年、学園入学を控えた十三歳のセルジュお兄さま、一緒に育ったのにいつの間にか大人びていて、感服した。同時に、三十歳で死んだ記憶があるくせ、実年齢九歳よりも精神年齢低いかもしれない、とちょっと落ち込む。

 そうだよね。このおじさんだって、王家に弓を引いたらどうなるかわからない筈ないもん。覚悟して来てるんだ。

 王家に弓を引いたのが許されるなら、貴族に同じ事をして、なんで許されないんだってなっちゃう。法律に従わない人ばかりになったら国が崩壊する。どんな理由があったって悪いことは悪い、王家だからこそ模範となるよう、法律に従って裁かなくちゃならない。

 今回の事件は、ぽやぽや生きてる僕でも公爵家に生まれた者として、さすがに自覚させられ、身を引き締める。


 防犯ハンカチで衛兵を呼ぶのを、今度は止めなかった。

 汽車なんかない世界なのに汽笛に似た大音量が、プァーーー!!! と辺りに響き、程なくして衛兵が駆けつけ、セルジュお兄さまが簡単な説明をし、襲撃犯を引き渡す。

 ちなみに、この防犯ハンカチは二年前から平民向けにも販売されるようになったんだ。王侯貴族が持っているのとは音が違うみたいだけどね。大切な人への贈り物として評判は上々らしい。


 堂々と大人の衛兵とやり取りをした、かっこよく成長したセルジュお兄さま。

「結界魔法に向かって石を投げて安全圏から元第四王子さまと睨み合いをしていた男の子だとは思えない成長っぷり。感動しちゃう」

「うるさい、忘れろ」

「あの頃のお兄さまも生意気って感じで可愛かったよ?」

「いつまでもちっこいお前に言われたくない。大体、あの頃のシリルは離れで魔法をやらかしてたから、悪いやつだと思っていたし。でも、母上に叱られてギャン泣きしてたじゃん? 僕でも勝てると思ったんだ」

「ギャン泣きは忘れてください」

「なのに、ウチの領地産のフルーツをベタ褒めしてお茶に誘ってくるし」

「え、無視?」

「僕だけだったら本邸に帰ってたけど、イチゴ大好き兄上が誘いに乗ってしまったし、元凶のシリルはぽやぽやの幼児だし」


 イチゴ大好きな現在十五歳のマチアスお兄さまは、夏季長期休みは社交界真っ盛りな時期。社交界デビューは学校が始まる十四歳の夏の長期休みからになる。

 この国は十六歳で成人なんだけど、成人するまでは親や親戚の歳上に連れられ社交界に出るんだ。どこの貴族がどこの派閥だとか、どこの貴族とどこの貴族が仲が悪いとか良いとか、どこの貴族は社交界で影響力があるとかどこと仲良くしといた方がいいとか……社交界を知る勉強期間なんだ。

 成人してから一人で社交界に出られるようになる。そこから、お嫁さんを探したり、就職先を探したり、自分のところの商品を宣伝したり、政治的な思惑で相手を抱き込んだり。


 本来はタウンハウスを拠点にした方が移動時間が短くて楽なのだけど、セブランが領地本邸に仕えていたからフルーツ食べ放題な領地に滞在していた。移動の苦労より食い気をとった年頃の長男のそんなところは、正しく十五歳。

 食い気が勝りイチゴ大好き過ぎて、学生の身でありながら品種改良に性を出してる。初夏から晩秋まで収穫できる品種を作り出したし、今は秋から晩春まで収穫できる品種を作ろうとしている。この人、一年中イチゴを食べようとしている。もはや執念。嫌いじゃないです。


「兄弟集まってるのに、自分だけ仲間外れは寂しいもんね。みんなと一緒がいいよね」

「……」

「あ、待って。お兄さま、今、お馬に身体強化魔法掛けた?」

「黙ってろ。舌噛むぞ」

「やっ、早い! お尻が割れる! きゃー!」

 タッタカタッタカ馬を走らせ、風のように景色が流れる。身体が跳ねて鞍お尻が打ち付けられる。どうしてお兄さまたちは平気なの。僕が乗馬が下手なだけですね。振り落とされないよう必死にしがみついているうち、あっという間に王宮内の魔法士団が拠点とする魔法舎に着いた。

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