第22話 寝具革命
「お尻……お尻が……」
馬から落とされないよう踏ん張った太ももの内側が限界。膝をガクブルさせ、打ち身になっていそうなお尻の痛みに耐える。気分は生まれたての子鹿。
魔力が漏れて周りの気温が下っているんだけど、今は夏。「涼しくていい」って飄々としているセルジュお兄さまは、僕の魔力漏れにも慣れたもの。
「じゃあ、また後で」
魔法舎に僕を置いて、騎士団の方へ平然と馬に乗って行った。
「回復魔法を教えてください……」
切実に。
涙目で訴えると、ジーン先生が苦笑した。
「シリル様にはそちらのほうが、乗馬よりも現実的ですね」
馬には一生一人で乗れる気がしない。
セルジュお兄さまはついでだからとルーファス、僕と一緒に勉強を教えて貰っている。魔法士団の一員になっても九歳のお子様なので。ルーファスとお兄さまは騎士団で剣も教えて貰っているんだ。僕は……足を引っ張るだけなので。騎士さんのお仕事を邪魔しちゃ駄目だよね。
もちろん、魔法士団のお仕事もやってるよ。主に魔道具開発なんだけど。
今、魔法士団はバタバタしてる。僕が王宮で言った食料保管庫の件だ。各領主たちにも食料庫の改良の為に魔法士団から魔法士が派遣されている。残った人たちは食料庫に設置する魔道具作り。ゆくゆくは食料を扱う商人たちにも技術提供するらしいよ。食料問題はみんなの生命に直結する問題だからね。
魔法士団団長もジーン先生も忙しいので、残った魔法士の先輩に魔法を習っている。かわりに、菌が食べ物を腐られている話をした。妖精の仕業、と急に言っても信じない魔法士もいる。だから、浄化魔法を掛け続けた生肉と掛けていない生肉を用意して実験して見せた。夏なので、結果が出るのは早かった。悪さをする妖精の存在を信じてくれたかどうかはわからないけど、食べ物を腐られる目に見えない菌の存在は信じてくれた。悪い菌の存在を認識してもらえば、浄化魔法道具を作れる人が増えて生産力アップ。程なくして、国全体で食料庫の改良は完了した。
魔法舎は最先端の設備が揃っていて、メルビンのマント作りには最適な環境だ。魔法陣を刺繍する糸や布の加工に勤しむ間、同時に別の魔道具も作る。僕には早急に必要なものなので。
馬車移動時のクッション。
僕の可愛いお尻の平和のため。
流石に馬車の中で貴族が浮いているのははしたないので――服装ビシッと決めた威厳たっぷりの貴族の紳士が、馬車を開けたとき、プカァ……って浮いてたら笑っちゃうじゃん? なので、魔法で空気をワタ状にしてプカプカのクッションを作った。革張りの椅子のクッションにギュッと詰めて、身体が沈み込まないのにまるで無重力な衝撃吸収材。
魔法って三種類あるんだ。自分の魔力で作るタイプ、召喚タイプ、その場にあるものを使うタイプ。自分の魔力で作るタイプは、魔力に精霊属性等を付与して使うんだけど魔法は込めた魔力が切れれば消えるから、攻撃魔法に便利。
召喚タイプは消えない魔法の一つなんだけど、何処から召喚しているのかよくわかっていない。この世界の何かしらがいつの間にか無くなってるなんて話は聞いたことがないので、精霊界の精霊が作ったものを召喚しているんじゃないかって、僕は睨んでいる。誰が土魔法を使っても、赤茶色をした一定の土だからね。一概に土っていっても本当はもっと色々ある。黒土、赤土、白っぽいの、灰色の砂っぽいの、粘土とか。なのに個人差はなく、みんな同じ赤茶色の土。土の精霊さんが「これが一般的な土魔法の土」っていうのを作ってるんじゃないかな。土魔法を使って、いきなり、ココヤシピートとか金色きらきらバーミキュライトとか出てきたら面白いけど、園芸以外に使い道がないし。
そこから、魔法士が創意工夫して精霊に意図が伝わり「わかった、粘土ね」と土の種類も色々呼び出せるようになる。
周りにあるものを使う魔法も消えない魔法なんだ。この世界にある空気をワタにする魔道具を開発したので、時間が経っても消えなければ、綿や羊毛のようにフェルト状に固まったり潰れてヘタレてくることもない。空気なので、捨てるときは燃やせば無くなる。食べても害はなく、お腹の中で空気に戻る。無味無臭のフカフカなだけの空気なので美味しくはない。透明で見えないのが難点。触ればそこにフカフカで温かい空気のワタがあるんだけど。
これ、ベッドのマットレスにもいいんじゃない?
この魔法の空気のワタは、ワタだけ魔法道具で作り出せばいいので、外側は布でも革でも従来のもので構わない、貴重な魔物素材を使わないから量産しやすい。
試しにと、魔法士たちが寝泊まりしている寮のベッドに敷かれているマットレスから中身を抜き取り、空気のワタに詰め替えて使って貰った。疲れが取れると評判がよかったので、お父さまと日頃からお世話になっている騎士団の皆さんにもプレゼントした。
お兄さまやルーファスのように剣を教えて貰っている訳じゃないけど、お世話になってます。
魔法道具研究の合間、気分転換に散歩に出かけるんだ。王宮内の敷地は、それはそれは広い。おもむきの違ういくつもの庭園、池や林、季節の花々に宮殿に住まう王族が消費する卵や牛乳を生産している牧場や畑なんかもある。
フンフンと鼻歌まじりに機嫌よく歩いていると、どこから来たのか、どっちに行けば帰れるのか分からなくなり……一人ぼっちで心細いし、疲れたし、暗くなってきたし、半分泣きながら警備をしている騎士さんに保護して貰う。会えたときは、ほんと、「やった、人が居る!」と遭難者が人を見つけた喜びで涙がちょちょぎれた。
しかし、喉元すぎればなんとやら。魔法舎に閉じこもっていると、気分転換がしたくなり散歩に出掛けては迷子になり、泣きながら保護されるのを何度か繰り返した。騎士さんたち、苦笑いしてたね。
「魔法士たちの魔力を覚えればいいのでは」
と、ジーン先生に言われ、その手があったかと魔法士の魔法訓練に参加してみんなの魔力を覚えた。魔法士は研究だけじゃなく、戦闘訓練もしている。有事の際には、魔法士だって出なくちゃならないからね。とはいえ平和な国なので、普段は国営施設の魔道具の点検や魔法による犯罪の研究、摘発もしつつ、魔法陣や魔道具、魔法の研究、開発に力を入れている魔法士が多いかな。魔法が使えるのは貴族が殆どで、貴族名鑑に個人の魔力登録もしてあり、魔法による犯罪はすぐに犯人特定が出来るので、滅多にない。
つまり、王宮の魔法士さんたちは魔法訓練も定期的にしつつ、ほぼ研究に明け暮れている。
魔法士の魔力を覚えれば、迷子になっても魔力を探って魔法舎に帰って来れる! と思うじゃない?
調子に乗って何処までも散歩していたら、疲れてしまって帰る体力が無くなり、やっぱり泣きながら巡回中の騎士さんに保護。何度もご迷惑おかけしてすみません。
王宮の庭にグレーの髪をピンクのスカーフで束ねたちびっこ迷子が出るって有名だから、注意して見てくれているって? 重ね重ねお世話になってます。
ぐっすり眠れると評判になったマットレスは王室からも要望があり我が国の王家のみならず、遠くから来た来賓をもてなす客室にも使われた。マットレスの外側は寝具を作っているところへ注文して、魔法士のみんなで中身のワタ作り。
ぜひウチにも欲しい、と他国からの注文も入り、噂を聞いた国内の貴族たちも自宅に欲しいとあちこちから要望があり、寝具クッション革命が起こった。
もっとゆっくりやれ、と疲れた顔のお父さまに静かに詰めれた。食料庫の件が片付いたと思ったら、マットレス人気爆発だからね、ちょっと怖かった。すみません、お尻が心配だったので急ぎました。お父さまのお仕事増やしてしまいました。
王宮魔法士たちがマットレス工場員になる訳にはいかないから、綿や家具なんかを作っている土地の領主たちに協力要請して……その辺はよくわからないので、王さまやお父さまたちがなんとか生産体制を整えたんでしょう。馬車の椅子やら仕事場の椅子やら、あちこち注文が絶えないらしい。みんなのお尻と腰は守られた。
秋も深まる午後、本日は王宮へ行くのも休みの日。久しぶりに兄弟揃ってお茶をした。
「忙しそうだけどさ。なんだかんだ、シリルが空気のマットレスをプレゼントしてから、父上がよく眠れるようになって、母上の機嫌が良くなったよ。父上のこと心配してたからね。人に迷惑を掛けていないか心配っていつも言ってるけど、認めてはいるんだと思う」
お茶をしながらマチアスお兄さまからそんな話を聞いた。マチアスお兄さまも学園が休みなのでタウンハウスに来ていた。
「いつも心配掛けちゃってるのかな、僕」
「親ってそんなものだろ」
養子にきたルーファスだから、実の親――王妃様が心配されるのだろう。
「シリルは昔からやらかすことが多かったから、特に。母上は魔力に敏感な方だから、面と向かうと本能的に警戒してシリルに当たりがキツくなりがちだけど、嫌ってるんじゃないということは知っていて欲しい」
「わかった。マチアスお兄さま教えてくれてありがとうね。でも、お兄さまたちは僕の魔力を何とも思わないの?」
「慣れた」と短く一言告げたのは、セルジュお兄さま。
「ぽやぽやの本人を知っているからねぇ」
微笑むマチアスお兄さまは見守るような優しい視線を向けてきた。
「ぽやぽやしていて危ないかと思えば、魔法は最強で、考え方もちゃんとしているから、誘拐されたり利用される心配はないけど。すぐ迷子になるし、体力無いし、ぽやぽやしてるし、すぐ泣くし、しっかりしているのかどうかよくわからない」
セルジュお兄さまは王宮内で迷子になってる僕をよく知ってる。帰る時間になっても姿が見えない僕の捜索をお願いしているのはセルジュお兄さまなので。
しかし、「ぽやぽや」を二回言ったね。すみませんね、いつまでも迷子になって泣いちゃうお子様で。
「マットレス、辺境にも送ったけど使ってくれるかな」
魔物の素材や魔法石のお礼も兼ねて、辺境伯とメルビンの分を送った。辺境まで馬車で行くとなると二十日以上は掛かる。初めて開発したものなので使ってくれたらいいな、でもメルビンは冬にこっちに来るからすれ違いになっちゃう、タウンハウスで使ってくれる分もプレゼントしようかな、会うのが楽しみ、なんて考えていると、マチアスお兄さまによしよしと頭を撫でられた。
「シリルはメルビンが本当に好きだよね」
「推しなので」
「うん。よくわからないけど、それがシリル。辺境に行ってしまったら寂しくなってしまうよ」
「まだ先の話じゃん。兄上は明日、学園に戻るのが面倒なだけだろ」
「バレたか」
誤魔化してお茶を啜るマチアスお兄さま。
辺境に行くつもりはありません、なんて言い出したらきっと大騒ぎになる、婚約解消が確定するまでは黙っていよう。
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