第23話 楽しい魔法士団の皆さん

 魔法士団に入って最初のときは、知らない大人たちばかりで緊張した。けど、その緊張は一日と持たなかった。おどおどして縮こまるちっこい僕が珍しいのか、お菓子をやたらくれたり、大人の皆さん優しい。

 悪役令息なのに、こんなに優しくしてもらっていいのだろうか。

「し、新人苛めとかこの世界にはないんですか……」

 冷気を出しながらぷるぷる震えていると、わざと生やしてるっぽい整った無精髭が特徴の壮年の男性が眉尻を下げた。

「貴族の地位を笠に着た生意気な子だったら、このやろうって思うけど。事前に面白い子がいるってジーンさんから聞いていたし、実際に会ってみたら、怯える小動物みたいな小さい子供だし、苛める大人は居ないと思うな。僕にも小さい息子が居てね。ウチに子供が入って来てくれるなんて、将来安泰だなって嬉しく思う」


 魔法士の皆さん、慣れているのか漏れる魔力にも寛大でした。それに、ちっこくて可愛い僕だから、みんな優しいんですね。

 加えて、「ようこそ沼へ」の御新規さんを迎えたオタクの境地が透けて見える。

 当たり前だけどみんな魔法に詳しくて、お茶をしながらの話題は魔法やら、今開発中の魔法陣の構想やらの話ばかりが飛び交う。同じジャンルを好きな者は、年齢も性別も凌駕する、同士。魔法オタクの割合いの高さよ。勉強になるし、僕にはここが天国です。


 まあ、研究に行き詰まった様子がおかしいオタクさんも居る。

 たまに攻撃魔法の訓練に誘われて、僕が攻撃魔法を使うには慣れた大人が居た方が安全かなって一緒にやるんだけど。「シリル様の高魔力、ゾワゾワする!」って笑い、叫びながら親の敵が如く楽しそうにバカスカ撃ってスッキリした顔になって研究室に帰っていく。

 前世でいうと、絶叫マシンでストレス発散する、社会人のよう。

 恐怖心と緊張感にプラスして運動で、諸々発散してる魔法士さん。大丈夫かなって思うけど、大丈夫なんだよね、ストレス発散法が独特なだけで。発散方法があるのはいいことだよ。傍から見たら狂気だけど、ここでは日常、魔法の訓練も出来て一石二鳥。


 魔法士たちだって開発を頑張ってる。

 馬の着ける鞍に、馬の身体強化をする魔法陣を付けた。騎士は魔法士と比べると魔力量が比較的少ない者が多く、身体特化型の強化魔法使いが多い。魔力量が少ないから、脚なら脚、目なら目、耳なら耳、と部分特化してる。それも、あまり長い時間使えない。馬に身体強化魔法を掛けられるけれど、そうなると自分自身の強化が疎かになってしまう。馬の身体強化をしてくれる魔法道具があれば、そっちにさく魔力が無くなり自身の強化に集中できる。


 馬車を引く馬にも使えるんじゃ、って考えた魔法士さん。早急実験すると息巻いていたので、安全の為に空気のワタを馬車内にミチミチに詰めてあげた。

 少し考えればわかるけど、机上の空論にしないのは性かな。

 案の定、爆走する馬による三半規管のミキサー車と化し、真っ青な顔をして嘔吐してました。怪我が無くて何より。

 実験の成果もあって? 馬車を引く馬に付与するのは、体力増強のみになった。


 そして、怪我の功名はもう一つ。

 此の空気のワタの新たな使い道が開拓された。荷物運搬への使用だ。ミチミチに荷物を詰めた方が固定されて中身を身が壊れるのを伏せげるんだけど、その分重くなってお馬さんが引けなくなっちゃう、荷重問題が解消された。空気なので、ミチミチに詰めても軽いし、衝撃吸収材として優秀。なので、果肉の柔らかいフルーツ運搬に適していて、ウチの領地のフルーツがより多く運べるようになった。


 それに、馬車移動時の疲労も馬車の椅子に使われるクッション革命により軽減され、そこまでピクニックに行こうと、ちょっと遠出するには丁度いい距離で、緑豊かなウチの領地は人気。美味しい採れたて新鮮フルーツを食べられる喫茶店や、フルーツを使ったお菓子の店も増えた。贈答用フルーツにはならない、見た目は落ちるけれど、味は美味しいフルーツ。平民でも自分へのご褒美として、王族の元保養地で食べる特別感が味わえる、人気のスポットと化した。

 ウチの領地、今、儲かってる。領地運営を手伝っているマチアスお兄さま、フルーツ農家へ投資してイチゴ畑を増設、ホクホクしてます。イチゴへの執念が凄くて恐怖ですねぇ、変態ですねぇ。嫌いじゃないです。


 空気のワタという単純なものだけど汎用性は高いようで。パンパンに詰めると沈み込まないものになり、余裕をもって詰めるとフカフカした感触になって、軽くて柔らかく子供が投げても安全で、抱き心地もいい。クッションやぬいぐるみも売れてる。

 目論見通り、国の役に立っている。

 色んな意味で僕、有名人になった。

 一時期、誘拐犯さんが来るのも増えたのだけれど、みんな結界魔法で捕まえてしまった。ランブロウ家三男鉄壁の魔力の持ち主として噂が流れ、そのうち誰も来なくなった。


 馬車通勤がいいのだけれど、お父さまがセルジュお兄さまと馬での通勤を押し通したのは、王家が保有する強魔力の持ち主を世間に知らしめる目的もあったらしい。

 セルジュお兄さまがこの春十四歳になって学園の寮へ入ってしまい、やっと馬車通勤が許され……なかった。僕には剣術も馬術も堪能な同い年の弟が居た。

 必然的に回復魔法の熟練度は上がったよ。乗馬は無理だから。


 そうそう。

 メルビンにプレゼントしたマットレス、喜んで貰えた。せっかくだからとお泊まりに誘われ、二人きりのパジャマパーティーもした。魔力の扱いが上手くなったので、成果を見てもらおうと魔法で小さな明かりを灯してお喋り。会えなかった領地での一年をお互いに報告しあったり、寝る前に読んでいるオススメの小説の話をしたり。魔物と遭遇した話はハラハラした。

 グレーのベルベット素材の寝そべった姿をしたポニーのぬいぐるみを抱き枕にしているから、その中身も空気のワタに換えて欲しい、と頼まれた。見たことあるなと思ったら、六歳の頃にプレゼントされて、あの頃から愛用している僕の抱き枕と化したピンクのポニーちゃんとお揃いでした。同じ抱き枕を使っていたようだね。

 会う度、なんだかメルビンの成長を感じる。一つ歳上だからか身長も伸びたし、顔も少しずつ変わったきてる。まだ十歳なんだよ? 可愛い系だと思ってたのに、なんか綺麗なんだよな。そう思うのはおかしいかもしれないけど、ドキドキしちゃう。いい匂いがするし。


「お花みたいな匂いがするね」

「よく眠れると聞いたので、この子にラベンダーのフレグランスを吹きかけているんてす。そのせいじゃないですか」

 グレーのポニーちゃんをモフモフするメルビンは、やっぱりまだまだ可愛い。

 ラベンダーって、美容の効果もあったっけ? わかんないけど。安眠効果でぐっすり眠っているからかな。

「そうだ、空気のワタにラベンダーの香りをつけたらどうだろう」

「できるのですか?」

「香りをつけるのはやったことないからわからないけど、やってみる。強烈な匂いになっちゃったら、無臭ワタと混ぜちゃって……」

「この子に詰めるのは、シリルの魔力で作った作ったワタがいいです」

「いいけど、誰が作っても変わらないと思うな」

 僕の魔力で作ったワタを詰めたぬいぐるみを抱きしめて毎晩寝る、なんて想像しちゃってちょっぴり恥ずかしい。でも、まあ、メルビンが欲しいって言うなら……いい、かな。

「シリルのがいいんです。そうだ、ワタを作っているところが見たいです」

「いいよ。透明で目に見えないから、きっと不思議に見える」

「シリルはこの冬、私とやりたいことはありますか?」

「じゃあ、お茶しよう。メルビンにウチの領地にあるお菓子屋さんのお菓子を食べて貰いたいな。領地内で採れたイチゴを使ったお菓子なんだけどね――」


 マットレスを使って貰った寝心地を聞きたかったんだけど、一緒に居なかった時間を埋めるみたいに、ずっとお喋りして夜明かしした。ラベンダーも、楽しい時間の前では安眠効果を発揮しなかった。冬だけに会える、特別感で寝るのも勿体なかったんだ。

 メルビンとの冬は名残惜しいと思えるくらい、慌ただしく去っていく。


 魔法士団に入ってあっという間に一年が経ち、再び巡って来た夏。

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