第3話1/3 メルビン・ウィンブレード

【sida:メルビン】



 メルビン・ウィンブレードはブラッドフォード・ウィンブレードの血を引いていない。


 それどころか、ウィンブレード伯爵家の血一滴も通ってはいません。

 魔物により壊滅した集落の唯一の生き残りとはいわれているけれど、記憶がないので僕本人でもわかりません。


 瘴気にまみれ、魔物が生まれる土地は人の住めるところではない。どの国にも属さない、穢れた不可侵の土地。魔物が跋扈する土地に隣接し、広大な領地をウィンブレード伯爵家は任されています。ここが魔物と人間の国の防衛戦。


 辺境伯の領地にある集落が魔物に襲われているとの一報から、直ちに兵が派遣されるも、着いたときには、二歳のメルビン一人を除いて誰一人生きてはいなかったらしいです。……幼すぎて当時を覚えていないので、後から父上に聞いた話です。

 いつだったか、父上と僕が似ていない、そのことが気になって訊ねてみれば、案外あっさり教えてくださいました。誠実で真っ直ぐなお人柄ですから、子供だからと誤魔化しもしない。幼くとも一人の人として扱ってくださるのは、子供心に嬉しいものです。


 どこの馬の骨ともわからない幼子を養子にし、嫡男として育てた変わり者が僕の父上、ブラッドフォード・ウィンブレード。

 貴族の子として養子に迎えるのなら、出自がはっきりとわかる子を迎えるのが通例です。貴族としてのお勉強を少しでもしてるのなら、僕みたいに幼くても、僕がウィンブレード家の養子なんて普通ではないとわかること。

 だって、そうでしょう?

 迎え入れたその子供が、政敵の回し者だったり、家を乗っ取ろうとする者や、盗賊と繋がっていて賊を手引きする者かもしれないのに。何者かもわからない孤児を施設に預けず、養子にしてしまうのだから。父上は義理堅い、情け深いというより変わり者です。


 まあ、僕――メルビンは何者でもない、魔力もちょびっとしかなく剣の才能もない、ただの孤児なのですけれど。僕なんかを養子に迎え、父上が正しかったのかどうなのか。


 父上には伴侶とその間にお子様がいらしたそうですが、留守中に魔物に襲われ帰らぬ人となってしまった。父上にとって魔物は家族の仇、剣も魔力も強く辺境の王――領主として遺憾ない力を誇る我が父は、魔物に対して鬼神の如き様相を見せ容赦なく殲滅する。魔物によって生活の全てを奪われた僕に今日し同情的で思うところがあるようです。

 ですけれど。

 この辺境では魔物に家族を奪われた孤児は珍しくありません。孤児に同情しいちいち養子にされてしまったら、辺境のお城が子供たちでいっぱいになってしまいます。堅牢で武骨な城塞がさぞ賑やかなことでしょう。――阿鼻叫喚で。

 父上に連れられ偶に、領地内の孤児院を訪問するのですが。雄々しい父上の顔、歴戦の戦士として鍛えられた雰囲気、堅牢な壁の如く逞しい体躯はただ静かに立っているだけでも威圧感があり、辺境伯の姿を見た幼い子供たちは途端に泣き出すのです。それはもう、火がついて燃え広がるようにあちこちの子供がギャンギャンと。何もしていないのに、子供たちに泣かれ悲しそうにしょんぼりする辺境伯閣下。ちょっと可哀想です。


 子供たちに怖がられるからなのかなんなのか。実際、ブラッドフォード・ウィンブレードの養子は今のところ僕だけです。

 僕だってお子様ですけれど。父上を見て怖がって泣いた記憶はありません。僕を救ってくださった格好いい父上ですので、尊敬しております。


 元は平民、才能もない。それでも、周りの大人たちは親切で意地悪をされた事実等もありません。

 死が身近にある騎士職の方々は信心深い方が多く、験担ぎをよくされています。例えば、戦場で身につける宝石はお守りとして、ガーネットは血避け、クリスタルは浄化作用があるといわれていることから魔物避け、エメラルドは幸運等の意味を持ち、戦士たちが宝石を持つのは、単なる装飾としてだけの価値で身につけているのではありません。

 壊滅した集落でたっただけ生き残った僕は、魔物から生き残った幸運の子として父上や騎士たち、使用人に至るまで皆に可愛がられております。元は平民の子ですのに、どうやら辺境伯である父上が積極的に僕をお守りみたいに扱うから、皆にそう周知され、僕が保護された経緯から同情的な感情もあって、申し訳ないくらい大事にされています。


 わざとなのですかね、父上?


 僕が辺境のお城で馴染めるように、幸運のお守り扱いするのは。ちょっとは生き残りの幸運のお守りを純粋に信じているところがある気もします。なにしろ、武骨で誠実で実直な方なので。


 強い辺境伯閣下の跡取りとして、憧れの父上の背中を追いかけ、勉強も剣の稽古も日々精進しております。だけれど。大きな父上の背中は遙か遠く、届く気がしません。それに加え、僕の魔法は火花をチラッと出せる程度、蝋燭の火にも及ばない、ほんのちょびっとしかない魔力。自分でも情けなくなります。

 父上や家庭教師、使用人の皆さんは、まだ子供なのだから焦る必要はないと優しい言葉を掛けてくださいますが、僕は知っているんですよ。父上が七歳の頃は、魔法で魔物を撃退したという話を聞いた事があるんです。……僕は何が出来るのでしょうか。

 せめて、お勉強だけはと魔物の知識、戦術、怪我に対する応急処置、野営の仕方、食べられる植物、薬草から薬の調合レシピ、国の歴史、魔法の知識等、様々な知識を積極的に学び、同時に、貴族としてのマナーや、いざという時助けてとなる人脈作りと、力がない者は力がないなりの戦い方求める、道半ばでございます。ゆくゆくは、父上とは違う僕には僕の戦い方で魔物に対する所存です。それが、僕はよくしてくださる周りの大人たち、救ってくださった父上や騎士たちに対する精一杯の誠意。それくらいしか僕にはできませんので。


 父上は中央の政治にはあまりご興味がなさそうですが。

 夏に国境を越えてやってきた魔物の群れを殲滅した英雄に勲章を、と国から打診された際も、魔物の活動が収まる冬まで領地を離れられないという理由をつけ、断わってしまいましたし。


 魔物は魔法を使えるのもそうですが、まるで動物を目の敵にしている幼な生き物で、人間家畜問わず、遭遇すると襲ってくるのだから、野生動物とも違う生き物。野生動物なら、無闇に攻撃してきません。彼らは、縄張りを守るだとか、お腹が空いているだとか、警戒して怖がっているだとか、理由がなければ襲って来ない。それどころか、臆病なもので人の姿を見ただけで逃げていくのですから。魔物がなぜそうなのかわからないけれど、瘴気から生まれ繁殖活動をしないのだから、僕たちとは全く異なるものではないでしょうか。

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