第3話3/3 メルビン・ウィンブレード
父上の国王へのご挨拶も無事に終わり、礼儀作法と知識という武器を携え、流行を押さえた上等な服という防具を身に纏い、いざ、お子様会というお子様の戦場へ。狙うは公爵家三男、シリル・ランブロウ――。
と、意気込んだのですが、子供会へ行く前に、父上に連れられ大人たちのお茶会へ、挨拶を先に行う運びとなりました。
草木も枯れる冬なのに、常世の春の温室は彩りどりの薔薇が見事で、お子様な僕でも見惚れてしまいます。この素晴らしい場所に並べられたテーブルに椅子。用意されたティーセットは洗練されていて美しい。さすが、王室主催のティーパーティーです。
僕は、伯爵家嫡男として大事な顔見せです。社交界デビューは学園に通う頃と同じ年で、王都で予定しているウィンブレード辺境伯の長男としてのお披露目会は来年。今回は簡易的なご挨拶です。
少し緊張しながら精悍な父上の隣に立つと、小さく華奢な身が余計に目立つのか、都会の貴族の大人たちは幼子を見守るように優しく微笑まれ、口々に僕を可愛い可愛いとおっしゃいます。辺境のお城でも、可愛いと毎日のように言われているのですが……不服です。僕は父上のように、逞しく精悍で格好いい男になるんですよ、いずれは。
ともかく。
大人たちへの受けはよく、好印象を得られてよかった。
ですが、皆様、僕には子供会が控えています、そろそろ解放してくださいませんか。
……王都で流行っている焼き菓子をくださるんですか? 頂きます。甘さが程よく、サクッとホロホロ解ける軽い口当たりが美味しいです。瞳の色が綺麗? ありがとうございます、お嬢様の澄んだ瞳もお綺麗です。お茶ですか? 頂きます。華やかな香りがいいですね、お菓子とよく合っていて素晴らしいです。こちら、購入はできますか? お菓子も紅茶もお土産に欲しいので、お店をお教えくださいませんか? こちらのお菓子もくださるのですか? 綺麗なお菓子ですね、王宮付きの菓子職人手作りですか。薔薇を使っているのですね。頂きます――――
……すっかり大人たちに捕まってしまいました。
なんですか、父上。「将来が末恐ろしいな」って。息子を軟派なタラシみたいに言わないでください。魅了の魔法なんて使えませんよ? 僕、魔力が残念なので。強い魔力が好まれるこの国だから、可愛がられるのは今だけです。
和やかな雰囲気が、唐突に打ち破られる。真っ先に気配を察したのは、父上でした。
唐突に椅子から立ち上がったブラッドフォード伯爵に、大人たちが訝しむ。
「……強大な魔力を持った何かが居ます」
途端、緊張が走り、青い顔をした貴族たちが立ち上がる。
すぐさま避難を呼び掛けられましたが、魔力に敏感な御婦人が倒れられ、悲鳴が上がり騒然となる。
魔力が低いと魔力耐性が低い傾向にあり強い魔力に当てられただけで体調を崩すのですが。魔力耐性といいますか、なんといいますか……魔力が底辺なのに何故か魔力に鈍感な僕でも、肌がピリピリするような強大な魔力が近づいてくるのがわかりました。魔力耐性の低い方にはたまったものではないでしょう。
魔力が高く、魔力耐性もある父上の顔が強張っているのですから、相当なものです。
父上は皆を守るよう前に出て、怯えた貴族たちは後ろへ下がる。僕も辺境伯の嫡男、将来は魔物と対峙する立場、怖がってはいられません。父上の隣に立ちます。
どんな凶悪な魔物が迷い込んだのかと、待ち構えてました。するとどうでしょう、現れたのは小さな男の子でした。青みがかったグレー色をしたサラサラの髪を、クセのない清潔感のあるボブカットにしたまぁるい頭の、僕よりも幾分か年下の子供が、禍々しく膨大な魔力を放出しています。今朝、朝食のスープに入っていた小さく可愛らしい、まぁるいキノコに似ていますね。涙を溜めた瞳はキラキラした、黄みがかって温かみのある銀色――濃いめの白金、ですかね?
放出する魔力だけで人が殺せそうなのに、誤って人の町に迷い込んだ怯える小動物のよう。青い顔をした大人たちに一斉に睨まれ、小さく震えています。
小さな少年は、後から入ってきた魔法騎士たちにあっという間に囲まれ、透明な結界に捕われ、保護されましたが、いつ爆発するかわからない魔力量に誰もが警戒して側には寄れません。
父上も半歩前に足を出したまま固まっています。怯えて泣き出す幼い彼に、戸惑った顔をして迷っているようです。側へ行ってやりたいけれど、どうしようか……といったところですか。
駄目ですよ、側へ寄っては。
ただでさえ小さなお子様たちに泣かれるのです、眉間に深いシワを寄せた父上なんて、幼い子は怖がらせてしまいますよ。
グレーの髪の彼は、とても苦しそうです。魔力が高い者は、皆、幼い頃に魔力暴走を経験するといいます。僕みたいな底辺魔力の持ち主には無縁でしたが、目の前にしてみると、見ているしか出来ないこちらもキュウッと胸を締め付けられるようです。
魔力が高いのは羨ましい、僕が生まれつき魔力が高く生まれていたら辺境伯の養子として追い目を感じることもないのに、と無いものを羨んで嫉妬していた自分が恥ずかしいです。これだけの魔力量、彼はずっと一人で暴走する魔力の苦しみに耐えてきたのでしょう。……同じ年頃の子供よりも、沢山勉強していると自負していた僕は、自分の無知を知りました。魔力暴走の本当の苦痛を、僕は何も知らない。羨ましい、なんて浅はかでした。
熱が出て苦しいとき、メイドのイザベルを中心に誰かしら使用人たちが着いてお世話をしてくれましたし、忙しい父上も仕事の合間を縫って様子を見にいらしてくれました。弱ったときに誰かが側に居てくれる、それだけでどれほど心強かったことでしょう。誰かが心配してくれて自分は愛されていると感じ、安心できる。幸せなことです。
首だけを動かしチラッと振り返ってみます。幼い子が一人、苦しんでいるのに心配の色はなく、あるのは恐怖をたたえた顔ばかり。本能的に、この強い魔力を恐れているのです。
魔力が強くともコントロールできる父上が孤児院の子供たちに怖がられるのも、大人よりもより敏感であるから。ここの大人たちも、父上を前に孤児院の子たちと同じ。
大気に溢れて膨れ上がり、押しつぶされそうな強大な力に恐怖するのは仕方がないこと。
ですが、彼、本人はどうでしょう。苦しいとき、心配してくれる者もなく、側に居て守ってくれる者もない。幼い心に絶望感が宿るのも想像に難くありません。
頑丈な結界に閉じ込められて泣きじゃくる男の子。この場に居るのだから、貴族の子なのでしょう。けれど、どこの誰なのか、名前もわからない、まぁるい頭の可愛らしい子。
必死に小さな手をこちらに伸ばしてきました。
「た、す、けて……」
彼が助けてを求めてか細い声を上げます。
耳にした瞬間、僕は衝動的に彼の元へ飛び出していました。
透明な壁である結界魔法は侵入、脱出が深能なのも知っています。だけれど、すっかり頭からすっかり抜け落ちていました。小さな子が目の前で助けを求めているのだ、行かなければならない。抱きしめて一人じゃないよって伝えて安心させてあげたい。
走り出した父親も僕を止めませんでした。そのまま行けば、バン! と顔から見えない障壁にぶつかり弾かれる……はずが、なんの衝撃もなく、温かい膜をすり抜ける感覚があり、難なく蹲って泣く彼の側へ来られました。
「大丈夫、独りじゃないからね? 側に居ます」
抱きしめて声を掛けると、男の子は堰を切ったように大声で泣き出した。安心するように頭を撫でていると、何やら熱いものがジワリと僕の体に入ってくる感覚がありました。同時に、凶暴な彼の魔力が落ち着き、収まっていきます。
吸収された熱は僕の中で霧散してかき消えていくので、僕の方は何ともありません。初めて、感覚に戸惑いましたが彼の助けになるのなら、僕の無謀が偶然とはいえ僥倖です。
泣いて泣いて、泣きつかれた彼は腕の中で眠ってしまいました。ポケットからハンカチを出し、赤く腫れてびしょびしょになった目元をそっと拭いてあげます。
白く柔らかい頬が林檎みたいに赤く染まり、閉じた目の長いまつ毛はお人形さんのように可愛らしい。感じているのは純粋な子供の体温、温かくて甘いようないい匂いがしました。
「その子は大丈夫か?」
父上が遠慮がちに近づいてきました。子供に泣かれるのが常ですから、細心の注意を払ってそぅっと、猫の子を怖がらせないよう近づくみたいに。
「疲れたのでしょう。よく眠っています」
「ウィンブレード辺境伯」
父上に声を掛けてきたのは、グレーの髪の紳士――レナルド・ランブロウ公爵。顔色があまり良くありませんが、眠っている子の髪色に似ています。
「愚息が迷惑を掛けた」
「私は何もしていない。彼を助けたのは、息子のメルビンです」
「勇敢な息子をお持ちのようで、羨ましいかぎり」
――無謀な息子だと仰りたいのですね? 否定はしません。
「メルビン、世話を掛けた」
「……いいえ」
――わかってしまいました。
腫れ物に触れるような余所余所しい態度。この人は、魔力の膨大な幼い息子を恐れている。
ランブロウ家の従者がやって来て、腕の中で眠る彼を渡します。程よい重みと体温は離し難いのですが、連れて帰るには行かないのでお返ししなければなりません。
温かいものがなくなり、ちょっぴり寂しい思いで従者に抱えられて連れて行かれる彼を見送りました。
あの子の涙やら何やらで濡れた服を魔法で綺麗にしていただき、子供会に出席しましたが、ハウスタウンを出発する前はあんなに気合いを入れていたのに、何処かうわの空。帰りの馬車の中でもずっと考えていました。
「父上、お願いがあります――」
ゴトゴト揺られながら、向かいに座る父に僕の決意を話しました。とても驚かれましたが、「お前がそれでいいのなら」と最終的に同意を得たのです。
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