第25話 目指せ、辺境伯のお城までひとっ飛び!
何はともあれ、練習あるのみ。
「目指せ、辺境伯のお城までひとっ飛び!」
「シリルならできそうで怖い」
見学しているマチアスお兄さまたちが視界に入った。隣のイリーネ嬢と目が合うと、ニッコリ笑顔のファンサを頂きました。
せっかく見てくれているんだ、お姫様にいいとこ見せたい!
――力んだのが不味かった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
力んだ拍子にバビュンと勢いよく打ち上がるは、人間ロケットの如し。
王宮魔法士の実験にも耐える結界魔法を難なく突き破り、勢い収まらず天高く吹っ飛び、王宮を囲う結界魔法に穴を開けた。上に真っ直ぐ飛んだ後にくる、真っ直ぐ下への自由落下。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
運良く開けた穴にスポッと落ちて、訓練場に帰還、衝撃で地面を抉って大きく一バウンド、二バウンド、三バウンドしてコロコロ転がった先は、奇しくもマチアスお兄さまたちの側。衝撃が凄かったのに、身体は無傷。視界はグルグルして最悪。流石、僕の鉄壁結界魔法。
ジーン先生の最初の忠告は正しかった。というか、あのときにフラグは立っていた。十代男子、シリルはやらかしました。
「ふぇぇぇぇん! 怖かったよぉぉ!!」
お兄さまたちの前でギャン泣きした。泣いた拍子に結界魔法の中の空気が凍って吹雪いて、地面に接している足元がちょっと動く度に霜柱でザックザク。
だってさ、前世でもやったことないのに、紐なし逆バンジーを今世でするとは思わないじゃん。怖かった、死ぬかと思った。
ジーン先生は「やるとは思っていたけど、盛大にやりましたねぇ。無事でなによりです」って言いながら爆笑してるし、セルジュお兄さまも腹抱えて笑ってるし、ルーファスも失笑したし、マチアスお兄さまも口を手で抑えて顔を背け堪えているのに、肩が揺れてるの見えてるんだからね堪えきれていないよ。
これはあれかな。婚約者が居るのに、ほかの女の子にうつつを抜かしてザマぁされる悪役令息あるある展開。イリーネお姫様、可愛い! 推せる! って現在最推しから別の子に浮気した自分で自分にでザマぁしちゃった。自己完結。……これがザマぁって、なんか違う気が。
「あの、大丈夫?」
心配してくれるのは、イリーネ嬢だけ。好きな人の弟が突然人間大砲になったっていうのに、優しい……!
「ふぇぇぇぇん!! ぶっ飛び弟でごめんなさぁぁいぃいい!!」
泣きながら叫んだら、マチアスお兄さまがとうとう吹き出した。
王宮を守る結界魔法が破られ警戒した魔法士たちがわらわら集まって来るし、非常事態だと思って訓練場に来たらしく、ひたすら泣く僕を見て立ち尽くしていたり、オロオロしてたり。ジーン先生はまだ爆笑してるし、混沌以外のなにものでもない。
泣き止んで落ち着いたところで、僕たち全員と魔法士団長が事情を話しに王宮へ連れて行かれた。王さまとお父さまの前でジーン先生が全てを伝えた。
「魔法訓練場と王宮の結界魔法を破るなど……」
ため息をつき、眉間の皺が濃くなるお父さま。
「王宮を混乱させて申しわけありませんでした」
素直に謝った。全面的に僕の過失です。
「謝って済む問題ではない」
「わざとではありませんし、訓練中にちょっと失敗しただけですよ」
怖い顔のお父さまに反論するジーン先生、勇者。
「ちょっと失敗で王宮の結界魔法に穴を開けただと? それに、故意だとしたら大問題だ。そもそもジーン殿がついていながら、なぜこの様なことに」
「訓練で良かったじゃないですか。魔法士団が作った結界魔法がシリル様の結界魔法よりも脆かっただけの結果です」
途端、魔法士団長さんの表情が引き締まった。同じ王宮魔法士のジーン先生の口から、魔法士団の技術が十歳の子供に負けている、と王さまの前ではっきり言ったのだから魔法士団を預かる者としてのメンツが立たないよね。
ジーン先生、ずっと飄々として柔らかい口調なのに歯に衣着せぬ物言い。この人、精神が強い。
「今回のことは、我が魔法士団の不徳の致すところ。王宮魔法士団の誇りにかけて、今より強固な守りとする結界魔法の強化に尽力いたします。ひいては、魔法士シリルにも結界魔法開発に携わって貰います」
魔法士団長さんがそう言った。
「シリルに? 魔法に失敗して騒ぎを起こしたウチの息子を関わらせるのは危険だ」
「シリルだからそこ、関わって貰いたい。現在、王宮を守る結界魔法を破れるのはシリルのみ。だからこそ、彼には結界魔法の強度テストに参加して貰います」
「それなら確かに、シリルにしか出来ないな」
王さま、納得しちゃった。
僕が結界魔法強化実験に付き合うってこと? それって、つまり……。
嫌な予感がして、怖ず怖ずと口を開く。
「僕が結界魔法に体当たりする、ということですか?」
「そうですね」
魔法士団長、マジですか。
さっき飛んだときもめちゃくちゃ怖かったのに、またアレをやるの? ジーン先生と親子だけあって、なかなか無茶苦茶言いますね。
「あの、なるべくなら、もっとこう、穏やかな方法は……」
「あるのかしら?」
「ううーん……」
どうしよう、思いつかない。
渋っていると、お父さまの厳しい視線が向けられた。
「結界魔法の実験に付き合うのが嫌というのなら、王宮の結界魔法に穴を開けた責任を問わなければならない」
「やります、結界魔法耐久実験。僕、打ち上がります。打ち上がらせてください」
メルビンの最強マント製作も中途半端で魔法士団を辞めたくなかった。
ビシッと姿勢を正して前のめりに承諾したら、ジーン先生が失笑して娘さんに睨まれてた。先生、笑い上戸なのかな。
「今回のことは、魔法士団による結界魔法耐久実験だった、ということでいいかね」
「国王陛下、寛大な処置痛み入ります」
「結界魔法の向上ならば必要なのだろう。励むように」
「承知いたしました」
王宮の守りを揺るがす事態となったけど、お咎めなしで収まった。ほんと、自分でも自分の魔力の底知れなさに寒気がした。魔法士団長やジーン先生が居なかったら、僕が王宮魔法士じゃなかったら処刑ものだよ。ブルッと身震いして、王さまの前から下がった。
僕がイリーネ嬢の前でやらかしちゃったから、マチアスお兄さまに悪いことをした。せっかくいい仲だったのに、こんな危ない弟が居たらランブロウ家ごと警戒されるんじゃ、と落ち込んでたんだけど杞憂に終わった。
あれから数日後、ランブロウ家のタウンハウスでイリーネ嬢の誕生日とマチアスお兄さまとの婚約を祝してパーティーが催された。
結婚はマチアスお兄さまが学園を卒業してからするんだって。
おめかししたイリーネ嬢もお綺麗で、とっても幸せそうだ。
「あの、ウチのイチゴお兄さまを好きになったきっかけって何ですか?」
「シリル、その『イチゴお兄さま』って」
今更なに言ってるの。マチアスお兄さまがイチゴ大好きなのは公然の事実だよ。
「ふふふ、そうね、マチアス様はイチゴ大好きですから。イチゴが大好きなマチアス様だから好きになったのかもしれません」
「と、言いますと? イチゴきっかけ?」
「えぇ。この国の学園に来てからイチゴを頂いたのですが、それがとても美味しくて。今思えば、それがきっかけで産地である領地、品種改良をなさっているマチアス様に興味が湧いたのかもしれません」
ほほう、イチゴが繋いだ縁ですか。好きなものを許容してくれるというのは重要だね。好きなものを否定されたら誰だって悲しくなっちゃう。
今日のパーティーでも、マチアスお兄さまが作った、夏に収穫できる品種のイチゴを使ったイチゴタルトが出ているね。まだ栽培数が少ないから、イチゴタルトしかないけれど、真夏にイチゴが食べられるなんて贅沢はここだけ、招待客の皆さん――特にイリーネ嬢の出身国マーレプレン王国からのお客さんの反応が好感触だ。
なんだかホッとした。
本当に良かった。今回は、僕のせいで破談にならなくて。
前回のシリルは引きこもりで使用人以外の接触が無く、強大な魔力を持っているとしか情報が外に出なかったから、得体のしれない危ない男が居る家に嫁がせる訳にはいかないからと、イリーネ嬢の実家から猛反対されて、婚約どころか二人の恋は実らなかったんだよね。それもあって、マチアスお兄さまに凄く嫌われてたし……。
ん? あれ? 前回って何……?
忘れているだけで、小説『辺境伯嫡男は恋がしたい』に書いてあったんだろう。全ての内容を覚えている訳じゃないし。
マチアスお兄さまの婚約パーティーも盛況に終わった。
王宮の魔法舎では、改良結界魔法の耐久実験を体当たりで手伝いつつ、魔法士たちと議論したり実験したりして魔力を貯めて魔法が使えるようになる魔法道具がもうすぐ実用化出来そうなところまできていて、僕は少しでも空き時間があればメルビンの最強マントを作るため、加工が終わった糸でチクチクとひたすら魔法陣を刺繍していた。
「出来た!」
十一歳の冬、それはついに完成した。
ゴテゴテした魔法陣まみれの刺繍は無地の布に挟んだから、見た目はシンプルな白いマント。柔らかいピンク色の髪のメルビンにはきっと白が似合う。汚れないよう、常時浄化付き、保護魔法付きなので破れたりしない、いつまでも作り立て新品同様。
最初は魔法攻撃を受けたとき、メルビン本体は大丈夫でも装備が焼け戦場で全裸にならないよう魔防も付けようと思ったけど、身につけている衣服や装飾品を通り抜ける魔法透過にした。メルビン自体は魔法を魔力として吸収、無効化させてしまうので、透過して本人に魔法が当たっても無力化出来る、本当にメルビン専用だ。
メルビンなら、魔力で作ったタイプの魔法なら全く効かない体質なので。瘴気から生まれる魔物は精霊の加護を得られない、魔力で作った魔法タイプの魔法とその場のものを利用する魔法しか使えない、対魔物用で問題なし。その場のものを利用する魔法はほぼ物理攻撃だからね、物理防御出来れば問題なし。魔法透過するので、マントが魔法を受けたとき、内ポケットに入れた魔法石に一部の魔法が魔力として補充される。魔法石に貯まった魔力は、マントの魔法陣に巡り魔法陣が機能する仕組みになっている。
物理防御魔法陣――魔法透過特殊結界魔法は最優先で付けた。メルビン自身に魔法が掛からないから身体強化は無理だけど、『ぼくのかんがえた、さいきょうぼうぐ』なので物理攻撃に対しては全てを防御する鉄壁マントだよ。
そして、どんな気温の中でも常に快適に着られる温度調節機能、防火機能、絶対濡れない撥水機能、水中では空気の層を周りに作る機能、水中で活動出来る機能も付けたので、雨の日のレインコートがわりにできて、人命救助に火事の中水の中に飛び込んで大丈夫。メルビンならやりかねない。
総手刺繍で、最初はちょっと歪んでたりしたんだけど、終盤の方になると機械で刺繍したが如く均一で糸のヨレも歪みもないツヤツヤ、プロ並みの腕前にまでなった。
厚くなるのも見込み、圧縮、マントとしての柔軟性、重量軽減、装備者の身体に合わせる魔法なども、公爵家に出入りしている仕立て屋の魔法士に魔法を習って魔法陣にした。ついでに、マントのデザインも監修してもらったから、正装の場で着ていてもおかしくない、かっこいいマントだ。辺境伯の嫡男だからね、みすぼらしい格好はさせられないよ。
お値段つけられないくらい高価な代物になってしまい、魔法士団長さんに意見を聞いたとき「国宝レベル……」って頭を抱えてて、なんか怖くなったので盗難防止に持ち主の元に返ってくる魔法陣を付けた。
メルビンが辺境に帰るギリギリになっちゃったけど、なんとか渡せた。マントをプレゼントしたらギュッと抱きしめられて、連れて行かれそうになった。メルビン、騎馬での旅だから体力に自身がない僕には無理です。
次の年、メルビンが十三歳を過ぎた夏に、プレゼントした『ぼくのかんがえた、さいきょうぼうぐ』を身に纏い初陣したと、手紙と一緒に倒した魔物の魔法石が贈られてきた。
手紙の内容によると、元々、学園に入学する前――十三歳で初陣を飾ると予定していた、初めて倒した魔物はツノウサギで、その様子が臨場感たっぷりに書かれていた。
ツノウサギか、どんな魔物なんだろう。贈られてきた魔法石は、濁った白色で表面がザラザラ、ゴツゴツした歪な形で、イチゴの粒くらいの大きさ。質は低級なものだった。比例して弱い魔物なんだろうか。魔法舎の図書室で魔物の本で確かめた。
――低級、多くいる魔物。魔物の中では魔法が不得意で物理攻撃が主、脚が発達していて蹴りで木をへし折り、角の一撃は木を貫通させる。肉は淡白で癖がなくて美味、毛皮は触り心地がよく――
「ひょぇぇ」
血の気が引いて思わず変な悲鳴が出た。
肉が美味しいとか触り心地のいい毛皮とかそんな余計な情報はいらない。それより、低級って書いてあるけど、角で木を貫通って人体貫通しちゃうじゃん。蹴り一撃で死ぬじゃん。メルビン、そんなのと戦ったの?
あのマント、本当に間に合って良かった。
そして、初めて倒した魔物から出た魔法石なんて大事なもの、僕が貰っちゃっていいの?
そうだ、手紙書こう。
返した方がいいか相談する内容の手紙は、秋には返事が届き、僕の作ったマントのおかげだから成果として貰って欲しい、とのこと。
メルビンの大事な『最初』を貰ってしまった。丁寧に保護魔法を掛けて、台座を作り、机の上に飾る。
魔法が使えなくても頑張っているメルビンの成果を眺めていると、なんだか嬉しくなっちゃう。
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