第8話 月光に揺らぐ決意

 ヴェール村から少し離れたところで、


「じゃあ、シルヴィスはここにいてくれ。村へ行くと皆驚いちゃうからな」


 そうアレリウスが言うと、シルヴィスはおとなしく近くの森へと入って行った。


「今日中に帰る予定だから、早く行こう」


「はい」


 そう言葉を交わし、二人はヴェール村へ向かっていった。


――――――


 二人はヴェール村へと足を踏み入れた。

 このヴェール村は涼しい気候が心地よく、住みやすい村だ。外との関わりはあまり無く、かなり離れているからなのかもしれないが故にノルス村との関わりは一切無い。

 アレリウスは初めて訪れる村に、少しばかり胸を躍らせていた。

 そしてミレナはと言うと、本人は感覚では少しの間しか居なかったが、実際は数ヶ月この村を開けていた。だからこそ “遂に帰ってきた” という感覚がいつもより増していた。彼女は腕を伸ばして深く息を吸った後、思いを口に出した。


「帰ってきた!ヴェール村!!」


「ここ数ヶ月で何があったのかとか、しっかり聞いとけよ~」


 そうアレリウスが声をかけると、ミレナは気持ちを頑張って抑えながらも目的地へと進んでいった。


「で、お前の言う先生ってのはどんな人なんだ?」と歩きながらアレリウスは尋ねた。


「私は小さい頃からこの村を守るヒーローのような存在、つまり兵士やハンターになりたかったんです。そこで夢を叶えるために、私が剣術を教わったのが、その先生なんです」


 ミレナはかつて、村に住み着きのハンターである ロルフ という男に剣術を教えてもらい、そしてハンターとして活動していたことを打ち明けた。


「そうなのか。だからあんなに対人慣れしていたのか?」


「はい。対モンスターの剣術を覚えるのが1番ですが、対人の剣術も少し教えて貰ったので」


 あの強さは、先生の教えのおかげであることが分かった。


「アレリウスと戦った記憶が無いので、なんとも言えませんが・・・。せっかくなので、帰ったら対人戦の稽古をつけてあげますよ?この一件に首を突っ込むなら覚えておいて損は無いと思いますが」


「じゃあ、よろしく頼むよ」


 アレリウスはそのやり取りをして、次の話題へと移った。

 その話題とは、ミレナ自身がどこまで覚えているかだ。


「記憶・・・ですか?」


「ああ。お前が目覚めてから、結構時間が経っただろう?少しぐらいは見えてきたんじゃ無いのか?」


 ミレナがアセロンとの戦闘を終えて目が覚めた時、実はどこまで覚えているかが分からないという記憶が混濁した状態だったのだ。その時から少し経った今なら、多少は思い出しただろうとこの話題を切り出したのだ。


「そうですね・・・。あ、私が村周辺の調査をしている所までは覚えています。これが今ある記憶の中で、一番新しい記憶ですね」


 少なくとも、この調査をしている最中か、終えた後にミレナの身に何かあったことは推測できる。

 それでもミレナは、確かな記憶を思い出せずに居た。


 そんな会話をしている内にロルフの家に到着した・・・はずだった。


「家が・・・無い!?」


 ロルフの家があった場所に着いたものの、そこからキレイに彼の家だけが無くなっていたのだ。あまりにも不自然だ。


「・・・少し近所に聞いてみましょう」


 二人は近隣住民に、ロルフについて尋ねて回った。

 

 その結果、ロルフが亡くなっていることが分かった。死因は他殺だった。

 ミレナは絶望した。この情報は、近隣住民に聞いたため信憑性が高い。

 彼女がそのことに放心しているのも束の間、突然ミレナに向けて誰かの大声が発せられた。


「お前・・・ミレナじゃねぇか!!!」


 声のする方向へ目を向けると、警備兵の格好をした男がこちらを見て、指さして声を上げていた。

 その男を見たミレナはその男の方へ走って行き、ロルフについて訪ねた。


「グリフさんじゃないですか!!丁度良かった、先生について何か――」


 次の瞬間、グリフという男は笛を取り出し、即座に鳴らした。その音を聞いた男の仲間らしき警備兵達が一斉に集まり、ミレナを取り囲んだ。


「な、何してるんですかグリフさん!?私は少し聞きたいことがあるだけで――」


 ミレナは戸惑ったように尋ねた。

 そして、グリフが叫んだ。


「お前の言うことなどに耳を貸すものか!!この裏切り者め!!」


「う、裏切り者!?一体何なんです!?」


「とぼけるな!!お前がロルフを殺したんじゃないのか!!」


 その言葉にはミレナだけではなく、アレリウスすらも驚きを隠せなかった。


「言っている意味が分かりません!私が先生を・・・殺した!?」


「問答無用!!お前を引っ捕らえる!!」


「おいおい!さっきから何なんだ!?・・・って、おい待て!!」


 そしてミレナは無抵抗のまま捕らえられ、手を出すことの出来ないアレリウスと引き離されてしまった。


――――――


 ミレナが拘束されてから暫く経ち、彼女は今、牢獄に入れられていた。今のミレナならこんな拘束を解くことは容易いことだが、グリフの言ってたことが気がかりで、抵抗する暇も無かった。


「よお、気分はどうだ?」


「・・・!何が何やらさっぱりですよ!」


「まだ言うか・・・。なら教えてやるよ」


 ミレナが一人考えていると、彼女の入っている牢獄の前にグリフが座り、事の一部始終を語り出した。


 ロルフが殺害されたのは1ヶ月前であり、その殺害現場を偶然目撃したのが、グリフだった。ロルフの家へ入った時、その遺体の側にあったのは、彼が殺害されそうな中で抵抗したであろう跡と、血にまみれているミレナの姿だった。


「思い・・・出しました・・・」とミレナはつぶやいた。


 ミレナは記憶の無い期間で何者かによって操られ、ロルフを殺害した。そしてアセロンに頭部を蹴られたことによって正気に戻ることが出来た、ということになる。


「なんでロルフを殺した?お前達は家族みたいだって、村でそう言われていたじゃないか!」


「・・・・・・分かり・・・ません」


「ふざけんなよ・・・・。理由はどうであれ、お前の厳罰は免れない。いくら知り合いの俺でもお前を擁護するつもりは一切無い。ロルフがどれだけ慕われていたのか知っているなら、どうなるかぐらい分かるだろう」


「ならば・・・せめて両親に会わせて下さい」


 自分がどうなるか悟ったのか、両親に会うことをお願いするミレナ。


「それは出来ない。この真実が村中に知れ渡る前に、身の安全を考慮してこの村から出て行ってもらった。今は新しい地で暮らしているから安心しな」


 これから自分が、公平性も何も無い私怨で裁かれることをミレナは理解し、その時を待つのだった。


――――――


 その夜


 アレリウスはミレナを救うために、彼女のいる牢屋がある建物の前にいた。

 彼はミレナが何をしたのか説明されていた時、彼女の表情を見て本当に何も知らないことを理解した。彼女が殺害したことが揺るぎのない事実だとしても、見捨てられないのがアレリウスだ。


 アレリウスは建物の中へ入り、看守の人間へミレナに会わせるよう言った。

 だがやはりその答えはNoだった。

 その後も何度も交渉を行った。それでも良い結果は望めず、ついには追い出された。


 するとアレリウスは強行突破を行った。そこにいる看守達をなぎ払って建物を上っていった。目に入る牢を隅々まで探し、ミレナを探していった。そして遂に――


「ミレナ!!!!!」


 ミレナを発見した。

 

 そこでアレリウスが目にしたのは、全身に暴力を受け、気を失っているミレナの姿だった。顔にも容赦無く危害を加えられたことが一瞬で分かった。ロルフを殺されたことによる報復を受けたのだ。


 アレリウスは激しい憤りを感じた。公平性など無いことぐらい理解しているが、裁きを待たずしてこのような仕打ちがされてもいいのかと。

 そしてアレリウスは脱走するために持っていたランスを使って檻と壁を破壊し、ミレナを抱きかかえた。

 そこにグリフ達が追いついてきて、複数人で彼の後ろに立った。


「飛び降りて脱走する気か?やめた方がいいぜあんた。ここは9階立てな上、外は崖になってんだ。ここで引き下がるってんなら、村出禁で済ましてやる」


「悪いが・・・もうここに来ることもなければ、関わることもない」


 そう言ってアレリウスは空けた穴から飛び降り、そして口笛を鳴らした。


 アレリウスのまさかの行動に、衝撃を受けるガリック達の視線を、一つの影が盗んでいった。


 その視線の先には、銀色に輝く竜の姿があった。月の光に照らされて輝く神々しさに目を離せない。そして全ては月へと吸い込まれていった。


 そんな中、いち早く正気に戻った看守がガリックに、早く追おうと言った。しかし、ガリックはこう返した。


「もういい・・・。アイツのことは忘れよう・・・」


 まるで何者かによって、心を操作されたかのような諦めようだった。彼の心はきっと、終わりを求めていたのかもしれない。


――――――


「うぅ・・」と唸りつつ、ミレナが目を覚ました。


 太陽の光が目を差し、風が吹いていた。

 二人はシルヴィスの背中に乗り、ノルス村へ向かっていた。


「起きたのか・・・。帰るぞ」


「・・・うん」


 シルヴィスの背から景色を見ると、雪に覆われた大地がまるで無限に広がる銀世界のように広がっていた。太陽の光がその表面を穏やかに照らし、雪がきらめきながら反射してまるで宝石のように輝いている。その光景は、青空と調和し、天と地が一つに溶け合ったかのようだった。

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