第14話 刹那の灯火

 翌日、アセロンは陽華村の宿の一室で目を覚ました。


『アセロン、群れの気配が近くなったぞ』ノクが突然話しかけてきた。


「うぉっ、ノクか・・・。朝一で話しかけてくんなって言ったろ・・・」


 アセロンは宿の一階にある食堂で食事を取りながら、ノクから話を聞いていた。

 予定通りなら、群れはあと3日で村に辿り着くのだが、進行が想定よりも早まっており、あと2日程で辿り着くそうだ。


「そうか・・・。拠点の整備は、早めに参加しよう」


『そうするといい』


 そうしてアセロンは食事を終え、防衛拠点へと向かっていった。


――――――


「おっ!あんたも防衛に参加するのか?」


 到着したアセロンに、ある男が話しかけてきた。


「あぁ、よろしく頼む」


「おぅ!宜しくな!!」


 そんなやりとりをして、アセロンはその男に拠点の整備で何をすればいいのかを聞いた。案外、整備は順調に進んでいた。村の人々も群れの進行が早まったことを知って、焦りと共に気合いが入ったのだろう。


「――とまぁ、残ってる仕事はこんなもんだな。あんたも整備に参加するんだろうが、その腕で大丈夫なのか?」


 やはり、アセロンの腕では整備は厳しいと思われている。が、しかし、アセロンはルナレア村を出る前、片腕でも過ごせるように練習をしていた。そのため、片腕でロープを結ぶなどの並外れた技を身につけたのだ。


「安心してくれ。こう見えてもいろいろできるんだ」


 そうして共に防衛する仲間と作業をしていると、アセロンは見覚えのある人影を二つ見つけた。

 その影の一つは走り出し、作業をしている人に飛びついた。


「綾姉ーー!!!久しぶりー!!!」


「作業の邪魔をしたら駄目だろミラ!!」


 その二つの人影はレオとミラだったのだ。

 思わずアセロンは二人の元へ向かっていった。


「あれ?・・・アセロン?」


「あぁ・・・、久しぶり」


 レオがこちらに気づいて話しかけてきた。その間ミラは綾に抱きついていた。


――――――


 二人は防衛の依頼が寄せられており、遙々やって来たそうだ。


「アセロンは依頼を受けた訳じゃないよね?この防衛に参加するの?」


「村長に頼まれたからな」


 アセロンとレオは二人きりになり、お互いの経緯について聞きあっていた。


「・・・そうなんだ。断れなかったんだ。アセロンらしいね」


「本来は炎蔵さんに用があったんだが、これも何かの運命だ。引き受けないと心が痛む」


 そんなやり取りをしながら二人は拠点の頂上で昼食を食べていた。


「見れば見るほど、この設備ですら危ないっていう群れが恐ろしく感じてくるよ」


 レオがそう言った。この防衛拠点は扇状地に造られており、群れを撃退することにかなり向いている。


「やはり何か引っかかる」


「幻龍、本当に来るのかな・・・?」


 黙々と食事をしていると、ミラが綾を引っ張ってきた。


「私達も混ぜてよー!皆でお話しよー!」


 二人も会話に混ざり、二人と綾の関係について聞いた。綾は少し嫌そうな雰囲気を出しつつも、昨日よりは緩くなっている印象を受けた。


「綾さんには昔からお世話になっているから、本当に頭が上がらないんだ」


「ていうかアセロン、昨日綾姉に案内してもらったの?いいなー」


 二人はアセロンだけでなく、綾にも楽しげに話しかけていた。しかし、その姿にはどこか慎重さが感じられた。まるで、触れてはいけない領域があるかのように。


「じゃあ、続き行ってくる」そう言って、アセロンは三人に背を向けて歩き出した。


「よし、俺達も源八さんの所へ挨拶に行ってくるよ」


「またお茶しようね綾姉ーー!」そう言ってミラは綾に抱きついた。


「分かった。また後で」


 全員食事を終え、行くべき所へ散らばっていった。


――――――


 その後、防衛設備の整備が一通り終わり、この拠点は完成した。それでも群れを退けるには足りなかった。そのため、残るはハンターの活躍のみ・・・。


 アセロンは、共に防衛をする仲間達に挨拶をした後に、宿へ戻ろうと進んでいると、


「アセロン?」


「・・・・!!なんでお前が・・・?」


 そこにいたのはリオラだった。アセロンはあまりにも突然の再会に立ち尽くしていた。そのリオラの風貌は、どこか疲れを感じさせていた。すると突然、リオラが涙ぐんで言った。


「アセロン・・・、兄さんが・・・」


 アセロンは、アレリウスが何者かによって殺されたことを知らされた。そして唯一の情報源だったミレナも殺害されたことも。


「・・・・・・」


 アセロンは激しい怒りと共に、悲しみに打ちひしがれていた。


「・・・、どうして来たんだ」


「それは、依頼が来たから・・・。それでシルヴィスに乗せてもらって・・・」


「・・・一緒に村長の所へ行こう」



 そうして二人は源八の所へ行き、その後は防衛拠点に訪れていた。


 夜風が静かに二人の間をすり抜けていく。星が散らばるように空を埋め、月が淡く照らす光の中、アセロンとリオラは並んで座っていた。互いに言葉を探すことなく、ただ自然にその静寂を共有していた。


「まだ受け入れられてません・・・、兄さんが死んだなんて」


 アセロンも空に視線を向けたまま、頷き返す。


「俺もだ。もしかしたら、俺が訪れたからなんじゃないかって、考えてしまう。でも、お前が無事で何よりだ」


 リオラは軽く笑ってから、少しだけ遠くを見るような目で続けた。


「前に一度来たことがあるけど、この拠点、随分変わった気がします。前よりも強固になってる。でも、それだけ戦いが激しくなってるってことですよね?」


 彼の表情が硬くなり、少しの間黙っていた。もう少しで防衛戦が始まる。そしてこれが終われば、再び彼の旅は続く――その不安が、彼女の瞳の奥に揺れていた。


「防衛戦は大丈夫だ。俺がいるし、お前もいる」


「それは分かってます。でも、最近何かがおかしい。異形のモンスターに謎の人間、そして今回の群れ。でも、一番心配なのはあなた。一体どこまで続けるつもり?到底、終わりがあるようには思えません」


 彼女の声には切実な不安が滲んでいた。彼の命を、彼の未来を、そして二人の関係を――それら全てが崩れそうで怖いのだ。彼女は自分の膝の上で手を握りしめた。

 アセロンは彼女の様子に気づき、ふと手を伸ばしてその手をそっと握った。


「それでも・・・、俺は進まなければならない」


 リオラは驚いたようにアセロンを見つめ、そして力が少しずつ抜けていくのが分かった。


「怖い・・・、あなたがいなくなることが・・・」


 アセロンは彼女の言葉に反応して、静かに息を吐いた。自分も同じ恐怖を抱えていることに気づいた。当日、アレリウスと同じように彼女が死んでしまうかもしれない。その考えが頭をよぎるたび、心が締め付けられる。


「俺だって怖い・・・。けど、今は・・・今だけは、こうしていられる。お前と」


 二人の間に漂う緊張が、少しずつ解けていく。彼女は安心するように彼の肩にもたれかかり、彼も優しく彼女を抱きしめた。触れ合う温もりが、明日の不確かな未来を一瞬だけ忘れさせてくれる。


「ずっと・・・こうしていたいね」


「そうだな。でも、その日は来る」


 二人はお互いが死んでしまうことを恐れながらも、今はその恐怖を忘れ、溶け合っていく感覚に浸っていた。


 そして、その日は来る。

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