第15話 開戦の狼煙

 翌日、アセロンは陽華村での二度目の朝を迎えた。


『アセロン、さらに群れの気配が近づいたぞ』


「だから朝一で・・・、群れはいつ到着する?」


『今日の・・・昼ぐらいであろう。遅くてもな』


――――――


 アセロンはリオラ、レオ、ミラと集まって食事をしている。木製の長いテーブルには、パンにスープ、干し肉や新鮮な果物が並べられている。


「はぁ・・・、2日も早まるとかマジでありえなーい」ミラは、そう文句を言いながら干し肉を食べている。


 この群れの進行が早まったことは、村中に衝撃を走らせた。現在、村中の作業員総出で拠点の最終整備を行っている。


「今更文句言ってもしょうがないだろ。そうなることぐらい覚悟してあるはずだぞ」

 レオがスープを軽く啜りながら言う。その顔から不安は感じられない。


「そうだけどさー、久しぶりにリオラちゃんと会ったのにー。もっとお話したいな」


 このあと防衛戦が始まるため、他のハンター達の空気は張り詰めてる。それでもミラは相変わらず暢気に話している。これは彼女が天才であるが故の余裕なのか、それとも何も分かっていない阿呆なのか、よく分からない。


「始まるまでまだ時間はあるので、それまででお話ししましょう?」


 そう言ってリオラはミラに微笑んだ。そんな中、彼女は小さなパンをちぎりながら、アセロンにちらりと視線を送った。リオラの目には、心配が滲んでいた。それを感じたアセロンもまた、ふと彼女を見返すが、何も言わずに口をつぐんだ。


「ミラ、流石に緊張感がなさ過ぎるぞ」彼はそう言いながら、自分の手元に置かれたスープに目を向けた。しかし、アセロンのその言葉にミラは違和感を感じ取った。


「悪かったけど・・・、アセロン、何か雰囲気変わったね」ミラが静かに言った。


「そうか・・・?」アセロンは呆気に取られたようにしていた。


「うん・・・、変わったよ」リオラが悲しげに言う。少し空気が重くなり、レオが思わず口を開けた。


「最近色んな事があり過ぎたからさ、考えることが多すぎるからじゃない?そりゃあ                                  

気が病むって話だよ」この会話は今すぐ終わらせるべきだと思ったのだろう。


 ミラも笑みを浮かべて、レオに軽くパンを投げつけた。


「そうだね。アレリウス達のことをずっと考えていても仕方無い!今考えるべきは防衛戦のこと!確かに残念だけど、前を向かなきゃお話にならないよ!」


 アセロンもリオラの不安を少しでも払うため、無言で彼女の手に触れた。それだけで、彼女は少しの安堵を取り戻したように見えた。


「はぁーっ!!そこ、イチャイチャしないでもらえますー!?」


「黙れ。自分で良くした雰囲気を台無しにしてんじゃねぇ」


「ぶっ殺―――」


「(俺も彼女欲しいなー)」


 この四人の間には全く別の緊張感が走っていた。


――――――


 朝食を終えた四人は、身支度を整え、拠点へ向かうために趣味を進めていた。


 道中は、朝の澄んだ空気が心地よく感じられたが、拠点へ向かう足取りは次第に重くなっていく。周囲の景色が広がり、遠くに防衛戦が行われる拠点が見え始める頃、レオがアセロンに話しかけてきた。


「アセロン、そう言えば霧尾さんの事、聞いた?」


「あぁ。聞いたよ」


 霧尾とは、レオとミラの師であり、この村でハンターの教育をしている。温厚で陽気、ユーモアを交えた言動で周囲を和ませる存在だ。村の人々から慕われているが、それはかつて彼がハンターとして活躍していた事もある。

 そんな彼だが、数ヶ月前に突然失踪したそうだ。村には手がかりが全く残されておらず、村では彼の帰還を今でも信じて待っている者も多い。

 

「この村でも、明らかな異変が起きているな・・・」


「そうだね・・・、話は変わるけどさ、綾さんとはどう?」


 レオは何か深く考えたように、そして心配したように言った。しかし、ごく僅かしか交流の無いアセロンは戸惑うことしか出来なかった。


「どうって・・・、なんとも言えないな。何故俺に聞くんだ?」


「それは・・・、やっぱ言わないでおこう」


 アセロンはひたすら気になっていた。防衛戦前にこんな含みのある会話をして大丈夫なのかと。レオは再び話し続ける。


「綾さんは・・・、冷たかったよね。でも、本当はあんな人じゃないんだよ。ある日をきっかけに、急に今みたいに暗くなって、口数も減って、ピアスの数も増えちゃって・・・、煙草も吸うようになって・・・、気がついたら、自傷行為にも走り始めて――」


 レオの表情が、次第に今まで見たことの無い程に曇っていく。それでも彼は話し続ける。


「綾さんに何があったかは知ってるよ・・・。でも、それはアセロンがあの人の信用を勝ち取らないと言えない・・・」


「もういい・・・、もういいんだ。分かった、十分に分かったから・・・。そんなに暗い顔すんな」思わずレオの話を遮った。そして、彼の背中を叩いて目を覚まさせる。


「会話に困ったからといって、今していいような話じゃない。防衛戦の妨げになるようなことは言うな」


「い・・・っ!・・・今話す事じゃないよね。お陰で目が覚めた」


 そして彼らは拠点へ向けて歩みを進めるのだった。


――――――


 彼らは拠点へと辿り着いた。そこでアセロンには一つの疑問が浮かんでいた。


「源八さんは参加しないのか?あの人ならまだ前線に出れると思っていたのだが」


 陽華村の人でが足りない時(主にハンターの)、源八自ら赴いて手助けすることがあると聞いていたので、アセロンは源八が参加しないことを疑問に思っていた。

 再びレオがアセロンに話しかけてくる。


「今回の群れはやばいから、もし源八さんに何かあったらまずいよ。だから村で待機してもらうことにしてあるんだ」


「確かに」


 冷静に考えれば分かるような答えが出てきた。


「あっ!綾姉!!」ミラが綾を発見し、その方向へ駆けていった。アセロン達もミラに続いていった。


「遅いよ。もっと緊張感持ちな」綾はそう冷たく彼らに言った。


「ごめんね。でも、綾さんは早いね」バツが悪そうにレオが言った。


 さっきの話を聞いたアセロンには、そのような綾の冷たい態度も見え方が変わっていた。

 綾は相変わらず他人を寄せ付けないオーラを放っている。そんな彼女は今、腰に刀を携え、背中には腰の刀の倍以上ある対モンスター用の大太刀が背負われている。


「あんた達・・・、見た目かなり変わったね」綾はレオとミラを見つめながらそう言った。


「「そうかな?」」


 レオは下半身に重きを置いたアーマーで全身を覆っている。彼は敵の攻撃を肩代わりする戦法をとり、いわゆるタンクというものだ。そのため背中には大楯とハルバードを背負っている。彼のような役割は、メンバーに一人いるだけでチームが一気に纏まる頼もしい存在だ。

 一方ミラは、綾と同じく袴をはいている。上半身は薄くめの戦闘用のスーツで袖が無いものを着ており、その上から厚手のパーカージャケットを着崩して着ている。これはら彼女の身体能力を損なうことの無いようにできている。ジャケットは完全に彼女の好みだ。そして背中には薙刀を一本担いでいる。


「でも、綾さんにそう言ってもらえるなら、いい意味なんだろうね」


「そうに決まってるでしょ。・・・さっさと持ち場に着くよ」相も変わらずに暗い表情のまま指示を飛ばした。


 拠点の防衛は二段構えとなっており、それぞれ第一陣と第二陣に分かれて防衛をする。そしてアセロンとリオラは第二陣の防衛を任された。ハンターがそれぞれの地点で前線を担い、村の兵士や有志で募った者が遠距離から支援するようにして防衛する。


第二陣へ向かうアセロン達にミラが笑顔で手を振った。「じゃ、アセロンとリオラちゃんも、また後でね!」


 アセロンとリオラは第一陣から去り、防壁を跨いだ第二陣へ向かっていった。


それからしばらくして、


「来たぞ!!来たぞおぉぉぉぉ!!!!」


 拠点の高台から大声が発せられ、狼煙が上げられた。第一陣の空気が一瞬にして張り詰める。


 間もなく防衛戦が始まることをより実感する。


 ミラは今までに無い程に緊張していた。綾とレオがいつも通りに武器を構えている時、ミラは息を吐きながらその場で跳躍していた。



「死ぬのか、私――――」

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