第16話 失われた刃
モンスターの群れが、第一陣の防壁へと押し寄せる。
そんな中ミラは、駆け出しの頃からすっと面倒を見てくれた綾と、今までコンビを組み、自分の楯となり続けてくれたレオの背中を見て、未だかつて無い恐怖と頼もしさがぶつかり合っていた。
武器を構えたハンター達は、防壁を破壊しようとする群れの側面から攻撃を仕掛けた。
その中のフォルガーは綾、レオ、ミラのみであり、積極的に強い個体を仕留めていく。それ以外のハンターは弱い個体から順に狩っていき、確実に数を減らしていく。
群れを改めて観察してみると、異なる種族のモンスターが混在して群れが成されている。あるモンスターの群れが来るのでは無く、様々な種類のモンスターがまるで何かに追われているかのように侵攻していく。
防壁が次々と破壊されていき、第一陣最後の防壁が突破されていまった。
レオの真横をモンスターが次々に通り抜けていく。「チッ!やはり一筋縄ではいかないか!」
「向こうへ行く数を少しでも減らすぞ!!」綾が皆へ檄を飛ばした。
第一陣を突破したモンスター達が第二陣めがけて押し寄せていく。
しかし、その道中に仕掛けられた罠で弱い個体を片っ端から減らしていく。
第二陣へ群れの一部が到達した。恐ろしい咆哮を上げながら、複数の協力なモンスターが襲いかかってくる光景は、第二陣のハンター達を凍り付かせた。
「来たぞ。俺はあれをやる」そんな状況に置かれても、アセロンは落ち着いていた。
リオラも落ち着いているが、彼女はアセロンが心配で仕方なかった。「分かりました、私はもう片方をやります。でも・・・、無理は絶対しないで下さい」
「んなこたぁ分かってるよ」うんざりしたようにも、少し微笑みながらアセロンは返した。
――――――
日が暮れた頃、第二陣へ来たモンスターは、全て討伐、または撃退した。アセロンとリオラが多数のモンスターを引きつけていたお陰で、被害が最小限で収まった。
この防衛戦が終わりに近づいていく。彼らはそれを感じつつ、第一陣へと足を運んだ。
そこで彼らは驚くべき光景を目にした。
綾が現在、一人で複数のモンスターと交戦している。他のハンター達は重症を負って倒れており、さらには死体もいくつか転がっていた。
その光景を見て号泣する者、嘔吐する者、唖然とする者がいた。しかし、アセロンはそれどころでは無かった。
「レオとミラは!?どこにいる!?」死体と拠点の脇にいる怪我人を見て探すも、そこに二人の姿は無い。
「アセロン!あれじゃないですか!?」そう言ってリオラが指さした先を見ると、モンスターと交戦している二人を見つけた。
二人がかりで苦戦しているモンスターを見ると、その姿は異質そのものだった。
黒く金属質な甲殻と鱗を全身に纏い、白いたてがみが美しく、禍々しくも凶暴な獅子のような顔にある赤い目が目立つ。そしてその頭は双頭になっていて、両前足にはなんと武器を持っている。その武器は歪な形をした剣で、
アセロンは一目で理解した。コイツが群れを率いていると。参加しようにも、第二陣のメンバーはすでに消耗しきっており、レオたちの手助けになることができない。それはアセロンとリオラも然り。
すると突然レオが吹き飛ばされた。
「レオ!!!」思わずミラが吹っ飛ぶレオの方へ視線向け、余所見をしてしまった。
彼女の胸が締め付けられるように痛む。それでも、モンスターは攻撃を止めない。ミラはその攻撃の全てを躱しているが、彼女も消耗しているのか、動きのキレが悪い。
「はッ、ほッ・・・、ふゥッ!!」ミラは攻撃を躱して僅かな隙を見つけ、モンスターに薙刀の一閃を当てた。しかし、モンスターは剣で攻撃を防いでいた。
やはりキレが悪い。万全の彼女なら、より早く攻撃に転じることができた筈だ。
そこからのミラは攻撃に転じるどこができず、敵の攻撃を避けることしか出来なくなっていた。
第二陣のメンバーでまだ動ける者も、あまりにも異質のモンスターに竦んでいた。そのためアセロンが無理にでも助けに出ようとしたとき――
突然、複数のモンスターが倒れた。
「ミラ!!レオを抱えて下がってろ!!」叫んだ先にいたのは綾だった。相手していた複数のモンスターを一人で倒し、異質なモンスターの前に立っていた。
その声を聞いたミラはレオの元へ下がり、彼を抱えてアセロンの元へ合流した。
「はぁ・・はぁ・・・、気を失っているだけだ・・・。良かった・・・」抱えたレオの無事を確認して、ミラは安堵した。
「援護に行った方がいいか・・・?」アセロンはミラに尋ねた。
「綾姉なら、大丈夫。というかアセロン・・・、体力減ったね」
アセロンは左腕を再生すること無く、片腕でずっと戦っていた。そのため普段より体力を浪費してしまうため、そうなってしまう。
綾の方へ視線を戻すと、彼女は大太刀を鞘にしまってミラに向かって投げた。ミラが受け取ったことを確認した綾は、腰に携えてある刀の柄に手を添えた。
「綾姉・・・、刀を使うの・・・?」
綾の周りには、まるで時間が止まったかのような静寂が広がった。両者の視線が交錯し、互いの殺意が鋭くぶつかり合っていた。
モンスターは一瞬の間を置いた後、鋭い咆哮を上げながら、巨体を揺らして綾に向かって突進してきた。その速度は想像を超えたもので、綾を吹き飛ばす勢いだった。
だが、綾はその突進を冷静に見極めた。モンスターの凶刃が迫る瞬間、彼女はわずかに足を動かし、すれすれの所でその一撃を回避した。風圧が彼女の髪を揺らすが、その瞳には微塵も恐れは無い。モンスターはその一撃の後、さらに勢いを増して攻撃し続けてきた。
綾は姿勢を変え続け、攻撃をすんでのところで避けていく。どんなに攻撃されても刀は抜かず、チャンスを伺っている。戦場での殺気と冷静さを持ち合わせたその動きは、まさに熟練したハンターそのものであり、決して引き下がることはなかった。
「今――」
瞬間、綾の一閃がモンスターの二つの頭部を跳ねた。切られたモンスターの首から鮮血が吹き出し、巨体が地に倒れた。
それと同時に歓声が響いた。
綾は刀を拭い、鞘に仕舞った。
防衛戦は終わった。皆が次々とその場を離れていき、中には仲間の遺体へと駆け寄っていく者も居る中、綾はしばらくそこに佇んでいた。倒したモンスターの骸を見下ろして、ふと自分の役割が終わったことを実感する。そこにアセロンがやってきて彼女に話しかけた。
「コイツは・・・、幻龍じゃないな」
「そうじゃないかと思ってたけど・・・、じゃあ何なのコイツ」
二人はこれが幻龍ではないと推測していた。そこでアセロンは、こいつは異形の一種だと考え、異形について綾に説明した。
「成る程・・・。その可能性はあるけど、一致しない点も多い。・・・でも、今日はもう休みたい・・・。先に戻ってる」そう言うと彼女は拠点の部屋へと戻っていった。
異形と思われるモンスターを観察している最中、リオラは拠点の部屋へ先に戻っていると言い残し、この場を後にした。
周りに誰も居なくなったとき、ノクが話しかけてきた。『それじゃあアセロン、取りかかろう』
「あぁ」
――――――
日も完全に落ち、アセロンは拠点の一室で、戦いから解放された身体を休めていた。目立った傷は無くとも、重い疲労が彼をベッドに縛り付けている。
『全身の疲労を回復させておくか?』ノクがアセロンの体調について質問をした。
「今はいい。なるべくゆっくりにしてほしい」
『了解した。』
彼らがこのような会話をしているのには理由がある。ノクははアセロンの心臓を融合してアセロンを蘇らせた。しかし、蘇るのにも代償がある。その代償とは、異形の血液も摂取しなくては生命を維持出来ないのだ。ノルス村で出会った異形のグリモリングの死体に謎の痕跡があったのも、アセロンが裏でその異形の血肉を取り込んだからである。
これらの代償と共に蘇り、得た物がある。
一つは驚異的な再生能力。ミレナと対峙した時に左目と欠損した左腕が再生したのはこれが理由だ。
もう一つは身体能力の強化だ。これもミレナと対峙した時に発動させたが、その時は僅かな強化しか施していなかった。
しかし、いずれの能力も、使用すると血液摂取のスパンが短くなってしまうというデメリットが存在する。血液摂取による蓄えからエネルギーを消費しているため、欠損部位の再生や、大幅な身体能力強化は莫大な消費を生み出してしまう。
そのため、アセロンの荷物の中には、異形に血液の備えがある。
だから今、ノクに身体機能の回復をするか聞かれたのだ。そしてなるべく消費を抑えたいため、ゆっくりと回復させて欲しいと頼んだ。
『それにしても、片腕だけでよくあそこまで頑張ったな。我はモンスターであるが、関心したぞ』
「・・・そうか、ありがとう・・・」アセロンは眠りそうになっていた。
『おいおい、少しぐらい片付けをしてからにしろ』アセロンは防具を外さないで寝ようとしていたため、ノクに注意されてしまった。
すると突然、アセロンの部屋の扉がノックされた。彼は目を覚まし、扉を開けた。
その扉の先には、リオラが居た。
「どうしたんだ・・・?こんな時間に」
「少し、外、行きません?」
「疲れてないのか・・・?」
「疲れてない訳じゃないですけど、今日ぐらいは・・・ね?」
そう言って二人は外へ出て行った。
――――――
皆が寝静まった頃、二人は前日と同じ場所で座っていた。
「・・・無事で良かった」彼女は再び、安堵の息をついた。
「お前もな。援護には、かなり助けられた」アセロンは彼女に目を向けながら答えたが、その視線はどこか遠くを見つめていた。
リオラは黙ってアセロンを見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「もうこれ以上・・・、復讐を続けるのはやめて。まだ引き返せる」
その言葉に、アセロンは一瞬戸惑った。彼女の口調は柔らかく、愛情に満ちていた。しかし、その言葉の中に、違和感を感じた。
「まだ始まったばかりなんだ。それに・・・、アレリウスまで失ってしまった。こんな状況で引き返せるわけ無いだろ」
リオラは優しく、しかし強く言った。「でも、あなたが自分を犠牲にしようとするのは、私には耐えられない。もういいの・・・、兄さんだって、怒ったりなんて絶対しない」
その言葉は、アセロンの心に深く刺さった。彼は彼女の言葉に揺らぎ始めた。だが、復讐を止めてしまえば、彼は何のためにここまで戦ってきたのか、どうして生き返ったのか分からなくなる。
しかし、彼女の言葉には温かさがあり、理屈ではない何かが彼を引き止めていた。
「・・・お前がそう言っても・・・俺は止めることが出来ない」アセロンは迷いを滲ませながら、彼女の顔を見つめた。その瞬間、彼は気付いた。彼女の目が、まるで違う何かに覆われているように見えた。
リオラはゆっくりと手を上げ、アセロンめがけて、
小さな刃を振り下ろしてきた。
アセロンは反射的に身体を動かし、彼女の腕を掴んだ。
「何をしている!?」
彼は叫んだが、その瞬間、反対の腕の刃がアセロンの腹を貫いた。
アセロンの腹から手を抜く彼女は、まるで別人であるかのような、不気味な笑みを浮かべていた。
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