第15話 二重の魂
貫かれた腹から、血が溢れ出てくる。
「ウぐ・・・ッ!」
リオラはアセロンの右腕を掴み、その反対の腕で彼をメッタ刺しにした。
とっさにアセロンは左腕を再生し、その腕で彼女を突き飛ばした。
「ノク・・・ッ、早く傷を治せ・・・ッ」
『既に取りかかっている』
即死は免れたものの、傷を負いすぎた。そのため、異形から摂取したエネルギーの消費が激しい。大量出血によって視界がくらみ、足下がふらつく。
突き飛ばされたリオラは体制を立て直し、不気味な表情を浮かべながらアセロンをまじまじと見つめている。
「ふ~ん、やっぱり再生できるんだ。あの異形と融合したのかな・・・?」
アセロンを見つめるリオラの目は、いつもの澄んだ色ではなく、怪しく光りつつ鋭く生々しい視線を向けている。
「リオラ・・・、どうして・・・」
傷がほぼ癒えたアセロンは震える声で聞いた。
「どうしてって・・・、説明すると長くなるんだよねー。じゃあ・・・私の攻撃に耐えられている内は教えてあげる」
リオラはニヤリと笑い、両手に持ったナイフでアセロンに斬りかかった。
速い。その速さは謎の女(暁)やミレナを彷彿とさせるものだった。アセロンは、明らかに自分の知っているリオラとは違う動きから、嫌な憶測を巡らせていた。
アセロンは武器を持っていないため、リオラの攻撃を防ぎきれずに全身にいくつもの切り傷を負っていく。
「私の目的は、もちろん貴方を殺すこと。生きてもらっていると色々と都合が悪いんだよね~。だからこうして貴方が疲労しきって無防備な時を狙って、殺しやすいシチュエーションを作り出したって訳」
その説明を受けて、アセロンの心が絶望感に支配されていく。
「・・・じゃあ今までのは全部、
「おっとそこで朗報!こうして貴方を殺そうとしているのは、リオラ自身の意思じゃないの。“じゃあ何故今攻撃しているんだ?”ってなるよね?それは私がリオラのもう一つの人格だからなんだよ」
「何を言っているんだ・・・?もっと分かるように言いやがれ!」
ふざけた口調に腹が立ち、アセロンはリオラ(?)に一撃を与えた。
彼女は吹っ飛び、即座に体制を立て直した。
「わぉ、すっごいパワー!・・・ガハッ!」
アセロンは彼女の腹部を思い切り殴ったため、リオラ(?)は吐血した。それでも、彼女は苦悶の表情を浮かべるどころか、表情がさらに不気味になっていく。
「やっばぁ、吐血しちゃった。元々が強いから極端に強くなってるのかな~?」
そのままリオラ(?)は話を続けた。
「なんでもう一つの人格が出来たか、教えてあげる。それはこの並外れた身体能力にあるの。ミレナちゃんや私、あの女(謎の女こと暁)は幻龍を自身の身体と融合させているからあんなに強いの!貴方との違いは人によって授けられたものか、たまたま融合したものかの違いしか無いから・・・こんなことだって出来ちゃう!」
そう言ってリオラ(?)は自身の喉をナイフで切り裂いた。激しく出血していたが、即座に出血は止まり、傷が元通りになった。
「私達は完全に融合しているから、消耗とかは全くしないんだよね~。ちなみに私は前者だよ」
「それと何の関係があるんだ」
「で、ここからが本題!人の手によって授けられたと言っても、リオラは自分の意思で授けられた訳じゃないから、逆らえないように私という人格を植え付けられたの。リオラからこの秘密を聞いたことが無いのは、私が裏から言えないようにしていたから!」
要約すると、リオラは謎の人物によってこの強大な力と別人格を無理矢理に植え付けられ、その人物達のために動かされ続けていたのだ。アセロンをノルス村に滞在させたのも、この人格の仕業だったという訳だ。
最初は別人格が勝手に出てくることだけは制御できていたが、次第にリオラが自分で居られる自由は減っていき、現在では別人格の勝手で入れ替わることが出来てしまう。
「貴方を村に滞在させてミレナちゃんと異形に襲わせたのも、アレリウスの元に暁を仕向けたのも私!貴方の次の目的地であるここ、陽華村にモンスターの群れを仕向けたのも私!そうして消耗した貴方を殺しに来たって訳!」
リオラ(?)は笑いながら事の全てを話した。
「でも、私達は元から貴方をマークしていたの。でも理由は言えないんだよね」
アセロンは何故か、リオラの人格を書き換えた人物達に狙われているのだ。しかしその理由までは話してくれないらしい。
「あ、アレリウスの死因について喋っちゃったね」
リオラ(?)は暁がアレリウスを殺したことについて思わず零してしまったが、アセロンは暁という名を知らないため、誰のことか気付いていなかった。
「暁って誰だ・・・?」
するとリオラ(?)は少しにやけて答えた。
「暁はね・・・貴方とルーカスを殺したあの女だよ」
「そうか・・・お陰で暁とやらへの恨みがより一層強くなったぜ。ありがとな」
しかし、アセロンはその説明から一つの希望を見いだしていた。
「1つ聞きたいことがある。ミレナが綺麗さっぱりに、お前達の情報を忘れていたのは何故だ・・・?」
「あー・・・、ミレナちゃんは私と同じで別人格を植え付けられていたんだよね。でも、あの子の先生を殺させるためだけだったから、完全に前の人格を書き換えてたんだ~。それなのに、元の人格に戻っちゃったんだよね」
「なら・・・、お前を元に戻すことが出来るのか」
「う~ん、融合してからかなり時間が経ってるし、無理じゃない?第一、私は消えるの嫌だよ」
アセロンの希望が確かなものとなり、彼の目に光りを灯した。アセロンは左目を再生し、身体能力を強化した。
「馬鹿だな~。大人しく殺そうとした方が、まだ勝率はあるのに」
リオラ(?)は再びアセロンへ攻撃を開始した。
「もったいないな~。わざわざ勝率を自分で下げるなんて」
「言ってろ。お前を元に戻すまで、俺は死ねない!」
アセロンは身体能力を上げたことにより、彼女の攻撃をすべて躱してナイフを弾き飛ばした。
そしてリオラの側頭部に向けて蹴りを放った。その攻撃はもろに入ったものの、効いていないのか、逆にアセロンは腹に膝を受けてしまった。
その蹴りは、自身のものとは比べものにならないほどに強く、肋を何本か折られてしまった。
「あれ~?さっきまで私のこと吹っ飛ばしてたのに、案外大したことないね」
全身が痛み、思うように動かない。
「まだだ・・・お前を戻すまで・・・」
先ほどのリオラの傷の癒え方と比べ、彼の傷は治りが遅い。先ほど倒された異形から血肉を摂取したとはいえ、傷を負いすぎた。
それでも彼は立ち上がった。リオラを元に戻せるかもしれないという僅かな希望が、アセロンの身体を動かしている。
そんなアセロンを見て、リオラ(?)は頬を僅かに赤らめている。
「そんなに必死に向かってくるなんて・・・テンション上がっちゃうじゃん!」
そう言ってリオラ(?)は、自分の右胸に手を抉り込ませ、ゆっくりと引き抜いた。
「あはははハハはハハハハ!!!!」
傷口から出てきた血液が、彼女の白のコートを赤く染め上げていく。
大量の血液と共に、その傷口からは剣が出てきた。リオラの頭の上に謎の輪が浮かび上がり、目が赤く光り出した。月明かりに照らされるその姿は、異質さと美しさを同時に放ち、まるで恐怖そのものだった。
体内から突然現れた剣と、今までのリオラからかけ離れていく姿を見て、アセロンの希望は恐怖へと塗り替えられていく。
彼の中で何かが壊れる音がした。
そこからは防戦一方。アセロンは修復が間に合わない程に攻撃を受け続け、遂には崩れ落ちてしまった。一瞬で激しく消耗してしまったため、彼の左腕と左目は崩れ落ち、元の状態に戻ってしまった。
全身の損傷と消耗が激しく、立ち上がることが出来ない。
『アセロン!動け!』
『だったらさっさと治せ!!!』
ボロボロのアセロンを見て、リオラは言った。
「いいねぇ・・・その顔。もっと見せてよ」
そう言ってリオラはアセロンの顎を掴み、彼の頬から流れている血を舐め、恍惚としている。異常な行動にアセロンの身の毛がよだつ。
「ゾクゾクする・・・、これもリオラのせいかも。でも良かったじゃん。最期に彼女に舐めてもらえて」
「ふざけるな・・・。最高なもんか・・・」
そしてリオラは念のためアセロンの踵骨権(アキレス腱)を切った。
『クソッ!まだ治らないのか!?』
『まだ治らない!貴様がちんたらしているから――』
頭の中で喧嘩を繰り広げる。そんなことはお構いなしにリオラが剣を振りかぶった。
「じゃあね、アセロン」
『まだかノク――』
その時、不意に夜の空気が裂けた。
その瞬間、アセロンとリオラの間に綾が割り込んだ。綾の刀が輝き、リオラの攻撃を弾いた。
「・・・綾!?どうしてここに・・・?」アセロンは驚きの表情を浮かべていた。
「新手のモンスターが来る可能性はゼロじゃない。だから見張っていたのだけれど、そこで偶然目にしたから来ただけ」
綾は防衛戦の終戦後に全員が休息を取っている時、一人で拠点の見張りをしていたのだ。そしてこの場から音が聞こえてきたため向かったら、この状況に出くわしたため駆けつけたという訳だ。
綾は鋭い視線をリオラへ向けた。
「事情は後で聞く。今すぐ止めろ」
「はぁ~・・・。邪魔しないでもらえるかな?すっごい昂ぶってたのに・・・」
綾は一瞬も目をそらすこと無く、静かに答えた。
「意地でも止めてみせる。これ以上死人を出してなるものか」
その言葉には強い意志が込められており、綾は再び刀を構えた。
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