第11話 陽華村の幻影

 アセロンがノルス村を出発して一週間程経った。アセロンは凍てついた大地を抜け、とある村にたどり着いていた。 その村の名は「陽華村」。


 実はアセロンは以前、この村を訪れたことがあった。それは彼の幼馴染みであるレオとミラが、かつてここで修行を積んでいたからだ。

 アセロン、ルーカス、シリウス、レオ、ミラは各々自身が望む場所で、ハンターになるための修行を積んでいた。

 アセロンとルーカス、シリウスは三人で遠くへ修行を積みに行き、レオとミラはこの陽華村にて修行していた。そしてレオとミラに連れられて、アセロン、ルーカス、シリウスは陽華村に一度訪れた事があった。とは言っても、その一度しか訪れたことが無い。

 それでも彼が村に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。陽華村はかつての明るい雰囲気はそのままで、さらなる発展を遂げていた。もはや、それは町といえるほどに。

 しかし、何も変わっていないように見えて、どこか重い雰囲気を彼は感じ取った。


――――――


 アセロンは村長の下へ訪れた。


「・・・アセロン殿か?久しぶりだな!しかし・・・一体何があったのだ?」


 この人物は、陽華村の村長をしている源八だ。

 かつてはハンターであり、この村を守ってきた。そしてその功績をたたえられて、村長となった。60代かつ村長でありながら、人手が足りないときは自ら狩り場へ赴くという豪傑でもある。

 アセロンが一度陽華村に訪れた時に、レオとミラの幼馴染みであるということでかなりよくして貰ったことがある。この源八とも、その時に知り合った。

 そんな源八はアセロンと再会し、彼の今の姿を見て驚いていた。


「それでアセロン殿、この度は何用で?」


「あぁ、いくつか聞きたいことがあって――」


 アセロンは怪我の経緯を説明すると同時に、謎の女(暁)について尋ねた。

 当然のことだが、有力な情報は全く仕入れることが出来なかった。


 そしてもう一つ、アセロンには訪れた目的があった。


「まだ炎蔵さんの店はやってるのか?」


「炎蔵か?まだ元気にやっているが・・・武器を作ってもらうのか?」


「ああ。折角作る必要があるなら、やはり炎蔵さんがいい」


 炎蔵とは、この村で一番の鍛冶職人だ。つまり、アセロンは謎の女(暁)の情報を仕入れる事と、武器を作ってもらうため陽華村に訪れたのだ。

 そんな中、源八は神妙な面持ちでアセロンにこう言った。


「アセロン殿が顔を出せば、あやつも喜ぶだろう。・・・そこでアセロン殿、折り入って話があるのだが」


「・・・なんだ?」


 そしてアセロンは源八から話を聞いた。その内容は――


 この陽華村へ向けて、大量のモンスターの群れが向かってきているそうだ。

 だが、かつて一度だけ、同じような事態が陽華村にはあった。そして当時は撃退に成功している。だがしかし、当時のメンバーは源八以外全員ハンターを引退しており、撃退に当たれる人手がかなり足りない。そのため、アセロンに群れの撃退を手伝ってほしいそうだ。


「もちろん、組合へ救援要請も出してある。しかし群れが発見されたのがついこの間のことで、群れが到達されると予測されている日までに間に合う人数では、どうも足りないのだ」


「・・・この村程の設備があるなら、ある程度の人員でも撃退できるのでは?」


「しかしそれがだな・・・」


 この陽華村は群れを撃退出来る程の防衛設備を誇る。そして今ある設備は、かつてよりも、大きく発展している。さらには、かつての群れと比べると数自体は大差ないのだ。

 だがしかし、群れに居る一個体が、それぞれ強力な個体となっている。そして極めつけには、その群れの通っている場所は天候が変化し、自然そのものに影響が出ているそうだ。これ程の力を持つモンスター、つまり幻龍が群れを率いている可能性がある。

 そのためこの村の拠点を持ってしても、人手が足りないのなら撃退できる可能性はかなり低い。

 だからアセロンのような実力の高いハンターに、一人でも多く参加してもらいたいのだ。


「アセロン殿!どうか頼む!この通りだ!」


 そう言って源八は頭を下げた。

 その源八の行動を見て、アセロンは言葉を詰まらせた。この現状を見れば切羽詰まっていることなど、想像に難くない。

 だがアセロンは先を行く身。この願いを受ける余裕は、今のアセロンの心には無い。だが彼の良心を源八の下げられた頭が咎めた。


「・・・分かった、力を貸そう。だから頭を上げてくれ。・・・だけれど、ここに長居するつもりは無いから、そのつもりで。事が終わったら、すぐにここを出ることになる」


 源八は安堵と歓喜の表情を浮かべ、再び頭を下げた。


「ありがとう・・・!共に戦ってくれ!」


 そのようなやり取りをし、アセロンは源八と群れの状況を確認した。

 群れが陽華村に辿り着くまで、残り4日。

 現在この村では、まだ防衛設備の整備しているそうだ。より強力な個体が多く、設備を修復すると同時に強化する必要がある。足りないのは撃退に当たる人員なため、整備に当たる人員は足りている。そのため順調に進んでいるそうだ。


「そうか。では、明日から俺も整備に加わろう」


「ありがとう。しかし、その・・・片腕で大丈夫なのか?」


 村長に心配されるのも当然だ。片腕で戦闘をする者を見るのは初めてではないものの、防衛拠点のような大がかりな作業を、片腕でしている人は滅多にいない。不安はやはり付き纏う。


「自分から頼んでおいて、今更心配しないでくれ。活動に多少の支所はあるが、些細なものでしかない」


 そう言って村長を安心させようとした。

 この村の現状をある程度把握した後、彼が炎蔵の元へ向かおうとすると、源八がアセロンを引き留めた。


「アセロン殿、一つ伝え忘れていた。この後村と防衛拠点を案内する者を向かわせよう。それまで炎蔵の所に居て欲しい。その者はこの村で一番腕の立つハンターで、一度でも話しておくべきだろう。それに村についても詳しいから、何でも聞くといい」


「分かった」


 こんなやり取りをして、アセロンは炎蔵の元へ向かった。


――――――


 アセロンは炎蔵の工房へと辿り着いた。


「おーい、炎蔵さーん!」


 その工房は激しい熱と共に、鉄が打たれる音が鳴り響いている。多くの職人の中から一人、アセロンを見つけて恐る恐る声をかけてきた。


「あんた・・・アセロン殿か?おい、一体どうした?」


「あぁ、そうだよ。今回は炎蔵さんに用があって来たんだ」


 話しかけてきた彼の名前は鋼次。炎蔵の弟子の一人で、昔アセロンが陽華村へ訪れた時に知り合った。


「久しぶりだから話をしたい所だが、一先ず炎蔵さんを呼んでくるな」


 そう言って鋼次は炎蔵を呼びに行った。そして奥から鋼次に連れられ、一人の老人が出てきた。


「おぅ、久しぶり。随分と逞しくなったな」


「そういう炎蔵さんも、元気そうでなにより」


 この老人こそが炎蔵。この村の鍛冶職人であり、アセロンが知っている鍛冶師の中で一番の実力を持っている。村長の源八とは昔からの仲であり、かつてよりこの村に鍛冶師として貢献している。


「今回はあるお願いをしに来たんだ。二人きりで話せないか?」


「・・・?分かった、付いてこい」


 そう言って二人は奥の部屋へと移動し、彼ら以外居ない空間になった。

 アセロンが炎蔵の前へある包みを見せた。


「無茶かもしれんが、“これ” で武器を作って欲しい」


「・・・お前、これはッ!」


 無事にこの願いは聞き入れられたものの、炎蔵は腑に落ちない顔をしていた。


――――――


 炎蔵とのやり取りを終え、工房を出たアセロンの前には一人の女性が立っていた。

 長い黒髪を重く垂らし、耳にはいくつものピアスが光っている。暗くも鋭い目つきが、薄い隈があることによってさらに助長されている。だが、その顔にはなんとも言えない病みが滲んでいる。

 服装はこの村の伝統的な衣装である“和服”というものを着ており、その中でも“袴”と言うそうだ。色は黒く、襟にはフードが着いてあり、他の人々とは違う雰囲気を漂わせている。

 その女性はアセロンに気づくと、彼の方へ向かって歩み寄り、立ち止まった。彼女の顔には表情が無く、無関心そのもののようだった。


「あんたがアセロン?」


 その女性は低い声で尋ねてきた。口調には軽蔑と取れるような冷たさがあった。


「そうだ、俺がアセロンだ。名前は?」


「・・・綾だ。私が案内を頼まれた」


「そうか、よろしくな」


 彼女は目をそらし、鼻を軽く鳴らすだけだった。無視されたような気分になるものの、アセロンは何も言わずにいた。


「勝手についてきて。説明するのは防衛設備だけ」


 綾の声には明らかに反感が混じっていた。


――――――


 この村を歩いて行く中で、自分の村とは全く違う衣装や建造物を見ていた。以前ここに来た時から大きく変わっておらず、少しだけ安心していた。

 しかし、綾とアセロンは一切会話を交わさなかった。アセロンはこの敵意めいた距離感に、少なからず苛立ちを覚えていた。


「・・・なあ、あれは何だ?」


 アセロンは綾に何を尋ねた。その何かとは、失踪者の張り紙だった。

 そこに書かれているのは「霧尾」名前だ。この人物は陽華村で教官を務めており、以前はレオとミラを指導していた。アセロンとの面識は無いものの、レオとミラ伝で聞いたことが何度かある。

 そんな霧尾が失踪したという張り紙を見つけ、思わず綾に訪ねた。


「・・・さあね」


 綾の反応は、もはやアセロンまともに会話する気すら無いように感じられ、アセロンのストレスを底上げしてくる。


「・・・チッ」


 彼から、思わず舌打ちが漏れた。


 そして防衛拠点に着いてからは、設備の説明を最小限するだけで、会話といった会話はしなかった。


――――――


「で、ここが最後の――」


 日が落ちて辺りが見えにくくなった頃、二人は拠点の頂上に辿り着き、最後の説明を終えた。

 すると綾は懐から煙草を取り出し、口に咥える。彼女が火をつけるためにマッチを擦ると、暗闇の中で一瞬、彼女の顔が浮かび上がった。煙草に火をつけると、ゆっくりと煙を吐き出し、アセロンの方をちらりと見た。


「あんた、本当は何しに来たの?」綾が突然、問いかけてきた。


 その質問は表面的なものではなく、彼の存在自体を疑問視しているようだった。彼女の問いは直接的で、感情を含まない。


「・・・炎蔵さんに武器を作って貰いに来た。ついでと言ってはなんだが、それでこの防衛に参加した」


「そ。 ・・・それでこの拠点を見て、何か気づいたことはある?」


「・・・ここの設備は大きく、整っている。しかし、情報通りの群れが来たら耐えられないだろうな」


 アセロンの答えに綾は少し頷いた。

 煙が風に流されていく。彼女は黙って煙りを吐きながら、目を細めて拠点から村を見下ろしている。

 綾が空を見上げ、再びこちらへ問いかけてくる。


「あんた、他の村から来た上に、依頼ですら無いのにこの状況を放っておけないんだね。で引き受けられるような物事じゃない」


「俺の性分だ。頼まれた以上、無視できないだけだ」


「そう・・・あんたは変わってる」


 煙草を吸い終わり、彼女は煙草の火を消した。


「・・・じゃあ、私は先に帰るから」


「分かった。また明日も、分からないことがあったら頼むぞ」


 そう言っても綾はこっちを見向きもせずに帰って行った。


 この拠点から見下ろす村は明るく活気づいていた。モンスターの群れなど忘れてしまう程、あまりにも暗い綾が浮いてしまう程に。

 綾の存在が、アセロンの中で僅かに引っかかっていた。

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