第30話 憎悪のその先へ

 時は遡り、シリウスと鎧の女の対決に移る。


 シリウスと鎧の女は激しい攻防を繰り広げていた。そして、そこから離れた場所からは悲鳴が聞こえていた。

 シリウスは歪な槍から繰り出される攻撃をていき、女との間に拮抗状態を作りだしていた。


「そのおかしな形をした槍・・・、お前がルーカスの仇か・・・!」


「お、よく分かったね」


 シリウスは槍の一カ所に長剣を引っかけた。鍔迫り合いのような状況に持ち込むも、シリウスは力勝負では分が悪く、徐々に押し込まれていく。


「なんていう膂力だ・・・、これが・・・アセロンの言っていた“力”か!」


「そうだよ、これでルーカス君を殺したのさ」


「ぐっ・・・、道理でアセロン達が簡単に殺られる訳だ・・・」


 シリウスは槍を自身の左側に受け流し、一気に間合いを詰めて剣を振った。


「この距離なら、槍は機能しない!」


「でも残念」


 女は槍を回し、柄の部分を駆使してシリウスに反撃した。

 その柄による反撃は彼の剣を弾き、回した勢いで槍を持ち直して更なる反撃に出た。シリウスには当たらなかったものの、彼が後ろに飛び退いたために再び距離ができた。


「そんなに離れたら私の方が有利になっちゃうけど?」


「ここで勢いに流されてはいけない。お前と至近距離で接敵し続ける方が危険だ」


 シリウスは再び長剣を構え直して、鋭い視線を女に向けた。


「それにしても、対モンスター用の剣でよくここまでやり合えるね~」


 シリウスの剣は長剣だ。通常の剣よりも遙かに長い刃渡りがある。

 刃の長さこそアセロンの大剣とほぼ同じだが、その分厚さや幅、質量が全く違う。剣としての性質は違えど、アセロンのものが規格外なだけで、シリウスの物も立派な対モンスター用だ。

 だが相手は人間。リーチや質量の優位性はあれど、モンスター戦よりも小回りを重視する対人戦では分が悪い。


「お前が槍で助かったよ。リーチに大きな差は無いからね」


「う~ん、まあ確かにそうかも・・・ねっ!!」


 女は神速の如き突きをシリウスに向けて放った。

 するとシリウスも負けじと超反射を見せ、剣で槍の軌道を逸らした。槍は彼の脇腹を掠めて空を切った。


「よし、もらった!」


 即座に反撃に出て、女に向けて剣を振り上げた。

 しかし、女は冷静だった。


「忘れたの?槍は先端だけじゃないってこと」


 シリウスの剣は、槍の柄の部分でまた防がれてしまった。

 そして女はシリウスの脇腹に蹴りを入れた。彼は吹っ飛ばされ、体勢を崩して倒れてしまった。

 しかし、そのダメージを物ともせず、すぐに立ち上がって剣を構えた。


「いい加減、お前を相手にしている暇は無いんだ!早く向こうの状況を確かめないと・・・」


 シリウスは焦燥感に駆られていた。大門の方から聞こえる悲鳴が一体何なのか、あの爆発はどうなっているのか、確認するべき事が多すぎる。

 一方の女はというと、何か違和感を感じ取っていた。


「今の感触・・・、あんたまさか・・・」


 女が何か勘づくと、シリウスの目つきが一変した。苦戦を強いられていた時とは打って変わって、何やら邪悪なオーラを放っている。


「成る程、あんたは“下僕”だったのか・・・。これは迂闊なことをしたね。今回の所は引いておいてあげるよ」


 そう言うと女は槍を背負い、立ち去ろうとした。


「おい、最後に名前ぐらい教えていけよ」


「私の名前は“暁”だよ。アセロンにも伝えておいてね。“私がここに来た”ってね」


 そして女は立ち去っていった。


 シリウスは剣を仕舞い、急いで騒ぎのする方向へと走って行った。



 シリウスが騒ぎのする所に着くと、そこには溢れんばかりの異形のモンスターがいた。

 異形のモンスターは周辺の人々を襲っており、現在ヴァルドリアに滞在しているハンターが緊急で応戦している。

 そんな中、苦戦しているハンターがシリウスに気づき、助けを求めてきた。


「あんたフォルガーだよな!?手を貸してくれ!」


「・・・分かった!」


 そしてシリウスは目の前の異形を斬り倒し、応戦しているハンターの一人を救った。


「助かった・・・。あんたが来てくれたから、すぐに収まりそうだ」


「だが・・・これは一体、どうなっているんだ?」


「俺には分かんねえよ。俺が来た時にはもうこんな状況だったからな。それに関しては他の奴に聞いてくれ」


「そうか・・・」


 シリウスは異形の掃討に参加した。

 異形の一体一体が弱く、シリウスでなくとも狩ることはできる。なのに苦戦している理由は、その異形の数だ。異形のモンスター達は出入り口となっている大門から侵入してきたと考えられる。その数はざっと数えただけで40頭はいる。


「クソッ!数が多すぎる!」


 この異形との戦いで死ぬことは無いが、数が多すぎるために手に負えなくなってくる。シリウスの横を通り抜けて行く異形は民家に侵入し、市民に襲いかかっている。


「まずい・・・このままだと・・・!」


 ハンター達は数で押し切られ、異形が町へとなだれ込みそうになる。


 万事休すと思われたその瞬間、ヴァルドリアの衛兵の一団が向かってきた。


「・・・!来たぞおぉぉ!!」


 一人のハンターが声を上げ、他の者たちもその動きに気づく。

 だんだんとその人数が増えていき、ものすごい進んでくるのが見て取れる。彼らはまるで津波のように向かってきていた。


 そして異形と衝突した。衛兵達は何度も剣を振り、槍を突き刺すことで異形の数を着々と減らしていく。衛兵達の活躍を見ていたハンター達は奮い立ち、負けじと異形を相手にしていった。


 シリウスは、一旦この場は問題ないと判断し、その場を離れた。


「あの爆発と綾の様子・・・もしもアセロンの身に何かあったら・・・!」


 すると彼はアセロンが宿泊しているという宿に立ち寄った。彼はアセロンが血液を摂取しなくてはいけなことを知っており、彼に血液を届けるために宿に寄っていた。


「確かあいつは、血液を飲んでなかったはず。持って行かないと!」


 アセロンが必要としている血液を一つ持つと、シリウスは王宮へと走って行った。


―――――


 そして時は戻り、アセロンと閃一の場面へ


 閃一はアセロンに向けて怒りをぶつけるように攻撃をしている。閃一も片腕になったとはいえ、一撃の重さは変わらない。


「お前は 毎回毎回 都合の良いタイミングで助かりやがって・・・!こっちの努力も少しは考えろよ!!」


 アセロンは始めとは違い、閃一の攻撃を簡単に受け流している。


「生憎、こっちも簡単に死ぬつもりはないんでね・・・!この意思が神にでも届いたのかなぁ!?」


 アセロンは閃一の動きを見逃さなかった。片腕で大斧を振るのはどうやら初めてらしく、振る度に体が僅かに勢いに持っていかれている。アセロンはその大斧を掻い潜り、大太刀による一撃を浴びせた。閃一は胴体を斬られ、決して治ることのない怪我を負わされた。


「動きがめちゃくちゃじゃないか。今の身の丈に合わない武器を振り回すのは止めた方が良いぜ?」


「だったらそうさせてもらおうか!」


 そう言うと、閃一は斧を投げ捨てて転がっている剣を手に取った。

 彼の剣から繰り出される攻撃は、さっきのように体が持って行かれることは無く、動きにキレが戻っている。

 しかし、その分攻撃の重さが減っており、アセロンに攻撃を弾かれる頻度が増えている。


「どうしてだ!!さっきまで虫の息だった奴なんかに!!!」


 閃一は苛立ちに気を奪われており、自身の持っている剣の限界に気づいていなかった。そしてアセロンが閃一の攻撃を再び弾いた瞬間、閃一の持つ剣が折れた。

 当然である。人の理から外れた二人の斬り合いに使われる武器は、ただの人間を殺すために作られていては全く役に立たない。


「も ら っ た ぁ ぁ ぁ !!!」


 アセロンは閃一の胸の中心を、刀で突き刺した。しかし、彼の刀は閃一の心臓を捉えられず、致命傷には至らなかった。


「ぐあああぁぁぁ!!・・・貴様あぁぁぁ!!」


 閃一は叫び声を上げたが、仕返しとばかりに折れた剣をアセロンの右肩に突き刺した。


「がっ・・・!」


 アセロンは閃一の胸から刀を抜いて、急いで離れた。


「畜生・・・痛え・・・。再生は出来そうか?」


『すまないが、まだ出来そうにない。出来るようになるまでなるべく攻撃を受けないように動いてくれ』


 肩を貫通はしていないものの、折れた部分が刺さったが故に傷が広く、出血量が多い。その血がアセロンの右腕を伝って大太刀に流れた時、彼はどこからか鼓動を感じた。

 本来は感じることのない脈動がアセロンの腕から全身へと伝っていき、彼の感覚が刀と一つになっていく。


「どういうことだ?手と刀が繋がって・・・離れない」


『まずいぞアセロン。その太刀から未だかつて無い力を感じる!これは・・・生物のような何かだ!』


 右手に目を向けると、握っていた柄の部分と彼の掌が一体化していた。刀と掌の境が無く、繋がっている部分からは脈のようなものが張っている。その一つ一つが脈動し、血液の流れを感じさせた。


「何が起きているんだ・・・!これがこの刀の真髄だとでもいうのか・・・!」


『どうやら、これがその真髄だろう。貴様の体とこの太刀は肉体的に繋がっていて、血液が刀を巡っている・・・!これはもう、理屈では説明できない!』


「それに、この力を奪われるような感覚は・・・!」


 腕を伝う鼓動はますます早くなっていき、刀はメキメキと音を立てて形を変えていった。そして大太刀はアセロンが使っている大剣よりも一回り大きい大剣へと変形した。まるで彼の心を体現したかのような見た目へと。

 あまりにも突然巨大化したため、急に重くなった剣を地面に落としてしまった。大剣はそれでも彼の手から離れなかった。恐ろしくなって離そうとするも、自身の手と一体化しており離れず、持ち上げるすら難しい。


「異常事態が起りすぎだな。やはり、お前は生かして置いてはいけない存在だ!!」


「てめえの言えたことか!!」


 そう言って閃一は先程投げ捨てた大斧を再び手に取った。そして、剣の唐突な巨大化によって武器を持ち上げられなくなったアセロンに向かっていく。


「俺を殺したきゃ、その剣を振ってみろよおぉぉ!!!」


 向かってくる閃一を見た瞬間、アセロンの中にとてつもない殺意が湧いた。刀に溶け込まされた彼の腕と目に宿っている無念や、ルーカスの仇への激しい憎悪が、刀から自分へと流れ込んでくる。そして、リディアと綾を殺された悲しみと怒りが増幅されていく。


 アセロンは右腕に全ての力を込め、閃一に向けて大剣を全力で振った。


「か゛あ゛あ゛あ゛ぁ ぁ ぁ !!!!」


 大剣は大斧とぶつかると、斧を破壊して閃一の左肩にめり込んだ。剣の勢いは衰えること無く、叩き潰すかのように閃一を真っ二つに切り裂いた。

 

「何・・・だと・・・!」


 閃一にはもう右半身しか残っていない上、アセロンの武器の効果で体を再生することが出来ない。血肉が地面に落ちるグチャッという音と、金属音と共に閃一は地面に倒れた。

 アセロンは彼の前に立ち、地面に大剣を突きつけた。


「クソが・・・こんなの認めねえぞ・・・!」


「これは、お前が選んだ道の結末だ。嫌でも押しつけてやるよ。・・・だがその前に、お前の知っている“あの女”に関する情報を洗いざらい吐いて貰うからな」


「フン・・・お前に開く口なんてねえよ・・・」


「そうかよ。でも良かったぜ、お前のことを殺したくて殺したくて山々だったから、遠慮無く殺せる」


 そしてアセロンは大剣を持ち上げた。彼の視線は閃一の首に向けられていた。

 それとは反対に、閃一はアセロンをものすごい形相で睨んでいる。


「てめえ・・・呪い殺してやるからな・・・!!」


「呪われるべきはてめえだろ。綾とリディアに呪われないよう、神にでも祈っているんだな」


「神なんて――」


 アセロンは不気味に笑うと、大剣を振り下ろした。


 アセロンは首を斬った、というよりも叩き潰したに近い。そして、その一撃は王宮全体を震わせ、床に大きなひびを入れた。


 遂に、閃一は息絶えた。


「やはり、俺にはこういう剣が一番だな・・・」


 アセロンは余韻に浸り、ようやく訪れた静寂に意識を溶け込ませた。吹き抜ける風、以前燃え盛る王宮、その全てが気にならない程に、彼は疲れていた。

 剣との一体化が解除され、掌から剣は外れ落ちた。さっきまで握っていた大剣は紅い刀身を持つ刀に戻っていた。しかし、その見た目は大太刀ではなく、普通の刀と同じぐらいの刀身になっていた。


「刀身が短くなってる・・・。これは?」


『アセロン、体内のエネルギーが減っている。どうやらこの刀は本当に貴様と一体化していたようだ。おそらくそれが原因でその大太刀からも力が失われて、短くなっているのだろう。今後の使用は控えるべきだ』


「ああ・・・、使い勝手は良くなっていると思うけどな。とりあえず、先にやるべき事をやっておこう」


 勝利の余韻も束の間、アセロンは閃一の死骸に手を加え始めた。エネルギー源としての活用を試みるために。


「異形も幻龍もいけたんだ、こいつぐらい――」


『盛り上がっている所悪いが、何か忘れてないか?』


「・・・何がだ」


『綾だよ。リディアは間に合わなかったが、綾からはまだ生体反応がある』


「・・・何だと!?もっと早く言え!」


 アセロンは急いでその場を立ち上がり、綾の倒れている所へ走って行った。

 彼が綾の元へ駆けつけると、アセロンを庇ったときに負った怪我は深く、血が大量に出ており、どう見ても生きているようには見えなかった。体も冷たく、死んでいると断定することは難しくは無かった。

 しかし、綾は何故かまだ呼吸していた。ほんの僅かで、弱々しく、今にも途絶えてしまいそうだった。

 アセロンは死なせまいと急いで止血し、彼女を医療施設に送るために担ぎ上げた。


「何故こいつは生きているんだ・・・!?執念とか、そういう理屈じゃないものでしか説明出来ないぞ・・・!」


『私にも分からない・・・。だが、急いで送り届けるに超したことはない』


「そうだな。・・・なあ、リディアは本当にもう駄目だったのか・・・?」


『残念だが、彼女はもう手遅れだ』


 アセロンはそれでも足を止めるわけにはいかない。


 自分のせいで死ぬ人が、一人でも減るというのなら―――

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