第20話 使命の奔流
日が暮れ、アセロンと綾は、護衛対象の馬車へと向かっていた。
その馬車のそばには、一人の男が立っていた。その男は歳を重ねた商人で、長い白髪を背中に垂らしていた。
「君たちが、アセロンさんと、綾さんですか?」とアセロンと目が合った男が、穏やかな声で話しかけた。「僕一人じゃ、この道を通り抜けるのは無理だったでしょうから、本当に感謝しています」
その男の名はエリクと言い、商人をしている。
依頼の内容は、遠方にある都市、「ヴァルドリア」へ重要な物資を安全に運ぶというものだった。そのヴァルドリアとは、アセロンが次の目的地として決めていた都市だ。
アセロンは無言で頷き、目を細めて周囲を見回した。綾もまた、警戒を怠らずにいた。彼女は、相変わらず無表情だったが、嫌な感じは無かった。「心配しないでください、エリクさん。私たちがついている限り、無事に目的地にたどり着けるはずです」
エリクはホッとしたように笑い返し、そのまま馬車の中へと戻っていった。
道中、アセロンと綾はエリクと様々な話を交わすことになった。最初は護衛任務に関する簡単な打ち合わせだったが、次第に話題は変わっていった。
「君たちはなぜ、ハンターになったんですか?」エリクが興味深げに聞いた。
アセロンはしばらく考えた後、淡々と答えた。
「理由はいくつかありますが、両親の遺志を継ぐためです。彼らもハンターで、俺が幼いころに亡くなりました。それ以来、ハンターとして生きると決めたんです。ただ、村のために尽くすほど、村を離れた場所で働くことが多くなるのは少し皮肉ですね」
綾はその言葉を受けて、彼女も話し始めた。
「私も同じで、ハンターだった父親が死んでしまってそれでなりました」
エリクは頷きながら言葉を続けた。「守りたいものか…。僕も、家族や仲間のためにこの商売をしているんです。彼らを守るためには、どんな苦労も厭わない。でも、それでも時々思うんです。本当にこれでいいのかって」
アセロンが無言でエリクの方を見ると、エリクは少し笑って続けた。「君たちも、そんな風に感じたことがあるんじゃないですか?自分の選んだ道が、本当に正しいのかどうかって」
アセロンはその言葉に一瞬迷ったが、やがて小さな声で答えた。
「ええ、あります。守るために戦うと決めたのに、その戦いでさらに大切なものを失うこともある。それでも、前に進むしかない。使命がある限りは」
エリクは静かに頷き、しばらくの沈黙が流れた。その後、彼は綾に目を向けた。「綾さん、あなたはどうですか?戦士としての道を歩み続ける中で、迷ったこと、悩んだことは?」
綾はしばらく答えず、ただ遠くを見つめていたが、やがて低い声で言った。
「それは・・・、私もその道を進む中で、今のままでいいのか悩むこともたくさんあります。でも、もうその道に足を踏み入れてしまったら、後戻りは出来ないでしょう?」
エリクはその答えを聞いて、少し考え込んだようだった。しかし、彼の目には理解と共感の色が浮かんでいた。
「それでも、君たちが守るものがある限り、その選択は間違っていないんだろうね。僕も君たちに守られていると思うと、少し安心できるよ」
その言葉に、アセロンは少しだけ表情を和らげた。彼はエリクの言葉に対して、直接答えることはなかったが、そのまま黙って護衛の任務に集中した。
しばらくして、エリクがまた話を切り出した。
「ところで、君たちはこれからどこへ向かうんですか?」
「言ってませんでしたね。俺たちの次の目的地もヴァルドリアです。依頼を受けたのは、そのついでです。」
エリクはその言葉を聞き、微笑んで答えた。
「そうだったんですね。それで、ヴァルドリアには何用で?」
「そこで少し人探しをするんです。一体どこにいるのか、そしてそれが誰なのかも分からないままですけど」
「人探しですか・・・、そんな人物を追っているということは、あなた方と何らかの因縁がありそうですね。僕は多少顔が利きますので周りに聞いてみましょうか?」
「助かります。よろしくお願いします。そいつの特徴が――」
アセロン達は謎の女(暁)の特徴を話しながら、馬車を進めていった。
――――――
夜が明け、日が差し始めた頃、彼らはヴァルドリアへ無事到着した。
道中、何回かモンスターの群れに出くわし、交戦したこともあった。それでも無事に依頼をやり遂げたのだ。
「ありがとうございました!おかげさまで、無事に目的地へたどり着けました。本当に感謝しています。このご恩は報酬の他に、人探しの手助けになることで返しましょう」
「いえ、こちらこそ乗せてもらえて感謝しています。人探しの方、よろしくお願いしますね」
そうしてアセロン達とエリクは別れを告げた。
護衛任務を終えた二人は、都市の荘厳な城門をくぐり、その壮麗な建築に圧倒されつつも慎重に歩みを進めた。都市は商業が盛んで、路地を歩けば市場から漂う香ばしい食べ物の匂いや、職人たちが打ち鍛える金属音が響いていた。
「これがヴァルドリアか・・・」アセロンが町並みに圧倒されて言った。彼の表情には、長い護衛任務を終えた安堵がうかがえたが、まだ完全に緊張が解けたわけではない。
「私も初めて来たけど、まさかこれ程とは思わなかった・・・」
一先ず二人は宿を目指し、町を探索した。
――――――
そして二人は町の宿の部屋を取り、各々の部屋で荷物を整理した。
アセロンはそこで、謎の液体を取り出した。
『遅いぞ、アセロン。維持するのも楽ではないのだからな』ノクが不満げに答えた。
『わーったよ。そこそこの量必要そうだな・・・』
この謎の液体は、以前彼が手に入れた異形の血液だ。そのストックの血液から補給しようとしていたのだ。
まだご機嫌斜めなノクは説教をするようにアセロンに言った。
『知っていると思うが、貴様の体は異形の血液無くして維持出来ない。再生や身体を強化するとさらに消耗してしまうからな。ましてやリオラとの戦闘で消耗しているのだ、しばらくは摂取量を増やす必要があるだろう』
『あぁ・・・、そうだな』アセロンは殆ど聞き流していた。
アセロンはそのような話をされる度に、自分はもう普通の人間では無く、化け物ではないのか。復讐を果たしても、今まで通りの生活には戻れないのではと。
それでも彼は血液を飲む。相棒を奪ったあの女を殺すまで。
――――――
そして数十分後
綾は宿の入口に立ち、町の空気を吸い込みながら、周囲に目をやった。アセロンと集合時間を決めていたが、その時間を過ぎている。
多少の苛つきと共にアセロンを待っていると、綾の後ろからアセロンの声が聞こえた。
「悪い、遅くなった」
綾はため息をつき、アセロンと共にこの町の組合の支部へ向かった。
向かう道中でアセロンが綾に話しかけた。
「生活するために、ある程度の依頼はこなしておくつもりだが、お前自身も何かしらの用事があるんだろう?」
綾はしばらく考えているかのように黙っていたが、ゆっくりと話し始めた。
「同じく依頼を受けるつもり。だけれど、効率を考えて、依頼は別々で受けましょう。私も別でやることがあるから、よろしくね?」
アセロンは小さく頷いて返した。「そうだな、そうしよう。その別件というのが何なのかまだ――」
「あ!いたいた!」
アセロンが綾のやろうとしている事について言及しようとした瞬間、何者かの声によって遮られた。
「あなた達がアセロンさんと、綾さんですね!?」
「お取り込み中でしたか?申し訳ありません!」
謎の男二人組に突然話しかけられ、アセロンと綾は呆気に取られていた。
「すみません、突然話しかけたので仕方ありませんよね。いきなりになってしまうのですが、今から私達に同行していただいても良いですか?」
「馬鹿!ちゃんと経緯を説明してからじゃないと――」
グダグダな二人組の後ろから見覚えのある影が出てきた。
「どうもー、数時間ぶりですね」
「「・・・エリク?」」
そして事の経緯はエリクから聞き出した。
「女王が私達に?一体なんのために?」綾が驚いたように応じた
「それは、女王から聞いて下さい」
「・・・理由は分からないが、気を引き締めていこう」アセロンは冷静に応じた。
その後は二人組に導かれ、二人は豪華な宮殿の奥深くへと案内された。通路を進むごとに、壁には精緻なタペストリーが掛かり、宝石のような照明が空間を柔らかく照らしていた。大理石の床は二人の足音をかすかに反響させ、荘厳さと重厚さに包まれたその場は、二人に威圧感さえも感じさせた。
そして、大きく重厚な扉・・・ではなく、会議室のようなところへ案内された。そこには、一人の女性が席に座していた。彼女は威厳と美しさを兼ね備えた人物で、鋭くもすべてを包み込むかのような目つきでアセロンと綾を見つめた。
「よく来てくださいました、アセロンさん、綾さん」とその女性は静かに口を開いた。「我々の都市にようこそ。ですが、まずはお礼を言わせて下さい。貴方たちが護衛した物資は無事にこの都市に到着しました。物資と商人の命は、貴方たちのおかげで守られました」
アセロンは遠慮したように、目の前にいる女性に尋ねた。「あなたが・・・、女王陛下ですか・・・?」
そうすると目の前の女性は毅然とした態度で答えた。
「自己紹介を忘れていましたね。・・・その通り、私がこそがヴァルドリアを統べる女王、セレナ・ヴァルディス・アストリアである」
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