第21話 二人に無い輝き

 女王の名乗りが終わった瞬間、静寂が部屋を包んだ。アセロンと綾は、胸に残るその余韻を噛みしめつつ、女王の動きを注視した。高位の人物が目の前にいるという事実に、その存在感に、自然と身が引き締まる。


「まぁまぁ、そんなに固くならないで下さい。さぁ、こちらへ」そう言って女王は二人を席へ案内した。


 アセロンと綾は女王から、この国の現状や物資についての話を聞いた。

 

 この都市は広大な領土を持つ王国でありながら、最近、モンスターが突然活性化し、その対処に追われているらしい。護衛依頼を受けた物資はこの都市にとって極めて重要であり、その無事な到着は王国の防衛力や経済に直接影響を与えるものだった。そのため、この物資の存在が王国にとっては必要不可欠であったのだ。

 そのような物資の護衛任務を完遂したアセロンと綾は、都市の統治者である王女から特別に感謝の意を示されることとなった。


 対面の席で、女王は二人に都市周辺に住まうモンスターの異常な活動を報告し、その原因を調べることを手伝って欲しいと頼んだ。


「先ほど申し上げた通り、突如都市周辺のモンスターが活性化し、この都市に多大な被害が出ています。我が国の兵士だけでなく、ここに訪れるハンターの方々にも依頼を出していますが、被害は増す一方。その原因も未だに判明していません」


 彼女は、この問題を解決するためには二人の協力が必要だと考えていた。都市の平和のため、女王はアセロンと綾にモンスターの脅威を取り除いてほしいと強く求めた。


「どうか、この国にご助力下さい!」女王は頭を深々と下げた。


 アセロンと綾は、一国の女王が自分たちに頭を下げているという光景に慌てふためいた。


「わ、分かりましたから!頭を上げて下さい!」アセロンは慌てて声をかけた。


「安心して下さい。私達もこの国に用事があってきました。断る理由はありません」


 彼の背後から、綾が落ち着いた声と表情で言葉を投げかけた。しかし、いつもの彼女からは想像できなような彼女の額には、思わず冷や汗が滲んでいた

 女王はほっとしたように、胸をなで下ろした。


「良かった・・・。では、よろしくお願いします」


 その瞬間、部屋には安堵の空気が流れた。しかし、その安らぎも束の間、女王がさらに口を開いた。


「実はもう一つお願いがあります」


 ――――――


 アセロンと綾は、女王に頼まれたもう一つのお願いを果たすために、ある場所へ向かっていた。

 そしてその場所には、ある人物がいた。その人物とは王女、つまりアストリア女王の娘だ。王女との初対面は、華やかな宮殿の中庭で行われた。噴水の水が優雅に流れる中、王女はまるで舞台に立つように気品を漂わせていた。


「お会いできて光栄です」とアセロンが頭を下げると、王女はにっこりと微笑んだ。


「私もです、アセロンさん。綾さんも、どうかよろしくお願いします」と、王女は礼儀正しく頭を下げたが、その目には何か情熱的なものが宿っていた。


「私はリディアと申します。このお願いを聞き入れて下さり、ありがとうございます」そう言うと、リディアはアセロンと綾を見渡した。


「あなた達が私の新しい先生になってくれるのですね?」


「はい。お任せ下さい」綾が一歩前へ出て言った。


「敬語はいりませんよ」リディアが微笑んで言った。


 二人が受けたもう一つの事は、このリディアの先生になること。具体的にどういった事をするのかというと、彼女を立派なハンターにするために指導をすることだ。

 この王女はハンターになりたいという幼い頃からの夢があり、ハンターになるために日々鍛錬を積んでいる。しかし女王は、彼女が王女という立場である以上、半端な実力で送り出すつもりは無く、十分な実力を身につけて初めて許可されるものであった。

 女王は若かりし頃、ハンターだった。後に夫となる人物と共に活動し、このヴァルドリアを守護していた。その活躍は列国に名を轟かせ、フォルガーの名を持つまでになった。しかしある日の依頼で、夫を亡くしてしまう。その出来事があり、女王はハンターを退き、娘はハンターを志すようになった。

 女王は同じ事を繰り返さぬように、娘がハンターになるために厳しいラインを設けた。そのせいでリディアは未だにそのラインに達しておらず、この国にこれ以上の指導ができる者も存在しなくなってしまった。

 フォルガーとは、そうポンポン出てくるものでは無いのだ。一つの国に一人生まれれば多いとされるような存在だ。

 母親が偉大な存在だから、自身の立場が大きな物だからこその弊害が生まれてしまった。


「あなた方が修羅場をくぐってきたことは一目で分かります。ですが、アセロンさん、あなたが私を指導できるとは到底思えません」リディアが難しい顔をして言う。


 それもそうである。普通は、片腕と片目の無い人間がハンターとして活動していけるはずが無い。ましてやフォルガーなど、嘘のような見た目をしている。


「確かにそうだ。だが、俺はこんな見た目をしているが、歴としたハンターであり、フォルガーだ」彼は冷静に答えた。


「そう・・・ですか。では指導の程、よろしくお願いします」


 このようなやり取りを終え、三人は早速訓練に取りかかった。


 ――――――


「はぁ~~~、この開放感!清々しさ!たまらないわ~~!」リディアが腕を広げて伸びている。


「前に出過ぎんなよ。・・・人探しの手伝いをしてくれるとは言っていたが、なんでこんなの受けちまったんだ・・・」アセロンが小声で愚痴をこぼしてしまう。


「仕方無いでしょ。一国の女王様からのお願いなんて、断れないわよ。探すのを手伝ってもらえるだけ遙かにマシ」綾も煙草を吸いながら、アセロンの横で依頼について話していた。


 アセロンと綾はリディアに訓練をつける傍ら、依頼を消化しに来た。この国でハンターへ出される依頼の殆どがこの活性化によるものであり、この問題の深刻さがうかがえる。

 そんな彼らが向かっているのは、都市周辺にある森林。そして森林周辺に蔓延るモンスターを駆除する依頼を引き受けた。

 対象のモンスターは「クサリビト」というモンスターだ。

 クサリビトは、黒ずんだ細い四肢を持ち、全身に苔や樹皮が絡みついたようなざらざらした肌が特徴的で、人間よりも大きい体躯をしている。その身体の表面は常に湿っており、夜露に濡れた森の中を思わせる。顔には目がなく、代わりに長い触角のような感覚器が二本、頭から垂れ下がっている。それらは周囲の空気をかすめながら、獲物の気配を敏感に察知する。

 普段は森林の深部に群れを成し、人間や動物を避けるように静かに生活しているが、最近の活性化現象により凶暴化し、周辺に出没し始めた。群れを成して動くだけでなく、数が多いため他のハンター達も同じ依頼を受けている。


 そんな中、リディアが口を開いた。


「指導してくれるのはいいのだけれど・・・、あなた達が噂通りの実力なら、私の介入する余地が無くて訓練にならないんじゃない?前に出すぎないようにするのは、あなた達もでしょ」


アセロンは眉をひそめて言った。「安心しろ、実力は保障する。あくまで依頼の方が〝ついで〝だ。・・・というか、随分と生意気な言い方だな」


「私が教えてもらう立場なのは重々理解してるわ。でも、外でぐらい楽にさせて。あんなに賢く振る舞うのも疲れるのよ!」


「・・・悪かった」


 リディアは愚痴を勢いよく言うと、綾へ視線を向けて言った。


「あんた、さっきから煙草の煙がウザいのよ!王女様の近くで暢気に煙草を吸うとか失礼しちゃうわ~」


 綾も眉をひそめて何か言いたげだったが、黙って煙草の火を消した。そしてため息をついて口を開いた。


「はぁ・・・、持ってきてた最後の煙草なのに・・・」


「・・・お前、消費早くないか?」アセロンが半ば呆れながら問いかけた。


「煙草なんて現地調達でいいのよ。だから予め持ってくる必要なんてない。・・・おいガキ。あんま調子乗ってるといざという時見捨てるよ」


リディアは一瞬カッとなったが、すぐに余裕の表情になった。


「はぁ~!?ガキィィィ!?18歳なんだけど!・・・あ、もしかして、私が子供に見えるってことは、あなた相当歳がいってるんじゃないの?」


「・・・」綾は返さなかった。図星なのなもしれない。


「何も言い返さなかったら三十代って可能性も出てくるよ~?」年齢を割り出そうとするリディア。


綾がようやく口を開いた。「・・・24」


 その言葉にいち早く反応したリディアがなんとも言えない顔をしていた。


「絶妙に弄りにくい年齢・・・、なんかごめん・・・」


「・・・殺すぞクソガキ」


 綾の年齢に、なぜかアセロンも反応した。「お前・・・、年下だったのか・・・?」


「え・・・何歳なの?」リディアが恐る恐る尋ねた。


「26歳・・・」


「「・・・」」


 空間がひたすら気まずくなっていく。


――――――


「はーっ、どうりで互いの年齢を知らない訳だ」


 アセロンはリディアに、綾との関係を話した。ほんの一部だけ。


「じゃあアセロン、あなた・・・、絶好の婚期で彼女さんを亡くしたのね・・・。心中お察しするわ・・・」さっきまでの威勢を失ったリディアがしんみりと返した。


「別にいいよ、知らなかったんだから」


 さらに気まずくなってしまった。

 その空気を終わらせようと、リディアが頑張って会話を切り出した。


「綾は昔、どんなことがあったの?煙草を吸い始めた理由とか」


「煙草は・・・ただのストレス発散。過去の事を、聞いても面白くないよ。だから、言う気なんて更々無い」



 そうしている内に、三人は目的地へと辿り着いた。


 森の周辺は不穏な空気が漂い、木々の間から微かに動物たちの鳴き声が消えた。アセロンは立ち止まり、周囲の気配を探った。綾も同じく警戒の目を細めながら、辺りを見回す。そして、少し後ろで剣を握りしめるリディアが、口を引き結んだまま黙って彼らの背を見つめている。


「近いな・・・」アセロンが低い声で言うと、リディアがすかさず一歩前に出た。

「私が前に出る。でないと意味が無いわ」


 リディアの言葉には確固たる自信が感じられるが、それに混じって焦りの色も見えた。彼女はヴァルドリアの王女という立場にありながら、ただの肩書きに甘んじるつもりはなかった。都市にいる指導者たちでは、もはや彼女を指導できる者はいないほどの実力者だ。だからこそ、今回のような実戦が何よりも重要だった。


 アセロンは少し後ろに下がり、綾と共にリディアの動きを見守ることにした。


「無理はしないように。じゃあ、力を示してみろ、クソガキ」


 リディアは軽く息を吐き、意を決して森の奥へと踏み出した。


 その瞬間、森の暗がりから何匹かのクサリビトが現れた。彼らは湿った皮膚を持ち、苔むした触角を震わせながらリディアに迫ってくる。その動きは素早く、森の中ではまるで風のように滑らかに動く。


 リディアは一瞬も怯むことなく、持ち武器の双剣を構えた。その剣は一本は長く、もう一本は短い、バランスの取れた二刀流だ。素早い敵との接近戦に特化した武器であり、彼女の得意とする戦い方だ。

 

 リディアが前に出ると、一匹のクサリビトが飛びかかってきた。しかし、彼女は冷静にそれをかわし、長剣で一閃。瞬く間に敵を斬り裂いた。


「数だけはいっちょ前に居るわね!!」


 次々とクサリビトが襲いかかるが、リディアはまるで舞うように軽やかにその攻撃をかわし、二刀を巧みに使い分けて反撃を繰り出す。彼女の動きは華麗でありながら力強く、都市の指導者たちが手に負えなくなったという評判も頷ける。


「これは・・・中々・・・」綾がぼそりと呟いた。


 アセロンも黙って頷く。リディアの動きには無駄がなく、その実力が明らかだった。だが、今は訓練であり、彼女に更なる試練を与える必要がある。


「ここからが本番だな」とアセロンが静かに言うと、その言葉を待っていたかのように、森の奥から巨大な気配が現れた。ヌシビトだ。黒ずんだ体に絡まる触角がうねりながら、まるで森そのものが動き出したかのようにゆっくりと姿を現した。


 ヌシビトとは、クサリビトを統率して群れを形成する。体はクサリビトの倍近い大きさを持ち、頭には無数の触角が絡みついている。まるで、木の枝が折り重なり、歪んだ形に凝り固まった異形の樹木のように見える。このヌシビトこそ大人しいモンスターであるが、活性化によって凶暴化し、甚大な被害を生み出している。


 リディアの顔が一瞬引き締まる。


「うぇ・・・、気持ち悪・・・」


 これまでのクサリビトとは比べ物にならないほどの力を持つヌシビトが、彼女の前に立ちはだかった。だが、彼女は臆することなく、双剣を握り直し、前へと進んだ。

 ヌシビトは触角を振り上げ、リディアに向かって振り下ろした。その動きは予想以上に速く、リディアはかろうじてかわしたが、地面に深い傷が残った。その破壊力に、リディアの顔には一瞬緊張の色が浮かんだが、すぐに冷静さを取り戻した。


「こんなのにビビってちゃぁダメでしょ!!」


 リディアは瞬時に距離を詰め、ヌシビトの足元を狙って低い体勢で突進した。だが、ヌシビトは触角を巧みに使い、リディアの攻撃を防ぎながら反撃してくる。リディアはそのたびにかわし、反撃の隙をうかがった。


「さすが、王女だな。動きが速い」


 アセロンが低い声でつぶやくと、綾も感心した様子で頷いた。


「見かけよりずっと軽やか。あのモンスター相手に遊んでいるみたい・・・」


 彼らの視線が集中する中、リディアは軽快な足取りでモンスターの攻撃を完全に避けきる。そして、余裕の笑みを浮かべながら、振り返ることなく自信満々に言い放つ。


「ヴァルドリアの王女リディアに、遅れをとる敵などいないわ!見てなさい、今に終わらせてあげる!」


 リディアはヌシビトの触角が一瞬緩んだ瞬間を見逃さず、全力で両剣を振り下ろした。その刃が深くヌシビトの体に食い込み、巨体がゆっくりと崩れ落ちていった。

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