第20話 歪な運命
森の中に冷たい霧が立ち込め、風に乗った湿った空気が肌に纏わりつく。リディアは巨大なヌシビトの亡骸を見下ろしていた。剣を持つ手はまだ戦いの余韻で震えているが、顔には疲労と達成感が混ざり合った表情が浮かんでいた。彼女の元に、アセロンと綾が側に近寄る。
「よくやった、リディア」アセロンが静かに言う。
リディアは息を整えながらうなずき、剣を収めて、立ったまま少し休んだ。
「どう?すごかったでしょ!」リディアは胸を張って二人へ向けてアピールした。彼女の言動からは、疲労感を感じさせまいという意思が感じ取られた。
「そうだな、想像以上だった。しかし、これほどの実力があっても尚、ハンターになる許可をもらえないんだな」アセロンはリディアの実力を目の当たりにしたからこそ、甚だ疑問であった。
それを聞いたリディアは神妙な面持ちで答えた。
「それは、お父様の死が原因なのは知っているかしら?」
「もちろんだ」
「そう、私が同じように戦死してしまわないように、お母様は厳しく定めてくれているの。そうだと分かってしまえば、受け入れることなんて容易いわよ」
リディアの目には少しの濁りも無く、真っ直ぐな目つきをしている。アセロンと綾のリディアの見方が、少し変わった。
しかし、リディアは続けて言った。
「でもね、私は将来、この世界を渡り歩いてみたいの。王女としての何かなんて忘れてね。お話で聞いた、お母様とお父様の見てきた世界を見て回って、少しでもお父様に近づきたい。だってもう、居ないから・・・。だから、それもあると思うの」
「そうなのか・・・」アセロンがその言葉を聞いて何かを思い出してしまった。
アセロン自身も何事も無ければ世界中を旅するつもりだった。リオラと。
思い出してしまった。リオラと世界を共に旅しようと約束した日のことを。そして現実を見ると、全く別の目的で旅をしている自分がいた。さらには約束をしていた恋人を自らの手で――
「・・・、旅をするのに一人である必要ってあるのか?」アセロンは少し小さい声で聞いた。
「一人である必要~?そんなの、私が自由気ままに旅をしたいからに決まってるじゃない!誰かと旅してるとすれ違う事なんていくらでもあるでしょ?そんなの嫌よ!折角の夢だった旅!〝誰かと行った ”とかじゃなくて、〝何処に行って何をしたのか "それが大事!なら一人でいいわよね!」
リディアは髪をなびかせ、自信満々に答えた。
「そうか・・・。休憩はお終いだ。まだクサリビトが残っている」アセロンの声は引き締まっていた。「それに、他にもヌシビトがいる可能性がある。活性化の原因を探るためにも、引き続き動く必要がある」
綾はうなずき、リディアも再び剣を握り直した。「そうね、まだ終わりじゃない!」
三人は再び森の周辺を探索し、残されたクサリビトや害になるヌシビトを次々と狩っていった。次第に日が沈みだし、陽の光が木々の間から抜け始める中、遠くから足音が聞こえてきた。アセロンが手を挙げて静止の合図を送り、三人は慎重に進んだ。
木立の向こうから現れたのは、別のハンターのチームだった。装備は整っており、どうやらこちらと同じように森の掃討に当たっているようだった。この依頼が複数出ており、アセロン達と同じくその依頼を手に取った者達だ。
「ちょっと 閃一 さん。しっかりしてくださいよ~」
「いやぁすみませんね。如何せん多忙な身で、疲労がたまってて」
そのチームが話している所に、アセロンが声を掛けた。
――――――
アセロンはそのチームの一人と話した。
「なるほど、あなた方もクサリビトを。こりゃあどうも」その男が手を差し伸べた。
アセロンもその手を取り、挨拶を交わした。
「それにしても、王女様がこんな所まで来て訓練とは。お目にかかれて光栄です」男がそう言って跪くと、他のメンバーも同じように跪いた。
リディアは少し焦ったようにして言った。「そんなにペコペコしないでください。今は同じ狩人の身。仲良くしましょう!」
「おぉ、なんと器の大きい方なのでしょう!」
そんなやり取りをしている時、アセロンは一つ気になることがあった。
「リディア、さっきから思っているんだが・・・」
「えぇ、綾の様子が少し変ね」
リディアの言うように、先ほどから綾の様子が変なのだ。彼女の呼吸は僅かに乱れ、その額には汗が滲んでいた。視線もある一点をチラチラと様子をうかがうかのように見ている。
すると突然、とある男が割って入った。
「すみません、会話に割り込むようで悪いのですが・・・いいですか?」
リディアが驚く素振りも見せずに反応した。「構いません。お名前の方は?」
「閃一 と言います。よろしくお願いします。そちらの片腕の方も」
「アセロンだ。よろしく頼む」アセロンは閃一と名乗る男と挨拶を交わした。
「そちらの女性なのですが・・・」閃一は綾の方へ向いた。
綾は閃一と目が合った時、僅かにビクついたように見えた。
閃一は話を続けた。「先ほどから思っているのですが、そちらの方は・・・綾という方ではないですか?」
「・・・?そうだが、知り合いなのか?」
「やっぱり!実は私も陽華村出身で、彼女とは幼馴染みなんです。久しぶり!」
閃一は陽気に振る舞っているが綾の反応は悪い。いつもより声が遙かに小さい声で返したため、聞き取ることができなかった。
「・・・幼馴染みのよしみで、二人きりで話させてくれませんか?」
「話すのは構わないが、今は依頼の最中で・・・」アセロンがまだ依頼の最中であることを注意しようとしたら、チームの男が提案をしてきた。
「私達が一緒に行動しましょうか?」
「え、いいんですか?」
「その方がより安全でしょう?」
「そう・・・ですね。綾、二人で話したらどうだ?」アセロンは感じ取った違和感に対して明確な答えを得られずにいた。
「ありがとう、アセロンさん」
「ぁ・・・いや・・・、まっ――」
アセロン達はクサリビトとヌシビトを探索しに行った。
――――――
「実は閃一さんとは同じ依頼を受ける上で急遽組んだ、いわば急増のメンバーなんです。しかし彼、腕は立つのは見て分かりましたが、疲労がたまっているのか働きが悪いんですよね~」
「そうなんですか?実は私達も――」
「リディアお前・・・、俺らと態度違くないか?」
そんな会話をしている内に、彼らはヌシビト率いる群れを見かけた。先ほどまでアセロン達が狩っていたクサリビトに気がついて来たのだろう。
「あ、ヌシビトだ。次から次へと切りが無い・・・」
「あれも追い払わねぇとな~。早速、お願いしますよ!」
そう言ってアセロン達の急増のチームは突撃していった。
――――――
一方綾と閃一 は、二人きりになった場所でかつての思い出が蘇り、閃一は笑顔で昔の話に花を咲かせた。綾も戸惑いながらもその懐かしさに引き込まれ、少しずつ心を開きかけていた。
「レオとミラは元気にしてるか?」
「うん・・・、元気だよ」
「そうか、それは良かった。で、あいつらは誰なんだ?」
綾はアセロンとリディアの事を閃一に話した。
「村でそんなことがあったのか。加えて人を探しに来たって?そりゃあ大変なこった」
「・・・分かってるでしょ?私が探しに来たのは、あなたってことぐらい・・・」
すると突然、閃一の雰囲気が一変した。彼の笑顔が歪み、目つきが鋭くなった。
「そうか・・・、俺を殺しに来たのか。やはりあの事を、根に持っているのか?」
「・・・何を言ってるの?あなたを殺すために探していた訳じゃないよ!」綾が不安げに言い返す。
閃一の声は冷たく響いた。「じゃあ何が目的なんだ」
綾はその声に対し一瞬、ビクッと萎縮してしまった。だが、彼女は勇気を振り絞って言った。
「私は・・・、何があったのか知りたいだけ。ねぇ!私のどこが悪かったのか教えてよ!言ってくれたら直すから・・・だから・・・、一緒に村へ帰ろうよ!」
綾の目には僅かに、彼女らしくない涙が浮かんでいた。
しかし、そんな綾の勇気を踏みにじるかのように、舌打ちが響いた。
「・・・ッ!」綾はその舌打ちにもビクついた。先ほどからの彼女の様子は、まるでトラウマを掘り返されたように思える。
そして、閃一が怠そうに頭をかきながら話し始めた。
「お前はいちいちうるせぇんだよ。執着しすぎでうぜえからもう関わるな。また殴られたいのか?」
「でも――」
次の瞬間、閃一は腰に携えていた刀から鋭い一撃を繰り出された。驚いた綾は辛うじて避けたが、避けきれずに胸部を切られてしまった。致命傷は避けたものの、傷口からの出血がとまらない。
徐々に薄れていく意識と熱くなりる傷口を感じる綾に、閃一が刀を向けた。
「これ以上邪魔するんなら、殺す。というかあのアセロンとかいう男、・・・なるほどねえ」
綾はよろけながら刀を抜き、構えた。
「どうして・・・、そんなに言えないような事なの!?私にさえも・・・」
「もういい、もう俺の前から消えてくれ」
――――――
一方、アセロンとリディア、そして閃一の仲間たちは別の場所でヌシビトの探索を続けていたが、突然、遠くから激しい戦闘音が響いてきた。アセロンはすぐに気づき、仲間に伝えた。
「綾と閃一のいる方向から戦闘音がする!ここは任せてもいいか!?」
しかし、アセロン以外の面子は唐突な事に驚いていた。それでも少しして、冷静に返した。
「分かった、リディアさんのことは任せてくれ!二人のことはあんたに頼んだ!」
「すぐに戻る!」
「ちょっと!いきなり過ぎない!?ていうか何でそんなに飲み込み早い――」
そうしてアセロンは、音のした方向へと走っていった。そして彼はその方向から、また別の違和感を感じ取っていた。
――――――
金属音が響き、綾の刀が閃一の刀とぶつかる。しかし、閃一の力は凄まじく、綾はその勢いに押し倒されそうになる。「まだ終わらないぞ!」閃一は笑みを浮かべ、再び刀を振り上げた。
綾は反射的に身体を捻り、一撃を避けた。しかし、先ほど胸に受けた傷に痛みが走り、一瞬呼吸が詰まって彼女は膝をついてしまう。
「どうした、綾?その程度か?」閃一の声は無情だった。
だが、綾は諦めなかった。彼女の目にはかつての閃一への思いと、今目の前にいるこの男を止めなければならないという決意が宿っていた。
「あなたがこんなことを・・・私は・・・許さない!」
綾は再び立ち上がり、息を整えて鋭く閃一を睨みつけた。彼女の手が素早く動き、腰に携えた短刀を投げつけた。閃一はそれを簡単に弾いたが、その瞬間、綾は低く姿勢を取って閃一の懐に飛び込んだ。
閃一が驚く間もなく、綾は全力で刀を振り上げ、閃一の腹に深々と斬り込んだ。閃一は自身の刀で防いだものの、金属の弾ける音が響いた。彼の刀がへし折られた。
「あなたは、私の知っている閃一じゃない!」綾が叫ぶ。
その言葉は、彼女自身への決意の叫びでもあった。だが、彼女の胸の傷は酷くなる一方。出血が止まらず、綾の体力をさらに削っていく。
そして、閃一は笑みを浮かべた。
「それでいい、綾。お前も分かってきたようだな・・・だが遅い」彼はおもむろに構え、さらに狂気じみた表情で迫ってきた。
綾は呼吸を整え、再び防御の構えを取る。次の瞬間、閃一の攻撃が雨のように降り注ぐ。彼の刀は鋭く、急所を正確に狙い、反撃を封じ込める。綾は全力で応戦するが、閃一の攻撃は一瞬たりとも途切れることがなかった。
そしてついに、綾の苦し紛れの反撃が閃一の刀を弾き飛ばした。綾は逃すまいと追撃をしたが、それよりも速く、閃一の腕が彼女へ向けて突き出された。
そして、突き出された腕の親指が、綾の左目を抉った。彼女は痛みで悲鳴を上げながらも、すぐに後退して距離を取ったが、血が視界を染め、彼女の意識はぼやけ始める。
「う・・・あ゛ぁ・・・」
綾は必死に目を押さえ、体勢を立て直そうとするが、閃一の姿が揺らぎ、戦場が徐々に暗闇に覆われていく。視界が完全にぼやけ、胸の傷も相まって身動きが取れなくなっていく。倒れる寸前に、彼女は閃一の嘲笑する声をかすかに聞いた。
「これで、あのアセロンとかいう奴とお揃いだな!まぁ、奴に見させるつもりは無いけどな」
そして閃一は、動かなくなった綾へ向けて拾った刀を振りかぶった。薄れていく視界から僅かに見えたその閃一の表情は、到底幼馴染みへ向けるものではなかった。冷たくあざ笑うかのような、綾の心を蝕むものだった。
「まだ・・・終われない・・・」
閃一が刀を振り下ろした瞬間――
閃一が大きく吹っ飛ばされた。
綾がその元を見てみると、アセロンが立っていた。
「これか・・・俺の感じた違和感は」
アセロンに邪魔立てされたため、閃一は苛立ちを隠せずに目を血走らせている。
「女の子のピンチに駆けつけるなんて、カッコいいね~」
「閃一、お前が綾の探していた人だな?」
「それを知ってどうする」
閃一の質問に、アセロンは呆けたような顔をして答えた。
「そんなん知らん。これに決着をつけるのは彼女自身だ。でも、俺の近くで死んでもらうと目覚めが悪い」
しばらくの沈黙が空間を支配した。
「あっそ。萎えたから今回はもう帰るわ。じゃあ今度は、いい形で会おうな、アセロン?」
「もう関わんなー」
そう言い残すと、閃一は走って逃げていった。アセロンは追おうとはせず、綾の傷を止血し、リディア達の方へ急いで向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます