第19話 怒りの刃

 リオラが命を落とした後、アセロンの中には深い悲しみが広がっていた。彼は、胸に重くのしかかる自責の念を抱えたまま、ただ俯いていた。

 そのアセロンの元へ、レオとミラを連れた綾がやってきた。


 彼らが再会したのは、リオラの死から僅か数分で、アセロンが悲しみに打ちひしがれている所へ、綾が二人を連れてやってきた。ミラは涙を浮かべながら、リオラの亡骸の前に立ち尽くしていた。


「・・・どうしてリオラちゃんは死んだの?」


 俯いているアセロンの代わりに、綾が割って入った。


「モンスターの襲撃があったんだ。その場に居合わせた三人で対応したけど・・・、守れなかった」


 堪えきれない感情が爆発し、ミラはアセロンに向かって言葉を放った。


「・・・どうして守れなかったの?アンタ達は、あんなに強かったはずなのに・・・どうして彼女が死ななければならなかったの!?」


 ミラの声は震えていた。その問いは怒りと悲しみ、そしてリオラへの深い愛情が込められていた。彼女の拳は震え、目には涙があふれていた。


 それでもアセロンは俯いている。しかし、アセロンはミラの言葉を黙って受け止めた。彼の目にも疲れと悲しみが浮かんでおり、その瞳には自分を責める色が見え隠れしていた。


「・・・ミラ、俺たちは全力を尽くした。だが、それでも守れなかった。俺の力不足だ。」アセロンの声は低く、そして痛みを含んでいた。


 しかし、その言葉はミラをさらに苛立たせた。「力不足なんて・・・そんな言い訳してもリオラちゃんは戻ってこない!どうして、どうしてもっと早く・・・!」


 ミラはアセロンに向かって殴りかかった。そんなミラを綾が押さえるが、彼女の怒りは収まらず、ひたすらアセロンを殴ろうとしている。綾はミラを強引に押さえ込み、彼女を制した。


「ミラ、やめろ!アセロンを責めてもリオラは戻らないし、彼はすでに自分を責めている!」


 しばらくの間ミラは暴れていたが、しばらくして静かになった。

 レオはアセロンを守るように、間に入っていた。レオはアセロンの方へ向き直り、深い息を着いた。


「分かっていると思うけど、ミラは昔から苛つくと何かに当たる癖があるんだ。代わりに俺から謝らせてくれ、すまなかった」


「いいんだ・・・。俺は殴られて当然のことをしたんだ・・・」


「そんなに自分を卑下しないで――」


 レオはリオラの遺体を見下ろし、胸騒ぎを覚えた。

 先ほどからのアセロンの自分が悪いんだという言動や、モンスターにやられたにしては遺体の損傷が一部だけだ。胸部に致命傷を負ったことは分かった。だが、他の部位の損傷が全くなかったのだ。

 レオは一瞬で冷静になった。


「アセロン、君は一体――」


 レオが言いかけたその時、ミラが遮った。


「アセロン、さっきはごめん」


 ミラは涙を拭きながらも、まだ納得しきれていない表情を浮かべていたが、その心には少しずつ理解が広がり始めた。


「いいんだ、別にお前は悪くない」


 この会話によってレオは続きを言い出すタイミングを失い、この場を後にすることになった。


――――――


 翌日、激しい戦闘の後、村は静寂に包まれていた。防衛設備は無事だったが、地面には戦いの跡が生々しく残っている。戦いを終えた村人とハンターたちは疲れた体を引きずりながら、それぞれの帰るべきとことへ帰っていった。

 アセロンはもうこの村を出ることを、レオとミラに伝えた。

 次の目的地は大都市である、「ヴァルドリア」。その大都市にて、情報を集めるつもりだ。

 その際、彼は偶然、同じ方向へと向かう護衛依頼があることを知った。依頼の内容は、遠方にある都市「ヴァルドリア」へ重要な物資を安全に運ぶというものだった。都合が良いことから、アセロンはこの護衛依頼を引き受けることにした。


 村の一角で、アセロンは依頼に向けて準備を整えていた。そしてアセロンは、彼がこの村に訪れた理由の一つである武器を受け取りに来ていた。納品の日を防衛戦に間に合うようにしていたが、予定が早まったため、この日に受け取りに来ていた。

 そして彼は、炎蔵のいる工房へ辿り着いた。


炎蔵が頼まれていた武器を渡しに来た。「ホラ、できたぞ」


 その品は大きく、布に包まれており、ただならぬ雰囲気を漂わせている。アセロンはその品を受け取り、包みを開けた。

 そこにあったのは、一振りの大太刀だった。

 刀は、漆黒の鞘に包まれていたが、光にかざすと鞘の表面には細かな彫刻が浮かび上がる。その彫刻は、何か古代の儀式を思わせるようなもので、まるで鞘自体が生きているかのような錯覚を覚える。アセロンは静かに刀を抜き、その刀身をじっくりと観察した。

 その刀身は異様なほどに美しかった。一見普通の刀身に見えるが、その刀身に光を反射させると、赤く光った。赤色の刃は深紅の如く、まるで燃え盛る炎をそのまま凝縮したかのような光を放っている。刃の部分は鮮血を浴びたような鮮やかな装飾が施されており、同時にどこか冷たさを感じさせる。


 鋭利な赤い光の中には、アセロンの復讐心が込められていた。


「この刀には、お前に渡された物が溶かし込まれている」と、炎蔵は重々しい声で言った。


 アセロンはその言葉を聞き、大太刀を握りしめた。冷たい刃の感触が手に伝わると同時に、何か魂の奥底に響くものを感じた。彼は無言で炎蔵に一礼し、工房を後にした。


 アセロンが去った後、炎蔵の弟子である鋼次が恐る恐る声をかけた。


「師匠、あの刀には何が込められているんですか?彼に何かを渡されていましたよね?」


 炎蔵は鋼次に目を向け、しばらく黙っていた。そして、重々しい口調で話し始めた。


「この世には、自身の体を武器に溶かし込み、それで神を殺すという伝説がある。私はそれを聞いたことがあるだけだったが、まさか本当になろうとはな」


 鋼次は息を呑んだ。炎蔵の語り口から、何か重い運命がその刀に込められていることを感じ取った。そして、鋼次はアセロンの体を思い出してこう言った。


「もしや・・・彼に渡された物って・・・」


「そうだ・・・、あの刀にはあいつの失った左腕と左目が混ぜ込まれている」


 アセロンも炎蔵の言っている伝説をどこかで耳にし、炎蔵に依頼したのだ。


「あの男の失った腕と目は、彼の復讐心と共に刀に溶け込んだ。もはや、彼はただの人間ではない。あの刀も、ただの武器ではない」


――――――


 旅立つ準備が整ったアセロンは、護衛の依頼を受けるために、そのためのカウンターへ向かっていた。

 しかし、向かう彼の前に、綾が静かにが立ちはだかった。


「私も一緒に行く」


 アセロンは驚いたが、綾は冷静だった。


「お前には関係ないだろう。俺の旅は、他人を巻き込むものじゃない。」


 アセロンは、誰の同行も許すつもりは無い。復讐の旅路は、危険と絶望に満ちていて、彼自身がその道に他者を巻き込むつもりはなかった。リオラやアレリウスを失った記憶が、彼の心をさらに頑なにしていた。


「確かに、あなたの復讐に私は無関係。だけれど、私自身に理由がある」


 綾は淡々と応じた。彼女の目は、表面的には無表情だが、その奥には複雑な感情が渦巻いているようだった。


「理由?」アセロンは眉をひそめた。感情を見せない彼女に対して、彼は何を感じていいのか分からなかった。だが、彼女の冷たい外見の下には何かが潜んでいることに気づいていた。


「そう。」綾は視線を落とし、少しの間言葉を探したように見えた。「私は、もうこの村にはいるべきじゃない。過去に囚われて、同じ場所に留まり続けることに、意味はないと思っている。今ここにいても、私にできることはない」


「お前が俺と行く理由、それだけか?」アセロンは再び問いかけた。彼は彼女の言葉の裏にある本当の意味を探ろうとしていた。


「……そうよ」綾は一瞬、言葉を詰まらせたが、すぐに冷静さを取り戻して答えた。


「他には何もない」


 綾の言葉は嘘ではなかった。しかし、彼女自身の存在価値を見つけるために、村から離れる必要があると感じていた。そして、彼の旅がそのきっかけになると直感的に思ったのだ。


 アセロンは一瞬、彼女の姿を見つめた。その瞳には決して揺るがぬ決意が宿っていた。綾がどれほどの決意を持っているのかを感じ取ると、彼は無言で頷いた。


「・・・村の守護はどうするんだ?今、陽華村は疲弊しきっているじゃないか」


「それは問題ない。しばらくの間は、レオとミラが私の代わりをしてくれるから」


「・・・そうか、なら・・・付いて来てもいい」彼の言葉は短く、重かった。


 綾はただ静かに頷いた。そして、二人は依頼を受けにゆっくり歩き始めた。共に旅立つことが、どんな未来をもたらすのか、誰も知る由は無い。

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