第23話 運命の始発点

 アセロンはヴァルドリアへと帰ってきた。日付は変わり、建物の間から日の光が差し込んでいる。

 しかし、その朝日とは裏腹に、幻龍という未知の存在との交戦を経て、彼の心の中には不安ばかりが募っていた。


 依頼を終えたことを集会所の受付へと報告した。


「はい、お疲れ様でした~。想定よりも早く終わりましたね、流石です!」


「どうも。あと、別で報告があるのですが」


「それは、一体どのような・・・?」


 アセロンは幻龍に出会したことの一部始終を話した。だが、幻龍という聞き馴染みのない言葉が出てきたため、受付の女性は少し戸惑っている。


「幻龍、ですか?そんな訳ないと言いたいのですが、貴方がそうおっしゃるのなら・・・」


「そんな反応をするのも無理はありません」


「とりあえず上に報告しておきますので、休んできてはどうですか?」


「よろしくお願いします」


 そう言い残すと、アセロンは集会所を出た。


 そして、彼が次の目的地へと向かおうとしていると、シリウスに出会った。


「あ、アセロン。早かったね」


「ああ、こんな朝早くからどうしたんだ?」


「それが・・・って汚れてるね。まずはその見た目をどうにかしよう。一緒に風呂へ行こう」


 シリウスはアセロンを見つけると、その顔に笑みを浮かべたが、すぐに鼻をつまむ素振りをして、苦笑した。


「俺、臭い?」


「そうだね・・・。そこでしっかり休むといい」


 アセロンはうなずき、シリウスに導かれるまま風呂場へと向かった。


――――――


 浴場には清らかな湯気が立ち込め、温かい雰囲気が広がっていた。


 浴場に入ると、アセロンは片腕のまま風呂に入ることに慣れているのか、スムーズに片腕で髪を洗い流し始めた。洗い終わると、ゆっくりと浴槽に肩を沈め、狩りの疲れもろとも湯に溶けていく。

 シリウスはそんなアセロンを気遣いながらも、軽く肩を叩いた。


「さすがに、二日間の狩りはキツかった?」


 アセロンは目を伏せ、湯の中に手を沈めて答えた。


「ああ・・・、キツかったよ。それだけじゃない。幻龍と出会ったんだ」


「幻龍?それは本当なのか?」


 幻龍といえば、数少ないモンスターの種類の一つ。目撃数が極端に少なく、研究も全く進んでいないあの幻龍だ。シリウス自身も、彼のハンター生活の中で一度しか遭遇したことが無かった。


「ああ、本当だ」


 シリウスはアセロンを疑いつつも、彼の目を見て嘘ではないと確信した。


「そうか・・・、幻龍かぁ。僕が遭遇したのは、一回だけだなぁ。覚えてる?君とルーカスの三人で狩りに行った時のあれ」


「忘れる訳ないじゃないか。あれは本当に死ぬかと思った・・・」


 彼らの話すあれとは、アセロンとルーカス、そしてシリウスの三人で狩りをした時の話だ。


 あるとき、ルナレア村近辺に群れが出没した。そん群れは規模が大きかったが、幸いにも村にはアセロンとルーカス、そしてシリウスがいた。その三人で群れを追い払いに行くことになった。群れを追い払った後、その群れの出所を探索したら幻龍に遭遇したのだ。前触れも無く倒れていく木々、止まない地響き。


 この出来事は、彼らの脳裏に深く刻まれている。


「あの時のアセロン、本当に情けなかったな~。突然石に脚を引っかけて転んだり、手持ちの道具を殆ど壊したりとか」


「お前だって逃げ回ってたじゃねぇかよ!ルーカスと同じぐらいにな!」


「そういえばルーカスも逃げ回ってたっけ?・・・懐かしいなぁ、まだ20歳もいってなかったんじゃない?」


「そうだな・・・大体19ぐらいじゃなかったか?」


 二人は亡くなったルーカスの姿を思い出し、思い出に浸っていた。


「村の同年代組は、僕とアセロン、そしてルーカスだけだったもんね」


「レオとミラは、ああ見えて4つ以上離れているからな」


 思い出の話をしている中、シリウスが話を打ち切った。


「話しがそれちゃったから戻そう。で、その幻龍はどうだったんだ?」


 アセロンは雰囲気を変えて視線を落とし、水面を見つめながら応えた。


「ああ・・・、強かった。俺の力じゃ、歯が立たなかった」


 その表情には悔しさとともに、どこか後悔が滲んでいた。


「だが、活性化の原因はあいつだ。あいつに追いやられたモンスターが暴れてんだ。体制を立て直し次第、あの幻龍を討伐しに行く」


 彼の目には闘志が宿っており、幻龍に対する殺意を滲ませている。


「アセロン・・・、変わったね」


「俺は変わらなくてはならない。あの女を殺すまでは・・・例え人でなくなったとしても、」


 シリウスは微笑を浮かべて、「君はいつも全力を尽くしている。それが分かっているからこそ、僕達は君を止めることができなかったんだ。結果がどうであれ、帰ってきてくれることが何よりも大事だ」と励ますように言葉をかけた。


アセロンは少し照れくさそうに肩をすくめ、「お前には本当に頭が上がらないな。」と返した。


 二人はそのまま湯に浸かり、しばしの静寂を楽しんだ。


――――――


 風呂から上がった二人は、綾とリディアのいる宮殿内へと向かっていた。

 リディアはアセロンが不在の間は綾の指導を受けているため、喧嘩していないか心配だった。


「アセロン、その綾って子は可愛いのかい?」


「お前って奴は・・・」


 そうして向かっていると、中庭の方から声が聞こえてきた。


「あれ?アセロンじゃん!お疲れ様~」


 そう言うと二人は中断したアセロンの方へ向かってきた。


「ただいま戻った」


 リディアと綾と合流した。リディアは綾との関係が上手くいっているのか、綾の腕に抱きつきながら歩いてきた。


「綾も、指導ご苦労さん」


「・・・お互いね」


 相変わらず綾のアセロンに対する態度は冷たく、二人の間に壁があることは明らかだった。


「・・・そうだ、紹介する。コイツはシリウス。俺の幼馴染みだ」


「よろしくお願いします、綾さん、そしてリディア様」


 そう言うとシリウスは綾と視線を交わし、リディアに対して跪いた。リディアはそういった態度が相変わらず気に食わないのか、跪くのは止めるようにいった。


「そんなペコペコしないで!王女とか関係なしに接しましょう」


「有り難きお言葉。時にアセロン、この綾という子とは上手くいっていないのかい?」


「ああ、元からこんな感じだ。気にすることもない」


「ふ~ん」


 シリウスは何かを確かめたかのような表情を浮かべると、突然アセロンの方を向いた。


「僕とこの子を二人きりにしてくれないかい?お話がしたいんだ」


「お前な・・・もっとこう・・・」


 アセロンは瞬時にシリウスの下心を読み取った。

 確かに綾は綺麗な顔をしている。目つきは暗く、無表情。耳にある多くのピアスに重く伸ばされた髪、そしてフードの付いた黒い袴を纏っている。圧をばら撒いているが、前髪の隙間から時折見える顔は、すべての男の視線を吸い込む力がある。

 かく言うアセロンも、ルーカスが殺害される前ならば惚れていたかもしれない。リオラがいなければ。

 そんな彼女に、シリウスが目をつけない筈が無い。


「いいんじゃない?私もアセロンとお話したかったところだし!綾姉は彼と仲良くなりなさいよ!」


 リディアはシリウスがプレイボーイということを知らないため、彼を肯定した。


「ありがとうございます、リディアさん」


「敬語禁止!!!」


 アセロンは綾なら別に問題ないと思ったため、二人きりにしてリディアと別の所へ移った。


「・・・さて、綾さん。お話をしようか」


「あんたみたいなのと話すつもりはないけど」


「冷たいな~。そう言わずに話そうよ~」


 綾はシリウスが引き下がらないことを察したのか、煙草をちらつかせて吸っても良いか尋ねる素振りをした。シリウスはどうぞと言わんばかりに手を差し出した。


「それで、話というのは?」


 綾は煙草の煙を吹かしながら尋ねた。その内容は、彼女の中である程度予想がついていた。


「そうですね、単刀直入に言います。・・・アセロンからは離れるんだ」


 予想の斜め上を行く質問に、綾はしばらく呆気に取られていた。


「何を呆気にとられているんだい?そのままの意味さ」


「・・・何故?」


「彼の旅は・・・必然として無関係の人々を巻き込む。実際に、リオラや兄のアレリウスが死んでしまったよね?」


 シリウスが伝えたかったことはそのままの意味だ。アセロンはルーカスの復讐を果たすために、一人で旅に出た。一人で出たのは、彼の仲間を巻き込まないためだ。

 しかし、現実は残酷だった。アレリウスはアセロンの為を思って、裏で彼の助けになろうとしたが、何者かの手によって殺害された。リオラは旅が始まる前から、アセロンと敵対する存在であり、二人のどちらかが死ぬことは定められていた。


「だからこそ、君はアセロンから離れて一人で進むべきだ。どうして彼と共に行動しているのかは知らないけど、僕はそうするべきだと思う」


 綾は眉をひそめ、煙草の先端が僅かに揺れるのが見えた。


「私が彼に同行しているのは・・・、彼を私と重ねてしまったから・・・」


「それはどういうことだい?教えてくれないかい?」


 シリウスは優しく言った。


「・・・彼がリオラを手に掛ける瞬間が、どこか懐かしかったから・・・」綾はゆっくりと話し始めた。「陽華村の防衛もそう。彼は復讐を果たすために動いているはずなのに、村長から頼まれたってだけであっさり引き受けてくれた。本当に・・・懐かしかった」


 その話を聞いて、シリウスは昔のアセロンの姿を思い浮かべていた。


「それが彼だよ。どんなに大層な目標を掲げても、根本は変わらない。子供の頃からずっとそうさ」


「・・・、以前の彼はどんな奴だったんだ・・・?」


 綾は今のアセロンしか知らない。だからこそ気になっていた。こんなにも暗い目標を掲げている男の過去が。


「それじゃあ、アセロンの子供の頃から話そう」


 そして今度は、シリウスが話し始めた。


「僕たちは昔・・・僕たちっていうのは、アセロンと僕とルーカスのことね。ルーカスのことは知ってる?」


「以前一度だけ、彼から聞いたことがある」


「ならよかった。僕たちは昔からの仲で、ずっと一緒に遊んできた。中でもアセロンのお父さんは村唯一のハンターだったんだ」


 アセロンの父親は、昔のルナレア村をただ一人で守っていた勇敢なハンターだった。アセロン達三人も、その背中を見て育ってきた。だからこそ、三人は凄腕のハンターへと成長できたのだ。


「でもある日、村に強大なモンスターが攻めてきた」


「時期からして・・・ ” 深紅の災厄 ” があった時?」


「その通り」


 深紅の災厄とは、突如としてモンスターが凶暴化した厄災のことである。アセロンが生まれて5年後に起こり、その6年後にあたるアセロンの父が死亡した日に、終焉を迎えた長期に渡った大厄災だ。

 内容はとても悲惨であり、初めはごく一部のモンスターが凶暴化するだけだったものの、そのモンスターに接触した生物が次々に凶暴化していくというものだった。勿論、人間も例外ではない。

 初めは新型のウイルスが原因とされ、凶暴化した人間の遺体を解剖した所、脳組織の大半が破壊されていた。一度感染してしまえば最期、理性を完全に失った挙句に回復する可能性は一切ないという。ところがウイルスによるものではなく、完全に原因不明となった。世界中を大混乱に陥れたことは明らかである。

 最終的には、凶暴化した生物全てが一斉に死亡したという謎に包まれた形で収まった。この世の生物の4割を消し去ったこの厄災は、感染した生物が殺戮の限りを尽くし、大地を赤く染めていく様から ” 深紅の厄災 " と呼ばれた。今だからこそ皆の心に深く刻まれている。



「アセロンのお父さんは命を引き換えにして村を救ったんだ。その様子はまさしく地獄だった・・・。目まぐるしく変わる天候。暗く、そして紅く染まっていく空。燃えさかる村。それに立ち向かっていくのはアセロンのお父さんただ一人・・・。今思えば、お父さんが戦った相手というのは、幻龍だったのかもしれない。それも、未だかつて無い程強大な」


 シリウスは語ることに夢中になってるのか、窓の外から見える日をみつめている。

 彼の言葉を聞きながら、綾はふと、自分の過去のことを思い出した。


「私も一緒・・・。私と、幼馴染みだった男の子の父親もハンターで、深紅の厄災から村を守って死んだ」


「君もそうだったんだね。でも、これを知ったからといって、アセロンから離れろと言うのを止めるわけじゃ無いからね」


 シリウスは再び鋭い目つきで、綾を見た。しかし、綾は動じる事無く返した。


「もう、進んでしまったから。この目も、胸の傷も、受けてしまったのだから、アセロンは関係ない。私はある男の人生を終わらせなければならない」


「それは・・・例え自分がどうなろうとも?」


「ええ、この身に代えても、果たさなくちゃいけない。それさえ果たせれば、悔いはないよ」


 綾の煙草の煙がゆっくりと外の空気に溶け込み、風に消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る