第11話 未来への絆

 ミレナが村に住み始めて2日目、未だに彼女から確実な情報を聞き出すことが出来ていない。

 思い出させる方法を考えているものの、手がかりとなる村には近づくことができないため、難航している。

 それでもミレナは思い出したことがある。それは、彼女が自らの師を手にかけてしまったことだ。

 それだけではなく、彼女が何故手にかけてしまったのかも思い出した。

 ミレナは、何者かによって人並外れた治癒力や身体能力を与えられ、その上人格を書き換えられたのだ。その書き換えのせいで師を手にかけたということを思い出した。

 しかし、その何者に関する情報は何一つ覚えていなかった。


 そんな中、ミレナはアレリウスに対人戦闘を教えていた。

 互いに練習用の剣を振り、今後に備えて鍛えている。


「うッ・・・!ハァ・・ハァ・・少し休憩にしないか?」


 アレリウスが息を切らしながら言う。


「そうね。一旦休もうかな」


 そう言って、二人は家へ戻っていった。

 アレリウスとミレナの関係はあのときから進展し、もう敬語を使う必要も無いほどに打ち解けた。

 そしてミレナが村にやってきて早三日。彼女を今後滞在させるうえで、やってきた経緯は伏せられている。そのためミレナはすぐに受け入れられ、楽しく過ごしている。


「あ、お帰りなさい。ご飯はできてますよ」


 そうリオラが言い、机の上には朝食が置かれていた。

 三人が朝食を食べ出した頃、


「兄さん、組合から依頼が入りました」


 リオラからそう聞いたアレリウスは、驚いていた。

 それもそうである。この間、長期遠征から戻ったばかりだからだ。


「大丈夫です。今回の依頼は私だけで事足ります。なので兄さんは、村に残ってミレナさんの事をお願いしますね」


「おぉ・・・、ありがとうなリオラ」


 リオラはそう優しく微笑んで言った。


「えっと・・・、私も頑張ります!リオラ・・・さん?」


「リオラで良いですよ。私の方が年上ですが、これも口癖なので」


ミレナはリオラとも打ち解けることができた。

 

 程なくして食事を終えた。そしてリオラは依頼へ行く直前、


「兄さん、大好きです」

 

 とあまりにも唐突な言葉を残し、アレリウスが戸惑っている中、颯爽と出発して行った。

 リオラが居なくなった後、アレリウスとミレナは再び鍛錬に戻った。

 以前、アレリウスがミレナに圧倒されていたのは、対人戦闘の経験不足が大きかったからだ。アセロンの手助けをする上で、対人戦闘は免れないと読んだため、ミレナに鍛えてもらっている。

 アレリウスは最初の頃、ミレナの足元にも及ばなかったものの、そのハンターとしての才覚を発揮してメキメキと上達している。


「はぁ!?今の当たんねえのかよぉ!!!」


 アレリウスがランスを使い、以前よりさらに鋭くなった突きを放つ。しかし、ミレナはひらりとかわす。

 当然だ。この前はアセロンに完敗したミレナだが、対人戦闘に関してはプロフェッショナルで、アセロンが強すぎただけだ。

 この事実を知ると、アセロンとルーカスを圧倒した謎の女への興味が止まらなくなる。


「今はまだいいよ。でも、この段階で負けてたら面目丸潰れよ!」


 そう言い、アレリウスの首へ鋭い寸止めが繰り出された。彼はどれだけ鍛錬しても、全くミレナに勝つことが出来ない。


「クソォッ・・・!」


 真横から剣が迫っていた首筋から、冷や汗が垂れる。このキレのある動きと研ぎ澄まされた殺気が、彼の背筋を凍らせる感覚にはいまだに慣れない。


 そうして鍛錬を積んでいる内に、気づけば夜になっていた。


 二人が夜空を見上げると、オーロラが広がっていた。激しい鍛錬で上がった息と周りに広がる雪景色の白色が、よりオーロラの幻想的な美しさを引き立てている。そして、彼らが鍛錬している山から見下ろす村の灯が、二人の雰囲気を引き立てていた。


「おぉ!!オーロラか!珍しいな〜」


 オーロラに見惚れているアレリウスに、ミレナが身を寄せて彼の服を弱々しく掴んだ。

 アレリウスの顔が赤くなり、鼓動が早くなる。童貞丸出しだ。


「アレリウス・・・、私、先生を殺しちゃったけど・・・、悪い子かな・・・」


 深刻そうなその声は、アレリウスの赤い顔を元に戻し、落ち着きをもたらした。

 彼はミレナを優しく抱きしめ、自分の胸に埋めさせる。


「いいか、ミレナ?他人は物事を結果でしか見ないんだ。だから君は悪い子なんだ。君の先生もそう思っているかもしれない」


 鼻を啜る音が聞こえるものの、アレリウスは話すのをやめない。


「それでも・・・反省する必要も、償っていく必要も無い。新しく巡り合う人たちには、違う結果を見せればいいんだ。そうすれば、記憶が戻ってもその記憶は過程に変わる。だから・・・ゆっくり思い出していこう」


 ミレナの服を掴む力が少しだけ強くなる。

 

「焦らなくていい。またいつか・・・、ヴェール村の人達にも会って、作り替えていけばいいんだ」


  しばらくの静寂が二人を支配した。そしてミレナが顔を上げて言った。


「まだ・・・煮え切らない部分は沢山あるけど・・・、頑張ってみるね」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 その鼻が赤いのは、寒いからなのか、涙を流したからなのか、アレリウスは聞かなかった。

 

 村の赤く温かい灯が、二人を包んでいった。


――――――


 翌朝、アレリウスとミレナは恒例の鍛錬をしなかった。

 なぜかというと、ミレナの失っている記憶を戻すための旅に出る準備をしていたからだ。

 二人もしばらく村を空けるため、ノルス村にいるハンターがいなくなってしまう。しかし、そのためにアレリウスは、組合の方に救援の要請を出した。このような無茶ぶりも、彼がフォルガーだから出来ることだ。


「ていうかミレナ・・・、そんな服装でいいのか?」


 アレリウスが心配していたのはミレナの服装だ。アレリウスがフル装備な一方、彼女の様子はというと、リオラの服のおさがりを着ていた。

 下半身は鎧を身につけているものの、上は白いパーカーにコートを纏っているだけという、なんとも言えない格好だった。


「別に私、寒さには強いし大丈夫」


「そうじゃなくて・・・」


「大丈夫だって!ホラ、中に戦闘用のインナーは着てあるから!上ぐらいは軽くしとかないと、疲れちゃうよ」


 そう言いながら襟を引っ張り、インナーを見せてくる。それを見たアレリウスは赤面し、キョドりだした。童貞丸出しだ。


「(反応おもろ・・・)」


 言われてしまった。


「というか、シルヴィスには乗っていかないの?移動が大変じゃない?」


「シルヴィスを連れて行くと、行き先でのトラブルが発生するかもしない。人生長いんだから、ゆっくり行こうぜ」


 そう言って出発しようとすると突然、遠くから悲鳴と地響きが聞こえてきた。


「・・・!行くぞ!!!」


「分かった!」


 二人はその方向へ走り出した。


――――――


 たどり着いた所で二人が目にしたのは、巨大な異形のモンスターが暴れている姿だった。

 引き裂かれていく村人達、崩壊していく家屋。アレリウスとリオラが守ってきた村が破壊されていく光景は、アレリウスに絶望をもたらした。

 しかし、立ち止まっている暇は無い。二人は武器を構え、異形に突撃していった。


 それから程なくして、異形は完全に動きを停止した。しかし、アレリウスはあることに気がついていた。

 異形が現れた時、正体不明の人間も共に現れることに。


 アレリウスとミレナは、辺りを見渡した。


 その予想は的中してしまった。


 

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