第9話 未来への絆

 あれからミレナはノルス村に住み始め、アレリウスの家に居候している。それから2日目が経ったが、未だに彼女から確実な情報を聞き出すことが出来ていない。

 アレリウスは、ずっと彼女の記憶を思い出させる方法を考えているものの、手がかりとなる村にはもう近づくことができないため、難航している。

 その村で一つ、ミレナが思い出したことがある。それは彼女が自らの師を手にかけてしまったことだ。

 それだけではなく、彼女が何故手にかけたのかも思い出した。その時のミレナは、何者かによって人並外れた治癒力や身体能力を与えられ、その上人格を書き換えられたのだ。その書き換えのせいで師を手にかけたということを思い出した。

 しかし、その何者に関する情報は何一つ覚えていなかった。


 そんな中、ミレナはアレリウスに対人戦闘を教えていた。

 互いに練習用の剣を振り、今後待ち構えて居るであろう戦いに備えて鍛え合っている。


「うッ・・・!ハァ・・ハァ・・少し休憩にしないか?」


 アレリウスが息を切らしながら言う。


「そうね。一旦休もうかな」


 そう言って、二人は家へ戻っていった。

 アレリウスとミレナの関係はあのときから進展し、もう敬語を使う必要も無いほどに打ち解けた。

 そしてミレナが村にやってきて約4日、彼女を今後滞在させるため、彼女の行ってきた事は秘密にされている。そのためミレナは村の住民にすぐ受け入れられ、楽しく過ごせている。


「あ、お帰りなさい。ご飯できてますよ」


 そうリオラが笑顔を浮かべながら、机の上に朝食を置いていた。

 三人がそろって朝食を食べ出した頃、


「兄さん、組合から依頼が入りました」


 リオラからそう聞いたアレリウスは、少し驚いていた。

 それもそうである。この間、長期遠征から戻ったばかりだからだ。


「大丈夫です。今回の依頼は私だけで事足ります。なので兄さんは、村に残ってミレナさんの事をお願いしますね」


「おぉ・・・、ありがとうなリオラ」


 優しく微笑んで言うリオラとは逆に、アレリウスは申し訳なさを浮かべている。


「えっと・・・私も頑張ります!リオラ・・・さん?」


「いい加減、リオラで良いですよって言ってるじゃないですか。私の方が年上でこんな話し方ですが、畏まる必要なんて無いんですよ?」


 ミレナは、リオラとも打ち解けることができていた。

 三人は程なくして食事を終え、リオラは依頼へ行く準備をし始めた。そしてその準備が終わって家を出ようとしているところ、リオラは突然アレリウスに向かって言った。


「兄さん・・・大好きですよ」

 

 とあまりにも唐突な言葉を残し、アレリウスが戸惑っている中、リオラは颯爽と出発して行った。


 リオラが依頼へ行った後、アレリウスとミレナは再び鍛錬に戻った。

 以前、アレリウスがミレナに圧倒されていたのは、対人戦闘の経験不足が大きかった。アセロンの手助けをする上で、対人戦闘をする可能性があると読んだため、心得のあるミレナに鍛えてもらっている。

 アレリウスは最初、ミレナの足元にも及ばなかった。でもそのハンターとしての才覚を発揮してメキメキと上達している。


「はぁ!?今の当たんねえのかよぉ!!!」


 アレリウスがランスを使い、以前よりさらに鋭くなった突きを放った。しかし、ミレナはひらりと躱した。

 当然だ。この前はアセロンに完敗したミレナだが、アセロンがフィジカル化け物なだけで、ミレナは対人戦闘に関してはプロだ。

 アレリウスはこの事実を知ると、アセロンとルーカスを圧倒した謎の女への興味がさらに湧いてきた。


「今はまだ始めたてだから、いいのよ。でも私がこの段階で負けてたら、面目丸潰れよ!」


 そう言い、アレリウスの首へ鋭い寸止めが繰り出された。彼はどれだけ鍛錬しても、全くミレナに勝つことが出来ない。


「クソォ・・・!」


 全く捕らえられない剣が迫っていた首筋から、冷や汗が垂れる。このキレのある動きと研ぎ澄まされた殺気が彼の背筋を凍らせる感覚には、まだに慣れない。


 そうして鍛錬を積んでいる時、ふと気付いたときには夜になっていた。


 そして二人が夜空を見上げると、世にも珍しいオーロラが広がっていた。激しい鍛錬で上がった息と周りに広がる雪景色の白色が、よりオーロラの幻想的な美しさを引き立てている。それだけでは無く、彼らが鍛錬している山から見下ろす村の暖かな灯が、二人の雰囲気を引き立てていた。


「おぉ!!オーロラか!久しぶりに見るな〜」


 オーロラに見惚れているアレリウスに、ミレナが身を寄せて彼の服を弱々しく掴んだ。

 それに気付いたアレリウスの顔が赤くなり、鼓動が早くなる。


「アレリウス・・・私、先生を殺しちゃったけど・・・どうすれば償えるかな・・・?」


 深刻そうなその声は、アレリウスの赤い顔を元に戻し、落ち着きをもたらした。

 すると彼は、ミレナを優しく抱きしめて自分の胸に埋めさせた。


「いいかミレナ、他人は物事を結果でしか見ないんだ。だから君は悪い子だよ。君の先生も、そう思っているかもしれない」


 鼻を啜る音が聞こえるものの、アレリウスは話すのをやめない。


「それでも・・・反省する必要も、償っていく必要も無い。新しく巡り合う人たちには、違う結果を見せればいいんだ。そうすれば、記憶が戻ってもその記憶はの過程に変わる。だから・・・ゆっくり思い出して、生きていこう」


 ミレナの服を掴む力が少しだけ強くなる。

 

「もう過去なんて忘れて、自分を作り替えていけばいいんだ」


  しばらくの静寂が二人を支配した。そしてミレナが顔を上げて言った。


「まだ・・・煮え切らない部分は沢山あるけど・・・、頑張ってみるね」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 その鼻が赤いのは、寒いからなのか、涙を流したからなのか・・・。アレリウスは敢えて聞かなかった。

 

 なぜか今日は、足下に灯る村の灯が確かな熱を持っているように感じられた。


――――――


 翌朝、アレリウスとミレナは恒例の鍛錬をしなかった。

 なぜかというと、ミレナの失っている記憶を戻すための旅に出る準備をしていたからだ。

 二人もしばらく村を空けるため、ノルス村にいるハンターがいなくなってしまう。しかし、そのためにアレリウスは、組合の方に救援の要請を出した。このような無茶ぶりも、彼がフォルガーだから出来ることだ。


「ていうかミレナ・・・、そんな服装でいいのか?」


 アレリウスが心配していたのはミレナの服装だ。アレリウスがフル装備な一方、彼女の様子はというと、リオラの服のおさがりを着ていた。

 下半身は鎧を身につけているものの、上は白いパーカーにコートを纏っているだけという、なんとも言えない格好だった。


「別に私、寒さには強いし大丈夫」


「そうじゃなくて・・・」


「大丈夫だって!ホラ、中に戦闘用のインナーは着てあるから!上ぐらいは軽くしとかないと、疲れちゃうよ」


 そう言いながら襟を引っ張り、インナーを見せてくる。それを見たアレリウスは赤面し、キョドりだした。童貞丸出しだ。


「(反応おもろ・・・)」


 言われてしまった。


「というか、シルヴィスには乗っていかないの?移動が大変じゃない?」


「シルヴィスを連れて行くと、行き先でのトラブルが発生するかもしない。人生長いんだから、ゆっくり行こうぜ」


 そう言って出発しようとすると突然、遠くから悲鳴と地響きが聞こえてきた。


「・・・!行くぞ!!!」


「分かった!」


 二人はその方向へ走り出した。


――――――


 たどり着いた所で二人が目にしたのは、巨大な異形のモンスターが暴れている姿だった。

 引き裂かれていく村人達、崩壊していく家屋。アレリウスとリオラが守ってきた村が破壊されていく光景は、アレリウスに絶望をもたらした。

 しかし、立ち止まっている暇は無い。二人は武器を構え、異形に突撃していった。


 それから程なくして、異形は完全に動きを停止した。しかし、アレリウスはあることに気がついていた。

 異形が現れた時、正体不明の人間も共に現れることに。


 アレリウスとミレナは、辺りを見渡した。


 その予想は的中してしまった。


 

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