第27話 宵の宴
アセロンの大剣による一撃が、幻龍の頭部に命中した。その一撃によって幻龍の角を折ることに成功した。
「もらったなぁ!! このクソモンスターがぁ!!」
『アセロン、退くんだ!まだ順応しきって――』
大剣を手にしたアセロンはもう、ノクの言うことなど耳に入っていなかった。
幻龍の周りには綾とシリウスも集まり、三人で徹底的に幻龍を追い詰めていく。フォルガーが相手の攻撃を回避できるようになってしまえば、相手は為す術無く蹂躙されるだけになる。
〈グオォォォォォ!!!!!!〉
幻龍が突如叫びを上げると、アセロン達はいきなり吹き飛ばされた。
三人はすぐさま体制を立て直したが、幻龍の姿はそこには無かった。
「クソッ!!何処に消えやがった!!」
アセロンは幻龍を逃がしてしまったことに激しく憤り、辺りを見渡すが、幻龍の姿は見当たらなかった。彼は武器を握り直し、幻龍を探すために周辺の森へと駆け込もうとした時、シリウスが静止した。
「落ち着くんだアセロン!!あそこまで追い詰めれば、敵意を失わせることぐらいは出来たはずだ!今日の所は撤退するぞ!」
シリウスはそう言うが、アセロンが焦っている理由はそこではない。敵意を失わせたからこそ幻龍は逃げたのだ。それが分からないアセロンではない。
幻龍の血肉は確かに効果があった。だからこそ、その貴重なエネルギー源を逃すわけにはいかなかった。
「これは俺が――」
アセロンが何か反論をしようとした瞬間、左腕が崩れ落ち、膝を付いて倒れ込んでしまった。
『だから言っただろう・・・退けと』
――――――
「――はっ!」
アセロンが目を覚ますして周りを見渡すと、そこは医療施設の一室だった。
彼はあの後しばらく意識を失っており、シリウスと綾に担がれてここまで帰ってきた。
「ここは・・・」
「目が覚めたか」アセロンの横には綾が座っていた。
「っ!・・・びっくりした・・・。運んでくれたのか?ありがとな」
綾はアセロンと視線を交わすだけだった。綾はその後すぐさま立ち上がり、アセロンに一言残して出て行った。
「部屋にあんたが欲しがってた物、置いてあるから」
「・・・?」
しばらくして医師が来て回復の確認をした。
アセロンの身体に、特に異常は無かった。
――――――
綾に言われたことを確かめるため、アセロンは宿へと戻っていった。
『目を覚ましたか。まったく、貴様という男は・・・。大量摂取でハイになっていたとはいえ、次は無いぞ』
『あぁ、すまなかった』
ノクの呆れの混じった口調に、アセロンは少し反省した。
『・・・といよりもアセロン、あの綾とやらには感謝しておいた方が良いぞ』
『・・・?一体何なんだ?』
そんな会話をしている最中、アセロンは自室へと辿り着いた。
思うように動かない右腕を動かして開けた扉の先には、アセロンが折った幻龍の角が置いてあった。
「・・・何でコレが置いてあるんだ?」
『あの幻龍の一部だ。中々どうしてあの綾という女、空気が読めるではないか。・・・今からコレに残された血を加工してなんとか使用できるようにするぞ』
「幻龍の血肉は効果があったが、適応はできているんだな?」
『心配ない。それも異形の血よりもはるかに効果が高い代物であった。貴様が暴れなければもっと適応が早かったというのに』
アセロンが倒れた理由は、彼の身体がまだ幻龍の血液に順応できていないにも関わらず、暴れ回ったからである。ちなみに補給できた3日分の血液は、激しい消耗に伴い、1 日分しか摂取できなかったのと同等となってしまった。
「というかお前、元モンスターにしてはコミュニケーションが上手いよな」
『確かにそうだな・・・、モンスターだった頃よりも知性が高い気がする。言われるまで気づかなかったぞ』
そんな他愛も無い会話をし、幻龍の角からエネルギーを補給できるようにするための作業を始めたのだった。
――――――
翌日、幻龍がこの地から去ったという報告が入った。
結果は正しく「百聞は一見にしかず」というのが相応しいほどに、活性化が収束していた。少し前までは森の付近にうじゃうじゃいたモンスターは大きく減少し、深部にモンスターが帰ってきたそうだ。
これを皮切りに、ヴァルドリアは一気に打ち上げムードになった。その影響か、ヴァルドリアの王宮内にて、活性化現象の対処に貢献した者を集めて打ち上げを行うそうだ。それも今夜に。
――そして夜、ヴァルドリア王宮内――
王宮の大広間に足を踏み入れた瞬間、アセロンはその規模に圧倒されていた。普段は見ることのない、煌びやかなシャンデリアが天井から吊るされ、壁には金の装飾が施された巨大な鏡が並んでいる。
宮殿の一部が開放され、広間は数百人を収容できるほどの広さがあった。テーブルには王宮の料理人が作った豪華な料理が並び、白銀の皿に盛られた美しい料理が、煌めくキャンドルの灯りでさらにその魅力を引き立てていた。
「すごいな、こんな場に出るのは初めてだ」
アセロンは隣で少し身を縮めているシリウスに囁いた。シリウスは静かに微笑むと、普段の冷静な表情のままで言った。
「そうだね。まさか王宮内で打ち上げとか、予想出来るわけないよね~」
その言葉に、アセロンは軽く肩をすくめた。普段の自分たちの仕事の様子を思えば、これが現実とは思えないほど豪華な環境だ。
「アセロン、シリウス、こっちだよ!」
声をかけてきたのは、王女のリディアだった。彼女は、煌びやかなドレスに身を包み、いつもとは違って少しお淑やかな態度で二人を招き入れた。
「ありがとうな、王女様~」
「誰が好きでこんな服着ると思う?ていうか、あなたが言えたこと?」
「うるせぇ。これ以外無かったんだよ」
リディアのいつもと違う美しい衣装とは裏腹に、アセロンは正装なんていう贅沢品は持っておらず、依頼が終わった後に着ているシャツに一枚羽織っただけのものだった。普通なら場違いもいいところだが、アセロンの放つフォルガーのカリスマや圧がその服装の違和感を中和していた。
「まあ、僕からしたら今のアセロンが彼らしいって感じだから、気にしてないさ」
シリウスは、落ち着いた白色のシャツに黒のジャケットを羽織り、黒のスリムなパンツを合わせていた。足元は黒いレザーシューズで、靴は軽く磨かれており、全体にさりげない高級感を漂わせていた。アクセサリーは控えめに、シルバーの時計だけがひときわ目を引く。
「お前、そんな服まで持ってきてたのか」
「こんなの身だしなみだよ?持ってない方がおかしいよ」
そしてアセロンとシリウスはリディアに連れられ、綾がいるというテーブルへと向かっていった。
リディアに付いていくと、綾がテーブルに座っていた。
綾は、普段狩りに出るときに着ている黒い袴をそのまま身に着けていたが、戦闘用のインナーを脱いで、少しだけカジュアルな印象を与えるようにしていた。王宮に招かれたため、普段はたくさんつけているピアスを一部外し、控えめにしているが、それでも彼女の存在感は十分に際立っていた。長く伸ばされた髪は、後ろで束ねられていた。
その姿が、無意識に周囲の男たちの視線を集め、場の空気を少しだけ引き締めていた。
「先に来てたんだな」
「
そしてアセロン達はテーブルに腰を掛けた。
テーブルに座ると、すぐにリディアがグラスを手に取った。ワインの赤色が灯りの下で優雅に光を放ち、リディアはにっこりと微笑んだ。
「みんな、本当にお疲れ様! 今日の打ち上げは、活性化を収めてくれたあなたたちの功績を讃えるためのものよ。特にアセロン、シリウス、そして綾姉!みんなの活躍があったからこそ、私たちはこうして無事に今日を迎えられたわ」
「お疲れ様。僕たちだけじゃない、他にも頑張った人達がいる。この宴はみんなのためだな」
リディアは満足そうにうなずき、テーブルに並んだ人々に目を向けた。その視線の先には、この問題のために訪れた他のハンター、王宮の兵士たち、鍛冶職人、さらには王宮の治療師や、後方支援に回った人々も含まれていた。今回の戦いでは誰一人として欠けることなく、この場に集まっている。
「そう、みんなで頑張ったからこそ、こうして無事に戦が終わったのよ。だから、今日は遠慮せず、思い切り楽しんで! 明日からまた忙しい日々が始まるけど、今夜だけはみんなで忘れましょう!」
リディアの言葉に、周囲は一斉に笑顔を見せ、グラスを交わした。そこには戦後の緊張がほとんど感じられないほどの、穏やかな雰囲気が漂っていた。
アセロンはその光景を見つめながら、自分がこの場所にいることが信じられない気分になった。ルーカスの復讐のために村を出たのにも関わらず、訪れた国の悩みを解決する手助けしかしていない。さらにはリオラやアレリウスを巻き添えにしてしまった。それ故に、どこか居心地が悪いような気もしていた。
かつてのような仲間たちとの関わり方と同じだ。今の自分はこんな思いをしてはいけないのではと感じる。この穏やかな空気には少しだけ馴染めない自分がいるのだ。
「でも、こうして一緒に過ごせすのも悪くないか」と、アセロンは心の中で呟き、グラスを一口飲んだ。
「じゃあ、私は他の席に行ってくるから。ゆっくりしてて」
リディアが席を立ち、他のテーブルへと移っていった。
忙しそうな彼女の様子を見て、三人は静かに酒の入ったグラスに口を付けた。シリウスがリディアを見ながら、やれやれと言った様子で話し始めた。
「王女様は大変だね~。こんな席でもお偉いさんの方へ行っちゃったよ」
「仕方の無いこととはいえ、可哀相ではあるな。それと綾、指導の方はどうだ?そろそろ潮時だと思うが」
アセロンが綾の方へ視線を送ると、綾は少し考えた様子で言った。
「もう・・・いいと思う。私から教えられる事は粗方教えたし、元々が良かった分、すぐに上達したから、もう問題ないと思う」
アセロンが最期に指導したとき、彼女は既に及第点に達していた。その時から指導の終わりが見えており、綾も同じ意見を持ったため終わりを迎えた。
「お前がそう考えるのなら、ここで終わるのも一つだな。じゃあまた明日、女王と話しをつけ――」
アセロンが最期に指導したとき、彼女は既に及第点に達していた。その時から指導の終わりが見えており、綾も同じ意見を持ったため終わりを迎えた。
そんな話をしている最中、突然リディアが戻ってきた。
「お母様が代わりにしてくれるそうだから、戻ってきちゃった。・・・って何の話をしてたの?」
アセロンは急いで口を閉じ、何でも無いことを伝える。
「気にすんな。大した事じゃあない」
リディアはきょとんとしているが、指導を終わるという話をしたことは今回が初めてであり、後々リディアにも伝える必要がある。
アセロンは再びグラスに口を付けた。まるで、自分の口を塞ぐように。
リミット・オブ・ラストライン~終われない復讐~ むっちん @muttin
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