第26話 月影に刻む想い
王宮にて開かれた宴が終わった。
打ち上げは王宮内で行われたため、無駄に厳粛な雰囲気が漂っており、あまり落ち着かないものだった。
アセロン達は解散し、完全にお疲れムードだった。
明日にしようと思っていたが、折角の機会のため、二人はこのヴァルドリアから発つ話をするために女王の元へ向かった。
「女王様。少しお話があります」
「分かりました・・・。お聞きしましょう」
案外すんなりと女王と会うことが出来、二人は指導のことについて話始めた。
もう狩りに出しても問題ないこと、それでも注意した方がいいことも。
「そうですか・・・。あなた方のお墨付きをもらっても、未だに娘を送り出すのは怖いです」
女王の心配を完全に拭うことはできなかった。当たり前と言ってしまえばそれまでだが、アセロンは女王のその様子に、少なからずのまどろっこしさを覚えていた。
アセロンが意見しようとすると、彼よりも早く綾が言った。
「お言葉ですが、女王様。私達の言葉を、決定を信じてはいただけませんか?私達の教え子とはいえ、一国の王女です。生半可な決断は下しません」
「ですが・・・」
「あなたは王女が旦那様と同じような目に遭わないためにと、厳しくされてきました。しかし、今ここで認めなければ、一生彼女を縛り付けることになりますよ?」
今の綾の目には、今までに無い何かがあった。いつもは死んだ魚もびっくりな暗い目をしているが、今は少し違う。
「自分の夢が生まれの理由だけで否定され、未練を抱く。その未練が強烈でショックなほど、忘れられないトラウマになる・・・。端から見れば、今の貴方と差ほど変わりません。いい加減、彼女の・・・リディアの夢を叶えてあげては?」
「・・・分かりました。あなた達のことを、信じます」
女王にはまだ迷いがあったが、綾の目を見て、決断を下した。
「感謝します、綾さん、それにアセロンさん。近いうちに彼女をハンターとして認め、依頼に出しましょう」
「「ありがとうございます」」
「・・・まさかあなた達にありがとうと言われるとは。リディアと仲良くしていただいて、ありがとうございました」
そしてリディアが一人のハンターとして認められたのだった。
その後、アセロン達はもう一つの会話をして、王宮を後にした。
会話の内容は、リディアの指導の代わりに二人が女王に頼んだこと、即ち人探しだ。
その人とは、ルーカスの仇と閃一のことなのだが、閃一とは再会できたものの、あれから消息が一切掴めていない。ルーカスの仇に関してはお察しだ。
二人の手がかりは、ヴァルドリアを持ってしても一切掴むことができなかった。
「やはり一筋縄ではいかないか・・・」
「仕方無いでしょ。名前も出身も、職業も知らないんだから」綾が結んだ髪を解きながら言った。
アセロンも理解はしていた。ただ仇だという理由だけで、当てもなく探すのは無謀だということを。
そのアセロンに、純粋な疑問が浮かんだ。
「なあ綾、これからも閃一を探すんだろ?以降の身の振り方はどうするんだ?」
「・・・。行動を共にして間もないけど、これからは私一人で動くことにする」
綾は左目に触れながら言った。
このままアセロンと行動し続けても、閃一ではなく彼の探している人に所にしか辿り着けないからだ。
始めは村から出る手段として同行しただけだった。シリウスに話したことも嘘ではないが、閃一に対する想いの方が大きかった。
「閃一との因縁は・・・早く晴らしたい。だからこの後すぐ、私はこの都市を出る」
「そうか。精々、死なないようにするんだな」
「あっそ、あんたもね。・・・あんたはいつ出発するの?」
「リディアにまだ知らせてないからな。知らせたらすぐに出るつもりだ」
二人の関係はここで終わりを迎えるのだった。
綾はシリウスに言われた、「アセロンは無関係の人を巻き込む」という台詞が忘れられなかった。
実際、アセロンはリオラを自らの手に掛けた。リオラは無関係とは言い切れなかったが、本当に無関係だったリオラの兄が巻き込まれて殺害されてしまった。だが、この件に自ら足を踏み入れたのはアレリウス自身だ。
だからこそ、綾もこれ以上関わるのは危険だと踏んだ。
無言で階段を降りていく二人を引き留める声が聞こえた。
「ちょっと待ってー!ステイ!」
「あ?何だ?」
アセロンが後ろを振り返ると、リディアが追いかけてきていた。
彼女は何故か目元を赤くしており、肩で息をしながら話し始めた。
「まだ、あんまりお話してなかったじゃん!だから、三人で話さない?」
「・・・今日の所は、疲れたから私は帰る。また明日でもいい?」
綾の言う「また明日」など来ない。彼女は嘘をついている。
「え~、まぁ、いいよ・・・。じゃあ、アセロンだけでいいや」
そう言って綾は、再び階段を降りていった。
「おい」
アセロンが引き留めたが、それでも綾は歩みを止めない。
しかし、リディアが遮った。
「大丈夫!また明日ね」
元気に返したように感じるが、アセロンがリディアの顔を見ると、少し哀しそうにしているのが分かった。
アセロンは二人きりになれる場所へと案内された。
――――――
アセロンとリディアは王宮を歩いている。そして、彼らが指導を行っている庭へと辿り着いた。普段は風に揺れている周囲の木々も、今では静かに佇んでいる。上を見ると、月が綺麗に輝いている。
「はぁ~。相変わらず、綾姉はつれないな~。これだけ一緒に居ても無愛想だし、“明日でもいい?” とかじゃなくてさあ、今日みたいな日がいいに決まってんじゃん!」
「そんなに責めてやるな。あいつ自身も、悪気が有る訳じゃないだろう」
「まあ・・・別にいいけどさ~」
リディアは少し黙り込んだ後、穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「実は私、ずっと考えていたの。いつかこんな風に、みんなが集まって祝い合うことができたらいいな、って」
彼女は空を見上げながら、夜空にうっとりしたように話している。
「でも王宮の中でそんなことをしても、すぐに堅苦しくなってしまうから、私がこうしてあなたを呼んだの。でも、こういう祝い事をするなら王宮が一番適してるんだよね~」
アセロンは表情を和らげた。
「俺も祝い事は好きだが、今は先を急ぐ身だ。あまり乗り気にはなれない」
「別に無理して嘘つかなくていいよ?だってあなた、お堅い話ばっかしてたじゃん。全然楽しくなさそうだった」
「いや、そうかもしれんが・・・別に好きだっていうのは嘘じゃないぞ・・・?」
アセロンの言っていることは嘘ではなく、事実だ。だが、先程の祝い事をあまり楽しんでいなかったのは彼だ。そう思われても仕方が無い。
「まあ、どっちでもいいんだけどね。 ・・・王宮にいると、どうしてもいろんな期待やルールがあるけどさ、アセロンたちと一緒にいると、そういうのが全然気にならないの。だから今日みたいな日は楽しかったし、あなた達にももっと楽しんで欲しかったな」
アセロンは反応に困り、黙り込んでしまった。
「もう!黙り込んじゃだめでしょ」
そう言われたため、アセロンは口を開いた。
「・・・確かに、周りからの扱いが嫌になるのは分かる。俺もフォルガーだの何だの呼ばれ始めてから、肩身が狭く思うことも増えたからな」
アセロンはフォルガーと呼ばれるようになってから、世界中とは言わずとも様々な場所へ派遣されるようになった。彼はフォルガーという名を得たが故に、ハンター組合のような所からの期待がかえって迷惑になることがあるのだ。
「俺には、憧れているハンターがいる。その人はフォルガーなんだが、組合直接の依頼を受けることがあまりないんだ。最初は、困っている人がいるというのに依頼を引き受けない理由が分からなかった」
アセロンはいつになく遠くを見つめて話し続けている。
「でも、俺もフォルガーになったから分かる。その人も周りがウザかったから拒絶したんじゃないのか、と。でも、依頼を受けないのはあまり良いことではないけどな」
「フォルガーってのも、いいコトばっかじゃないのね」
「だからお前のその考え、共感できるぞ」
「・・・ありがとう」
アセロンはうらやましかった。彼女の誰にも縛られたくないという姿勢が。
すると、リディアは屈託のない笑顔を浮かべ、元気に言った。
「じゃあさ、明日の指導もよろしくね?私、夢に向かって頑張るから!」
アセロンの心は、誰かの腕に掴まれたような感覚に襲われた。
そうだ、明日の指導など来ないからだ。
「リディア・・・その――」
「ねぇ、明日はちゃんと二人で来てよ?綾姉にもちゃんと言っておいてね」
「・・・」
アセロンは何も言えなかった。明日にはもうヴァルドリアを出ることを正直に話すこと、逆に嘘をつくこともリディアを傷つけてしまう。それだけでは無い。仮に、まだアセロン達がヴァルドリアに残るとしても、リディアは女王に認められたため、もう指導する必要は無い。つまり、残ってもすぐにこの都市を出ることになるだろう。
だが、今のリディアはアセロンの言葉を遮っているようにも感じられる。もしかしたら、彼女は気づいているのかもしれない。
だからこそ、彼女の言葉がアセロンを苛ませる。
そんなアセロンが苦悩の末に返した言葉は――
「・・・ああ、言っておくよ・・・」
嘘だ。
そう言うとリディアを表情を少し明るくした。
「・・・お願いね?約束だから!」
「(クソッ・・!こんなことになるなら、指導なんて引き受けるんじゃ無かった・・・!)」
「何だかよく分からない空気になっちゃったね。・・・ねえアセロン、これ見て。凄いんだよ?」
リディアが見せたのは、ペンダントだ。見せると彼女は、ペンダントを振った。するとそのペンダントからオルゴールのような音が奏でられた。
「本当に凄いな・・・なんだこれ」
「ふふ、凄いでしょ?昔、お母様から貰ったんだ~。だから、私の宝物なの!」
アセロン達の間には、オルゴールの音によって静寂が訪れた。そんな癒やしも束の間、リディアがいつもに比べて弱い声で言った。
「ちゃんと明日、私の所に来てね。このペンダントを、あなたにあげるから」
アセロンは気づいた。自分にとって宝物のような物を、異性にプレゼントするという行為の意味することを。
彼を更なる罪悪感が襲う。
「・・・ああ、そんなに言わなくても、必ず行くよ」
「じゃあ、これからも指導してくれる?」
「・・・するよ」
また嘘をついた。
リディアは少しずつ涙ぐんでいき、声も震えていく。
それでもアセロンは行かなければならない。ルーカスの仇が今も尚、生きている。彼は復讐を、止めてはならないのだ。
「その言葉が聞きたかっただけ・・・。そう言ってくれて、ありがとう」
アセロンは嫌な違和感を感じ取った。
彼が明日にはもう出発することが、勘づかれていたとしても。
「・・・ねえ、聞いて」
「何だ・・・?」
するとリディアは立ち上がりアセロンの方を向いた。震える声と涙を堪えながら、アセロンに言った。
「最近の私は、狩りや指導という日々で彩られていました。その日々は、今までに無い刺激的なもので、私の人生で最も楽しい一時でした」
月明かりに照らされる彼女は、いつになく美しく儚く、輝いて見えた。
「そんな日々を私にくれて、ありがとう。思いも寄らない出会いをくれて、ありがとう。だから・・・」
「・・・」
アセロンは黙って彼女の言葉を聞いていたが、彼は心の奥底でこう思っていた。
『やめてくれ』
次に彼女の言う言葉に、アセロンが応えることは出来ない。もう罪悪感で埋め尽くさないで欲しい、ここで踏み止まれば、まだ楽でいられる、と。
だが、今のアセロンに、彼女の言葉を遮ることは出来ない。
そしてリディアは涙で赤くなった目を、僅かに震える声を、満面の笑みで打ち消して言った。
「だからアセロン、 だいすき―――」
すると突然、リディアの足下から剣が伸びてきて、彼女の右胸を貫いた。
「ヴッ・・・! ・・・あ・・・アセ・・・ろ・・・」
アセロンはあまりにも唐突な出来事に、理解が追いつかなかった。
彼が理解できずに立ち尽くしていると、リディアの影から、全身を黒い鎧で覆った人間が出てきた。
その者は剣を持っており、その剣でリディアを刺したのだ。
しかし、その鎧の者は刺した剣を振り上げて、リディアの体をさらに切り裂いた。
アセロンはふわりと落ちていくリディアを見て、ようやく理解した。
「貴様あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
アセロンの怒号が、王宮内に響いた。
それ以外に聞こえるのは、ペンダントから奏でられるオルゴールの音だけだった。
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