第27話 無力の殺意
ヴァルドリアの出入り口となっている大門には、綾が一人で訪れていた。
空は闇に覆われ、月が静かに佇んでいる。時間が時間のため、大門の先には誰もおらず物々しい雰囲気を放っていた。
「この都市ともお別れか・・・。こんな気持ちで出ることになるなら、引き受けるんじゃ無かった」
綾は大太刀を背負って刀を腰に携え、荷物を担いで大門を潜ろうとした。しかし、後ろから彼女を引き留める声が聞こえた。
声のした方を向くと、彼女とアセロンがここに来るまで護衛をしたエリクが立っていた。
「お久しぶりです、綾さん」
「エリク・・・?」
「ええ、ご無沙汰してます」
綾はエリクが見送りに来てくれたのだと思ったが、何かが引っかかっていた。
普通はこんな時間にわざわざやって来るものなのか、そもそも誰が発つこと彼に教えたのか。考えれば考えるほど、彼が異質に見えてくる。
「・・・失礼ですが、なぜ来たんですか?」
綾は警戒しながら、低い声で尋ねた。
するとエリクは明るく振る舞った。
「そんなに警戒しないで下さいよ。見送りと・・・、ちょっとした事を教えに来たんですよ」
「ちょっとした事・・・?」
そう言うとエリクは笑みを浮かべ、不気味な表情で話始めた。
「単刀直入に言いますと、今からここで災害が起ります」
災害という単語を、綾は理解できなかった。そんなことはお構いなしにエリクは話す。
「王宮を見て下さい。私の指さすところです」
エリクは王宮を指さした。王宮は高いところに位置しており、大門から直接見ることが出来る。
「・・・それがどうしたんです?」
「よ~く見てて下さいね」
エリクは指さした手でカウントを始めた。
「3・・・2・・・1・・・」
「・・・なんだ?」
「0」のカウントと同時に、王宮の一部が爆発した。
周囲には地響きとして爆発が伝わり、周りの人々が騒然とし始めた。
綾は鋭い眼差しをエリクに向けた。
「・・・何をしたエリク?」
「何って・・・何でしょうね?」
綾の感じていたエリクに対する警戒心が暴走し、腰から刀を抜いてエリクの首に突き立てた。
「何故、爆発するタイミングが分かっていた?」
「それは言えません。・・・それよりも、アセロンさんと王女様は無事ですかね?アセロンさんに至っては武器を持っていない上、修繕に出していて丸腰ですよ?」
度重なる戦闘の影響でアセロンは大剣を修繕に出しており、現在は使用できないために彼は丸腰になっている。
「どうしてそこまで知っている・・・」
「さあ?どうしてでしょうね?」
綾の刀を握る力が強くなり、目つきもより鋭くなる。
「最後に、あなたは何者だ・・・?」
「そうですね・・・、綾さんは“神”の存在を信じますか?“悪魔”でもいいですよ?そういった超常的存在を、あなたは信じますか?」
「気でも狂ってるのか?・・・神なんている訳ないに決まっているだろう。居ればもっと・・・救いはあった・・・」
綾は思い詰めた表情を浮かべ、何かに耽っている。彼女は最後にエリクを睨み付けた。
「・・・覚えておけ」
そう言い残すと、綾は急いで王宮へ向かって走り出した。
「・・・神はいますよ。いるからこそ、こんな巡り合わせが起るんですよ」
――――――
王宮内にて
アセロンは全身を黒い鎧で覆った大男と戦っていた。彼は武器を持っていないため、飾られている鎧から剣を奪って交戦している。
「お前は何者なんだ!!?何故リディアを殺した!!?」
アセロンの声は無視され、鎧の男は一言も発さずにアセロンに襲いかかってくる。
鎧の男は剣を持っており、かつ機敏に動いている。アセロンがその場しのぎのために手に取った剣では、質量も、リーチも違うため苦戦を強いられていた。
「答えろおぉぉぉ!!!」
激しい打ち合いの末、アセロンの持っていた剣が受け止められた拍子に折られてしまった。そして鎧の男の左腕を喰らってしまい、宙に打ち上げられた。
アセロンは、自分がパワーで負けたことに驚愕すると同時に確信した。こいつの力は、いくら何でも常軌を逸している。だからこの男は、ルーカスの仇と同じ類いの者だと。
彼が確信するのも束の間、宙に舞ったアセロンは剣で背を貫かれた。背中に激痛が走り、腹部から剣先が飛び出す。
アセロンは痛みを堪え、全身を思い切り一回転させた。その勢いで男の剣が折れ、アセロンは地面に着地した。
鎧の男の表情は、兜を被っているために窺えない。それでも、驚愕していることが分かる。
アセロンは腹部に突き刺さった剣先を抜き、体を起こした。腹からは血が流れ出し、痛みで背を伸ばすことができない。
『何をしているアセロン。再生と鎮痛はしておくから、さっさとあの男を殺せ』
『んなこたぁ分かってんだよ!』
痛みが引き、傷が塞がっていく。
背を伸ばすことも出来るようになり、アセロンは他の武器に向かって走り出した。
「これで、死ねえぇぇ!!!」
今度は一番近くにあった大斧を選んだ。右腕で柄の部分を持ち、力任せに男へ向かって振り下ろした。
対して男も斧に持ち替えており、アセロンの持つ斧とかち合う。
その結果、アセロンの持っている斧はへし折られてしまった。鎧の男はこの木を逃すまいと連続で攻撃を仕掛けてくる。アセロンは残った柄の部分で受け流そうとするが、武器を持たない手足の攻撃をまた喰らってしまった。
『アセロン!いつもの貴様らしくないぞ!』
『うるせぇな・・・、ならもっと力を寄越せ!!!』
『・・・それは出来ない』
「クソが!!」
アセロンが力を奮えない理由がある。それは血液摂取だ。
彼が幻龍の狩りから帰還した後、幻龍の角を手に入れられた。アセロンはその角の加工に成功し、異形の血液の代替品を作り出した。
その代替品とは、現在所持している異形の血と、角から僅かに採れた幻龍の血を混ぜ合わせて作った混合物だ。
しかし、幻龍を撃退した後はもう能力を使うこともないだろうと思っていたアセロンは、血液摂取(今は代替品)をサボってしまった。それ故に彼は、下手に力を使用できない状況にいた。
アセロンは左腕や左目の再生はおろか、身体強化すらされていない不完全な体で戦っている。
鎧の男と王宮内で激しい戦闘を繰り広げているものの、いつもの大剣ではなく、そこら中にある武器を手に取って戦っている。そのため彼に適した武器は存在せず、手に取る武器は次々と壊れていった。
アセロンは現在大剣を修繕に出しているからこそ痛感する。やはりあのだんびらは、自分に合った武器だったのだと。逆に、それ以外の武器だと無力な自分も。
アセロンが戦っている最中、騒ぎを聞きつけた兵士達が駆けつけてきた。
「これは何事ですかアセロンさん!?」
「馬鹿野郎!来るんじゃない、逃げろ!!!」
アセロンが叫び、兵達が反応するよりも速く鎧の男が反応した。
男はどこからともなく槍を取り出し、兵達に向けて投げた。
その槍はアセロンの側頭部を通過て兵士一人の頭を貫き、その先にあった部屋の扉を突き破って飛んでいった。
「だから逃げろと――」
「ぶ・・・武器と陣形を構え――」
すると、槍の飛んだ先にあった部屋が大爆発を起こした。
その部屋はアセロンの背後にあり、その衝撃で彼は吹き飛ばされてしまった。
その部屋は火薬庫となっており、鎧の男の投げた槍によって偶然引火したためである。
王宮内にある火薬庫となると相当の量があり、その爆発力は凄まじいものだった。
綾が確認した爆発がこれだ。
アセロンと兵士達が居た場所は瓦礫にまみれ、周囲は燃え盛っている。その中心に鎧の男は立っていた。
駆けつけた兵士達は全滅、アセロンは全身に火傷を負い、吹っ飛ばされたことに加えて瓦礫が落ちてきた衝撃で深刻なダメージを負ってしまった。
「ガ・・・ア”ァ・・・この、野郎ぉ・・・」
アセロンは体を再生しながら立ち上がる。しかし、いつも狩りの時に着ていく鎧を身につけていないため、怪我の具合が想像よりもひどく、立ち上がるのがやっとだ。
そんな彼とは裏腹に、鎧の男は無傷で、アセロンの方へゆっくりと近づいてくる。アセロンの目の前で立ち止まり、斧をゆっくりと振りかざす。アセロンは傷がまだ治りきっておらず、立ち尽くすだけだった。
『早く・・・治せねぇのか・・・』
『やっているが、もう無理だ。間に合わない』
ノクは死を覚悟しているように見えるが、アセロンはしていない。してはいけないのだ。
鎧の男に向けてひたすら殺意を向ける。動けないが故に絶望するのでは無く、ただひたすらに男に対する憎悪が増していく。
男が斧を振り下ろす直前、アセロンは持てる力をすべて使い、横に飛んで斧の一撃を回避した。
しかし、アセロンには誤算があった。彼の右足が一番瓦礫による怪我を負っていたため、着地した衝撃で右足が折れてしまった。
骨折は力を使っても治りが比較的遅いため、逃げる術が完全に無くなった。
足が折れた衝撃で尻餅をついたアセロンに、また男が近づいてきた。
相変わらず傷が治っておらず、今度は立ち上がれない。ほんの少し延命しただけとなってしまった。
「この・・・、こんな終わり方・・・認め――」
そして男が斧を振りかぶった瞬間――
綾が現れた。
鎧の男ですら予測できなかった綾の登場に、間一髪の所で攻撃対象がアセロンから綾へと変わった。
綾は鎧の男とのすれ違いざまに、奴の頭部に居合斬りを放った。
男は躱すのがやっとで、首が斬られることは免れても攻撃が兜に命中した。
「綾・・・!?お前、どうしてここに・・・?」
「話は後!!とりあえず武器を持ってきたから、早く立て!」
そして綾はアセロンに武器を手渡した。
今のアセロンは、武器よりも血の方が欲しかった。それでも武器があるのとないのでは話は大きく変わってくる。
そして手渡された物に目を向けると、それは炎蔵に作って貰った大太刀だった。
「そうか・・・こいつを試す時だな」
全身の損傷をある程度修復できたアセロンは左腕を再生させ、渡された大太刀を抜き、まっすぐ構えた。
綾はアセロンに、刀を扱うことが出来るのかという懐疑の視線を向けていた。
「あんたその大太刀扱えるの?大太刀では剣は愚か、普通の刀とも訳が違うけど」
「大丈夫だ、俺も大太刀の一振りぐらい扱える」
アセロンは大丈夫だと言った。彼は真っ直ぐ男の方を見つめているため、刀に対する心配は一切していないことが分かる。
すると突然、綾が尋ねてきた。
「・・・ていうかリディアはどこ?一緒に居たんじゃないの?」
その言葉を聞いて、アセロンは心臓を握られるような感覚に襲われた。
つい先程まで自分と語り合っていた人が、目の前で殺された光景を思い出してしまった。
今、綾に真実を伝えてしまうとこの戦いに支障を来す可能性があるため、アセロンは嘘をつこうとした。
「リディアは・・・今――」
アセロンが嘘をつこうとしたその瞬間、彼を嘲るように、かつ見透かしたような声が響いた。
「お~いアセロン、嘘は良くないんじゃないのか~?」
その声の主は鎧の男であり、男は兜が壊れたためその素顔が露わになっていた。
暗闇に覗く顔は、閃一だった。
その顔を見て、アセロンの表情がより一層険しくなった。
一方、綾は覚悟していたのか、動揺している様子はあまりない。しかし、彼女の刀を握る手はいつもより力が入っていた。
「お前は・・・閃一?」
「久しぶりだなアセロン。今回はお前に用があって来たんだよ。だが、綾が来るのは誤算だったな」
閃一の見た目は鎧以外の違いは無いものの、アセロンに対する殺気が溢れている。しかし今回は、襲撃された理由も分からないまま戦っている。そもそもの目的はアセロンなのか、だとしてもリディアを殺害したのは何故か、考えれば考えるほど分からなくなっていく。
「・・・さっきの“嘘”って何?」
綾が震える声でアセロンに尋ねた。目の前に閃一がいることに対する恐怖や緊張もあるが、リディアの事についても薄々勘づいているのかもしれない。
それを理解した上で、アセロンは真実を話し始めた。
「リディアは・・・
それを聞いた後の綾の表情は見えなかった。
アセロンは閃一の方を向き、質問を投げかけた。その時のアセロンの声はいつになく低く、僅かに震えていた。
「いい加減答えろ、なぜリディアを殺した?」
閃一は考えるような素振りを見せた後、にやつきながら答えた。
「そんなの、お前を殺すために決まってんじゃねぇかよ」
「・・・だったら八つ裂きにしてやるよ!!!!」
アセロンは再び怒り狂ったように、綾と共に閃一へ斬りかかった。
綾もリディアの訃報を聞いたため、静かに怒っていた。
「そうこなくっちゃなあ!!!」
閃一は両手に武器を持ち、戦闘態勢に入った。
それぞれが自分の確執を抱え、それを晴らすための戦いが始まった。
――――――
―数分前―
王宮で開かれた宴は終わりを迎え、シリウスは寄り道をしていた。彼はアセロンに、一足先に戻ると伝えて先に退席していた。
そしてシリウスは寄り道先から出てきていた。
「はぁ~、宴とはいっても疲れるなぁ~」
両腕を上に伸ばし、疲れを全身で表現する。
シリウスが寄った場所とは、商店街だ。現在は宴が行われていることもあり、王宮外もお祭りムードだ。それ故に商店街では特別サービスが行われている。シリウスはそのチャンスを逃すまいと、お土産を買いに行っていたのだ。
「まあ、特別価格でお土産買えたし、文句は無しにしよう」
そして宿に向けて歩みを進めた瞬間、王宮の一カ所で爆発が起った。
周りがパニック状態に陥り、さらに伝播していく。
シリウスが状況を確認していると、綾が王宮の方へ走っていく姿が見えた。その時の彼女は、大太刀を二振り背負っていた。片方の大太刀は今まで綾が背負っている所を見たことがなく、むしろアセロンが新たに手にしたという大太刀に似ていた。
その瞬間、シリウスは宿へと装備を取りに行った。
シリウスは装備を整え、綾と同じように王宮に向かうために宿を出た。
しかしその瞬間、シリウスの真上(宿の屋根)から何者かが攻撃を仕掛けてきた。シリウスは僅かな足音や殺気を逃さず、その攻撃を回避した。
「何だ貴様!?」
「これを避けるのか・・・。何者と言われて、簡単に答えるわけないでしょう?」
シリウスは自分のことを襲った人間に視線を向けた。
身長は高く細身。声質からして性別は女性なのだろうが、全身を鎧で覆っており、顔も兜で覆われていて顔を確認できない。そして持っていた武器は、見たことの無い歪な形をした槍だった。
そして鎧の女(?)は槍を構え、話しだした。
「お前をあそこ(王宮)に向かわせるわけにはいかない。なんならここで殺させて貰うよ。あんたを殺せれば、あいつも諦めが付くでしょ」
「貴様・・・あの爆発の主犯か?殺しに来るというのなら、抵抗させてもらうよ」
シリウスは至って冷静だった。目の前に自分を殺そうとしている人間がいるというのにも関わらず、彼の表情には一切の曇りが無い。
まるで、こうなることを予測していたかのように。
「でも、それだけじゃない。もう少しで、起きる」
「・・・何を言っているんだ?」
すると、遠くにある大門の方から悲鳴が聞こえてきた。
「起きるって・・・何をしたんだ!?」
「フフッ・・・それは言えないなぁ」
そしてここに、もう一つの戦いが幕を開けたのだった。
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